ガールズ&パンツァー~RED FLAG~   作:弐式水戦

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第114話~お姉さんと妹分が来た6日目、後編です!~

「うぅ~、ご主人様ぁ………………」

 

 此処は、大洗女子学園学園艦の町の、とある一軒家の一室。

 その部屋は8畳程の広さを持っているのだが、その部屋にあるのは勉強机とベッド、そして真ん中に置かれた丸いテーブルぐらいしか無いため、部屋が実際の広さ以上に広く見えている。

 

 現在、その部屋に明かりはついていないのだが、ベッドの上には、枕を抱き締めて寝転がり、寝返りを打ったり、足をバタバタさせている少女が居た。

 黒髪の一部をサイドアップに纏め、白い装束のような服を着ている少女だ。

 彼女の名は黒姫、彼女が『ご主人様』と呼び慕う青年――長門 紅夜――が隊長を務めている戦車道同好会チーム――《RED FLAG》――における隊長車――IS-2――の付喪神である。

 

「うぅ~、寂しいよぉ……ご主人様ぁ…………」

 

 黒姫はそう言いながら、抱き締めていた枕に顔を埋める。

 そんなに言うなら、紅夜が病院につれていかれる際に、一緒に行けば良いと言う意見もあるだろうが、そうはいかないのだ。

 

 そもそも黒姫は、正式なレッド・フラッグのメンバーではない上に、普通の人間だとも言えない。

 それに『付喪神』と言うものは、『空想上の存在』と言うのが世間一般の考え。それが実在するとなれば、大騒ぎは免れない。世間での常識も滅茶苦茶になってしまう。

 輝夫達が平然としているのは、彼等の性格が特別だったからであろう。

 そう言った理由から、彼女は紅夜が救急車に乗せられる際に、いきなり姿を現してついていく訳にはいかなかったのだ。

 

「うぅ~……ご主人様ぁ………………」

 

 尚も慕う主を口にしながら、彼女は枕を抱いて寝返りを打つ。

 こんな姿を晒している少女が、決勝戦の前夜に悪夢で魘されていた主を抱き締め、安心させた者だと言われたら、誰が信じられようか?………………いや、恐らく誰も信じないだろう。

 

 黒姫はゴロゴロと、ベッドの上で寝返りを打ち続ける。

 それが永遠に繰り返されると思われた、その時だった。

 

「レッド1、入るわよ?」

 

 突然、閉められたドアの向こうからそんな声がすると、ゆっくりとドアが開かれ、1人の女性が入ってきた。

 腰まで伸びる金髪に青い瞳を持った長身の女性だった。

 

「ん~?何よレッド2」

 

 枕から顔の上半分を覗かせ、黒姫はそう言った。

 『レッド2』と呼ばれたその女性は、呆れたように溜め息をつきながら部屋の電気をつけた。

 

「そろそろ昼食の時間だから呼びに来たのよ………………それにしても貴女、まぁ~たコマンダーのベッドでゴロゴロしてたのね?今日で何度目なのよ…………」

「良いじゃない。ご主人様は未だ入院中なんだから、ご主人様成分が無くなりそうなのよ」

「あのねぇ………………」

 

 あまりにも理解不能な黒姫の言い訳に、レッド2は額に手を当てた。

 

「まぁ、兎に角1階に降りてらっしゃい。レッド3が待ちくたびれてるわよ」

「はーい」

 

 渋々返事をすると、黒姫はベッドから起き上がり、そのまま部屋を出ていった。

 

「やれやれ………あの子がコマンダーを慕う気持ちは分かるけど、毎日あんな調子じゃねぇ………まぁ、予定では明日に退院するから良いけど」

 

 そう呟きながら部屋を出ようとすると、バサッと音を立て、1冊のノートが床に落ちた。

 

「ん?」

 

 レッド2はそのノートを拾い上げ、表紙を見つめる。

 

「日記………多分コマンダーのね………何が書かれているのかしr…「おいレッド2!何してんだよ!腹減ったから早く食おうぜ!」……はいはいレッド3、今行くわよ!」

 

 1階から、黒姫のでもない女性の声が聞こえ、その声の主に返事を返すと、レッド2はノートを机に戻して部屋から出ると、そのまま1階に降りていき、3人揃ったところで昼食を摂り始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、紅夜君?あーん」

「お兄ちゃん、此方の食べて」

「ちょ、ちょっと待とうぜ2人共。少し休憩時間をくれ」

 

 その頃、此処は紅夜が入院している病院の食堂。

 其所では紅夜が、神子と愛里寿の両方からおかずを差し出され、たじたじになっていた。

 

「いやぁ~、ホントにモテるねぇ紅夜君。いやはや、この光景は見てて面白い」

「面白がってないで助けてくださいよ」

 

 笑いながら言う元樹に、紅夜はジト目で言い返した。

 

 両側から抱きついてくる2人を離す事に成功した紅夜は、元樹に誘われて、神子と愛里寿を伴って食堂へと来て昼食を摂っていたのだが、其所で、神子が紅夜におかずを食べさせ、それを見た愛里寿も対抗し、さらに神子が食べさせると言う連鎖が起こり、紅夜は立て続けに差し出されるおかずを口に詰め込まなければならなくなっていた。

 

 因みにその際、おかずを詰め込みすぎた事によって、紅夜の頬がハムスターのように膨らみ、それを見た元樹が面白がって写真を撮ったのは余談である。

 

「何度も言うけど、紅夜君ってホントにモテるんだねぇ。満てて面白いけど、羨ましくもなるねぇ………………あ、僕の卵焼きもどうだい?」

 

 そう言って、卵焼きが乗った皿を近づけようとする元樹だが、神子と愛里寿に睨まれる。

 

「扇先生?紅夜君に食べさせるのは私なので、余計な手出しは無用ですよ?」

「お兄ちゃんは……私のを、食べるの……邪魔、しないで……」

「はい、すみませんでした」

 

 2人に睨まれた元樹は苦笑を浮かべながら謝り、皿を下げて自分の昼食に戻る。

 

「ちょいと愛里寿ちゃん、『私の』とか言ってるけど、それ俺のおかずだからな?」

「そんなの……気にしちゃ、駄目…………はい、あーん」

 

 紅夜のツッコミを軽く流し、箸で取ったおかずのウインナーを食べさせようとする愛里寿。

 

「ちょ、待ってくれ愛里寿ちゃん。少しで良いから休ませてくれ………」

「………………」

 

 紅夜はそう頼むが、愛里寿は拒否されたと言わんばかりに落ち込み、潤んだ瞳で紅夜を見上げる。

 

「………………いただきます」

「ッ!うん………!」

 

 結局、根負けした紅夜は食べる事を決意し、それを聞いた愛里寿は、咲き乱れた花のような笑みを浮かべてウインナーを差し出した。

 

「(食べさせてもらうのは嬉しいんだが、こりゃある意味地獄だな………………はぁ、お家帰りたい……………)」

 

 内心でそう呟きながら、紅夜は次々差し出されるおかずを口に詰め込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、疲れた………なんで飯食うだけでこんなに疲れるんだよ………………」

 

 昼食を終え、病室に戻ってきた紅夜はグロッキーになっていた。

 あれから、次々差し出されるおかずを口に詰め込んでいった紅夜は、最早おかずを味わう余裕も無く、ただひたすらに、口に詰め込んだおかずを噛み砕いては飲み込みと言うサイクルを繰り返し、時には喉を詰まらせる事もあったのだ。

 おまけに周囲から突き刺さる視線の嵐と来たら、最早地獄の域だろう。

 

「お疲れさまだね、紅夜君」

 

 元樹は苦笑を浮かべながら、紅夜の背中を擦った。

 

「ご、ゴメンね?その、私…………」

「お兄ちゃん……怒ってる…………?」

 

 それを見た神子と愛里寿から、不安そうな視線が向けられる。

 愛里寿に至っては、紅夜を怒らせたと思っているのか、表情に怯えの色が見えていた。

 

「いや、別に怒ってねぇよ愛里寿ちゃん。心配すんな。それに神子姉、別に謝らなくても良いって」

 

 元樹に背中を擦られながら、紅夜はそう言った。

 

「紅夜君、女の子に甘いねぇ」

「目の前で泣かれたら目覚めが悪いじゃないですか」

「ははは、そりゃ違いない」

 

 からかうように言う元樹に紅夜が言うと、元樹は軽く笑って返す。

 

「そういや扇先生、さっきからずっと此処に居ますけど、仕事は良いんですか?」

「………………それは、君が知らなくても良い事さ」

「良くねぇよ!はよ仕事行け!」

 

 視線を逸らしながら言う元樹に、紅夜は盛大にツッコミを入れた。

 

 その後、やって来た1人の看護婦によって、元樹はズルズルと引き摺られていったそうな………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ紅夜君、また明日ね」

「あいよ神子姉。また明日」

 

 あれから暫く経ち、神子は病室から出ていった。

 特別な理由が無い限り、病室に泊まる事は許されないため、近くのホテルに泊まるためである。

 

「私も、もうすぐお母様が迎えに来るから、行く」

「おう、そうか。じゃあな愛里寿ちゃん。見舞いに来てくれてありがとな」

 

 そう言って、紅夜は病室から出ていく愛里寿を見送った。

 

「あー、今日も何とか乗り切った~」

 

 その後、仰向けにベッドに倒れ込んだ紅夜は、神子と愛里寿を不安がらせないために隠していた疲れを癒すため、そのまま目を瞑り、深い眠りに落ちようとするのだが………………

 

 

「(あ、バイクの免許取るから退院しても学園艦に戻れないって伝えるの忘れてた。今直ぐ連絡せねば………………)グゥー」

 

 一番伝えなければならない事を伝え忘れていた事に気づいた紅夜だが、睡魔には勝てず、微睡みに身を任せるしかなかった。


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