「あ~、マジ怖かった~。あんなにキレる静馬を見るのは初めてだぜ」
静馬からの“お話”から解放された紅夜は、フラフラと席に戻りながらそう呟いた。
「ご主人様、大丈夫?」
席に戻ると、心配そうな表情を浮かべた黒姫が聞いてくる。
「ああ、何とか大丈夫だよ」
「無理しないでね?辛かったら、何時でも私に抱きついて良いんだよ?」
努めて笑みを浮かべながらそう言う紅夜に、腕を広げて受け入れる体勢を見せる黒姫。
「サンキューな、黒姫」
紅夜はそう言って、黒姫の頭を優しく撫でた。
「わぷっ………えへへ」
頭を撫でられ、黒姫は頬を赤く染めつつ、気持ち良さそうに目を細めた。
「全く………アンタって人は直ぐにそうやって…………と言うか、黒姫は紅夜を甘やかしすぎよ」
だが、それに水を差すかの如く、紅夜の背後から、静馬の不機嫌そうな声が聞こえてきた。
紅夜が振り向くと、其所には不機嫌そうに料理を口に運ぶ静馬の姿があった。
「……なぁ、静馬?いい加減に機嫌直してくれよ」
「………別に、怒ってないわよ」
「嘘つけ。お前さっきマジギレしてたじゃねぇか」
「………ふんっ。そんなの知らないわよ」
紅夜に言われた静馬はぶっきらぼうに返し、完全に背を向けてしまった。
「(……何が気に食わないってんだよ)」
内心でそう呟き、紅夜も彼女に背を向けた。
その後、彼女はジュースのおかわりを貰おうと席を立つのだが………
「………散々ほったらかしといて、今さら何よ」
静馬は、誰にも聞こえないように小さな声でそう呟いた。
彼女からすれば、誰にも聞かれていない筈だったのだが………………
「(静馬………)」
地獄耳と言うべきか、雅には聞こえていたようだ。
「さぁさぁ、皆さんご注目ぅ!」
談笑しているメンバーに、突如として杏からの号令が掛かり、視線が杏に集中した。
「祝賀会も盛り上がってきたところで、そろそろ例の“アレ”を始めたいと思いま~す!」
「(“アレ”?何かやるのか?)」
杏が言った“アレ”が何なのか分からず、紅夜は首を傾げた。
「拍手~!」
『『『『『『『『わー!』』』』』』』』
「止め~!」
「(相変わらず“止め”のタイミング早いな………)」
柚子の言葉で全員が一斉に拍手をするのだが、その次の瞬間には、桃から“止め”の号令が掛かる。
2度目だからか、紅夜がツッコミを入れる事は無かった。
「では、これより各チームによる隠し芸の披露を行う!」
桃がそう言うと、舞台の天井から横長のプラカードが下がってくる。
「《チーム対抗隠し芸大会》?こんなのやるのか」
「お?紅夜は知らねぇのか」
紅夜がふと呟くと、それを聞いていた達哉が言った。
「ああ。こんな行事やるなんて聞いてなかったからな」
「そりゃそうなるわな……まぁ、かく言う俺等も知らなかったんだが」
「静かに!」
紅夜達が話している傍らで他のチームが盛り上がっていたのか、桃からの言葉が飛んだ。
「えー、これより隠し芸大会のルールを説明する」
桃はそう言うと、懐から取り出したメモを読み上げた。
「今回は、各チームにおいての得意な分野は禁止とする。具体的には、レオポンチームは自動車ネタ禁止、アリクイチームはネトゲネタ禁止、カバチームは歴史ネタ禁止、アヒルチームはバレーネタ禁止。そして、あんこうチームはあんこう踊り禁止だ!」
「私達からネトゲ取ったら何が残るんですか!?」
「同じくレオポンから自動車を取ったら…………」
「歴史を取ったら!」
「バレーを取ったら何が残るんですか!?」
「お前等、其々の得意なもの以外に取り柄ねぇのかよ!?」
口々に叫ぶ各チームに、紅夜は堪らずツッコミを入れた。
「私達からあんこう踊りを取ったら………………って、別に取られても困らないね~」
「そうですね」
「寧ろ禁止してほしい」
どうやら、あんこうチームは然程困らないようだ。
「今思ったんだが………そもそも俺等って、禁止されるような特技ってあったっけ?」
ふと考えた紅夜が、他の3人に問い掛けた。
「言われてみりゃ、別に無いような…………」
「同じチーム内でも、其々特技違ってるからなぁ……」
「チーム全体としての特技って、今思えばねぇな。レイガン、お前等は?」
最後に達哉が答えると、今度は静馬達レイガンに言った。
「私達も同じよ。其々特技が違うの」
「俺等スモーキーも同じく」
静馬が答えると、大河もそれに便乗する形で答えてきた。
「はいは~い!盛り上がってるトコ悪いけど、未だ説明終わってないからね~」
そんな会話を交わしていると、杏からの号令が飛ぶ。
メンバーが視線を向けると、舞台の端に何時の間にか設置されていた机の上に、其々1等から3等まで紙が貼られた箱が置かれており、その後ろの椅子に生徒会メンバーの3人が座っていた。
「優勝チームには、豪華商品を用意してるからな~」
『『『『『『『『オオーーーッ!!』』』』』』』』
杏がそう言うと、メンバーから歓声が上がる。
「因みに、3位は大洗商店街のサマーセール福引補助券、2位は、学食の食券500円分。そして、1位は10万円相当の………『『『『『『『『オオーーーッ!?』』』』』』』』………詳しくは後程発表する!」
桃が言った『10万円相当』と言う単語に、メンバーは一気に盛り上がる。
「10万円相当って、もしかして現金かな!?」
「10万円あれば、ティーガーの履帯が1枚買えます!」
「私、ボコのぬいぐるみ買っても良いかな!?」
「良いよ!ボコの何が良いのか分からないけど」
「それより、皆で温泉に行きましょうよ!」
「単位が欲しい…………」
「10万円相当って、現金じゃないんだろ?」
「なら、金券ショップで売れば良い!」
「よっしゃー、勝つぞー!」
「10万円あれば、ダイブEのカードやアイテムが買える~!」
あんこう、レオポン、アリクイチームの面々は、其々思い思いにやりたい事や買いたいものを言っていく。
約1名、成績を買収しようとしている者が居るのだが…………
「別に欲しいものなんて無いけど…………」
「他のチームに渡ったら、風紀が乱れるよね!」
「風紀を守るために勝ちましょう!」
カモさんチームは、あくまでも『風紀を守る』と言う名目で優勝を目指すようだ。
他にも、ウサギさんチームが盛り上がったりしている。
当然ながら、レッド・フラッグでも盛り上がっている訳で…………
「10万円分の何か、か……現金じゃないなら、使い道もねぇよなぁ………」
紅夜は現金じゃない事が残念なのか、大して興味を示していないような反応をする。
「金券的なモンなら、プラウダの2人とプール行く時の足しにでもしたらどうだ?」
「ダメダメ!それじゃあ俺1人で金全部使っちまうじゃねぇかよ。此処は皆で折半するべきだ!」
「お前、その辺りの配慮は出来るんだな」
達哉からの提案を真っ向から否定する紅夜を見て、翔はそう呟いた。
「静馬。もし金券だったとしたら、アンタは何か欲しいものってある?」
「特に無いわ」
ウキウキと目を輝かせながら聞いてくる雅に、淡々と答える静馬。
「静馬って、こう言う時って矢鱈と欲が失せるのよね。まぁいきなりだから無理もないけど」
「でも、紅夜が絡んだら………ヒイッ!?」
ジュース片手に呟く和美に雅は何かを言おうとするが、静馬から鋭い目で睨まれ、蛇に睨まれた蛙のごとく動かなくなる。
「静馬の奴、余程紅夜がプラウダの2人とプールに行くのが気に食わねぇんだな………なぁ、深雪。お前は何か欲しいものってあるのか?」
そんな静馬の様子を見ながら呟いた大河は、深雪に視線を向けた。
「いいえ、特に無いわ。貴方は?」
「ギターかな」
「大河って、ギター弾くの上手いわよね~」
「祖父さんには負けるけどな………千早は?」
「デジタル時計を幾つか買おうかしら?紀子を叩き起こすためにね」
大河にそう答えると、千早は黒い笑みを典子に向けた。
その時、紀子は突如として、悪寒に襲われたと言う。
「優勝したいかー!?」
『『『『『『『『オオーーーッ!!』』』』』』』』
杏の問い掛けに、メンバー全員が拳を突き上げて答えた。
そして、広間の明かりが全て消え、何時の間にか下がっていた垂れ幕にスポットライトが当てられた。
「それでは、チーム対抗隠し芸大会、記念すべきトップバッターの登場です!」
元気の良い柚子の言葉と共に、チーム対抗隠し芸大会が始まるのであった。