「レッド1と連絡を取りたい?」
1階に降り、暫くのんびりしていた綾は、レッド2から黒姫と連絡を取らせてほしいと頼まれていた。
「ええ。あの子が本土に行ってから暫く経つけど………………あの子ったら、その間何の連絡も寄越さないの。一応誰かに連れ去られたりはしない子なんだけど、流石に何日も音沙汰なかったら心配になってくるの。だから頼めないかしら?」
両手を合わせ、少し不安げに見てくるレッド2を見ながら、綾は少し考える。
――そもそも紅夜は、黒姫は兎も角、他の付喪神の存在には気づいているのか?――
それが、今の綾からして一番の疑問点であった。
「一応聞いておくけど………………兄様、貴女達の事は知ってるの?」
「知らないわよ?」
綾の問いに、レッド2は即答する。
「し、知らないって………………どうするのよ?当然ながら、私もレッド1とやらの事は全く知らないのよ?会った事も無いし」
「そ、その辺は上手く………………な?」
「『な?』じゃないわよ、全く………………まぁ良いわ。適当にやっといてあげる」
そう言うと、綾はスマホを取り出して電源を入れると、電話帳から東京の家の番号を選択し、通話ボタンを押す。
大して待たない内に、電話が繋がる。
『はい』
「ッ!(兄様!)」
慕う兄が電話に出た事に内心で喜びながら、綾は平然を装った。
「す、少しぶりね兄様」
『あれ、その声って綾だよな?どったの?親父かお袋に用でもあんのか?』
その問いに、綾は首を横に振った。紅夜からは当然ながら見えないが………………
「いいえ?ただ、もう兄様が退院した頃じゃないかと思って遊びに来たら居なかったから、もしかしたら未だ本土に居るんじゃないかと思って電話してみたのよ。まさか、ホントに居るとは思わなかったわ」
『そ、そりゃあ何かスマン。退院してから大型二輪の免許取る事になってな。免許取得のために本土に留まってんだよ』
「成る程ね………………もしかして、『ずっと家に置いてる陸王を何とかしろ』的な事をお父さん辺りから言われたんじゃないの?」
『ご名答』
綾が推測すると、即答で是の返事が返された。
「(さて、こうやって兄様と話していたいけど、やる事があるのよね………………)」
内心でそう呟きながら、綾は先程から傍で聞き耳を立てている2人の方を見る。
2人は綾からの視線に気づき、努めて笑みを張り付けながら後退りし、ソファーへと腰掛けた。
「(それにしても、レッド1とやらの事をどうやって言い出したものかしら………その人とは初対面な筈だから、知ってたら逆に疑われるし………………)」
黒姫の事について訊ねるタイミングが思うように掴めず、どうしたものかと頭を悩ませていた、その時だった。
『ご主人様~、誰と話してるの~?』
スマホの向こう側から、少なくとも聞き覚えの無い女性の声が聞こえてくる。
『うわっ、ちょ、馬鹿。通話中とかでは“ご主人様”と呼ぶなって言ったろ。聞こえるじゃねぇか』
「残念ながら、もうバッチリ聞こえてるわよ」
『……………』
呆れ顔で言うと、紅夜は沈黙する。恐らく、『自分は女子に“ご主人様”と呼ばせる変態だと思われているのではないか』と思い、言い訳を考えているのだろう。
『え、えっとだな綾。違うんだ。これには、その…………深ぁ~~い訳があってだな……』
「へぇ~?」
かなり切迫した声で話す紅夜に、綾の心に悪戯心が芽生える。
「ふーん?女の子に“ご主人様”って呼ばせる事に、どぉ~んな“深い訳”があるのかしらぁ?」
『あ、いや。だからだな。別にこれは、俺が言わせてる訳でもなくてだな………』
「ほぉ~………じゃあ何?アキバとかでお馴染みの“メイド喫茶”にでも行ってるの?」
『行かねぇよ!』
即座に返されるツッコミに、綾は爆笑しそうになる。かなり楽しんでいた。
『それでな?別に俺が呼ばせてる訳でもなく、かと言って、メイド喫茶に来てる訳でもなくてだな………えー、その………お前からしたら…………いや、お前だけに留まらず、普通なら信じがたい事なんだが』
「勿体振らないで言ってよ」
そう言って、綾は話すように促す。
そして紅夜は、絞り出すような声で言った。
『実は、その………俺の………俺が乗ってるIS-2には、だな………………』
そう言いかけると、紅夜は少しの間を空ける。
何の声も聞こえなくなる状態から察するに、自分で話すべきか否かで葛藤しているか、若しくは近くに居る誰かに、話すべきか否かを視線で訊ねているかのだろう。
そして、話す事に決めたのか、はたまた視線を向けられた相手が頷いたのか、紅夜は再び口を開いた。
『実は、その………………俺のIS-2には、だな…………………
……………付喪神が宿ってるんだよ!』
最後に少し長めの間を置いて、紅夜は遂に言った。
「(あー、やっぱりね…………それっぽい事言い出すと思ったわ)」
だが、既に付喪神に会っている綾からすれば、今更言われたところで驚く筈も無く、ただ黙って立っていた。
『……………あれ?』
何時まで立っても、何のリアクションも返されない事に疑問を感じた紅夜が、間の抜けた声を発する。
『えっと……綾?』
「何?」
スマホの向こうで、きっと表情をひきつらせているであろう紅夜が話し掛けると、綾は淡々と返事を返した。
『いや、『何?』じゃなくてだな…………驚かねぇのか?これ言っちゃナンだが、空想上の存在が実在するって言ってるんだぜ?』
「驚いてるわよ?“一応”ね」
『一応ってお前……此処、結構驚く場面だぞ……』
先程までの緊迫した雰囲気は何処へやら、すっかり肩を落とした紅夜が綾の反応にツッコミを入れる。
「だって、『兄様ならそうなってもおかしくない』って思ってたもの」
『何だよそりゃ……はぁ…………』
スマホの向こうから、心底落胆した紅夜の溜め息が聞こえてくる。
「それで兄様?その付喪神さんはどうしてるの?」
此処で綾は、2人から聞くように頼まれていた事を訊ねた。
『黒姫がどうしてるってか?そう言われても………………普通に、一緒に住んでるぜ?親父等の家で』
「じゃあ、お父さん達も知ってるのね?2人はどんな反応したの?」
『………………』
綾がそう訊ねると、暫くの沈黙の後に返事が返された。
『………………お前と、大して変わらなかったよ。親父達は直ぐに受け入れたし、黒姫だって、直ぐ懐いた』
「そう、なら良かったわ………それもそうだけど、何時免許を取れるの?」
『んっと…………卒業検定とかがあるから、1発合格すれば、後4日ぐらいで取れるかな』
「そう……それにしても、久し振りなんじゃないの?本土で2週間以上過ごすのは」
『言われてみりゃあ、確かにそうだな』
すっかり何時もの調子を取り戻した紅夜はそう言って、快活に笑った。
「それにしても、付喪神に会ったって言うなら早めに言ってほしかったわ」
『悪い悪い。色々あったんでな。まぁ、もしパンターやイージーエイトの付喪神が現れたら電話してやるよ』
「楽しみにしてるわ。それじゃあ、私はそろそろ帰るから、切るわね。お父さん達によろしく言っといて」
『あいよ、綾。そっちも頑張れよ。何せお前は、知波単期待のエースなんだからさ』
「それ、私が知波単の戦車道チームに入った直後の二つ名じゃないの、もう……じゃあね」
そう言って通話を切ると、綾は2人に向き直った。
「レッド1は兄様と一緒に、本土にある実家で暮らしてるわ。兄様、退院してから直ぐに大型二輪の免許を取る事になったから、それでついていったみたい」
「そう………まぁ、変な事に巻き込まれたりしなくて良かったわ」
そう言って、レッド2は安堵の溜め息をついた。
「さてと………………それじゃあ、私はそろそろ帰るわ」
「あら、もう帰るの?」
「もっとゆっくりしていけば良いのに」
綾が帰ると言い出すと、2人は少し残念そうな表情を浮かべる。
「明日は学校もあるからね」
そう言うと、綾は2階に上がって帰り支度を済ませると、再び1階に降りてきた。
「それじゃあね。兄様達によろしく言っといて」
「ええ、分かったわ」
「また来いよな!」
そんな会話を交わして、綾は家を出ていった。
「ふぅ………今日も今日とて疲れたよ~っと………………ただいま~」
夜、紅夜は今日の教習を終えて帰ってきた。
「お帰りなさい、ご主人様。今日も教習、お疲れ様」
家に入ると、黒姫が立っていた。
「ああ、ただいま黒姫」
紅夜はそう言うと、靴を脱いで家に上がる。
「今日もバイクに乗ったの?」
「ああ、学科教習はあまり無いからな。大半が実技だよ………………にしても、一本橋はかなりキツかったなぁ~。何とかクリア出来たとは言え」
そう言いながら、紅夜はリビングにやって来た。
「あら、こうちゃん。お帰りなさい」
「ただいま、お袋」
リビングに入ると、隣接する台所に幽香が立っていた。
「もうすぐご飯出来るから、座って待ってなさい」
「ほーい」
そう返事を返すと、紅夜と黒姫は椅子に腰掛ける。
『次のニュースです。最近、学園艦に入ってくる不良集団による被害が相次いでおり、現段階でも、プラウダ高校、聖グロリアーナ女学院、黒森峰女学園にて、ごみの散乱、騒音と言った被害が出ています。下校途中の女子生徒にも手を出す危険性もあるため、各学校では、最終下校時間を早めると言った対策が練られています―――――――』
「うわぁ~、何かスッゲー物騒だなぁ………つーかこの話題、俺が入院してる時も結構やってたぜ」
テレビを見ながら、紅夜はそう言った。
「現段階じゃあ大洗には被害が出てないんだろうが、その不良集団とやらが大洗を狙うのも、時間の問題と言うべきかな………………つーか、プラウダとか聖グロとか黒森峰って………………皆、大丈夫かなぁ?幾ら戦車道で強かろうと、普通の肉弾戦じゃなぁ……」
「いざとなったら、蓮斗に頼んで其々の学園艦に転移してもらって、その学園艦に居る不良集団を殲滅するって言うのもあると思うよ?」
そう言う黒姫に、紅夜は小さく頷いた。
「まぁ兎に角、大洗にも被害が出る前に学園艦に戻らねぇとな。達哉達が居るが、やっぱ心配だ」
「優しいんだね、ご主人様は。そう言うの、私は大好きだよ♪」
「ははっ、ありがとよ」
抱きついてくる黒姫に微笑みながら、紅夜はそう言った。
「あらあら、2人共ラブラブねぇ~」
出来上がった料理を運ぼうとしている幽香は、イチャつく2人を微笑ましそうに見ながらそう言う。
「おっ、ご飯出来たみたいだな…………黒姫、もうご飯出来たから離れろ」
「はーい」
そう言うと、黒姫は一旦離れ、出された料理を食べ始めた。
それから数分後、仕事を終えて帰ってきた豪希も夕飯に加わり、一家団欒の空間が、そのリビングで広がっていた。