ガールズ&パンツァー~RED FLAG~   作:弐式水戦

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第116話~退院の7日目、中編です!~

「♪~」

 

 本土へ向かう連絡船に乗った黒姫は、近づいてくる主との再会の時に想いを馳せながら鼻唄を歌っていた。

 彼女の視線の向こうには、本土が小さく見えている。館内アナウンスでは、昼過ぎに到着出来るとの事で、嬉しさが込み上げてきた黒姫は、つい鼻唄を歌っていたのだ。

 彼女の周りには人気があまり無いため、彼女の歌が聞こえる者は居ない。

 だが、彼女自身の声の質はかなり良く、もし誰かが居合わせていたら、少なくとも1回は彼女の方へと顔を向けるだろう。

 

「そう言えばご主人様、歌とか結構好きだったし、アンツィオと戦った時だって、ライトニングのメンバーでバンド演奏してたらしいから、今度、私も一緒に歌わせてって頼んでみようかな♪」

 

 そう呟きながら、黒姫は紅夜と共に歌っている自分を想像して頬を緩ませ、自分の悩ましい肢体を抱き締める。

 その場には誰も居ないのだから、これぐらいはと思っていたのだが………………

 

「人気が殆んど無いからと言っても、少し開放的すぎではありませんかね?」

「ッ!誰!?」

 

 背後から突然話しかけられ、黒姫は反射的に後ろを向く。

 其所には、紅夜よりも少し背が低い程度の白髪の女性が立っていた。

 自分の知らない間に背後を取っていた彼女に、黒姫は警戒の眼差しを向けるが、当の女性は笑んでいるだけだった。

 

「そんなに恐い目で睨まなくても良いじゃありませんか。別に喧嘩を売りに来た訳ではないのですから」

 

 そう言って、女性は1歩、黒姫に近づいた。

 

「はじめまして、私は雪姫(ゆきひめ)と申します。以後、お見知り置きを」

 

 そう言うと、雪姫は丁寧に一礼して会釈する。

 

「あ、これはどうも、ご丁寧に………黒姫です………」

 

 物腰柔らかな態度に戸惑いながらも、黒姫も挨拶を返した。

 雪姫はそれを見て微笑むと、船の柵に凭れ掛かった。

 

「こうして船に乗るのは、何年ぶりでしょう…………」

 

 そう呟く雪姫の白髪が向かい風に靡き、紫色のスカートがはためく。

 

「少なくとも、半世紀以上は乗っていませんね」

「えっ………?」

 

 そんな雪姫の言葉に、黒姫は目を見開いた。

 

「(み、見た目はこんなにも若いのに半世紀以上生きてるの!?この人、一体………)「『何者なんだろう』って顔ですね」……ッ!?」

 

 見透かしたような表情で雪姫は言い、黒姫は体を強張らせた。

 

「貴女なら分かる筈ですよ?何せ“同類”ですから」

「同類………………なら、貴女も?」

 

 そう訊ねる黒姫に、雪姫は微笑みながら頷いた。

 

「ええ。私も貴女と同じように、“戦車の付喪神”なんですよ」

「ッ!?」

 

 その言葉に、黒姫は驚愕のあまりに目を見開いた。まさか、自分や、家に居る2人の他に戦車の付喪神が居るとは思わなかったのだろう。

 

「フフッ♪かなり驚いているようですが、私が知っている中でも、後4人居るんですよ?付喪神が」

「ッ!?」

 

 可笑しそうに笑いながら言う雪姫に、黒姫はただ、驚く事しか出来なかった。

 

「ですが………」

 

 そう言葉を切り出し、雪姫は表情を曇らせて俯いた。

 

「私が慕う主は、もう半世紀以上前に、戦車道同好会チームの試合中に、事故で亡くなりました………………」

「……そう、なんですか…………」

 

 雪姫が気の毒に思えた黒姫は、声のトーンを落とす。

 だが、雪姫は何時の間にか顔を上げており、空を見上げていた。

 

「ですが最近、主は完全にこの世から消えた訳ではないのではないかと考えるようになったのです」

「え?でも、貴女も戦車の付喪神なら、その主さんが亡くなるのを間近で見たんじゃ?」

「ええ。確かに私の主は、落車した戦車としての私から投げ出され、打ち所が悪かったために即死しました。しかし今から1週間前、主と良く似た気配を感じたんです」

「1週間前………………」

 

 その時黒姫の脳裏に思い浮かんだのは、全国大会決勝戦、黒森峰との試合だった。

 

「因みに、どんな感じだったの?その、気配って言うのは」

 

 そう訊ねられた雪姫は、一旦黒姫へと視線を向けると、再び空を見上げて言った。

 

「……とても、懐かしいものでした………試合を心の底から楽しんでいる……彼から溢れ出るオーラが、その場に居る者全てを昂らせ、激戦の快楽に狂わせる……たとえ何れだけ傷つこうと、それを気に留める事すら出来なくなる………………ある意味、戦車冥利につきる気配でした。正直、あの場に私が居なかったのが、少々惜しいです」

 

 それっきり黙ってしまった雪姫の隣で、黒姫は彼女の主がどのような者だったのかと想像するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………ッ」

 

 その頃、紅夜が入院している病院の裏にある木の根元で、スヤスヤと気持ち良さそうに寝息を立てる紅夜を膝枕しながら、ミカは顔を俯け、赤くしていた。

 あの後彼女は、キスをしても起きない紅夜を見てタガが外れたのか、唇だけでは足らず、頬や額にもキスをしていたのだ。

 そんな彼女を、彼女のチームメイトが見たら驚愕のあまりに卒倒するような光景だった。

 

「はぁ、やってしまった………どうも彼を見ていると、色々な想いが、込み上げてくる…」

 

 そう呟きながら、ミカは胸に両手を添える。早鐘を打つその鼓動が、彼女の手から伝わった。

 

「こんなにも、早鐘を打っている…………君1人にここまで狂わされるなんて……誰が思い付いただろうね」

 

 そう呟きながら、ミカは愛しげに、紅夜の頬に両手を添える。

 そして、再び顔を近づけようとした時だった。

 

「紅夜~、遊びに来たぜ~」

「ッ!?」

 

 駐車場の方から、蓮斗が手を振りながらやって来た。

 それを視界に捉えるや否や、ミカは紅夜から顔を離す。

 紅夜達が居る木に近づいてきた蓮斗は、其所でミカが居る事にも気づいた。

 

「おろ?ミカじゃねえか。久し振りだな!」

「そ、そうだね蓮斗。久し振り」

 

 なるべく平然を装いながら、ミカは挨拶を返した。

 

「………ん~」

 

 そうしていると、五月蝿いと言わんばかりに表情を歪める紅夜を見たミカは、紅夜の頭を優しく撫でながら、静かにするように促す。

 蓮斗は不思議そうにするものの、紅夜が寝ている事に気づくと、それに従う。

 

「いやぁ~、紅夜の部屋に行こうとしたら、何か此方に居るような気がしたから来てみたら、マジで居たとはなぁ………………」

 

 小声でそう言いながら、蓮斗はミカの隣に腰掛ける。

 

「あ、それとミカ。悪かったな」

「え?どうして謝るんだい?」

 

 突然謝った蓮斗に、ミカは不思議そうに訊ねる。

 

「いや、俺。お前の“お楽しみ”の時間を邪魔しちまったからさ」

「ッ!?」

 

 蓮斗がからかうように言うと、ミカは顔を真っ赤に染め上げた。

 

「おやおや、前会った時よか表情豊かになったな。お前、前はスッゲー落ち着き払った表情で、殆んど感情の変化なんて見られなかったってのに」

「………ああ、そうだね」

 

 そう言うと、ミカは紅夜へと目線を落とした。2人が静かに話しているからか、先程の不快そうな表情は引っ込み、今では気持ち良さそうに寝息を立てている。

 

「へぇ~、ガキみてぇに可愛らしい寝顔じゃねえか」

「それを言うなら蓮斗。君だって、紅夜と瓜二つの顔なんだから、君も寝たら、彼と同じような寝顔になると思うよ?」

「おっ、言われてみりゃそうだな」

 

 蓮斗はそう言って辺りを見回すが、探しているものが見つからないらしく、後頭部を掻いた。

 

「どうしたの?何か探し物?」

 

 ミカが訊ねると、蓮斗は短く頷いた。

 

「ああ。ちょっと時間を見てぇんだが、此処にはねぇんだな」

「ちょっと待って。私が見てあげるよ」

 

 そう言うと、ミカはスカートのポケットから器用にスマホを取り出すと、電源を入れて画面を見る。

 

「おや、何時の間にか11時半になってるよ」

「マジで?それじゃあ、そろそろ紅夜を起こさねぇとな。もうすぐ昼飯の時間だろうし」

「そう、だね…………」

 

 蓮斗がそう言うと、ミカは名残惜しそうな表情を浮かべながら紅夜の頭を下ろし、立ち上がる。

 それを見た蓮斗は苦笑を浮かべながら言った。

 

「まぁまぁミカ、そんなに落ち込む事ねぇって。それにコイツ、退院しても後2週間は学園艦には帰らねぇから、その気になれば会いに来れるって」

「……?それは、どういう事なんだい?」

 

 蓮斗が言った事に、ミカは不思議そうに首を傾げる。

 

「いやな?コイツ、退院したら免許取るために、一旦東京に帰るんだとさ」

「成る程ね………でも私は彼の実家を知らないから、どの道………」

「あー、確かにな………………でもまぁ、一生の別れってヤツじゃねぇだろ?それに、お前こう言ったじゃねぇかよ。『また会おう。気ままな風が、私達を再び巡り会わせてくれるなら』って」

 

 連とがそう言うと、ミカはハッとしたような表情を浮かべる。

 

「そうだね。全くもってその通りだよ」

 

 そう言って、ミカは蓮斗に微笑みかけた。

 

「ありがとう、蓮斗」

「いやいや、別に礼言われるような事はしてねぇよ。それよか、さっさと紅夜を射止めろよ?コイツ狙ってる奴、結構居るんだからな」

「そうだね、肝に命じておくよ」

 

 そう言うミカの表情は、すっかり明るさを取り戻していた。

 

「さて、シケたムードも何とかなったところで………………おい、起きろや寝坊助野郎」

 

 蓮斗はそう言いながら、あろうことか未だ気持ち良さそうに寝息を立てている紅夜の横腹を蹴っ飛ばした。

 

「グボェエッ!?」

 

 蹴っ飛ばされた紅夜は、何とも気持ち悪い声を出しながら意識を覚醒させる。

 

「おい誰だゴルァァア!俺の横腹蹴っ飛ばしやがったのはァ!!」

「俺」

 

 起きて早々、口悪く自分を蹴り起こした犯人を探す紅夜に、蓮斗はすんなり名乗り出た。

 

「おいテメェ!いきなり何しがや………………って、蓮斗?それにミカさんも」

「よぉ、紅夜。少しぶりだな」

「久し振りだね、紅夜」

 

 紅夜が2人に気づくと、2人は軽く手を上げて会釈する。

 

「お前等、なんで此処に?」

 

 紅夜は不思議そうに、2人を交互に見ながら訊ねた。

 

「私は、気ままな風に流されて来たのさ」

「俺は暇だから遊びに来た」

「そっか………………って、それもそうだが!」

 

 そうして紅夜は、蓮斗が自分を蹴っ飛ばした犯人であると言う事を思い出し、直ぐ様蓮斗に詰め寄った。

 

「おい蓮斗テメェ!なァに人の横腹蹴飛ばしてくれやがってんだコラァ!」

「いや、お前を叩き起こすにはこうするしか無いと思ってな」

「普通に揺すりゃ起きるっての!」

 

 何の悪びれも無く謝る蓮斗に、紅夜は堪らずツッコミを入れた。

 

「フフッ♪」

 

 ミカは軽く微笑み、漫才のような言い争いを繰り広げる紅夜と蓮斗を眺めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ~、ミカさんが膝枕を…………」

「ああ。ミカの奴、スッゲー幸せようにしてたぜ?」

「ちょっ、蓮斗。その話は止めて………」

 

 あれから少し経ち、昼食を摂るために病院の食堂へとやって来た3人は、紅夜が寝ていた時の事を話題にしていた。

 

 蓮斗が、ミカが紅夜に膝枕していた時の事をからかうように言うと、ミカは顔を赤くしながら言った。

 

「にしてもまぁ、来てたなら起こしてくれても良かったんだがなぁ…………」

 

 紅夜はそう言うが、ミカは首を横に振って言った。

 

「そう言う訳にはいかないよ。あんなに気持ち良さそうに寝ているのを邪魔するなんて、私には出来ない」

「あははは、お気遣いどうもな」

「あ、ああ…………」

 

 紅夜が微笑みながら言うと、ミカは恥ずかしそうに顔を逸らした。

 

「まっ、紅夜から許可を貰えたんだ。これからは容赦無く蹴り起こしても問題ねぇな」

「問題ありまくりだろうがボケ、マスパで顔撃ち抜くぞ耄碌爺」

「あ?やるってのかこのガキ。上等だ、《宿命の砲火》で返り討ちにしてやんよ」

「お前は何処の帝王だよ」

 

 そんな軽口を叩き合いながらも、彼等の昼食は明るいムードに包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、私はこれでおいとまするよ」

「そうか?もう少しゆっくりしていけば良いのに」

 

 昼食を終えた一行は、先程の場所へと向かおうとしたのだが、此処でミカが帰る事になった。

 紅夜が残念そうに言うと、ミカは微笑みながら言った。

 

「そうしたいけど、都合が都合だからね。また遊びに行くよ。その時は、君の家に行きたいね」

「何時でも来な、歓迎するぜ」

「ありがとう。それじゃあね」

 

 そう言って、ミカは帰っていった。

 

 それから2人は外に出て、再び病院の裏へと行こうとしたのだが、其所で………………

 

 

「ご主人様、愛しの黒姫が来たよ♪」

 

 ちょうど、駐車場から向かってくる途中だった黒姫と鉢合わせした。

 

 

 そして、もう片方でも………………

 

 

「ゆ、雪姫…………なのか……?」

「れ、蓮……斗…………?」

 

 此方では、半世紀以上ぶりの再会劇が始まろうとしていた。 


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