長門家一同でのお見舞いから一夜明け、紅夜の入院生活も、4日目の朝を迎えた。
朝食を終えた紅夜は、病室のベッドに腰掛けて備え付けのテレビを見ていた。
この病院に入院してからと言うもの、紅夜はほぼ同じような生活を送っていた。
朝に起き、朝食を食べ、暇をもて余していたところに誰かが見舞いにやって来る。
基本的に退屈な入院生活において、話し相手となってくれる存在があるのは嬉しいものだ。
入院生活1日目と2日目は静馬と、その両親が、3日目には身内全員と蓮斗が訪れた。
そして迎えた4日目。今日も誰か来てくれるのか、もし来てくれるなら、誰が来てくれるのかと、紅夜は楽しみにしていた。
『最近、不良集団による被害が相次いでおり、夜中の喧騒やごみの散乱、はたまた夜勤帰りのサラリーマンが、金を盗まれると言う事件が多発しております』
「ふむ、最近の世の中は物騒だなぁ………………」
まるで他人事のように呟く紅夜が視線を向けている小さなテレビ画面には、近頃、様々な地域にて不良集団による被害が相次いでいると言う、どのドラマの光景だと言いたくなるような問題が話題となっていた。
『さらに不良集団は、夜遅くの塾帰りや、部活からの帰宅途中である女子生徒を狙うと言う事もあるとの情報もあり………………』
「うへぇ~、汚ぇ事しやがるモンだなぁ………………これ、雅辺りが喜んで飛び付いてきそうだな。彼奴、結構喧嘩好きだし」
そう呟くと、向かってくる不良達に向かって、金属バットを容赦無く振り回す雅の姿が容易に想像され、紅夜は苦笑を浮かべた。
「まぁ、俺やレッド・フラッグの男子陣も喧嘩好きなんだけどな」
そう呟き、テレビのチャンネルを変えようと立ち上がろうとした時、閉められていた病室のドアが、控えめにノックされる。
「ん?扇先生でも来たのかな………………どうぞ」
元樹が様子を見に来たのかと思った紅夜は、入室を許した。
ドアがゆっくりと開かれ、其所から2人の金髪の少女が現れた。
「ごきげんよう、紅夜さん」
「ハロー、紅夜!お見舞いに来たわよ!」
ダージリンとケイだった。
「ダージリンさんに、ケイさんか。態々すまねぇな、2人共………………それとケイさん。此処病院だから、もう少し静かに」
「Oh,sorry(あっ、ごめんなさい).つい、何時もの調子で来ちゃったわ」
紅夜に注意され、ケイは苦笑を浮かべる。
紅夜はベッドから立ち上がると、椅子を2脚出して2人を座らせた。
「それもそうですが紅夜さん、具合の方は如何?」
「ああ、俺としては退院しても良いぐらいだよ。ホラ」
具合を訊ねてくるダージリンに、紅夜は笑みを浮かべながら返し、右腕をぐるりと回してみせた。
そんな紅夜を、2人は微笑ましそうに見る。
「でも、紅夜ってホントにイレギュラーよね~。あの黒森峰の戦車9輌相手に3輌で挑むなんて、ウチじゃあほぼ無理ね。近づく前に狙い撃ちされて終わりだわ」
「確かに。おまけに、砲撃によって建物が壊れ、その瓦礫が降り注ぐ中を戦車で……それも、キューポラから上半身を乗り出した状態で突っ切るなんて、ウチのローズヒップでも考え付きませんわ」
「あんな事が出来るのは、世界広しと言えど紅夜ぐらいしか居ないわね」
「あははは……」
そんな2人からのコメントに、紅夜は苦笑を浮かべた。
「そう言えば紅夜さん、今日は私とケイさんがお見舞いに来たのですが、それまでにも、何方かお見舞いには来られたのですか?」
「ああ」
そう言って頷くと、紅夜は言葉を続けた。
「えっと………1日目と2日目は静馬…………あ、俺のチームの副隊長なんだけど、先ずはソイツが来てくれたよ。2日目にはソイツの両親も来てくれたな。そして3日目は、身内全員と蓮斗が来てくれたよ」
「蓮斗?誰?」
聞き慣れない名に、ケイが首を傾げる。ダージリンも聞き覚えが無い名に、ケイと同じ反応を見せていた。
「ああ、俺の友人でな。髪が黒くて瞳が蒼いのを除けば、後は俺と瓜二つの男だよ」
「ドッペルゲンガーってヤツ?」
「それとは違うな」
ケイの質問に、紅夜は首を横に振って答える。
「髪が黒くて、瞳が蒼、後は紅夜さんと同じ………………もしかしたら」
「ん?ダージリンさん、どったの?」
「い、いえ。ただ…………私の記憶が正しければ、あの方ではないかと思いまして」
「ん?お前、もしかして蓮斗に会ったのか?」
「恐らくは」
そう言って、ダージリンは大洗VSプラウダの試合を見に行った時、蓮斗らしき人物が話しかけてきた事を話した。
「紅夜さんが仰有った特徴と合致していますから、彼ではないかと思ったんです」
「うん、間違いなく彼奴だ」
「?」
ダージリンと紅夜の話題に、蓮斗と会った事が無いケイはついていけず、ただ首を傾げるだけだった。
そんなこんなありつつ昼になり、3人は食堂へとやって来たのだが………………
「さぁ、紅夜さん?あーん」
「いやいやダージリンさん、んな事してくれんでも自分で食うよ」
「何を仰有るのです?外見だけ見れば調子が良さそうでも、未だ完全に治っていない可能性も、十分考えられます。そのための『あーん』ですわ」
「紅夜、それが終わったら、此方も食べてね♪」
紅夜は、目の前に座る2人の少女に迫られていた。
3人の会話からして察した方も多く居ることだろう………………そう。《『はい、あーん』イベント》である。
何時ものように昼食を持ってきた紅夜は、箸を持って食べようとしたのだが、それをダージリンが止めて箸を取り上げると、食べさせようとし始めたのが発端である。
因みに、それを見たケイも直ぐに便乗し、カウンターから箸を1膳持ってくると、紅夜に食べさせようとし始めたのである。
「いや、2人共?腕は痣だらけになっただけだから、態々食べさせてくれなくても良いって」
「駄目よ、紅夜。こう言うレディーからの厚意は、素直に受け取っておくものなのよ?」
「そうですわ。遠慮するのも確かに大切ですが、し過ぎるのも良くありません」
「そう言われてもなぁ………………」
1歩も退かない2人に、紅夜は戸惑いの表情を浮かべながら辺りを見渡した。
『『『『『『『………………』』』』』』』
「(し、視線が痛い!)」
昼食を摂っている入院者達からの視線が、紅夜1人に突き刺さる。
その視線の主の9割方が男性であり、その視線には妬みの感情が多く含まれていた。
「(食わせてもらうなら、さっさとしろよ!そうでないなら自分で食えっての!)」
「(見せつけてんのか、あの緑野郎は!ぶち殺してあの席を奪いたい!)」
「(自分1人だけ良い思いしやがって!リア充めが!)」
若い男性陣からは、そんなどす黒い感情を含んだ視線が突き刺さり、残りの入院者からの視線は、微笑ましそうな視線だったり、女性からの視線だったりした。
「(ホッホッホッ、いやぁ若いのぅ。ワシが若かった頃だって、こんな事は1回も無かったわい)」
「(あの緑色の髪の毛した子、結構イイじゃない♪骨折してなかったら襲ってたかも♪)」
そんな視線も突き刺さる訳で、紅夜の精神はガリガリと削られていった。
「(もうヤだこの病院)」
内心でそう呟きながら、紅夜は食事を再開するのだが、それからも視線は向けられ続け、せっかくの昼食を味わう事も出来なかったとか………………
「あ~……なんで飯食うだけで、あんなにサン値削られんだよォ~…………」
病室に戻ってくると、紅夜はベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めた。
「紅夜さん、かなり注目されてましたね」
「それだけfamousな人物になったって事よ」
「(主にお前等のお陰でな)」
昼食の間、ずっと紅夜に向けられていた視線の意味を知らないままに言う2人に、紅夜は内心でツッコミを入れた。
「そういや2人共、今朝のニュース見たか?」
不意に仰向けになって起き上がると、紅夜は今朝見たニュースの話題を振った。
「ええ。何でも、『不良集団による被害が相次いでいる』と、寮の部屋で見ましたわ」
「私もよ。全くterrybleな話よね!unfairよ!」
余程許せないのか、2人の表情は険しくなった。
「今のところ、私の学園艦で不良グループによる被害者は出ておりませんが、何時、生徒達が被害に遭う事やら………………」
「そう言われてみれば、私の方も、ちょっと不安ね。まぁ、私とダージリンだけで言える話じゃないけど」
「確かになぁ………」
紅夜は相槌を打ちながらベッドから立ち上がり、備え付けのテレビをつける。
丁度放送されていたニュース番組では、今朝と同様に、不良グループによる被害の話題が出ていた。
「あ~あ………入院してなかったら、レッド・フラッグの男子メンバー総動員して、ソイツ等を撲滅しに行けたのになぁ………………」
「「え?」」
軽く放たれた言葉に、ダージリンとケイの、間の抜けた声が重なった。
「こ、紅夜?冗談よね?レッド・フラッグの男子メンバーって、確か7人だけよね?」
「おう」
「不良グループとなれば、少なくとも20人は居ると想定されますわ。撲滅するとしても、流石に7人では無理があるのでは………………?」
ケイとダージリンはそう言うが、紅夜は首を横に振って言った。
「いやいや。俺のチームの男子陣って、全員結構血の気盛んで喧嘩に強いから、40人ぐらいなら潰せるんじゃね?」
「「なっ!?」」
あっさりと放たれた言葉に、2人は驚愕に目を見開いた。
「まぁ、実際に不良グループによるレッド・フラッグの男子陣で喧嘩売りに行った事なんて無いから、未だ何とも言えんけどな………………まぁ要するにだ、簡単に負けたりはしないってこった」
そう言うと、紅夜は視線を逸らして呟いた。
「それに、女性陣に1人、そう言った喧嘩が大好きな奴が居るからな………………少なくとも彼奴を連れていくのは避けたいな………………否、彼奴は未だマシな方だ。これが蓮斗だったら………………下手すりゃ死人が出る」
「「ッ!?」」
そんな呟きに、2人はまたしても、驚愕に目を見開くのであった。
「……そ、そう言えば紅夜さん?少しお話があるのですが………………」
流石に空気を変えなければマズいと思ったのか、ダージリンは別の話題を持ちかける事にした。
「ん?どったの?」
紅夜は視線を窓から戻し、ダージリンへと向ける。
「貴方のチームの、今後の活動についてお聞きしたいのです」
「んな事聞いてどうすんのさ?」
突然、今後どうするのかを聞かせてほしいと言われ、紅夜は怪訝そうな表情を浮かべてダージリンを見る。
「いえ、別に深い意味は無いのですが……その…………もし良かったら、今度は我々聖グロリアーナに来て、色々ご教授願えないかと………………」
「………………ファッ?」
いきなりの勧誘紛いの言葉に、今度は紅夜が間の抜けた声を出す。
「ちょっとダージリン、抜け駆けするなんてunfairよ!ねぇ紅夜、聖グロリアーナも良いと思うけど、やっぱウチに来ない?ウチの学校は結構開放的な所だから、直ぐに受け入れられるわよ?」
「いや、いきなり何言ってんのお前………………」
いきなり過ぎてついていけないと言わんばかりの表情で、紅夜はそう言った。
「紅夜のチームって、結構ハチャメチャな面もあるけど、そんな面が試合で使えるかもしれないもの。それに決勝戦を見て思ったけど、driverの操縦テクニックもウチの何倍以上も高いのよ!戦車でスタントカーみたいな動きなんて、あんな重戦車じゃ到底出来ないわよ?」
「それについては同感ですわ。走行中に、進行方向をそのままにしてバック走行に移るなんて、それなりの技術が無ければ到底出来ません。なのに貴方のチームには、そんな事を容易くこなしてしまう操縦手が居る。生憎、ウチの戦車は、チャーチルやマチルダと言った、動きが遅いものが多いですが、巡航戦車クルセイダーなら、あのような挙動も十分に出来ますわ」
「いや、そう言われてもなぁ………………」
その後も2人からの勧誘は続いた。
どうしようも無くなった紅夜は、一先ず所属チームの移籍については拒否し、空いた日に練習にお邪魔すると言う事で、上手く話をつけた。そして、2人が帰る頃には、紅夜は疲れ果てており、夕飯を終えた後は、そのままベッドに倒れ込み、眠りについたと言う。