聖グロリアーナ学園艦で起きた、アッサム誘拐事件。
だが、その事件はダージリンからの救援要請を受け、蓮斗の瞬間移動によって駆けつけた紅夜によって、その日の内に呆気なく幕を下ろした。
不良グループが根城としている建物に単身乗り込んだ紅夜によって、アッサムはすんなり救出され、彼を建物の前に送り届けた蓮斗によって、アッサムは聖グロリアーナへと帰される。
1人残った紅夜は、後から出てきた不良グループの面々を殲滅。リーダー格の男も、紅夜に頭部を殴り付けられてあっさりと沈み、事件解決後には、紅蓮のオーラを纏ったまま、息すら切らさず立っている紅夜と、その周りで倒れている不良グループの面々と言った光景が広がっているのであった。
「おっ!紅夜の奴、もう片付けたのか。案外早かったな」
「「え?」」
聖グロリアーナ女学院のグラウンドでは、退屈そうに、後頭部で手を組んでいた蓮斗がそう呟いた。
ダージリンとアッサムは、訳が分からず首を傾げている。
「あの、片付けたと言うのは………?」
「言葉通りの意味だよ。紅夜があのバカ共を叩きのめしたって事」
訊ねてくるアッサムにそう言うと、蓮斗は額に指を当てて瞬間移動の準備を済ませる。
「あ、あの………一体、何を………?」
「うん?何をって………紅夜を迎えに行くから瞬間移動するんだが?」
「「………………」」
おずおずと訊ねるダージリンに、蓮斗はまたしてもしれっと答え、ダージリンとアッサムは言葉を失った。
無理もない。
何せ、このグラウンドから昇降用ドックまでは離れているため、其所で何が起こったのか、普通なら分かる訳が無い。なのに彼は、それを何の苦も無く言い当て、おまけに、『紅夜を迎えに行くために瞬間移動する』などと言い出す始末。
そう言った非科学的な事を平然と言い出す蓮斗に、2人がこんな反応を見せるのは無理もない事である。
「そんじゃ、ちょっくら行ってくる」
蓮斗はそう言うと、瞬間移動で紅夜の居る昇降用ドック付近の建物へと転移し、その後には、ただ呆然と立ち尽くしているダージリンとアッサムが残された。
「……さぁ~て、これで良しっと!」
ドック付近の建物の前では、紅蓮のオーラをしまい、何時もの緑髪に戻った紅夜によって、不良グループの面々が、あたかもゴミ置き場に置かれているゴミ袋の山の如く積み上げられていた。
全員ピクリとも動いていないが、死んではいないと言うのを念のために言わせていただこう。
「にしても、コイツ等どうすっかな…………」
積み上げられた男達の山を眺めながら、紅夜はそう呟き、チラリと、建物の方へと視線を移した。
「……いっそ、コイツ等を一旦建物の中にぶち込んで、後から建物ごと葬ってやろうかな…………」
「おいおい紅夜、なぁ~に物騒極まりねぇ事言ってんだよ」
背後から突然聞こえてきた声に振り向くと、其所には蓮斗が立っていた。
「よぉ、紅夜。そっちの用事終わったっぽいから迎えに来てやったぜ」
軽い調子で言いながら、蓮斗は紅夜の隣に立つと、積み上げられた男達の山を眺める。
「うへぇ~、まるで瓦礫の山のように積み上げられてらぁ………お前ってマジで容赦ねぇのな、紅夜」
「まぁな。女の子を傷つけようとしたってのもあるが、こちとらツーリング邪魔されてんだよコイツ等に」
紅夜がそう言うと、蓮斗はガックリと項垂れた。
「おいおい。前者だけなら未だカッコ良かったが、後者ので一気に台無しだぞ。まぁ事実だが」
そう言うと、蓮斗は視線を男達から建物へと移した。
「にしてもコイツ等、思いっきりベタな建物を監禁場所に選んだな」
そう言うと、蓮斗は建物に近づいて壁にそっと手を添える。
「やっぱコンクリの建物だよなぁ~。まぁ、昔でもそんな建物がそこそこあった訳だが……よっと」
蓮斗は、壁に添えている右手に軽く力を入れ、その壁をぶち抜いた。
「……おい、いきなり何してんの、お前…………」
「いや、何と無くやりたくなった」
唖然としながらツッコミを入れる紅夜にしれっと言い返すと、蓮斗は大穴を開けられた建物から離れ、ずっと停められていた紅夜の陸王の側車のシートに腰掛ける。
「それより紅夜、そろそろ行こうぜ。聖グロの嬢ちゃん達が待ってるからさ」
「はぁ…………あいよ、直ぐ行く」
相変わらず変わり身の早い蓮斗に呆れながら、紅夜は陸王に跨がった。
「良し………………そんじゃ、戻るぞ!」
そうして、蓮斗の瞬間移動によって、紅夜は聖グロリアーナ女学院のグラウンドに舞い戻るのであった。
「よぉ、戻ったぜ~!」
「「ッ!?」」
グラウンドで立ち尽くしている2人の真ん前に転移した蓮斗は、側車から飛び降りてそう言った。
蓮斗達が突然現れた事に驚いたのか、2人は勢い良く顔を向ける。
「あー、やっぱ瞬間移動で転移したら誰だって驚くか………………おい、紅夜」
「ん?」
不意に話し掛けられ、紅夜は視線を蓮斗へと向けた。
「取り敢えず声くらいは掛けてやれ。2人共、結構心配してたんだぜ?」
「マジっすか……………分かった、ちょっくら行ってくる」
そう言うと、紅夜は陸王から降りてダージリンとアッサムの元へと歩み寄った。
「え~っとぉ………た、ただいま~」
「ッ!」
何とか絞り出された紅夜の言葉に、蓮斗は吹き出しそうになる。
だが、ダージリンは笑う事無く、あろうことか駆け出して紅夜に抱きついた。
「うわっと!?」
突然抱きつかれ、紅夜は一瞬後ろによろけるものの、それを何とか持ちこたえる。
「良かった……アッサムも、貴方も無事で……本当に、良かった……」
紅夜に抱きついたダージリンは、彼の胸板に顔を埋めて肩を震わせる。
「……えっと……心配かけたな、すまねぇ……」
紅夜がそう言うと、ダージリンは胸板に顔を埋めたまま、首を横に振った。
「(やべぇ、こっから俺はどうすりゃ良いんだ?)」
抱きついたまま一向に離れないダージリンに戸惑った紅夜は、蓮斗の方へと視線を向けて助けを求めるものの、蓮斗は面白そうに見ているだけだった。
「(おい、蓮斗!ニヤニヤしてねぇで助けてくれよ!)」
「(やなこった。面白そうだからこのまま見とく)」
「(この耄碌爺めが~!)」
視線でそんな言い争いを繰り広げたものの、紅夜は結局、ダージリンが落ち着くまで抱きつかれたままだった。
「えっと……私はどうすれば良いのでしょうか…………?」
誘拐された本人は蚊帳の外にされていたが………………
「お、お見苦しいところを…………」
あれから少しして、落ち着きを取り戻したダージリンは、ゆっくりと紅夜から離れ、顔を赤くしながら頭を下げた。
「良いって良いって。それにお前、あの場面で泣く程、俺を心配してくれてたんだろ?」
紅夜がそう言うと、ダージリンは小さく頷いた。
「此方こそすまねぇな、心配かけちまって」
「そ、そんな!謝らないでください!無理を言った此方が悪いのですから!」
紅夜が謝ると、ダージリンは勢い良く顔を上げてそう言った。
「お、おう………まぁ取り敢えず、今回の事については、アッサムさん拉致ったバカ共が悪いって事で、この件は終わりな」
そう言うと、紅夜はアッサムへと視線を向けた。
「聞くのが遅れたが……アッサムさん、体の方は大丈夫なのか?」
「え、ええ。先程も言いましたが、間一髪のところで貴方が来てくれましたから」
アッサムがそう返すと、紅夜は安堵の溜め息をついた。
「そりゃ良かった………一先ず、この学園艦のバカ共は殲滅したし、アッサムさんも体は清いままで済んだ。なら、これにて一件落着だな」
紅夜はそう言うと、陸王に跨がった。
「蓮斗~、帰ろうぜ~」
「今の状況でそんな事言えるお前の神経はどうなってんだ?」
蓮斗は呆れたように言いながら、側車へと飛び乗った。
「あ、そうだ。アッサムさん、そのジャケット帰すのは今度で良いよ。一応1着予備あるから………じゃ」
「ッ!?ちょ、ちょっと待ってください!」
蓮斗に視線を向け、大洗の学園艦へ戻ろうとした紅夜だが、其処でアッサムが呼び止め、陸王へと駆け寄る。
「ん?どった?」
「い、いえ。その…………」
少し言い淀むが、やがて意を決したような表情を浮かべ、アッサムは声を上げた。
「こ、この度は……助けてくれて、本当にありがとうございました!」
叫ぶように言って、頭を下げるアッサム。
紅夜はそれを見て、軽く笑った。
「いやいや、別に良いって。それに礼を言うならダージリンさんに言いな。あの人、態々俺に電話かけて此処に呼び出して、『アッサムを助けてください』って言ってきたんだからな?」
「こ、紅夜さん…………」
紅夜に視線を向けられ、ダージリンは顔を赤くして俯いてしまう。
それを見て面白そうに笑う紅夜に、アッサムはおずおずと訊ねた。
「ところで、その…………手や足は、大丈夫なのですか?」
「ん?手や足?なんでそんな事聞くんだ?」
「だって………壁を殴って穴を開けて、おまけに私を抱えて其所飛び降りるなんて無茶をしたら、流石に…………」
アッサムがそう言うと、紅夜は彼女が言おうとしている事を悟った。
「成る程………つまりお前さんは、俺がお前さんを抱えて逃げるために、壁殴って穴開けたり、そっから飛び降りたりしたから手足の骨とかがやられてないか心配してたって事か」
紅夜がそう言うと、アッサムは頷く。
「どうだろうなぁ………少なくとも足はなんともねぇんだが、手は………げっ」
壁を破壊した右手を見た紅夜は表情を歪めた。何故なら、殴った際に酷く擦りむいたのか、手の甲から血が出ていたからだ。
「紅夜お前、そんな怪我してたのに気づかなかったのか?」
「仕方ねぇだろ。助けるのに夢中だったんだし」
「いやいや、そんな怪我したら普通、帰ってきてから気づくだろ」
「知らんがな」
蓮斗にツッコミを入れられるものの、紅夜はしれっと言い返す。
だが、アッサムは血だらけの手の甲を見て、表情を歪めた。自分のせいで怪我をさせたと思っているのだろう。
「あー、アッサムさん?別に気にしなくて良いからな?俺が勝手にやっただけだから」
「で、ですがそれは、私を助けるために壁を壊した際の傷なのでしょう?それに気づかず、私………本当に、申し訳ありません」
深々と頭を下げるアッサムだが、紅夜はヒラヒラと手を振るばかりだ。
「だから、別に気にしなくて良いっての。こんなの勲章みてぇなモンだからさ。それに、お前さんや、お前さんの仲間の笑顔を守れたんだ、こんなモン安い代償ってモンだろ」
「「ッ!?」」
紅夜がそう言うと、2人は顔を真っ赤に染めた。
「あ~あ…………紅夜の奴、またやりやがったか。これからどうなっても知らねぇからな」
それを見た蓮斗は、ただ溜め息をついていた。
「悪いな、手当てしてもらって」
「いえ。これぐらい当然の事ですわ」
あれから、彼女等を聖グロリアーナの学生寮へと送り届けた2人だが、其所で紅夜は、蓮斗を外で待たせ、ダージリンの部屋にて負傷した右手の手当てを受け、右手に包帯を巻かれていた。
包帯を救急箱にしまい、棚に置いたダージリンは、礼を言う紅夜にそう返した。
「取り敢えず、アッサムは今夜、私の部屋に泊めますわ」
「それが良いだろうな………それじゃあ、今度こそ俺等は帰るよ。手当てしてくれてサンキューな」
「………あ、お待ちください」
紅夜はダージリンに礼を言って、玄関に向かおうとするが、アッサムに呼び止められて立ち止まる。
「ん?何か用…………?」
振り返った紅夜は、其処で口を止めてしまった。
背伸びをしたアッサムが彼の頬にキスをしており、それを見たダージリンが、驚愕のあまりに口を手で覆っていたのだ。
短くも、長くと感じられたキスを終えたアッサムは、紅夜の頬から唇を離し、頬を染めながら言った。
「また、何時でもいらしてくださいね?私の騎士(ナイト)様」
「お、おぉ…………んじゃな」
反応に困りつつ、紅夜は靴を履いて外に出ると、蓮斗と共に、大洗の学園艦へと舞い戻るのであった。
「「「「ご主人様(紅夜)(コマンダー)(蓮斗)!帰るの遅すぎ(です)(よ)(だ)!」」」」
「「すっ………すんませんでした!」」
帰ってから、紅夜の自宅にて帰宅が遅すぎた事について4人の付喪神から説教を受けそうになったが、訳を話すとあっさり許されたのは余談である。