午後7時。此処は学園艦が寄港した港付近にある宴会場。
その宴会場の広間に、彼等彼女等は集まっていた。
「うわ、スゲー。旅館とかでよく見る大広間だな」
広間に着くと、紅夜は広間全体を見渡しながら言う。
全員で雑魚寝しても未だスペースが余るような広さの広間に、両サイドを挟むように座布団を敷かれている脚の短い長方形のテーブルを幾つも繋げたような列が4列も出来ており、その上には豪華な料理が並べられている。
さらに奥には少しの段差を設けた舞台があり、其所には画面が大きめのモニターと、白いシーツを敷かれた台、そして、その上に多くの花が置かれていた。
「今思えば、こんな感じの場所で優勝を祝った事なんて1度も無かったわね」
「そうなの?」
紅夜の隣でしみじみ呟いた静馬に、沙織が訊ねた。
「それじゃあ、大会に勝った時はどうしてたの?同好会でも、一応大会はあるんだよね?もしかして、祝勝会とかはやった事無いの?」
沙織に続いてみほが訊ねると、静馬はみほの方へと目を向けて答えた。
「いいえ。祝勝会自体は何度かやったわ。ただ、場所が違っただけ」
「何処でやったの?」
「解体所よ」
静馬が答えると、その周囲に居た大洗のメンバーの表情が固まった。
「か、解体……所……ですか?」
「ええ」
表情をひきつらせながら聞き返す華に答えると、今度は雅が言葉を続けた。
「流石に同好会での大会に勝った程度で、しかも当時はたった14人しか居なかったのに、こんな宴会場を貸し切りにする事は出来ないわ。だから、輝夫さん達が解体所で、私達の祝勝会を開いてくれたの。辺りに散乱していたスクラップの山を退かしてね。いやぁ~、あの時は流石の私も骨が折れたわ」
そう言いながら、気だるげに肩を回して首を左右に倒す雅。
そんな雅に、達哉がツッコミを入れた。
「雅よぉ、骨が折れたとか言ってるが、その時一番張り切ってたのはお前だろうが。『紅夜には負けない~』とか言いながら」
「あら、そうだった?もう昔の事だから覚えてないわ」
口ではそう言うが、視線を明後日の方向へと向けている時点で嘘を言っているのが丸分かりだった。
「やれやれ、まぁたコイツは見え透いた嘘を………」
「止せよ、達哉。此処でギャーギャーやっても時間の無駄だ」
額に手を当てて溜め息をつく達哉を勘助が宥める。
「ほら、お前達!何をしている?早く席に着け!」
前方から、何時の間にか移動を済ませていた桃の声が飛ぶ。
その右隣では、何処から持ち出したのかリクライニングチェアに伸び伸びと腰掛けている杏。そして左隣には、普段通りのおっとりした表情の柚子が立っていた。
その後、桃が其々のチームに座る位置を指示していき、メンバーは、その指示通りの席に着いた。
全員が座ったのを確認すると、桃が話を始めた。
「えー、これは先日も言った事だが、決勝戦では本当にご苦労であった。諸君等の活躍により、我が校は無事に優勝し、廃校を免れた。戦車道では無名だった我が校が多くの強豪校に打ち勝ち、優勝するとは誰が予想し得たであろうか?これは、高校戦車道史上に残されていくであろう快挙と言っても過言ではない」
そう言って、さらに言葉を続けようとする桃だったが、柚子から長いと伝えられ、途中で打ち切る。
「それでは、祝賀会を始めたいと思う。会長、一言お願いします」
「あいさ~」
相変わらず間延びした口調で返事を返すと、杏は桃からマイクを受け取った。
「いやぁ~、廃校にならずに済んで本当に良かったねぇ~。これも皆の……そして」
そう言うと、杏は紅夜に目を向けた。
「……?」
突然目を向けられ、紅夜は首を傾げた。そんな紅夜に笑みを向け、杏は続けた。
「紅夜君、君のお陰だよ」
「俺?別に何もしてねぇぞ。好き勝手に暴れただけだ」
「それも、結果的に勝利に繋がったんだよ」
杏はそう言って、桃にマイクを渡すと、舞台から降りて紅夜に歩み寄った。
「ど、どったの?」
戸惑う紅夜を無視して、杏は彼の顔の右側面を覆うように手を添えた。
「君は、ボロボロになっても戦い続けてくれたでしょ?覚えてるんだよ?試合後、運ばれてきたIS-2から出てきた君の姿」
「ッ!」
杏にそう言われ、紅夜はハッとしたような表情を浮かべた。
彼の脳裏に、血塗れになってメンバーの前に現れた自分の姿が鮮明に浮かぶ。
「あれだけの大怪我をしたのに、君は戦うのを止めようとしなかった………本来なら、止めるべきだったんだけどね。あれ、頭とかも結構やられたんでしょ?」
「……ま、まぁ少し」
バツが悪そうに答えた。
「自分の体を省みず、ああなるまで戦ってくれた君には、本当に感謝してる。勿論、これはレッド・フラッグの皆にも言えるんだけどね………だから、ありがとう」
そう言って、杏はそのまま、紅夜の頭を優しく撫でて舞台に戻った。
「んじゃ、ちょっと空気が湿気っちゃったけど、乾杯やりますか!さぁ皆~、ジュース持って~!」
そうして、メンバーは次々と、ジュースが注がれたコップを掲げる。
「んじゃ、かんぱ~い!」
『『『『『かんぱ~い!』』』』』
「お疲れ様でした」
「「「「戦車道とバレー部に乾杯!」」」」
「「「学園の風紀に乾杯!」」」
「クロージット!」
「ティンティン!」
「「「「「「レッツ・ラ・ゴー!」」」」」」
「「「「イグニッション!」」」」
「「「シークエンス・スタート!」」」
『『『『『『『『We fight!』』』』』』』』
「「「イェーイ!」」」
其々のチームが思い思いの歓声を上げ、コップを打ち鳴らした。
その後少しして、桃がメンバーの注意を引いた。
「えー、大洗商工会及び町内会からは、花を沢山いただいている」
そう言う桃の傍には、大量の花が飾られていた。
「拍手~!」
『『『『『『『『わー!』』』』』』』』
「止め~!」
「早ぇよ!?」
杏の音頭で拍手をするメンバーであったが、次の瞬間には止めさせる杏に、紅夜は盛大にツッコミを入れた。
「続いて、祝電を披露する!」
桃が言うと、運ばれてきた台車から柚子が1枚のハガキを手に取った。
「うわっ、見ろよアレ。スッゲー量の手紙だぜ」
「俺等もあれだけの手紙貰いたかったな。一応貰いはしたんだが、流石にあれ程ではなかったし………………つーか、大概紅夜宛だったし」
台車の上に置かれている手紙の山を見た紅夜が言うと、達哉がそれに答えた。
そんな2人のやり取りを他所に、柚子が手紙を読み上げた。
「『Congratulations!NextはWeがWinするからね~!』、サンダース大学附属高校のケイ様からでした!」
柚子がそう言うと、傍には置かれていたモニターに、ピースサインをするケイが映し出された。
「サンダースらしい手紙だよね~」
「でも、日本語か英語で統一してほしかったな~」
「だよね~、あれじゃ逆に分かりづらいよ」
どうやらケイからの手紙は、ウサギさんチームの面々から微妙な評価を下されたようだ。
そして、柚子は次の手紙を読み上げる。
「おめでとうございます。私からはこの言葉を贈ります」
「(おっ、この喋り方からすれば、送り主はダージリンさんかな?)」
柚子が読み上げる手紙の口調で、紅夜はそんな予想を立てた。
「『夫婦とは互いを見つめ合うものではなく、1つの星を見つめるものである』、聖グロリアーナ女学院ダージリン様代行、オレンジペコ様からでした」
「(ありゃ、予想と違ったか……つか、夫婦?)」
モニターに映し出されたオレンジペコを見て、紅夜は少し残念そうな表情を浮かべつつ、オレンジペコからの言葉に首を傾げる。
「これは結婚式じゃないんだぞ」
「何方の結婚式だと思っていらっしゃったのでしょう?」
「ですが、私の心の名言集に入れておきます!何時か使えるかもしれませんし!」
「その言葉、私の結婚式で使って使って~!」
そんな紅夜の傍では、あんこうチームの面々が口々に言った。
「『モスクワは涙を信じない。泣いても負けたと言う事実は変わらないから、もっと強くなるように頑張るわ!』…プラウダ高校のカチューシャ様でした!」
「後藤亦部も『次勝てば良し』と言っていたな!」
「世に生を承けるは事を為すにあり」
「部下に必勝の信念を持たせる事は容易だ。勝利の機会を沢山経験させる……」
「「「それだぁ!」」」
柚子が読み上げたカチューシャからの言葉には、カバさんチームの面々が反応を示した。
最後にエルヴィンが言うと、残りの3人が一気に叫んだ。
「その他、知波単学園の西絹代様、継続高校のミカ様、その他の方々からも祝電をいただいていますが、時間の都合により、省略させていただきます」
柚子がそう言うと、桃が別の台車を押して舞台から降りる。
「なお、アンツィオ高校からは、全員にアンチョビ缶が届いている」
そう言う桃から、全員にアンチョビの缶が配られた。
「これ、セール品だよ?」
「あの学校、あんまりお金無いからね~」
「お金は正直だねぇ~」
缶が配られると、『セール品』と書かれたシールが貼られてあるのを見ながらウサギさんチームの面々が言った。
それから、チームの面々は談笑を始める。
「ああ、そう言えば!」
不意に、柚子が両手を打ち鳴らして声を上げ、メンバーが視線を向ける。
すると柚子は、手紙の山の隣から小さな手紙の束を手に取ると、舞台から降りて歩き出す。
彼女が向かった先に居たのは………………
「長門君、ちょっと良いかな?」
「うまうま………………ん?………え、俺?」
美味しそうに料理を口に運んでいく紅夜だった。
突然話し掛けられた紅夜は、目を見開いてぱちくりと瞬きしながら返事を返す。
「これ、長門君宛の手紙なの」
そう言って、柚子は紅夜に手紙を渡す。
「それじゃ、確かに渡したからね」
「お、おう」
紅夜が返事を返すと、柚子は舞台へと戻っていった。
「何だ何だ?もしかしてファンレターか?」
「お前って本当に、そう言った類いの手紙貰うよな」
「この手紙の中に告白文があったりして」
「何それ、面白そうね。私にも見せてよ」
達哉、勘助、翔が冷やかすように言うと、『告白文』という言葉に反応した亜子が身を乗り出してくる。
その傍らでは、静馬が面白くなさそうにジュースを口に含んでいた。
「あら、静馬ったら『告白文』ってのが出てきた途端にその調子ねぇ~……って、ちょっと、痛い痛い!止めてったら!」
「………」
そんな静馬を雅がからかうと、静馬は無言でアイアンクローを喰らわせる。
「取り敢えず読んでみたら?流石に告白文ではないと思うけど」
「そうしようかな」
紀子にそう言われ、紅夜は手紙を読み始めた。
「では1枚目。何々………」
紅夜が目を通し始めた手紙には、こう書かれてあった。
『紅夜君、そしてレッド・フラッグの皆、優勝おめでとう!君達の活躍は、テレビでしっかり見てたよ。カフェの皆、君達の活躍見て大興奮してたよ!
それと紅夜君、終盤でかなりの大怪我したみたいだけど、もう大丈夫かな?
お見舞いに行ってあげたかったんだけど、行けなくてゴメンね?
良かったら、レッド・フラッグの皆を連れて遊びにおいで!何時でも大歓迎だからね~♪ 小日向 華琳』
手紙の送り主は、何時か、紅夜と蓮斗が成り行きでアルバイトをする事になった際のバイト先――《ロイヤル・タイムズ》――の店長、小日向華琳からだった。
「小日向、華琳………?誰だその人?」
「紅夜、お前にそんな知り合いが居たのか?」
手紙に目を通した紅夜が目を離すと、送り主の名を見た大河と煌牙が訊ねる。
「あ、ああ。ちょっと前に、陸の大洗に遊びに行った事があってな。その時知り合ったのさ」
紅夜はそう言って、次の手紙に取り替えた。
『優勝おめでとう。テレビで見させてもらったよ。それにしても君達、派手に動き回ってたねぇ、ワシ等の現役時代を思い出すような戦いで、久々に気分が昂ったよ。
そう言えば怪我をしたようだが、そちらの方は、もう良いのかな?
また、君達の活躍を見れる日が来るのを楽しみにしているよ。良い試合を見せてくれて、ありがとう。
遠藤 拓海』
「(拓海さんか、随分久し振りだな………機会があったら会いに行こう)」
紅夜はそう思い、その手紙を華琳からの手紙の上に重ねて置いた。
他にも、豪希や幽香、綾、元樹、そして、かつて同好会チームとして戦ったライバルチームの隊長からのメッセージも届いていた。
「ワーオ!何だかんだ言いつつ、私達も結構手紙貰ってるじゃない!やっぱ見てる人は見てるのね~!」
重ねられた手紙の束を見ながら、雅は嬉しそうに言った。
「そうだな~。紅夜のお袋さん達や綾ちゃん、俺等の両親や、現役時代に試合した、他の同好会チームの人に………………お?」
手紙の束を漁っていた達哉は、ある2枚の手紙に目が留まり、その2枚を束から引き抜いた。
「おい、アンチョビさんからの手紙があるぞ」
「マジで?」
「どんな事書かれてんのか、見てみようぜ!」
「おいおい、俺にも見せろよ?」
達哉の言葉にレッド・フラッグの他のメンバーが反応し、一斉に、その1枚に顔を寄せる。
「何々………
『やぁ、レッド・フラッグの諸君。先ずは優勝おめでとう!諸君の活躍が見れなかったのは本当に残念だったが、大活躍だったと聞いているぞ!諸君等と戦った者として嬉しい限りだ!
そして、この手紙を諸君が読んでいるという事は、その場に紅夜も居るのだな?紅夜、退院おめでとう!
それから本題に入るのだが、紅夜には入院中に言ったが、君達に練習試合を申し込む!
ちょうど7月○○日、大洗とアンツィオの学園艦が、同じ港に寄港する事が分かった。試合はその日に行いたい。
我々は他の学校と比べると弱……じゃなく、多少実力は劣っているが、それでも簡単に負ける程ではない!
受けてもらえるのなら、以下の先に連絡してくれ。良い返事を期待している。
では、Arrivederci!
アンチョビ』
………………マジですか」
そう言うと、達哉は手紙を置いた。
手紙の下の余白には、アンチョビへの連絡先が書かれていた。
「祝電と練習試合の申し込みね………紅夜、どうするの?」
何時の間にか手紙を見ていた静馬が言うと、メンバーは紅夜に視線を向ける。
視線を向けられた紅夜は、間を空ける事無く言った。
「受けるに決まってるだろ。久々にレッド・フラッグとして試合出来るんだ、『受けない』なんて選択肢は無いね!」
「………ふぅ………貴方なら、そう言うと思ったわ。皆はどう?隊長はやる気だけど」
静馬がそう言うと、他のメンバーも力強く頷いた。
「んじゃ、決まりだな!アンチョビさんには俺の方から連絡しておくよ」
「宜しく頼むわ。さて、では次の1枚だけど………あら、プラウダからじゃない」
手紙を見た静馬は、封筒に描かれているプラウダ高校の校章を見て意外そうに言った。
「もしかして、カチューシャさんから…………じゃなかったわね。ノンナさんとクラーラさんからだわ………って、クラーラさんって誰だったかしら」
そう言って、静馬は便箋を取り出して内容を読み始めるのだが、間も無く、字を追っていた目は動きを止める。
「………………ねぇ、紅夜?これはどういう事なのか、説明してもらえるかしら?」
「んー?ふぁに(何)?」
静馬に話し掛けられた紅夜は、再び料理の方へと向かっていたらしく、頬をハムスターのように膨らませながら返事を返した。
静馬は、紅夜が口の中の料理を飲み込んだのを確認するや否や、彼の前に便箋を突きつけた。
「この手紙、最初の方はアンチョビさんのと全く変わらなかったけど、最後の方は何なの?プールですってぇ?随分と仲良くなったじゃないの」
「え、えっとぉ~、静馬さん?顔がマジ怖いんですけど」
阿修羅とも呼べるようなオーラを纏い、ドス黒い笑みを浮かべながら迫ってくる静馬に、紅夜の顔は青ざめていった。
「さぁ、紅夜?此処では邪魔になってしまうわ。端の方に行って、じっくり話しましょう?」
「え?いや、ちょ、まっ…………」
紅夜は、最早言葉にすらならない声を発する。そんな紅夜を無視して、静馬は彼の首根っこを掴んで広間の端へと引き摺っていった。
その後、紅夜は手紙の内容について詳しく説明する事になり、その際は涙目でガタガタと震えていたらしい。