「紅夜~、生きてる~?」
「…………お~、何とかな~」
あれから約30分が経ち、漸く解放された紅夜は格納庫から出てきた。
雅は、フラフラと覚束無い足取りで歩いてくる紅夜に近づいて声を掛ける。
すると、少しの間を空けてから力の抜けきった返事が返された。
その後ろからは静馬が、やりきったと言わんばかりの満足げな表情で歩いてきていた。
ライトニングの面々の元に辿り着く前に、手前にあった陸王のシートに跨がると、そのままハンドルに突っ伏し、盛大に溜め息をついた。
「よっ、大変だったねぇ祖父さん」
「他人事みてぇに言ってんじゃねぇよ大河。こちとらマジで恐い思いしたんだからな」
ニヤニヤしながら言う大河に、紅夜はジト目で睨みながら言い返した。
「ハハッ、悪い悪い」
大河は全く反省の色が見られない謝罪を入れ、陸王のサイドカーのシートに腰掛けた。
「ほぉ~、乗り心地は結構良いんだな、これ」
「そう思うか?」
シートに腰掛けた感想を呟く大河に、紅夜はそう言った。
「ああ。俺の体格が体格だからか、広々とした感じで、ゆったり座れるよ…………なぁ祖父さん。この際だから、今日の練習終わったら家まで乗っけてってくれよ」
「あいよ、初乗り800円な」
「金取るつもりかよ、タクシーかこれは」
「冗談だよ、冗談」
今度は大河がジト目で睨み、お返しと言わんばかりの表情で、紅夜は笑いながら言う。
そうしている間にも、静馬はレイガンの面々の元に着いたのか、談笑していた。
「それにしても祖父さん、お前が居ない間大変だったんだぜ?」
「ん?何かあったんか?」
唐突にそんな事を言い出した大河に、紅夜はそう聞き返した。
「あったも何もねぇよ。何日か前に、レッド・フラッグと大洗チームとで練習試合したんだけど、その際レイガンが大洗のチームを単独で全滅させやがったからな」
「………………マジで?」
大河の口から放たれたトンでもない事実に、紅夜は間の抜けた声で言う。
「マジもマジ、大マジだよ。その後はあんこうチームの面々が暫く自信喪失するし、ウサギさんチームの連中は涙目で怯えるし、カバさんチームのエルヴィンなんか、静馬を“ハリケーン”って呼ぶぐらいだからな」
「そんなに荒れてたのかよ」
自分が居ない間に起こっていた出来事は、紅夜を唖然とさせるには十分すぎる威力を持っていた。
「まぁ何はともあれ、祖父さんが帰ってきたから解決だな。これで静馬も落ち着くだろ」
「俺は先程、静馬に格納庫でエライ目に遭わされたがな」
「お前が早く帰ってこないのが悪いんだろうが。おまけに帰るのが2週間延びるって連絡は、お前が退院する日だったんだし」
「ウグッ」
紅夜は反論しようとするものの、大河にあっさりと論破される。
「まぁ、そう言う訳だから祖父さん……諦めろ」
諭すように言う大河に、紅夜は頷くしかなかった。
「ああ、そういや」
「ん?どうしたよ祖父さん、何かあるのか?」
不意に、陸王から降りてメンバーの方へと歩き出そうとした紅夜を、大河が呼び止めた。
「ああ、ちょっと俺のチームに加わる新しいメンバーを紹介しなけりゃならんのを思い出してな……お前も来いよ?」
「あたぼうよ」
そう言って、大河はサイドカーから飛び降り、紅夜に続いた。
「あー、お前等。ちょっと聞いてくれ」
『『『『『『『『『『?』』』』』』』』』』
紅夜が声を掛けると、メンバーの視線が紅夜に集中する。
「言い忘れていたんだが、俺等レッド・フラッグに新しいメンバーが加わる事になった」
紅夜がそう言うと、メンバーの中でどよめきが広がる。
「おい紅夜、それマジな話なのか?」
「ああ、勿論だよ達哉」
達哉からの質問にそう返し、紅夜は格納庫の方へと歩いていき、扉を開けた。
「良いぞ、出てこい」
格納庫の中に向かって呼び掛けると、IS-2とパンター、イージーエイトのエンジンが独りでにかかり、ゆっくりと格納庫から出てくる。
「?何だよ、新入りっつっても未だ戦車ねぇのかよ」
「いやいや達哉よ、それ以前に気にするところがあるだろうが」
落胆したように言う達哉に、翔がそう言った。
「“気にするところ”?何だよそりゃ?」
「パンターとイージーエイト運転してるのは誰だと思ってんだ?」
「あ?んなモン俺等レッド・フラッグの中の誰かか、自動車部の人とかに決まって………あれ?」
達哉は翔に言いながら辺りを見回すが、レッド・フラッグのメンバーも自動車部のメンバーも、既に外に居る。
そもそも格納庫は、紅夜と静馬、そして雅が出てきた時点で無人。つまりIS-2の付喪神である黒姫を除いて、現段階でパンターとイージーエイトを運転出来る者は、誰一人として居ないのが普通なのだ。
「つまり、紅夜が紹介したいって言う新入りは…………」
「ああ、そう言う事だ」
そんな会話を繰り広げる2人を他所に、3輌はゆっくりと近づいてくる。
そして、メンバー全員の前で停車した。
「さて、それではお披露目タイムと洒落込むか………………ユリア、七花。出てこい」
紅夜がパンターとイージーエイトに向かって言うと、2輌が光を放ち、その光の中からユリアと七花が姿を現した。
「この2人が新入りだ。ホレ、自己紹介」
「ええ」
そうして、先ずはユリアから自己紹介を始めた
「レッド2《Ray Gun》こと、パンターA型の付喪神、ユリアよ」
「俺は七花。レッド3《Smokey》こと、シャーマン・イージーエイトの付喪神だ。よろしくな」
『『『『『『『『『………………』』』』』』』』』
2人は自己紹介を終えるが、当のメンバーは全員唖然としていた。
「ま、まさかレッド・フラッグの戦車全部に付喪神が宿ってたなんて………あ、あははは…こりゃたまげたね……」
何とか何時もの調子を保とうとしている杏でさえ、苦笑を浮かべていた。
「これを他の学校や連盟とかが知ったら、大変な事になるだろうな」
「えっとぉ~、此処で私はどうすれば良いんでしょうか………………」
その傍らでは、桃がこめかみを押さえながらそう呟いており、柚子は場の状況についていけずにワタワタしていた。
「あ~あ、カオスな状況になっちまってまぁ………誰だよ?こんな状況にしたのは……」
『『『『『『『『『お前だろうが!!!』』』』』』』』』
その光景を見ながら、他人事のように呟いた紅夜にメンバー全員からのツッコミが炸裂したのは言うまでもないだろう。
その後、何とか状況が落ち着き、グラウンドにて、付喪神とメンバー達による、軽い交流会が開かれていた。
それも兼ねて、紅夜が持ってきた陸王の展覧会擬きも開かれており、自動車部のメンバーが集まってきていた。
“自動車部”なのにバイクに興味を示すとは、これ如何に………………いや、“乗り物”と言う観点で言えば、バイクでも良いのかもしれないが。
「案外、直ぐに打ち解けたな」
格納庫の壁に凭れて様子を見ながら、紅夜はそう呟いた。
「そうだね………まぁ、私の時もそうだったし、そもそも付喪神があの2人で初めてって訳じゃないから、躊躇いもなかったんじゃないかな?」
その隣に立つ黒姫がそう返すと、紅夜は頷いて言葉を続けた。
「確かに言えてるな…………さて、此処のメンバーには紹介したから、今度は輝夫のオッチャン等に紹介しに行かなきゃならんな」
「祐介さん辺りが、私の時みたいに発狂しなければ良いんだけどね」
「そうかぁ?俺としては、沖兄の反応は見てて面白いからな。俺個人としては、また発狂してほしいものだぜ」
紅夜はそう言って、快活に笑った。
「輝夫さん辺りは、ご主人様を冷やかしそうだね。『何処でこんな美少女捕まえてきたんだ~?』って」
「ああ、オッチャンならやりかねん」
そんな会話を交わし、2人は他のメンバー達へと視線を移す。
その視線の先では、エルヴィンとユリアが意気投合していたり、何故か雅と七花がタイマンを張ろうとして止められていたりしていた。
その光景を見て微笑んでいると、不意に、黒姫が紅夜に寄り掛かった。
「ん?どうしたよ黒姫?」
「ううん、何でもないよ。ただ…………」
そう言い掛けると、黒姫は少しの間を空けてから言った。
「ご主人様に拾われて、一緒に戦えて、本当に幸せだなって思ったの」
「へへっ、何だよ急に?」
紅夜は照れ臭そうに頬を掻きながら言う。
「私……ううん、私達はね…………ご主人様のチームに加わる前のチームでの記憶が、全く無いんだ」
「え?」
そう言われた紅夜は、間の抜けた声を出して黒姫の方を向く。
その視界に映る黒姫は、顔を伏せていた。
「私達の意識が目覚めた時には、ご主人様と最初に出会った森の中に居たの。燃料は空で、エンジンだって壊れてる状態でね」
「………………」
そう語る黒姫の言葉を、紅夜はただ黙って聞いていた。
「自惚れるつもりは無いって言った上で言うけど……IS-2やパンター、イージーエイトなんて、火力や機動力からしてそれなりに戦力になるんだから、森の中に放置されるなんて、おかしな話でしょ?もし、私達が元々、何処かの学校か同好会チームで使われていた戦車だったとしたら、捨てると言う選択肢が浮かぶなんて考えられない。でも私達は、森の中に放置されていたの。自分達の意識が目覚める前に、何が起こったのか分からないまま、ね」
そう言うと、黒姫は悲しそうな笑みを浮かべながら空を仰いだ。
「そうなってからは、もう、どうしようもなかった。ただ、雨風に打たれながら、暇潰しに3人で話すか、季節を追うごとに少しずつ変わる森の情景を眺めるしかなかった。そうやって、その場で全員朽ち果てるのを待つしかないんだって、そう思ってたの。でも其処で、私達を見つけてくれる人が居た。それが………」
「俺だったって事か」
黒姫の言葉に続けるように紅夜が言うと、黒姫はコクりと頷いて言葉を続けた。
「ご主人様は覚えてる?私達を見つけた時の事」
「ああ、勿論覚えてるよ。確か、俺が小5になったばかりの頃だったかな」
紅夜がそう言うと、黒姫は可笑しそうに笑って言った。
「あの時のご主人様、本当に面白かったなぁ~。私達を見た瞬間、驚きのあまりに、後ろ向きにステンと転んでたんだもの。それで起き上がって、私達が戦車だと気づいてからは、『戦車だ!』とか言ってはしゃいで………フフッ♪」
「し、仕方ねぇだろ?その頃から俺は、戦車ってのに興味があったんだ。その実物を拝めたら、誰だってはしゃぎたくなるってモンだろうが。それがガキだったら尚更だ」
笑われたのが恥ずかしいのか、紅夜は若干、頬を赤く染めながら言い返す。
「はいはい、そうですね~」
「その言い方、メッチャ腹立つなぁ~」
「ごめんなさ~い」
黒姫は楽しそうに言った。紅夜をからかって楽しんでいる表情だった。
「でも………ありがとう」
「ん?何だよ、いきなり礼なんざ言って」
不意に礼を言われ、紅夜は首を傾げた。
「ご主人様に見つけてもらえて……現役時代の頃のように試合に出させてもらえて………凄く、嬉しかったの…………もし、ご主人様に見つけてもらえなかったら、私達はあのまま、森の中で朽ち果てるのを待つしかなかったと思う」
「いやいや、もしかしたら俺以外の誰かが見つけてくれるかもしれんじゃねぇか」
紅夜はそう言うが、黒姫は首を横に振った。
「たとえ見つけてもらえても、今のご主人様と同じような態度で接する事は出来ないよ。その人が、ご主人様と同じように私達を大切にしてくれるって保証は無いんだからね」
「成る程な…………」
黒姫の言う事に、紅夜は相槌を打った。
すると、黒姫が紅夜の前に出て振り返った。
「だから、そう言った面でも、私はご主人様に拾われて良かったって思ってるんだ」
そう言うと、黒姫は他のメンバーの元へと歩いていく。
「ホラ、ご主人様。行こうよ!」
「………………はいはい」
そう返し、紅夜は黒姫に続いて歩き出し、他のメンバーに交ざって交流会を楽しむのであった。