「ううっ………グスッ………………紅夜ぁ………………」
「あーはいはい、よしよし」
午後1時にして、此処は大洗市の港。其所では、静馬が紅夜に抱きついてグズっていると言う、何ともカオスな光景が広がっていた。
「まぁまぁ静馬、そう泣く事はねぇだろうよ。別に一生会えないって訳じゃねぇんだから」
苦笑を浮かべながら、紅夜はそう言って宥めるものの、静馬は彼の胸板に顔を埋めながら首を横に振るばかりだ。
「やれやれ、全く静馬は、此処に来て未だごねるとは………………すまないね、紅夜君。我が儘な娘で」
そんな彼女を見て溜め息をついた男性は、苦笑を浮かべながら紅夜に謝る。
彼の名は須藤 隆盛(すどう りゅうせい)、静馬の父親である。
「いえいえ。まぁコイツ、1度やるって言い出したら本気でやるタイプですからね。昨日、『毎日食事の世話をする』って意気込んでたのに、それがたった1日でオジャンになっちまったモンですから、ねぇ………」
紅夜が苦笑を浮かべながら返すと、銀髪に垂れ目の女性が歩み寄ってきた。
彼女は須藤 葵(すどう あおい)、静馬の母親である。
「まぁまぁ2人共、そんなに言わないであげて?静馬はただ、紅夜君に付き添ってあげたかっただけなんだから」
「いや、それは分かっているんだがね…………」
「流石に此処までになると、ねぇ~」
静馬の肩を持つ葵に、男性陣2人はそう返す。
因みに、このような状況に至ったのは、今から数十分前にまで遡る。
「『学園艦に戻れ』って、どう言う事なのよ、お父さん!?」
「静馬、落ち着きなさい。此処は病院なんだぞ」
昼12時半、昼食を終えたばかりの頃、病院の食堂を訪ねてきた隆盛達に、大洗の学園艦に戻るように言われた静馬は、勢い良く立ち上がって声を荒げるが、隆盛にたしなめられ、渋々腰かける。
「お前が彼に付き添ってやりたいと言う気持ちは分かるが、明日は学校なんだ。看病だけで学校を休む訳にはいかないだろう?」
「そ、それはそうだけど………でも………」
そう言って勢いを失いながらも、静馬は尚も渋る。先日、『毎日来て食事の世話をする』と宣言したのに、それをたった1日で撤回しなければならなくなったのだ、こうなるのも、無理はないだろう。
「それにね、静馬。大洗の学園艦へ向かう連絡船は、今日を除けば来週の土曜日まで無いの。流石に、病気でもないのに5日間も学校を休ませる訳にはいかないの。分かってくれるわよね?」
「………………はい」
葵にも言われ、静馬は項垂れながら了承した。
その後、食器のトレイをカウンターに返し、静馬は隆盛達が乗ってきた車で港へ行くのだが、見送りにと紅夜もついていく事になり、計4人を乗せた車は、大洗の港へと向かった。
………………と言う経緯を辿り、今に至るのだ。
「うう~っ、やっぱ帰りたくないわよぉ~。毎日食事のお世話をしてあげたかったのにぃ~………」
「此処に来て未だごねるか…………なぁ静馬よ、気持ちは嬉しいが、やっぱ学校を優先しろよ。別に死ぬ訳でもねぇし、何時でも電話とかLINEとか出来るだろうが。それに、あんま駄々こねてたら、《大洗の星(エトワール)》の二つ名が泣くぜ?」
「そんなモン知ったこっちゃないわよぉ~。そもそも、その二つ名って他の皆が勝手に付けた名前じゃないのよぉ~………」
ご尤もな事を言いながら、静馬は一層強く抱きつく。
そんなやり取りをしている間にも、大洗の学園艦へ向かう連絡船が、ゆっくりと港に入ってくる。
「ホラ、静馬。連絡船が来ちまったぞ」
「うぅ……分かったわよぉ…………」
渋々言うと、静馬は紅夜から離れる。
すると、紅夜を見上げて言った。
「LINE、してくれる?」
「ああ、勿論だよ」
「電話も?」
「ちゃんとするって。つーか、コレさっきも言ったが、一生会えないって訳じゃねぇんだぞ?退院したら学園艦に戻るし………まぁ、前に親父から、『陸王渡したいからさっさと大型二輪の免許取れ』って言われてるけどな………それもさっさと終わらせて、戻れるようにするよ………」
余程離れたくないのか、似たような質問を繰り返す静馬に、紅夜は呆れ半分に頷いた。
「ホントにホント?嘘ついてないわよね?」
「当たり前だろうが」
そう答えると、静馬は少し考えるような仕草を見せ、再び口を開いた。
「じゃあ、キスして」
「何故にそうなる!?」
突拍子も無いおねだりに、紅夜は堪らずツッコミを入れる。
「本当に約束を守るんでしょ?じゃあ、それを証明して」
「その証明の方法がキスだと仰有るので?」
その問いに、静馬は何の躊躇も無く頷いた。
「はぁ………………分かった分かった、じゃあキスするから目ぇ瞑ってろ」
「え、ええ…………んぅ」
静馬は頬を赤く染めながら頷くと、目を瞑って顎を少し上げる。
「(オイオイ、おでこじゃなくて口にやれってのかよ………………親父さん、お袋さん、こう言うのは駄目ッスよね?)」
内心でそう呟きながら、紅夜は静馬の両親の方に顔を向ける。
視線を向けられている須藤夫妻は、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、何処からともなく取り出した白い画用紙に、これまた何処からともなく取り出した黒いペンで何かを書き込み、それを紅夜に見せた。
『ヤってしまえ紅夜君!君のキスで静馬をオトすのだ! by隆盛』
『未来の静馬のお婿さんとなる最初の儀式よねぇ~♪何なら、あっつぅ~くて深ぁ~いキスでも良いのよ?貴方のキステクニックで、静馬をビクンビクンさせちゃいなさい♪ by葵』
「(ふざけんなよテメェ等ァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアッッッ!!!!此処でんな事したら、俺一生表歩けねぇだろうがァ!!!!つーか味方誰も居ねぇとかヒデェだろ!!!そもそも深いキスとかした事ねぇっつーの!!!)」
内心で怒号の嵐を吹き荒らしながら、紅夜は今までであったかと言う程に顔を真っ赤にして須藤夫妻を睨む。
「紅夜ぁ、早くしてぇ………船行っちゃうじゃないのぉ………………」
「(お前が無茶なおねだりしてくるからだろうがァァァァァアアアアアアッ!!!!)」
目をうっすら開けながら催促してくる静馬に内心でツッコミを入れると、紅夜はチラリと辺りを見る。
気づけばかなり注目されており、その視線は、『早くしてやれ』と訴えていた。
「(この野次馬共、面白半分で見やがって!テメェ等は良いかもしれねぇが、する側はスッゲー恥ずかしいんだぞ!!)」
そう思いながらも、紅夜は覚悟を決めた。
「分かった分かった!今やるから!!(クソッ!こうなったらヤケクソだ!後でどうなっても知らねぇからな!)」
自棄を起こした紅夜は、静馬の後頭部に右腕を、腰に左腕を回して引き寄せ、彼も目を固く瞑ると、そのまま唇を押し付けた。
「んぅっ!!」
「ッ!」
『『『『『『『オオオーーーーーーッ!!!』』』』』』』
その瞬間、野次馬達からの歓声と拍手が巻き起こった。
「んぅ………ちゅっ…んっ、んくっ…………ぷはっ!………はぁ…はぁ……!」
「あっ!……はぁ…はぁ………ッ!」
キスを終え、乱暴に唇を離して息を荒くする2人。
「こ……紅、夜…………?」
荒くなった呼吸を整えながら、静馬は紅夜を見上げる。
紅夜は静馬へと視線を向けると、顔を更に真っ赤にした。
「こ、これで分かったろ!?俺はちゃんと約束は守るって!ホラ、分かったらさっさと行け!船行っちまうぞ!」
そう言われ、静馬は顔を真っ赤にしたまま連絡船へと走っていき、デッキを駆け上がって入っていった。
「………あー、クソッ………超恥ずかしい………………マジで死にたい」
頭を抱えて踞る紅夜だが、野次馬達からは、依然と拍手や歓声が飛んでいた。
『ヒューヒュー♪熱かったねぇお前等ァ!』
『ニーチャン、見せてもらったぜ!お前の生き様を!』
『バッチリ撮らせてもらったわよ!』
『中性的な爽やか系イケメンが顔真っ赤にして美少女とキスとかキタコレ!』
『体を抱き寄せての超熱烈キス!キマシタワーッ!!』
その瞬間、紅夜を紅蓮のオーラが包んだ。
「『ウガァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアッ!!!!言うなぁッ!何も言うんじゃねェェェェェエエエエエエッ!!!つーか最後から3番目ェッ!今直ぐムービー消しやがれェェェェェエエエエエエッ!!!つーかテメェ等マジで此方見るなやァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアッ!!!!』」
2日前に重症レベルの傷を負い、傷の回復のための入院中だと言う事もすっかり忘れ、紅夜は頭を抱えて声を張り上げた。
その後、紅夜は静馬にキスをしていた時の事をムービーに撮ったと言う者をしらみ潰しに探し、どうにかしてそのムービーを消させる事には成功したらしい。
「いやぁ~、アッハハハハハ!やるねぇ紅夜君!まさか彼処までやるとは思わなかったよ!」
「ええ♪私も見てて、体が熱くなっちゃったわ♪」
「止めろ、止めろおおぉぉぉぉぉ………………」
その後、病院まで送られる道中、紅夜は須藤夫妻に弄られていた。
車に乗るまでも散々歓声や拍手を浴びたため、紅夜は、18年の人生で一番の恥ずかしさから、精神崩壊一歩手前状態になっていた。
「もう駄目だ……もう婿に行けねぇ…………」
後部座席に座る紅夜は、酔うのも構わず頭を抱えて項垂れていた。
「安心したまえ、紅夜君。行く宛が無かったらウチに来れば良い事だ」
「そうそう。貴方と静馬がくっつけば、万事解決よ♪あ、子作りは早めにね?早く孫が見たいわ♪」
「それは私も同感だな。さて、静馬の卒業祝は結婚式に決まりだな!」
須藤夫妻が楽しそうに話を進める中、紅夜はふと、顔を上げた。
ルビーのように赤い瞳は完全に光を失い、何時か、未だ戦車道を拒絶していた頃に生徒会メンバーから戦車道の履修を要求されて目が虚ろになったみほのようになっていた。
「………もう駄目だ、この時点から恥ずかしすぎて表歩ける自信ねぇ………………飛び降りて死のう」
紅夜はそう呟くと、ドアノブに手をかけた。
「ちょっと紅夜君!?貴方、一体何してるの!?」
「ん~?此処から無限の彼方へ飛び立つんですが………………何か?」
「いやいやいや!!飛び立つ前にあの世目掛けて真っ逆さまよ!?」
「そうか、あの世に行って、過去に戻れば良いんだ」
「いやいや無理だからね!?」
「さよなら………………」
「しちゃ駄目ぇ!!?」
そんなやり取りを交わしながら、一行は病院へ着くのだが、車から降りてきた紅夜は、覚束無い足取りのまま彼の病室へ向かうと、そのままベッドに倒れ込み、死んだように眠った。
それを見た元樹は須藤夫妻から話を聞き、カウンセラーも手配しようかと考えたそうな………………
その夜、学園艦へと戻り、自宅に戻ってきた静馬は………………
「こ、紅夜にキスされた…………し、舌まで入れて………『ちゅっ』て……………~~~~~~ッ!!?!?」
自室にて、私服に着替えた直後にベッドに飛び込み、悶えまくっていたとか………………
その後、静馬に見舞いに行った時の事を聞くために訪ねてきた雅は、静馬の家からドタバタと大きな音が立っていた事を疑問に思い、鍵が開いていたために入って彼女の部屋に行ったのだが………………
「んっ、くぅっ!……紅夜……紅夜ぁ……んあっ!」
其所で聞こえたのは、艶のかかった静馬の声だった。
「(1人で『お楽しみ』中でした、とか………………ってか、静馬のキャラが大崩壊しちゃってるんですけど………………見舞い行ってる時に何があったのよ………………)」
そう思いながら、暫くリビングで勝手にテレビを見ていたのだが、その音声に気づいた静馬が降りてきて、記憶を消してやると言わんばかりの形相を浮かべた彼女に、ひたすらフライパンで殴られたとか違うとか………………
鈍感な紅夜君でも、赤面する時はあるんです。
まぁ、それはそれとして………………
おーい皆、(リア充撲滅用の)丸太は持ったか?
その後、作者は紅夜から《宿命の砲火》と《シベリアの地獄吹雪(ヘル・ブリザード)》と《Hell Blast(ヘル・ブラスト)》を喰らいますた(´・ω・`;)