「いやぁ~、何とか説教免れて良かったな」
「まぁ、理由が理由だからな。黒姫達も、その辺りは分かってくれたんだろうよ」
深夜、帰宅が遅すぎた事についての黒姫達からの説教を免れた紅夜と蓮斗は、明かりを消された紅夜の自室で話していた。
床で雑魚寝するかのように寝転がり、白虎隊のパンツァージャケットを掛け布団代わりにしている蓮斗が、ベッドで寝転んでいる紅夜に話し掛けると、紅夜は仰向けの状態でで頷いて言った。
「そういや黒姫ちゃん、包帯巻かれたお前の手ぇ見てスッゲー驚いてたな」
「ああ、あれについては俺もそう思ったよ。流石に驚きすぎだって思うがな」
そう言うと、紅夜は包帯を巻かれた右手を顔の前に翳す。
紅夜は、入浴時に一旦包帯を解いたため、包帯は黒姫によって巻き直されていた。
「まぁ、心配してくれる奴が居るだけ良いじゃねぇか。ユリアちゃんや七花ちゃんも、結構心配してたっぽいからさ」
「マジか………つーか、ユリアは兎も角、七花が心配する様子なんて思い浮かばねぇな」
そう言って、紅夜は欠伸を1つ。
「何だ、眠くなってきたか?」
「ちょっとな………まぁ、ベッドで寝転んでるってのもあるだろうが………お前はどうなんだ?」
「床で寝てるからか、あんま眠くねぇな」
そう言うと、蓮斗は起き上がって部屋を見回しながら訊ねた。
「そういや紅夜。お前、結構前に拓海から白虎隊の帽子貰ったろ?あれ何処にあるんだ?」
「ん?それなら机の横にかけてっけど………返した方が良いか?」
紅夜がそう訊ねると、蓮斗は首を横に振った。
「いや、別に良い。聞いてみただけさ」
「そっか」
紅夜は生返事を返すと、再び欠伸をして目を閉じた。
「そろそろ寝るわ。お休み~」
「おう」
蓮斗がそう返すや否や、紅夜は寝息を立て始めた。
「寝るの早ぇなコイツ…………元々寝付きが良いのか、今日の事で疲れたのか」
そう呟くと、蓮斗は一旦立ち上がって紅夜の机に向かうと、その横に引っ掛けられている帽子を手に取った。
その帽子には、蓮斗のパンツァージャケットに描かれているように、雄叫びを上げる白い虎が描かれていた。
「そういや俺、雪姫と再開してからもあちこち旅して回ってたから、未だティーガーには会ってねぇんだよな…………明日、この家を出たら会いに行くか」
そう呟くと、蓮斗は再び寝転がって目を閉じ、そのまま寝息を立て始めた。
「それで、雪姫ちゃんは蓮斗さんの何処が気に入ったの?」
その頃、綾の部屋で寝る事になった付喪神4人組は、紅夜達と同じように常夜灯になった部屋で、雑魚寝する形で寝転がって話をしていた。
「蓮斗の何処が気に入ったのか、ですか……そうですね…………」
そう言うと、雪姫は少しの間を空けて、再び口を開いた。
「私を、見棄てなかった事……でしょうか…………」
「……?どういう意味なんだ?」
いまいち腑に落ちないと言いたげな表情を浮かべた七花が、そう訊ねる。
「私が主として認めているのは蓮斗ですが………………彼が“初めての主”だった訳では、ないのです」
「ッ!?」
「それって、つまり…………」
「その、蓮斗って奴より前に、主が居た……………って事か?」
そう訊ねた七花に、雪姫は頷く。
「良い機会です。ちょっとした昔話、聞いてください」
その言葉を皮切りに、雪姫は昔話を始めた。
――今から50数年前――
「私達が負けたのは、今回の隊長が悪かったんだ!」
「隊長を代えろ!」
白虎隊(ホワイトタイガー)………蓮斗が隊長をしていたチームの1号車になる前の私は、とある学園艦にある戦車道同好会チームの戦車でした。
そのチームは、学園艦統廃合計画によって、他の学園艦と合併を果たした学校です。
その際、合併した学園艦の人達と意見が合わなかったのか、チーム同士での言い争いが多々起こりました。
試合はしょっちゅう負け、その度に言い争い…………正直、見るに耐えない光景でした。
『試合で負けたのは誰かのせい』、なんて事は無い。私に言わせれば、チーム内での統制がまるで取れていない。各学園艦の人同士で喧嘩して、勝手に行動する。そんなので勝てる訳が無いのに、私は、あんな醜い争いを、ただ見ている事しか出来ませんでした。
付喪神と言う存在である手前、無闇に人前に姿を現す事は出来ませんからね。
黒姫、ユリア、七花からの視線が向けられている中でそう言うと、雪姫は上体を起こし、窓から見える月に視線を向けた。
「おまけに私の乗員達も、練度こそはそこそこあったのですが、試合に負けて言い争いが起こると、私の事などそっちのけで言い争いに参加する始末です。おまけに私の操縦手は、何時も無茶な動きばかりさせるので、足回りでのトラブルが絶えませんでしたよ」
そう言って、雪姫は溜め息をつく。
「挙げ句、私の乗員の1人が、こんな事を言ったのです………『ティーガーがあれば勝てると思ったのに』、とね」
「「「ッ!?」」」
雪姫の言葉に、3人は目を見開く。黒姫に至っては、あまりにもショックが大きかったのか、勢い良く起き上がっていた。
「私は愕然としました。あんな事を言うような人間が居るとは、思ってもいませんでしたからね」
「そりゃそうだろ。つーか、そもそも『ティーガーがある=試合に勝てる』なんて方程式が成り立つ訳がねぇんだから」
むくりと起き上がった七花が、若干怒りの色を含ませた声色でそう言った。
「全くもって同感ね。もし、そんな方程式が成り立つような世の中なら、今年の全国大会では黒森峰が勝ってたんだから」
「そうそう。どんなに強い戦車でも、時には負けたりするものだよ。私の方なんて、最後の最後で相討ちになったし、その際ご主人様が、大会後に入院する程の大怪我したんだから」
そんな七花に、ユリアと黒姫が言葉を付け加えた。
「それで………それから何があったんだ?」
七花がそう訊ねると、黒姫とユリアも視線を雪姫に向ける。
「………………」
少しの沈黙の後、雪姫は口を開いた。
「……逃げ出したんですよ…………学園艦からね」
「「「え?」」」
予想外な雪姫の言葉に、目を丸くする3人。
「かなり驚いているようですね……まぁ、嘘だと思うかもしれませんが、これは、本当の事なんですよ?」
そんな3人を見ながらそう言うと、雪姫は話を続けた。
「(良し、皆行ったようですね………)」
ある日の夜、チームのメンバーが帰っていったのを車内越しに見届けた私は、脱走計画を実行に移したのです。もう、あんな無能共に使われるのは真っ平御免でしたからね。
幸い、私は格納庫の外に置かれていたため、逃げ出すのは簡単な事でした。
砲塔や車体側面につけられていたチームのエンブレムを剥がしてグラウンドに埋め、ティーガーに宿るとエンジンをかけ、学校の裏口から出たのです。
その日は陸で試合があったので、学園艦は停泊状態にありました。そのため、人気の失せた道路を通って昇降用ドックに向かい、其所から陸に降り立ったのです。
後は、人が絶対に来ないような所に着くまで、ひたすら走り続けるだけでした。
それにしても、その時私は公道を走っていたのに、警察に止められなかったのは意外でしたね。自転車で走っていた警官の1人を追い抜いたのですが、ティーガーのような戦車が我が物顔で公道を走っているのに、人を呼ぶ気配も、追ってきて止めようとするような気配も感じませんでしたから。
それから、ただ走りに走っていた私は、何時の間にか山の奥深くに入ってきており、終いには頂上のような所に来ていました。
走っていた時は、全方位を見渡しても、見えるのは草木ばかりでしたが、やがて、草木の間から町が小さく見えるようになっていました。
「(もう、この辺りなら見つからないでしょう)」
そう思った私は、ティーガーを停めて車外に出ました。
履帯の跡がついていると思っていたのですが、草の生え具合が深かったのもあってか、履帯の跡は綺麗に隠されていました。
山の頂上から下界を見下ろした私は、日頃の疲れもあってか光景を楽しむ余裕も無く、車内に入って直ぐ様眠ってしまいました。
其所で一夜を明かし、もう一度下界を見下ろすと、私が居た学園艦が、陸から離れていくのが見えました。
遂に私は、あの居心地悪い空間から抜け出したのです。
「………………と、まぁそのような事もあって、私は山での生活を始めたと言う訳なのです」
「「「………………」」」
雪姫はそう言うが、何時の間にか起き上がっていた3人は、口をあんぐりと開けて雪姫を見ていた。
「………?皆さん、どうされました?口をあんぐりと開けて……何故、そのような反応をするのです?」
「いや、開けたくもなるわよ」
「付喪神としての意識が目覚めた時には、既に森の中に居た俺達からすれば、次元が違いすぎて頭がついていかないぜ」
首を傾げながら言う雪姫にユリアと七花がそう返した。
「ほう…………どうやら、私と貴女達が目覚めたタイミングは、かなり異なっていたようですね」
興味深いと言わんばかりの表情を浮かべながら、雪姫は言った。
「それで雪姫さん、あれから蓮斗さんとはどうやって会ったの?」
黒姫がそう訊ねると、ユリアと七花も視線を向ける。
「そうですね………なら、最後にその話をさせていただきましょう」
そう言って、雪姫は再び思出話を始めた。
私と蓮斗が出会ったのは、私が陸に逃げてきてから数ヶ月経った、春のある日の事でした。
その間に、私が居た学園艦では、ティーガーが無くなったと騒ぎが起こり、ニュースにすらなっていましたね。
…………え?『山の中に住んでいたらニュースなんて見れる訳が無いのに、どうやった知ったのか』、ですって?
ああ、それなら簡単な事ですよ。
時折、私は山を降りて町に出る事もありましたから、その際店の外に並んでいたテレビを見て知ったんです。
当時の彼女等は、見つかる筈のない犯人を探して大騒ぎしていたでしょうね。
さて、話を戻しましょうか。
その日、私は何時もと変わらず、ティーガーの砲塔に腰掛けて暇をもて余していました。
陸に逃げ、山に身を隠してから数ヶ月経ちましたが、誰かが来る気配なんて、全く感じませんでしたね。
ですが、そんな時でした………………彼が来たのは。
「うおっ!?コイツはティーガーじゃねぇか!」
砲塔に腰掛けて転た寝していると、下から少年の声が聞こえてきたのてす。
それに起こされ、声が聞こえた方を向くと、当時は13歳だったと言う蓮斗が居たのです。
「なあなあ、このティーガーってアンタのか?」
「え?……ああ、はい。そうですが」
いきなり『アンタ』呼ばわりされた事には驚きましたが、私は頷いていました。
「スッゲー!マイカーならぬマイタンクかよ、羨ましいなぁ~!」
無邪気な笑みを浮かべて言いながら、蓮斗はティーガーの周りを歩き回っていました。
それにしても、装甲スカートを取り付けているのにティーガーの脚回りが普通のとは違うのを見抜かれたのには驚きましたね。
そして一通り見終わると、また私に話し掛けてきたのです。
「なぁ、ちょっと頼みがあるんだけど」
「何でしょう?」
そう聞き返すと、蓮斗は少しの間、それを言うべきか否かと悩むような素振りを見せていましたが、やがて意を決したのか、声を張り上げたのです。
「1度だけで良い、そのティーガーを運転させてくれ!俺、前から戦車を動かすのが夢だったんだ、この通り!」
そう言うと、蓮斗は深々と頭を下げました。
「あ、頭を上げてください。そんなの、貴方の気が済むまでさせてあげますから」
「本当か!?」
頭を下げられた事に戸惑いながら言うと、蓮斗は物凄い勢いで頭を上げたのです。
「え、ええ。燃料にも余裕がありますし、そんなに遠くに行かないのであれば、構いません」
「マジか。ありがとう!」
「ッ!」
そう言って満面の笑みを向けてきた蓮斗に、一瞬、胸がときめいたのは秘密です。
そして、私は砲塔のハッチを開けて車長の椅子に座り、操縦手用のハッチを開けて中に入った蓮斗がエンジンをかけるのを見ていました。
「さてと…………では、Panzer vor!」
威勢良く言うと、蓮斗は慣れた手つきでギアを入れて、ティーガーを動かしました。
後で聞いたのですが、彼は興味本意で買った操縦マニュアルを読んで、それを覚えていたらしいです。
夢が叶って嬉しいのか、運転中ずっと興奮している蓮斗を見ながら、私は内心で、彼を見下していました。
何せ、彼は今日初めて戦車を動かしたと言う素人です。エンジンをかけて、前進させる事は出来ても所詮はその程度。ましてやスムーズに旋回させる事なんて出来る訳が無い、そう思った私は、少しばかり意地悪を言ってみたのです。
「すみませんが、1度戦車を停めてくれませんか?」
「ん?別に良いけど…………何だ、どっか行きたい所でもあるのか?」
そう言って、蓮斗はティーガーを停めて聞いてきました。
「いえ、そう言う訳ではないのですが…………」
そう言いながら、私はキューポラから上半身を乗り出して辺りを見回し、再び車内に引っ込むと、蓮斗に言ったのです。
「少し進んだ先にカーブがあります。其所をスムーズにクリアしてみてください」
「マジで!?俺、今日戦車を動かしたばかりのド素人だぜ?」
「ええ。知っているから言っているんです」
「………アンタ、性格悪いって言われねぇか?」
そう言ってくる蓮斗に、私はほくそ笑んで返しました。
すると、少しの間を空けて蓮斗は言いました。
「すまん、ちょっと待っててくれ」
そう言うと、蓮斗はハッチを開けて外に出ると、カーブの方へと走っていき、暫く道筋を眺めると、そのまま帰ってきました。
ハッチを開けて車内に飛び込むと、そのまま操縦席に腰掛けて操縦桿を握りしめました。
「いきなりのミッションだが……………面白ぇ、やってやるぜ!」
そう言って、蓮斗はティーガーを前進させ、かなりの速さでカーブに突っ込んでいきました。
あの速度は、私の元・操縦手でも出来ない程。それが素人に出来る訳が無い。
トンでもない無茶ぶりをしてしまった事に気づいた私は、蓮斗に止めるように言いましたが、彼は止める素振りを見せません。
カーブが迫ってきます。
それ程急なカーブと言う訳ではなかったのですが、操縦しているのは素人。曲がりきれるとは到底思えません。
私は目を固く瞑り、覚悟を決めました。
ですが………………
「そぉ~ら、よっと!」
「………え?」
あろうことか、蓮斗はカーブを曲がりきってしまったのです。
呆然とする私を余所に、蓮斗は曲がりきったところでティーガーを停め、私の方を向きました。
「どうだ、やってやったぜ!」
そう言って、蓮斗は自慢気な笑みを見せてきました。
「あ…………ひぅ」
「え?ちょ、大丈夫か?しっかりしろ、おい!?」
それを見た瞬間、私は意識を手放してしまいました。
………………え?それからどうなったのか、ですか?
それは、また後で語りましょう。