ガールズ&パンツァー~RED FLAG~   作:弐式水戦

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第145話~ちびっこ紅夜君、その1です!~

 朝6時―――未だ殆んどの人は夢の中に居り、一部の人々が、先に1日を始めようとするこの時間。

 此処は、大洗女子学園戦車道チームとレッド・フラッグによって行われた祝賀会の会場。

 明かりの消えたこの広間では、47人の男女が雑魚寝状態で眠っていた。

 

 女性陣は全員浴衣姿で眠っており、寝相の悪さからか、浴衣がはだけている者もちらほらと見られる。

 

「……ん?もう朝か………」

 

 そんな中、後頭部で組んだ両手を枕かわりにしていた達哉が最初に目覚めた。

 ムクリと起き上がり、軽く伸びをする。

 

「う~んッ!………あ~よく寝た。布団でもベッドでもねぇのに、案外眠れるモンなんだな」

 

 達哉はそう呟きながら、未だ薄暗い広間を見渡す。

 聞き耳を立てずとも、眠っている残り46人の男女の寝息が聞こえてきていた。

………………特に、直ぐ隣から聞こえてくる、幼さを感じさせる寝息が。

 

「……く~…く~……」

 

 先日、杏によって子供になる薬を飲まされてしまった事によって体が縮み、5歳程度にまで体が縮んだ紅夜が、黒姫に寄り添われて寝息を立てている。

 

 傍から見れば、年の離れた仲の良い姉弟が眠っていると言う微笑ましい光景にしか見えないが、その肝心の少年が、“元々は18歳の青年”となれば、微笑ましさは半減すると言うものだろう。

 

「気持ち良さそうに寝てっけど………お前、これからスッゲー大変な目に遭うんだぞ?其処んトコ分かってんのか?」

 

 そう言いながら、達哉は紅夜の頬を軽く突っついた。

 子供になったからか、紅夜の頬は柔らかく、ふっくらしていた。

 

「(や、柔らけぇ………これ、他の学校の奴等がやったら一撃でノックアウトだろうな)」

 

 そう思い、達哉は紅夜の頬から指を離した。

 それからは特にやる事が無く、寝転がって天井を眺めようとした時だった。

 

「あら、辻堂君。休日でも早起きするとは、良い心掛けね」

 

 不意に声を掛けられ、倒しかけていた体を起こす。

 其所には、浴衣をキッチリ整えたみどり子が立っていた。

 

「おお、園さんか。おはよう」

「ええ、おはよう」

 

 達哉が言うと、みどり子も返す。

 

「園さんも早起きなんだな。流石は風紀委員だぜ」

「そ、そんなの当然よ。風紀委員として、平日休日問わずに早寝早起きを心掛け、常に節度ある生活を送らなきゃ、皆の手本にならないわ」

 

 達哉が褒めると、みどり子は少し頬を染めながら言った。

 

「それに比べて他は……はぁ………」

 

 そう言って、みどり子は呆れたと言わんばかりに溜め息をついた。

 

「まぁまぁ。今日は一応休日なんだし、多少寝坊助するぐらいは大目に見てやれよ」

「そうね…………でも、8時になっても起きないなら、その時は叩き起こすわよ?」

 

 情け容赦無く言うみどり子に、達哉は苦笑を浮かべた。

 

「別に構わねぇが、紅夜の場合は加減を…「んっ……んぅ~~!」…ん?」

 

 そう言いかけた達哉だが、不意に、誰かが伸びをする声が聞こえ、その声の主へと振り替える。

 其所には、短い両腕を精一杯伸ばしている紅夜の姿があった。

 

「長門君、起きたみたいね」

「どうやら、そのようだな………しっかし紅夜って、こんなに早起きだったかな…………」

 

 そう返した達哉は、両手で目を擦っている紅夜の元へと歩み寄った。

 

「よぉ、紅夜。気分はどうだ?」

「………ん?」

 

 突然話し掛けられた紅夜は両手を目から離して達哉の方へと視線を向ける。

 

「………………?」

 

 暫く達哉を見つめていた紅夜だが、突然首を傾げた。

 

「お兄ちゃんは……誰?」

「……え?」

 

 そう言われた達哉は、間の抜けた声を出す。

 

「それに此処………何処なの?」

 

 そう言って、紅夜は不安そうな表情を浮かべながら辺りを見回す。

 どうやら幼くなったのは体だけではなく、精神面も幼くなったようだ。

 

「(ガキの頃の紅夜って、こんなだったかな………もっとやんちゃで、誰が相手でも物怖じしないような奴だったと思うんだが……まぁ良いか)」

「ねぇ、ちょっと辻堂君」

 

 1人で勝手に解決していると、不意にみどり子に話し掛けられる。

 

「ん?」

「取り敢えず、適当な事を言って誤魔化しておいた方が良いんじゃない?彼、今にも泣きそうよ?」

「おいおい、流石に泣くとかは……って、うわっ、マジだ。今にも泣きそうな面してる」

 

 みどり子に言われて紅夜に視線を戻した達哉は、目尻に涙を浮かべてオロオロしている紅夜を視界に捉えた。

 

「ね?」

「………そのようだな。取り敢えず外に連れ出して、時間を潰しておこう」

 

 そのため、達哉は紅夜を落ち着かせ、何処からともなく持ち出した小さめの服に着替えさせると、みどり子と一緒に、紅夜を外に連れ出して時間を潰すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝9時頃………

 

「もう1回!もう1回だけ言ってみて!?」

「うん!あけびお姉ちゃん!」

「はうっ!?」

 

「………何このカオスな空間は?」

 

 散歩から帰ってくると、不安がっていた紅夜は笑顔を取り戻していた。

 達哉やみどり子にもすっかり懐き、この時ばかりは、あの厳格なみどり子でさえ頬を緩ませていた。

 そして現在、紅夜は起きた大洗チームの面々によって揉みくちゃにされていた。

 

 あけびを『お姉ちゃん』と呼んだ瞬間、あけびは胸に手を当てて床に倒れ、悶える。

 

「あ~あ、また倒れた………深雪~、これで何人目だっけ?」

「えっと……既にやられてる澤さんやアリクイチームの3人、アヒルチームの磯部さんと亜子の次だから、もう7人目ね」

 

 頬をだらしなく緩ませたあけびを見ながら、大河と深雪はそう言った。

 

「祖父さん達が散歩から帰ってきたタイミングで俺等が起きて、皆、そのまま祖父さんの方へと向かっていったもんな」

 

 大河がそう言うと、深雪は軽く笑って頷いた。 

 

「ね、ねぇ篝火君」

「ん?」

 

 すると、何時の間にか近くに居たみほが大河に話し掛けた。

 

「ああ、西住さんか。どうかしたのか?」

「う、うん………あの、これなんだけど………」

 

 そう言うと、みほはこれまた何処からともなく、1着の着ぐるみを取り出した。

 それは熊をモチーフにしたような着ぐるみで、所々に痣や包帯が模様として描かれている。

 

「………何コレ?」

「知らない?“ボコられグマのボコ”って言って、これはその着ぐるみなんだけど……」

「全然知らん」

「私も知らないわね」

 

 興味無さげに言われ、みほは軽く落ち込むような素振りを見せる。

 

「んで、その着ぐるみが何だ?まさかとは思うが、その着ぐるみを祖父さんに着せたいと?」

「う、うん……駄目かな?似合うと思うんだけど………」

 

 そう言うと、みほは不安げな表情で大河を見る。

 大河は、みほが大事そうに抱えている着ぐるみと、視線の先で雅に抱き上げられている紅夜を交互に見て言った。

 

「………まぁ、別に良いと思うが、着替えさせるなら男子陣に頼んどけよ?」

「ッ!うん、ありがとう!」

 

 はち切れんばかりの笑顔で言うと、みほは紅夜の元へと駆けていき、紅夜にボコの着ぐるみを着せたいと交渉を始めた。

 

 

 

 

 

 結論から言うと、その交渉はあっさりと成立した。

 反対する者は誰1人として居らず、寧ろ乗り気とも言えた。

 その後、紅夜は着替えのため、一旦達哉によって広間から連れ出された。恐らく、個室トイレ辺りで着替えさせるつもりなのだろう。

 

「ボコの着ぐるみを着た紅夜君…可愛いだろうなぁ~…えへ、えへへへ…………」

 

 みほは、今まで誰にも見せた事が無いと言える程にだらしなく頬を緩ませ、スマホを構えて広間のドアを見つめており、それを見たあんこうチームの面々は、軽く引き気味だったと言う。

 

 

 

 

「お待たせ~」

「ッ!紅夜君!」

 

 数分後、着替えを終えた紅夜と達哉が広間に戻ってきた。

 広間に入ってくる達哉の声を聞くや否や、みほは真っ先に駆け出した。

 

「よぉ、西住さん。ちゃんと着替え終わったぜ…ホラ、紅夜」

 

 紅夜が元々着ていたパンツァージャケットを持った達哉は、彼の右足にしがみついて隠れている紅夜に言うが、本人は恥ずかしがっているのか、中々動こうとしない。

 みほは屈んで、紅夜に優しく話し掛けた。

 

「大丈夫だよ、絶対笑わないから……ホラ、出ておいで?」

 

 そう促された紅夜は、達哉の足の影から恐る恐る姿を現した。

 

「……………」

 

 それを見たみほは、その場に固まって動かなくなった。

 

「みほ……お姉ちゃん……?」

 

 不安げな表情を浮かべた紅夜が、みほの浴衣を引っ張る。

 

「…………ッ!」

「わぷっ!?」

 

 すると、突然みほは紅夜を抱き締め、そのまま紅夜を抱き上げると、達哉に言った。

 

「辻堂君!紅夜君を私にください!」

「いやいやいや!いきなり何言っちゃってんのお前!?」

 

 突拍子も無い事を言い出すみほに、達哉は堪らずツッコミを入れる。

 

「ちょっと西住さん!貴女何言ってるのよ!?紅夜は私のよ!」

「西住みほ!ご主人様を独り占めするなんて、私は絶対に許さないから!」

 

 それから静馬や黒姫も乱入し、その場は軽く修羅場となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょうどその頃、宴会場となっている建物の前では……………

 

「角谷さんからのメールによると…………この建物で間違いありませんわね」

 

 ダージリンとオレンジペコ、そしてアッサムの3人が居た。

 案ずからメールを受け、聖グロリアーナの学園艦から遥々やって来たのだ。

 

「子供になった紅夜さん、ですか………」

「会うのが楽しみですわね」

 

 ダージリンとアッサムがそう言った時だった。

 

「Hi,ダージリン!」

「…?あら、ケイさん」

 

 道路の方から、ケイとナオミが歩いてきたのだ。

 

「貴女も、角谷さんからのメールを受けてきたのかしら?」

「Of course(勿論)!アンジーから、『紅夜君に子供になる薬飲ませたから見においで』ってメールを受け取ってね。ナオミに頼んで、C-17でかっ飛んできたわ!」

 

 ケイは、どうだと言わんばかりに腰に両手を当て、得意気な表情を浮かべる。

 

「昨日の夜いきなりやって来て、『大洗まで飛ばして!大至急!』なんて言い出したんだから、あれは本気で驚いたわね………と言うか、隊長は何時もいきなりなのよ、何かにつけて」

「それはそれは…苦労してらっしゃるわね」

 

 心底疲れた様子で言うナオミに、ダージリンは同情の眼差しを向けた。

 

「あら、アンタ達も来てたのね」

 

 すると、道路側からカチューシャとノンナ、クラーラの3人が歩いてきた。

 どうやら、彼女等も杏からの誘いを受けてきたようだ。

 

「あら、カチューシャ。貴女もお誘いを受けたのね?」

「ええ。紅夜が子供になったから見に来てってメールが着たのよ………って、あれ?そう言えば私、大洗の会長とメアド交換ってしたかしら?」

「それもそうですがカチューシャ、早く行きましょう」

「ええ。私も子供になった紅夜さんの姿を、早く見たいです」

 

 スマホを取り出して首を傾げているカチューシャを、ノンナとクラーラは急き立てた。

 

「わ、分かったわよ2人共………ホラ、行きましょう」

 

 カチューシャはそう言って、残りの面々を伴って宴会場の建物へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「大洗の会長からメールが着たのだが……ふむ、此処か」 

 

 カチューシャ達が建物に入って少しすると、建物前の駐車場にまほの姿があった。

 

「誰も居ないが、私が一番乗りなのか?………いや、既に入っている可能性もある。取り敢えず行ってみるか」

 

 そう呟くと、まほも建物内に入っていった。

 

 その後、遅れて着いた絹代も向かうのだが、その描写は割愛させていただこう。

 

 

 そして、彼女等が広間に着いた時、その宴会場は一瞬にしてカオスとなるのだが、それは、今の彼女等には知る由も無い。


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