「さてと………………んじゃ、行ってくる」
綾が家を出るのとほぼ同時刻、紅夜は卒業検定を受けるため、教習所へ向かおうとしていた。
「忘れ物は無い?ちゃんと筆記具は持ったの?」
玄関まで見送りに来た幽香が、忘れ物の有無を確認する。
「勿論。昨日の夜に用意して、さっきだって、もう1回確認したから大丈夫だって」
そう言うと、紅夜はドアを開けて外へ1歩踏み出す。
「それじゃ、行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい。気をつけて行くのよ?」
「りょ~かい」
紅夜は外へと踏み出し、教習所へ向かおうと歩き出す。
「おーい、ご主人様~!」
「……?黒姫?」
見送りに来なかった黒姫の声が聞こえ、紅夜は声が聞こえた方へと振り返った。
視線の先では、何処から持ち出してきたのか、チアリーダーの衣装を着た黒姫が居た。
「卒検、頑張ってね~!」
そう言いながら、黒姫は両手に持っていたポンポンを振る。
「彼奴、あれやるために玄関まで来なかったんだな………」
呆れたように言いつつも、その顔には笑みが浮かんでいた。
「応援ありがとよ、黒姫。サクッと免許取って帰ってくるぜ!」
そう返すと、紅夜は教習所へと向かった。
「………………では、これより卒業検定の説明を始めます」
教習所に着いた紅夜を待っていたのは、試験監督からの説明だった。
「えー、先ずはバイクを起こし、それからは、皆さん其々に配られた教習所の見取り図に従って、コースを走ってもらいます。では、各自にゼッケンを配りますので、それを着けてから、移動してください」
監督が言うと、教室のドアの傍に立っていた男性が、1人ずつ名前を呼んでゼッケンを渡していく。
大して待たない内に、紅夜の元にやって来た。
「えー、長門紅夜君だね?君はゼッケン8番だよ」
「了解です」
差し出されたゼッケンを受け取り、紅夜は胸にゼッケンを着け、移動を始めた。
「それでは、卒業検定を始めます。ゼッケン1番の人、始めてください」
「はい」
監督に呼ばれた男性が前に出る。
彼の手がバイクに触れた瞬間、その者の試験が始まる。
バイクを起こし、スタンドを上げてエンジンをかけると、コースへと入っていく。
各課題をクリアして戻ってくると、エンジンを切ってスタンドを下ろし、試験は終わる。
時間が経つにつれて、他の教習生達の表情に緊張の色が見えてきた。後になればなる程、彼等の動きはぎこちなくなっていく。ミスをする者も居た。
「えー、それではゼッケン8番の人、始めてください」
「はい」
紅夜はそう言って、倒れているバイクに近づいた。
「(さて、先ずはコイツを起こすんだっけな……)……よっと」
何の苦も無くバイクを起こす紅夜だが、監督や他の教習生からの反応は殆んど無い。
恐らく日々の教習で紅夜の怪力ぶりを見せられてきたため、もう慣れてしまったのだろう。
「(さぁ、次はバイクに跨がって、ミラーの確認っと………)」
紅夜は両方のハンドルについているミラーを調節し、スタンドを上げるとエンジンをかける。
「(後方確認、半クラッチとウィンカー良し)………ゼッケン8番、長門紅夜、行きます!」
スムーズに走り出した紅夜のバイクは、最初の課題、スラロームの地点に来る。
「(チャリの感覚は通用しねぇ………だが、この2週間、技能教習を受けて、家でもコツを勉強してきたんだ、此処で失敗出来るかってんだよ!)」
内心でそう呟きながら、紅夜はスラロームを鮮やかに切り抜け、次の課題、一本橋の手前で停車し、再び走り出す。
「(えっと、半クラッチにニーグリップ、そして視線は若干上に向けてと………)」
一本橋を揺れずに通過した紅夜のバイクは、続くS字コーナーやクランクも難なくクリアし、波状路、踏み切り、急制動もクリアする。
「(よぉーし、こっからも行くぜ!)」
此処で四輪車が走るコースに乗り入れた紅夜は、気合いを入れ直して各課題に挑んでいく。
路上の障害物、交差点、右折・左折直後の一時停止や障害物………………これらをクリアすると、次に坂道発進が待ち構えていた。
「(半クラッチに後輪のブレーキを緩めて、下りは緩めたブレーキをかけ直して………………良し、クリア!)」
全ての課題をクリアした紅夜は、無事にスタート地点に戻ってきて停車した。
忘れずにブレーキを握ってギアをニュートラルに入れる。
「(それから後方確認、ブレーキ握って降りる、そしてそのままスタンドを下ろす)」
そしてバイクを傾け、ハンドルを左に切って手を離すと………………
「はい。ゼッケン8番、試験終了です。紙に書いてある教室に移動して待っていてください。それでは次、ゼッケン9番の人は始めてください」
こうして、次の教習生が試験を受けていくのを背に、紅夜は紙に書いてある教室に向かった。
「皆さん、今日の卒業検定、お疲れ様でした」
教室に移動してから待つこと約1時間。教習生全員が教室に入ると、最初にやって来た監督が入ってきてそう言う。
そして、2、3人程の教習生を呼んで何かを伝えると、今度は呼ばれなかった紅夜を含む他の教習生の方を向いて言った。
「では、今座っている人達は、全員合格です。おめでとうございます」
「………………ッ!(ッッッシャァァァァァアアアアアアアアッ!!!)」
『合格』と伝えられた紅夜は、心の中で大きくガッツポーズした。
その後、卒業証明書や記念品を受け取った紅夜は、それらを持ってきたサブバッグに入れて教習所を飛び出すと………………
『………………うぉっしゃぁぁぁぁあああああっ!!!』
嬉しさのあまりに紅蓮のオーラを纏いながら、家に向かって勢い良く走り出した。
この時、紅夜が教習所から家に着くまでかかった時間は、僅か5分だったとか…………
その後、家に帰ってきた紅夜は、同じく家に帰ってきた豪希に合格した事を伝えた。
「おー、そうかそうか!1発合格を成し遂げたか!流石は俺と幽香の息子だ!俺は鼻が高いぜ!」
豪希はそう言いながら、紅夜の頭をクシャクシャと撫で回した。
「こうちゃん、受かったの!?良くやったわ~!」
豪希の声を聞き付けて飛び出して来た幽香は、そのまま紅夜を目一杯抱き締めた。
「おめでとう、ご主人様!」
続いて出てきた黒姫も、紅夜の合格を祝う。
「良し、紅夜!早速免許センターに行くぞ!今日からお前は、戦車道同好会チーム《RED FLAG》隊長の他に、ライダーの肩書きを得るんだ!」
そう言うと、豪希はポケットから車のキーを取り出してロックを解除すると、後部座席に紅夜を放り込み、自分は運転席に飛び込む。
「こうしてはいられないわ。アナタ、私も!」
「あ、私もご一緒させてください!」
黒姫は、先に後部座席に乗り込み、幽香は戸締まりを済ませて助手席に乗り込む。
そうして一行は免許センターへと向かい、紅夜は晴れて、大型二輪の免許を獲得したのであった。
「「「紅夜(こうちゃん)(ご主人様)、卒検合格おめでとう~!」」」
その夜、紅夜の卒検合格を祝うパーティが開かれた。
「いやぁ~、まさかマジで1発合格しちまうとはスゲーな!俺ビックリしたぞ」
「そう?私は、こうちゃんなら絶対合格するって思ってたけどね♪」
腕を組んで、ウンウンと頷きながら言う豪希に、幽香はからかうような笑みを向けながらそう言った。
「それにしても、ご主人様。これでバイク、学園艦に持っていけるね!」
「ああ。中学1年ぐらいで彼奴の修理を始めてから、もう6年。長かったぜ………色々あったらなぁ………」
紅夜はそう言いながら、熱くなってくる目頭を押さえる。
「あら?こうちゃんったら、もしかして嬉し泣き?」
「へへっ。そうかもしれねぇな………」
紅夜がそう返すと、幽香は微笑ましそうな表情を浮かべて腕を広げた。
「それならこうちゃん、ママの胸に飛び込んでらっしゃ………「ご主人様~、泣きたいなら私の胸で泣け~♪」……あらあら、先を越されちゃったわ」
「コラコラ黒姫ちゃん、一応今はご飯中なんだ。紅夜を抱き締めるなら、ご飯食べてから部屋でしなさい」
「は~い」
すっかり馴染んだ黒姫はそう言うと、豊満な胸に埋めていた紅夜を解放し、食事を再開した。
その後、紅夜はレッド・フラッグのメンバーや綾に、卒検合格を知らせるメッセージを送り、黒姫に抱かれて眠りについた。
「……本当に………もう、行っちゃうの……?もう少し、ゆっくりしていっても………良いのよ……?」
「お袋、此処に来て泣かないでくれよ…………」
翌日の夕方、此処は大洗の港。
それまでに紅夜と黒姫の分のヘルメットを買ったり、陸王のガソリンを満タンにしたり、車検を通したりした紅夜達は其所で、大洗女子学園の学園艦へと向かう連絡船を待っていた。
未だ自分達と一緒に居てほしいと言わんばかりに目尻に涙を浮かべ、紅夜に抱きつきながら言う幽香に、紅夜は苦笑混じりにそう言った。
「まぁまぁ紅夜、幽香の気持ちも察してやれ。長らく帰ってこなかった息子が、新たな家族連れて帰ってきて、暫く共に過ごしてきたんだ。もう少し一緒に居たかったんだよ」
豪希はそう言いながら、紅夜と幽香の頭を撫でる。
すると、今度は黒姫の方へと向き直り、紅夜を撫でていた手を黒姫の頭に乗せた。
「黒姫ちゃん。学園艦の家に戻ったら、まただらけた馬鹿息子に戻るかもしれねぇが………コイツの事、よろしく頼むぜ?それと、これは紅夜にも言える事だが………………何時でも、また遊びにおいで」
「………………ッ!」
そう言われた黒姫は、力強く頷いた。
「はいッ!………また、必ず伺います、お父様………!」
「うんうん、お前さんはホントに良い子だ。紅夜とは大違いだぜ」
「親父ィ~、息子の旅立ちにそれはねぇだろ~」
未だに抱き締められている紅夜は、咎めるような視線を豪希に送った。
「ははっ、悪い悪い」
そう言っている内に、学園艦へ向かう連絡船が港に入ってくる。
タラップが下ろされ、乗客達が乗り降りし始める。
「それじゃあね、こうちゃん…………また、何時でも…遊びに来て……良いんだからね?」
「ああ。お袋達こそ元気でやれよ?それから、何か嫌がらせしてきやがる奴が居たら言ってくれよ?そん時ァすっ飛んで、ソイツ等をかっ飛ばしてやるから」
最後に、幽香を力の限り抱き締めると、紅夜は彼女から離れる。
「それじゃあ行こうか、黒姫」
「うん」
そう言って、紅夜はヘルメットをかぶりながら、サイドカーのシートに置かれてあった黒姫のヘルメットを渡し、かぶらせる。
そして、黒姫がサイドカーのシートに座ったのを確認すると、陸王のエンジンをかけ、両親へと振り返った。
「じゃあな紅夜、黒姫ちゃん!アッチでも上手くやれよな!」
「こうちゃ~ん!黒姫ちゃ~ん!体には気を付けるのよ~~!」
そう言いながら手を振ってくる両親に、紅夜は手を振り返す代わりに、陸王のアクセルを煽って、エキゾソート音を轟かせて返事をする。
そして、自動車用のタラップへと向かい、連絡船に乗り込んだ。
紅夜は出港するまでの間に、レッド・フラッグや大洗チームのメンバーに、これから学園艦に向かう事を伝える。
やがて、連絡船は出港し、紅夜達は、実に3週間ぶりの大洗の学園艦へと向かうのであった。