第107話~紅夜君の入院生活、1日目です!~
「はぁ~……なんでこうなるんだよぉ~……………………」
水戸市にある大きな病院の一室にて、紅夜はベッドに寝かされた状態で呟いていた。
全国大会を終え、大洗へと帰ってきた大洗チームとレッド・フラッグのメンバーは、地元住民や学園艦の住民から歓迎されながら学園艦へと向かったのだが、いざ乗り込もうとした際に、誰が呼んだのか、既に待機していた救急隊員に紅夜が捕まり、そのまま救急車に乗せられると、有無を言わさず病院へと連れていかれたのだ。
その後、試合終盤に負った怪我の様子を見るために様々な検査を受ける事になり、他にも治療室へと連れていかれ、応急措置として巻かれた包帯を一旦外し、治療薬を塗られて包帯を巻かれ直し、病室のベッドに寝かされて今に至るのだ。
因みに、検査や移動の繰り返しで時間が掛かり、今はもう夕方である。
「俺の1日が検査と移動で殆んど潰されちまった………つーか、マジで暇だなぁ………はぁ~あ………………」
「溜め息ばかりついていると、幸せが逃げるって言うよ?」
あまりの退屈さに溜め息をついていると、不意に、男の声が聞こえてきた。
その声の主の方を向くと、其所には深緑の髪に眼鏡をかけ、白衣を着た男性が居た。
「やぁ、君が長門紅夜君だね?気分はどうだい?」
「…………あっちこっち連れ回されて滅茶苦茶疲れました。つーか、早く帰りたいッス」
優しそうな口調で聞いてくる男性に、紅夜は心底疲れたような表情を浮かべながら返事を返した。
「あははは………まぁ、仕方が無い事だよ。あんな大怪我をしたんだから、検査のために、あの部屋この部屋へと連れ回されるのは当然の事さ。まぁ、怪我の具合が大きすぎたとは言え、もう少し君のペースに合わせるべきだったと思うけどね」
苦笑を浮かべながら言い、その男性は、紅夜が寝ているベッドの直ぐ傍にあった机の椅子を引っ張り出して腰掛けた。
「自己紹介が未だだったね。僕は扇 元樹(おうぎ もとき)、この病院の医者だ。よろしくね」
「はぁ、ご丁寧にどうも。長門紅夜です」
紅夜が名乗ると、元樹は軽く笑って言った。
「態々名乗らなくても、君の事なら知ってるよ。レッド・フラッグの隊長さん」
「おっ、知ってるんですか?俺のチームを」
「勿論だよ。何せ、戦車道史上初の、男女混合戦車道同好会チームなんだからね。ネームバリューが大きすぎて、嫌でも覚えてしまうよ」
それにと付け加え、元樹は言葉を続けた。
「君達の保有している戦車は、第二次世界大戦の戦車の中でも有名な戦車ばかりだからね。他にも、戦歴は46戦中、42勝3敗1分けで、42勝ってのは、細かく言えば42連勝。同好会チームの編成なら、黒森峰やプラウダと言った、戦車道の強豪校とも互角以上に渡り合えるって言われてるんだから、尚更だね。国際強化選手とかにスカウトされないのが不思議なくらいだよ」
「戦歴とかは兎も角、国際強化選手とかは大袈裟ですよ」
照れ臭そうに頬を掻きながら、紅夜は言った。
不意に、元樹は真面目な表情を浮かべる。
「さて………取り敢えず、紅夜君の緊張も解けてきたところで、本題に入ろうかな」
「本題?」
元樹の言葉に、紅夜は首を傾げる。
「ああ。元々僕は、君を検査した際の結果を伝えるために来たんだ」
そう言って、元樹は先程まで膝の上に置いていたクリップボードを持った。
「検査の結果だけど………………」
「………………」
そう言いかけてから、元樹は言葉を詰まらせる。紅夜は緊張した面持ちで、元樹の次の言葉を待った。
「結果は、何と言うか………………本来なら喜ぶべき結果なんだけどね」
そう言うと、元樹はクリップボードに挟まれているプリントを紅夜に見せながら言った。
「結果から言えば、特に骨折はしていなかったね。煉瓦とかが降ってくる中を突っ切ったと言うのに、頭部は所々に裂傷ができただけで済んでる。おまけに、後遺症になるような傷は見られなかったよ。他にも、身体中に瓦礫が当たって、かなりのダメージを負っている筈なのに、大概が痣だけで済んで、悪くても一部の骨にヒビが入っているだけ………………そんなの、普通の人間なら有り得ないよ」
元樹は溜め息をつきながら、何とも言えないと言わんばかりの表情で言った。
「まぁ、俺の体って、矢鱈と頑丈に出来てますからね。多少の無茶なら出来ますよ」
「それはそれで良いんだけど、だからって無茶しすぎるのは感心しないね。それで体が限界を迎えたら、取り返しのつかない事になっちゃうんだから………………少なくとも、君の友達を悲しませるような事にはしないようにね」
「うぐっ………………以後、気をつけます」
「よろしい。それじゃあ、僕は持ち場に戻ろうかな。もう少し居たかったんだけど、時間だからね」
そう言って立ち上がり、病室を出ようとするが、其処で振り向いて言った。
「ああ。言い忘れてたんだけど、君の入院期間は1週間を予定しているから、その辺りはよろしくね。何かあったら、其所にあるボタンを押すんだよ?僕や他の看護婦が、直ぐに駆けつけるから」
そう言うと、元樹はコードに繋がっている、小さなボタンが1つだけついたリモコンらしきものを指さした。
「それから、夕飯は基本的に18時からだけど、今日は僕が長々話しちゃったせいで過ぎちゃったから、持ってくるように頼んでおくよ。それじゃあね」
そうして、今度こそ元樹は部屋を出ていき、ドアが閉められると、紅夜が1人寂しく残された。
ふと窓の外へと目をやると、かなり話し込んでいたからか、もう暗くなっていた。
「この時間帯なら、家で黒姫と喋ったり、レッド・フラッグの連中とラインしたりしてたんだろうなぁ~………だが、今は出来そうにねぇ」
そう言って、紅夜はボフンと布団に倒れ込んだ。
実は、紅夜はISー2の車内に携帯などを入れたリュックサックを置き去りにしており、病院へ搬送される際に、そのリュックを持ち出すのをすっかり忘れていたのだ。そのため、今の紅夜は手持ち無沙汰。暇潰しのゲームも携帯も無いため、誰かが持ってきてくれない限りは、ひたすらベッドで寝転がっているか、病院内を歩き回る程度しか出来ないのだ。
「おいおい、これマジで暇すぎるだろ。どうすりゃ良いんだよ」
紅夜はそう言うが、この病室には、彼以外の人間は居ない。そのため、彼の問いに答えてくれる者など、居る訳が無いのだ。
「はぁ………………やる事無いし、飯来るまでゴロゴロして待つか」
そう言って両手を後頭部で組んで枕代わりにした紅夜は、天井を見ようとしたが、再び、病室のドアが開いた。
「(ん?もう飯が来たのか?)」
そう思いながら振り向くと、其所には………………
「紅夜、調子はどう?」
「………………え、静馬?なんで居るの?」
紅夜のリュックを抱えた静馬が居た。
「へぇ~、親父達がこの病院まで?」
「ええ。貴方が病院に連れていかれて、少ししてから来たのよ」
あれから、静馬を部屋に入れた紅夜は、その直後に運ばれてきた病院食を前にした状態で静馬と話していた。
どうやら彼女は学園艦に乗らず、紅夜の見舞いをする事に決めていたらしい。
それで、紅夜の怪我を聞いて飛んできた紅夜の両親に訳を話し、此処に連れてきてもらったと言うのだ。
「そっか………………んで、親父達は何処だ?一応来てるんだろ?」
その問いに、静馬は首を横に振った。
「いいえ。何か、『時間が無いから出直す』とかで帰ってしまったわ。8時半ぐらいに、私の両親を迎えに呼んでおいてくれるみたい」
「親父とお袋、その辺りはちゃんと考えてんなぁ………………まぁ、それはそれとして」
そう言うと、紅夜は目の前に置かれてある病院食に目を移す。
「冷めない内に食うとしますかね………じゃ、いっただっきm…「ちょっと待って、紅夜」………んだよぉ」
食べようとしていた時に待ったを掛けられ、紅夜は不満げに頬を膨らませながら静馬を見やる。
そんな咎めるような視線を無視し、静馬は紅夜が手に取っていた箸を取り上げると、おかずのオムレツを小さく切り、それを紅夜の口へと持ってきた。
「ほら、紅夜。あーん」
「え?いやいや静馬、態々食わせてくれんでも良いよ。自分で食うって」
紅夜はそう言うが、静馬は首を横に振った。
「駄目よ。貴方、腕にも怪我してるんだもの。下手に動かして悪化したらどうするの?入院期間が延びちゃうわよ?」
「うぐっ……言われてみれば、確かになぁ………………」
「そうよね?なら、大人しく私に食べさせられなさい」
そう言われ、紅夜は何も言い返せなくなる。
幾ら頑丈な体を持つ紅夜でも、怪我をした状態で下手に動けば、症状の悪化は免れない。
「だが、それじゃあお前は、毎日此処に来るってのか?」
「ええ、そのつもりだけど?」
「あっさり言ったな、お前……………」
キッパリと言い放つ静馬に、紅夜は上半身を起こした状態でずっこけそうになるのを何とか堪える。
「だから貴方は、退院するまでの間、私に食事のお世話をされていれば良いの」
「さ、さいでっか………………それじゃあ、お言葉に甘えるとしますかね」
これ以上何を言っても無駄だと悟った紅夜は、諦めて静馬が運んでくるおかずを口に含むのであった。
「それじゃあ紅夜、また明日も来るからね」
「お、おう…………(マジで来るつもりなんだな………まぁ、入院となれば暇だから、そうしてくれた方がありがたいが)」
8時半。静馬を迎えに来た彼女の両親を乗せた乗用車が、病院入り口の前に停まっている。
乗用車の後部座席のドアを開け、乗り込もうとしながら言う静馬に、紅夜は返事を返す。
「ああ、そうそう。大事な事を忘れていたわ」
そう言うと、静馬は開けていた後部座席のドアを閉めると、紅夜の直ぐ前に駆け寄ってくる。
「ん?どうしたよ、何か忘れ物でm……え?ちょい静馬、何をし………んんっ!?」
「んぅっ………………」
紅夜の直ぐ前に駆け寄った静馬は、忘れ物でもしたのかと訊ねようとする紅夜の言葉を遮るようにして両方の頬に手を添えると、そのまま唇を押し付け、キスをする。
静馬の突拍子も無い行動に戸惑った紅夜は引き離そうとするが、静馬は両腕を紅夜の背中と後頭部に回してホールドしているため、全く離れなかった。
「んっ………んぅっ………………ぷはっ」
それから少し経ち、静馬は漸く唇を離した。
「ちょ、おい静馬?一体何を………………?」
「べ、別に良いじゃない。昨日だって、会長にされてたんだから。私にされても、何の問題も無いでしょう?」
唖然としながら言う紅夜に、静馬は赤面しながら言い返す。
「と、兎に角!明日も来るから!それじゃあね!」
最後に一方的に言うと、静馬は彼女の両親の車に駆け込む。
そして、走り出した乗用車が車道に出て、そのまま姿が見えなくなるまで見送った紅夜は病院内に戻ると、自分の病室へと戻り、ベッドに潜って眠りにつくのであった。