さて、それでは話の続きを始めましょうか………………
「…い……きろ~……だぞ~………」
「んっ……うぅ………ん?」
目の前が真っ暗闇な中で、誰かが呼び掛けてきているような気がした私は、うっすらと目を開けました。
「おっ、やっと起きたか。随分長い間気を失ってたな」
目を開けると、其所には私の顔を覗き込む蓮斗の顔が映っていました。
「…あの……此処は……?」
「ん?俺等の出発点。アンタが元々居た所だぜ?」
蓮斗にそう言われ、私は起き上がって辺りを見回しました。
彼の言う通り、私は山の頂上に居り、その直ぐ傍にはティーガーの姿もありました。
それから聞いた話によると、彼は私が気を失った後、一先ずティーガーを頂上に移動させ、車長席で気絶している私を車外に運び出し、そのまま私が目覚めるまで、ずっと看ていてくれたのだと言います。
「えっと、その………あ、ありがとうございます………」
「別に良いって…………にしても、無茶ぶりされた俺がケロっとしてて、無茶ぶりしてきた本人が気絶するってどうなんだと思うがな」
「ッ!」
そう言われた私の顔が赤くなるのを余所に、蓮斗は笑っていました。
「でも、まぁ…………」
そう言いかけて、蓮斗はティーガーの方を向きました。
「……?どうしました?」
「あー、いや。戦車傷つけずに戻ってこれて良かったなぁ~って思っただけだよ。何せこのティーガー、アンタのだからな」
そう言うと、今度は蓮斗が寝転びました。芝生で寝転んでいるからか、気持ち良さそうな表情を浮かべていました。
そんな彼を見ながら、私は、ある疑問を投げ掛けたのです。
「あの……1つ、聞きたい事があるのですが」
「ん?何だ?」
そう言って顔を向けてきた蓮斗に、私は訊ねました。
「貴方はティーガーを………いいえ、戦車を動かすのは初めてだと言いましたよね?」
「ああ」
「ならば何故、あんなにも上手く操縦出来たのですか?あのカーブと言い、気絶した私を乗せたまま、此処まで運転してきた時と言い……」
そう訊ねると、蓮斗は目をクルリと回しました。私の質問への返答を模索しているのでしょう。
「『何故上手く操縦出来たのか』、ねぇ……」
蓮斗はそう言いかけて少し悩むような声を出すと、それっきり黙ってしまいました。
それから暫くの間、私と蓮斗の間で沈黙が流れましたが、やがて、蓮斗が口を開きました。
「まぁ、興味本意で買った戦車の操縦マニュアルがあってな。それを覚えてたんだよ」
「ですが、操縦マニュアルを読んだからって、あの速度でカーブをクリアするのは、それなりの技術が求められます。マニュアルを読んだだけでは、到底走破出来るようなものではありませんが」
彼の返答に納得出来なかった私は、尚も問い掛けます。
「ふーむ…結構深入りしてくるなぁ、アンタは」
その後、少しの間を空けて、蓮斗は口を開きました。
「正直な話、俺にも分からねぇ。だが、強いて言えば…………」
そう言うと、蓮斗はティーガーへと視線を向けました。
「俺のしょうもない操縦ミスで、戦車を傷つける訳にはいかなかったから……かな?」
「ッ!?」
その返答に、私は柄にもなく目を見開いてしまいました。こんな答え、恐らく私の元の乗員達からも聞けなかったでしょう。
彼の返答に驚く私を余所に、彼は続けます。
「俺はさ……戦車道の世界において、戦車ってのは相棒だと思うんだよ。乗員達と共に困難を乗り越えて、勝利に向かって突き進んでくれる、かけがえの無い相棒だと、な。だから、そんな存在をロクに扱えないなんて、情けないって言うか、何と言うか……兎に角そんな気分だったんだよ。それに……」
そう言いかけると、蓮斗は立ち上がってティーガーの傍に立ち、フェンダーを撫でながら言いました。
「コイツはティーガーだ。恐らく、戦車の中で最も有名なのは何だと聞かれたら、間違いなくコイツが選ばれると思う。そんな奴に、あの程度のカーブを曲がり損ねて傷をつけちゃ申し訳ねぇからな」
蓮斗の言葉を聞いた私は、彼を見下していた自分を恥じました。
彼は何の考えも無く戦車に乗ったのではない。こんなにも、戦車の事を考えてくれている。
そんな彼を下に見て、無理難題を押し付けるなんて………そう思うと、彼への申し訳無さが沸き上がり、同時に、彼にならティーガーを………そして、この身を任せられるのではないかと思うようになったのです。
「……あ、そろそろ帰らねぇと」
不意に蓮斗が呟くと、私は反射的に空を見上げます。
夕焼けで、空は赤く染まっていました。
「んじゃ、俺は帰るよ。操縦させてくれて、ありがとな」
そう言うと、蓮斗は歩き出して私の横を通り過ぎ、山を降りようとします。
「…ッ……ぁ……」
私は小さく声を出しますが、彼には聞こえず、遠ざかっていくばかりです。
稜線の向こうへ行くにつれて、彼の体は下半身から消えていきます。
段々見えなくなっていく彼の後ろ姿を眺めていると、ある感情が沸き起こりました。
――……行かないで………もっと、一緒に居て……――
そんな感情が、胸の中で渦を巻きます。
あの時に彼は言いました。『1度だけで良い』と……………
なら、それが達成された今、もう、彼が此処に来る事は無いでしょう。
私は、それが怖くなりました。
――せっかく、私の事を理解してくれる人に会えたのに………この身を、任せられるような人に会えたのに…………もう、会えないの…………?――
そう思うと、私の脳裏に、独りで生活していた頃の光景が浮かびました。
誰も話し相手が居ない。ただ、呆然とティーガーの砲塔に腰掛けて、空を眺めているだけの私が………………
そんな退屈で、寂しい生活が戻ってくるなんて、嫌だ………………
「………ま……待って!」
だから私は、遠ざかっていく彼に呼び掛け、そのまま走り出しました。
斜面をかけ降りて、彼に追い付きます。
「ん?どうした?」
それに気づいた彼は、振り返って聞いてきました。
斜面をかけ降りてきた私は、少しの間肩で息をしていましたが、やがて呼吸が落ち着くと、彼に言ったのです。
「また……来てくれますか……?」
そう訊ねると、蓮斗は一瞬目を丸くしましたが、直ぐに、その間の抜けたような表情は笑顔に変わりました。
「おう。アンタが来て良いってんなら、何度でも来るぜ!」
そう言って、蓮斗は今度こそ、斜面を降りていきました。
それからと言うもの、蓮斗は天候が不安定にならない限り、私の元に来ました。
ただ一緒にティーガーを乗り回すだけでなく、山を2人で歩き回ったり、1度山を降りて、町に出る事もありました。
そんなある日、2人でティーガーの砲塔に腰掛けていた時、蓮斗がこう言い出したのです。
「そういや、俺等知り合ってから結構経つのに、未だ互いの名前知らなかったよな」
蓮斗がそう言うと、私は焦りました。
何せその頃の私は、ただ『ティーガーの付喪神』であるだけの存在。故に、誰かに名乗るような名前なんて、持っていなかったのです。
そんな私を余所に、彼は名乗ります。
「俺は八雲蓮斗、戦車好きな中1だ。アンタは?」
「………」
そう聞いてくる蓮斗に、私はどうやって答えたものかと、頭を悩ませていました。そもそも名前が無い私には、彼の質問に答えようがありません。
だから私は、正直に言う事にしたのです。
「私には、名乗るような名前はありません」
「……はい?」
私が答えると、間の抜けたリアクションが返ってきました。
首を傾げる彼に、私は自身の正体を明かしたのです。
“自分は普通の人間ではなく、ティーガーの付喪神である”と言う事実を………………
「…………」
それを聞いた蓮斗は、黙って私を見ていました。
一向に口を開かず、ただ目を丸くしてパチパチと瞬きするのを見る限り、未だ私が言った事をいまいち飲み込めていなかったのでしょう。
そして私は、彼が私の言葉を理解した時、彼に気味悪がられる覚悟をしました。
ですが、彼から返された反応は………………
「名前ねぇのか………良し、なら俺が名前考えてやるよ!」
「……え?」
こんな反応でした。
気味悪がられると思ってたら、彼は私を気味悪がる事無く、それどころか名前を考えてやるとまで言い出す始末。
とんだ変わり者に出会ってしまったと、私はつくづく思いました。
呆然とする私の隣で、彼はティーガーと私を交互に見やり、口を開きました。
「良し、決まった!アンタの名前は、雪姫だ!」
そう言って無邪気な笑みを向けてくる蓮斗に流されるまま、私に“雪姫”と言う名が付けられたのです。
「…………まぁ、そう言う事もあって、あれから蓮斗はティーガーの車長になり、彼は学校の同級生を次々連れてきて、他の戦車も揃い、白虎隊は発足した。これが、白虎隊の始まりと、私と蓮斗との出会いです………って」
「「「………………」」」
話を終えた雪姫だが、既に他の3人は眠りについていた。
「やれやれ、人に話せと言っておきながら寝てしまうとは……失礼な方々ですね」
溜め息混じりに言いながら、雪姫は目を閉じて寝転がる。
「(朱雀も、青龍も、玄武も陰陽も………今、何処で何をしているのでしょう………)」
実に半世紀以上離れ離れになっている仲間を想いながら、雪姫は寝息を立てるのであった。
彼女等の再会、そして大きな戦いが、遠くない未来に訪れる事など、この場に居る者全員には、知る由も無いだろう。
さて、次回は漸く、エンカイ・ウォー編に入ります。
それもそうだがテスト習慣に部活って………………どうかしてるぜ
紅夜「それよか少しはクオリティー上げろやボケ!」
すんませんでした(´;ω;`)