第127話~不穏な影です!~
「んっ………ふわぁ~………」
あれから一夜明け、朝の日差しがカーテンの隙間から差し込むと、紅夜は目覚めた。
その両サイドでは、ユリアと七花が気持ち良さそうに寝ており、極めつけは………………
「ンフフッ♪ご主人様~……」
仰向けに寝ていた紅夜の上に、覆い被さるようにして寝ている黒姫だ。
彼女の表情はだらしなく緩みきっており、そのまま紅夜の胸板に頬を擦り付けている。
昨日の出来事から和解を済ませ、さらに甘えるようになっていた。
「(それにしても、まさかあの場で大泣きするとは思わなかったなぁ~………)」
昨夜、皿洗いをしていると後ろから抱きついてきて、大泣きしながら謝ってきた黒姫の姿を思い出し、苦笑を浮かべる。
「(それもそうだが、先ずは起きて朝飯作らねぇとな)」
紅夜は黒姫を起こさないように注意しつつ、黒姫を自分から下ろすと、そのまま仰向けに寝かせる。
そして綾の部屋を出ると、1階のリビングに降り、髪を何時ものポニーテールに纏めて台所に向かうと朝食を作り始めた。
「ふわぁ~…………グーテン、モルゲン……コマンダー」
「おう、ユリア。相変わらず3人の中では一番の早起きだな。ちょっと待ってろ、丁度出来たところでな」
紅夜がそう言うと、ユリアは寝ぼけているからか覚束無い足取りで食卓へ向かうと、椅子に腰掛けた。
「他の2人は?」
「未だ、寝てるわよ」
ユリアの分の朝食をテーブルに並べながら紅夜が訊ねると、ユリアはそう答える。
「そっか………おっと、もう7時か……ちょっと起こしてくる」
「その必要は無いよ、ご主人様」
突然そんな声が聞こえたかと思うと、既に黒姫と七花がリビングに入ってきていた。
「お前等、何時の間に?」
「ん~……ユリアが降りて少ししたぐらいからだな」
七花がそう答えると、黒姫を伴って食卓に向かい、椅子に腰掛ける。
「にしても珍しいな。お前等が自分で起きてくるなんて」
台所から2人分の朝食を持ってきてテーブルに並べながら、紅夜はそう言った。
「へへっ。俺等だって、何時も起こされてばかりじゃねぇって事さ!」
そう言うと、七花は朝食を食べ始める。
それに続いて、黒姫も寝惚け眼な目を擦りながら食べ始めた。
「そういや紅夜、今日は練習に行くのか?」
不意に七花が訊ねると、紅夜は首を横に振った。
「んにゃ、何やら大洗で体育祭があるとかで、暫くレッド・フラッグの出番は無さそうだってよ。まぁ、何か知らんが次に帰港する時は予定空けとけって言われたけど」
「次に帰港する時?なんで?」
「さぁ?」
ユリアが続けて聞くものの、何も知らされていない紅夜は首を横に振るばかりであった。
「さぁ~て、これで良しっと!」
朝食後、家の前の駐輪スペースにて、スパナを持った右手の甲で額の汗を拭った紅夜は、目の前に鎮座する陸王を見て言った。
陸王は側車とバイク本体が分離されており、その側車は地面に凭れるように置かれている。
「さて、分離作業は終わったし、出掛けるか」
紅夜はそう言うと、一旦家に戻って玄関の戸棚からヘルメットを取り出すと、それを装着してから陸王に跨がり、エンジンをかける。
「ご主人様、出掛けるの?」
陸王のエンジン音を聞き付けた黒姫が、家から出てきて言った。
「ああ、ちょっくらツーリングにな」
「そう………………気をつけてね?最近、何かと物騒だから。さっきテレビでやってたんだよ?また不良集団の被害が出たって」
「マジかよ………………何処で?」
「今回はサンダースだって」
「彼処で犯罪起きるイメージがまるで湧かないんだが………まぁ、聖グロやプラウダ、黒森峰ときて、今度はサンダースだ、近々大洗にも、その波が来るだろうな。まぁ気を付けるよ。それじゃ行ってくる」
紅夜はそう言うと、陸王のギアを入れてアクセルを捻り、学園艦に戻ってきて初のツーリングに出掛けた。
「それにしても、今度はサンダースかよ。ホント物騒になったな、この世の中」
陸王を走らせながら、紅夜はそう呟いた。
愛里寿と初めて会ったゲームセンターを通り過ぎ、学園艦の船尾へと向かう。
「そういや俺、学園艦の船尾って行った事無かったな……まぁ、大して風景は変わらないと思うが」
そう呟く紅夜だが、実際に船尾に近づいていくと、家は少なくなり、未開発の森林や荒れ地が目立ち始めていた。
それに、車や人の通りも少なくなっていき、休憩のために、荒れ地に乗り入れて陸王を停めた頃には、車や人の通りは完全に無くなっていた。
「うへぇ~、誰も居ねぇじゃねぇか。こりゃ完全にボッチになっちまったな」
そう言いながらエンジンを切ると、紅夜は陸王から降りてヘルメットを脱ぎ、辺りを見回す。
「家なんて一軒も建ってねぇ…………これコンクリ舗装したら、バイクで走り放題だろうな」
そう言って、紅夜はヘルメットをかぶろうとするが、其処へ1台の乗用車がやって来て、紅夜が居るのとは反対側に停車する。
そして、中から柄の悪そうな男が4人降りてくると、道路を横切って紅夜に近づいた。
「ほぉ~………まさか、こんな人気の無いところにやって来る暇人が居るとは思わなかったなぁ」
「……………?」
紅夜は訳が分からず、かぶろうとしていたヘルメットを陸王のシートに置いた。
「……何だよアンタ等?この学園艦を探検してるだけな奴ではなさそうだが」
紅夜がそう訊ねると、リーダー格の男が答えた。
「別に大したモンじゃねぇよ。暴走族でもねぇしな…………だがなニイチャン、お前は俺等の溜まり場で、のほほんと休んでやがった……………それがどういう事なのか……………分かるよな?」
その男が言うと、残りの3人が紅夜を取り囲む。
「………………くっだらねぇな」
「ああ?」
紅夜が溜め息混じりに言うと、リーダー格の男が目を細める。
「『俺等の溜まり場』ァ?高々4人しか居ねぇのに何言ってんだテメェ?そう言うのって、『この公園は俺のものだー』とか喚いてるガキ大将気取りのバカと、その取り巻き共と同じレベルだぜ?良い歳こいて恥ずかしくねぇのか?」
「ああ!?テメェ俺等がガキだって言いてぇのか!」
めんどくさそうに言う紅夜に、男の1人が怒鳴る。
「んだよ、事実だろうが。違うなら違うって言えば良いだけの話だろ?なんで其処で怒鳴るんだよ?それ、自分等がガキだって事を認めたくない三下野郎の台詞だぜ?」
紅夜が呆れ顔で言うと、再びリーダー格の男が口を開いた。
「おいニイチャン、口の聞き方には気を付けろってお袋さんに教わらなかったのか?今此処で、お前を病院送りにしても良いんだぜ?何せ此方は4人、対してお前は1人……勝負は分かりきったモンだがな」
男はそう言って、下卑た笑みを浮かべる。
「心底どうでも良いわ。つーか、もう帰る時間だから、さっさと掛かってこいや」
「……ッ!どうやら立場を分からせてやらなきゃならねぇようだな………テメェ等!やっちまえ!」
男が言うと、手下らしき3人が一斉に襲い掛かってくる。
「死ねやクソガキ!」
男の1人が、紅夜の頭部目掛けて右ストレートを喰らわせようとするが、それを瞬時に察した紅夜は上体を軽く逸らして避けると、男は勢いのままに前のめりになる。
そのまま左手に拳を作り、アッパーの要領で、その男の顎を殴り飛ばした。
「ごべぇっ!?」
殴られた男は2メートル程の高さにまで吹っ飛ばされ、背中から地面に叩きつけられる。
そして、紅夜は後頭部が地面に当たる程にまで上体を逸らすが、後頭部が地面に当たる前に両手をつき、ブリッジの体勢になると、両足を一気に蹴り上げて後方に回転し、再び立ち上がる。
「こ、このガキ調子に乗りやがって!」
余裕そうな紅夜の態度が癪に障ったのか、男の1人が殴りかかる。
「お前等はワンパターンの攻撃しか出来ねぇのか?」
紅夜はそう言いながら、自分の顔面目掛けて突き出される相手の拳を右手で掴み、力を入れる。
「イデデデデデデッ!!?」
紅夜なりに加減はしているが、それでも相手からすれば強すぎたらしく、拳を掴まれた男は情けない声を上げる。
「五月蝿ぇなぁ………もう少し静かに出来ねぇのかお前は?」
鬱陶しそうな表情を浮かべながら、紅夜はそう言った。
「へっ!ソイツにばっか構ってて良いのかよ!?」
すると、横から手下の1人が突っ込んできた。
その右手には、蒼白い火花を散らすスタンガンを持っていた。
「幾らテメェでも、このスタンガン当てられたら耐えられねぇだろうなぁ!」
自分の勝利を確信しているのか、思いきり下卑た笑みを浮かべながら、その男は紅夜にスタンガンを突きつけようとする。
だが、紅夜は一瞬の隙を突いて、掴んでいる男を引っ張って相手の射程内に入れて身代わりにする。
「ぎゃぁぁあああああああっ!!」
違法に改造されたのか、かなりの電圧を押し付けられた男は辺りに響かん限りの悲鳴を上げる。
「ッ!?」
スタンガンを当てる相手を間違えた男が大慌てでスタンガンを離した瞬間………………
「ホラよ!」
「がっ!?」
何時の間にか間合いに入っていた紅夜の右ストレートを頬に喰らい、そのまま横向きに殴り倒される。
「さて、最後はテメェ………………おろ?」
残されたリーダー格の男に話し掛けようとした紅夜だが、既に男は居なくなっていた。
車が無いのを見る限り、仲間を捨てて逃げたのだろう。
「やれやれ、コイツ等の始末どうすんだよ」
紅夜はそう言いながら、3人を寄せて積み上げ、そのまま陸王に跨がり、エンジンをかけて帰宅した。
その後、黒姫達と今日の事を話題にし、1日を過ごした。
その日の夜、とある学園艦にある廃墟の一室では………………
「……ああ、そうか…………分かった、取り敢えず手下共は回収したんだな?……………ああ。それじゃあな」
椅子に座っていた大柄の男が、通話を終えて他の男達に目を向ける。
「大洗に向かったグループがやられた」
『『『『『『『!?』』』』』』』
その男の一言に、集められた男達は驚愕に目を見開く。
「話を聞いたところ、彼奴等をやったのは2年前、俺等をやった奴と同じ特徴だ。長い緑色の髪に赤い瞳の男」
「それじゃあ番長、その男は…………」
「ああ、必ず仕留める。まぁ、それよりも前に、他の学園艦に行った奴等が“余興”をしてくれる。楽しみはそれからだ」
「しかし番長、あのガキは簡単に来たりはしないと思うんですが………………」
「安心しろ。彼奴を誘き出すためのダシになり得る奴が、この学園艦には居るんだからな……………まぁ、コイツ等はあのガキを呼び出すためのエサでもあるが、同時に俺の獲物でもある。あのガキの前でよがり堕としてやるよ」
そう言う男の後ろの壁に貼られている写真には………………
“ノンナとクラーラの写真”が貼られていた。
だが、彼等は知らない。否、知る由も無い。
近い内に、その建物で殺戮嵐(ジェノサイド)が吹き荒れる事を………………