熾烈を極める、大洗女子学園チームと黒森峰女学園チームによる決勝戦。
この試合においての最後の作戦――《ふらふら作戦》――の発動により、レッド・フラッグの3輌が離れた本隊は、黒森峰チームの戦力分散のために個々で行動する事となる。
最後尾の戦車を引き受ける事になったウサギさんチームは、狭い路地を利用した《戦略大作戦》によって、先ずはエレファントを撃破。
その後、遭遇したヤークトティーガーにも攻撃を仕掛けるものの、撃破には至らない。
だが、交差点でヤークトティーガーの罠に嵌められ、ヤークトティーガーの主砲である128㎜砲を突きつけられる。
桂利奈は撃たれまいと必死に食いつこうとするが、その背後に用水路が迫ってきていたのだ。
そのため、兎に角ヤークトティーガーをどのような形になっても撃破しようと考えた梓の作戦により、ヤークトティーガーを道連れにする形で、ウサギさんチームは撃破されるのであった。
「………………成る程、そう言うやり方か」
『そう』
ある時、紅夜はレオポンチームのナカジマと、とある打ち合わせをしていた。
紅夜の呟きを、ナカジマが肯定する。
『とまぁ、そう言う訳だから。私達がやられたら、後はお願いね?』
「あいよナカジマさん。そっちの健闘を祈る」
『ありがとう。それと君達もね!』
そうして、ナカジマとの通信が切れる。
『ウサギチーム、行動不能です!』
その次の瞬間、ウサギチームからそんな通信が入ってきた。
「《ふらふら作戦》始まって初の犠牲だな………………大丈夫か?怪我は?」
紅夜はそう言って、ウサギチームの安否を確かめようとする。
『『『大丈夫でーす!』』』
そして、ヘッドフォンから聞こえてきた元気の良い返事は、紅夜に安堵の溜め息をつかせた。
『すみません、エレファントとヤークトティーガーは撃破したんですが、ヤークトティーガーとやってた時に、その………………』
「相討ち的な感じになっちまったってか………………良いんだよ澤さん。そもそも重戦車2輌を立て続けに相手取って撃破したってだけでも上等だ。誇って良いぜ」
『あ、ありがとうございます!』
紅夜の言葉に、梓は嬉しそうに言った。
『あの、長門先輩………………』
「ん?どった?」
真面目な声色で話を切り出そうとする梓に、紅夜は話を聞く態勢に入った。
『西住隊長の事、よろしくお願いします!』
梓の言葉を受け、紅夜は暫時目を瞑っていた。そして、ゆっくりと見開いて言った。
「ああ、任せときな。絶対にお前等を表彰台に上げてやるよ」
そう言って、紅夜は通信を終えた。
『祖父さん、そろそろ0017地点に着くぜ』
それと同時に、今度はスモーキーの大河から通信が入る。
双眼鏡を取り出して前方を見ると、何やら学校のようにも見える大きな建物が見えてきた。
「あれが、敵の親玉さんとウチの隊長がタイマン張る舞台だな………………全車、あの建物の直ぐ前に来たら右折しろ。あの建物の影に隠れる」
『『Yes,sir』』
そうして、3輌の戦車は建物の前に移動すると、即座に右折して建物の壁に沿って移動し、さらに左折して隠れる。
「後は、時が来るのを待つだけだな」
紅夜がそう呟いて椅子に腰掛けると、黒姫が実体化して現れた。
紅夜の膝を跨ぎ、向かい合わせに現れた黒姫が不安そうな顔をしているのに、紅夜は首を傾げた。
「ん?どうしたよ黒姫?そんな顔しちまって」
「う、うん。その…………久し振りに黒森峰とぶつかるから、ちょっと緊張しちゃって………………」
「………あー、言われてみりゃ確かに」
そう言う黒姫に、紅夜は同意するかのように頷いた。
彼女が言うように、紅夜達も黒森峰チームとは久々にぶつかり合う。
去年に彼女等との試合を経験している紅夜からすれば、黒姫の気持ちは分からなくもなかった。
「だから、その………暫く、こうさせて………………?」
そう言って、黒姫は紅夜の胸元に凭れ掛かる。
白い装束のような服の上からでも分かる大きな膨らみが、紅夜の胸板で卑猥にひしゃげる。
普通の男なら赤面ものだろうが、離さないとばかりにさらに抱きつかれる状態では、胸が当たるのを考える以前に緊張を解そうと言う意思が勝ち、紅夜は彼女の頭を撫で始める。
其処へ、キュラキュラと小さく音を立てながら、パンターとイージーエイトがIS-2に近寄ってきた。
だが、完全に車内に引っ込んでいる上に、膝に黒姫を乗せているため、キューポラから上半身を乗り出す訳にはいかないため、何が近づいてきているのか分からない紅夜は、ペリスコープから覗こうとするが、抱きついている黒姫が首をホールドしているため、ロクに首を回す事も出来ない。
そのため、紅夜は左手で黒姫の頭を撫でながら、右手でタコホーンのスイッチを入れ、静馬達に通信を入れた。
「おい静馬、大河。何か音が聞こえるが、敵の戦車か?」
『いえ、驚かせてごめんなさい。私達の戦車よ………………ホラ雅、パンターを下げなさい』
『私パンターを動かした覚え無いんだけど!?』
『今進んでるじゃない』
『私じゃないわよ!』
「……何か言い争ってやがるな………………ところで大河、そっちはどうなんだ?」
やった・やってないの押し問答をしているレイガンを一先ず放置する事にした紅夜は、大河に通信を入れた。
『すまねえな祖父さん、俺等のイージーエイトだ。何故か勝手に動き出してさぁ…………もしかして、黒姫みてぇな戦車の付喪神ってヤツじゃね?まぁ、何か停まったし、大丈夫だろ』
「そっか。なら良し」
そうして、紅夜達は建物の傍で時を待った。
派手に暴れ回る、その時を………………
そこの頃、まほの駆るティーガーとのタンクチェイスをしていたみほ達あんこうチームは、最後の行動に出ようとしていた。
「此方あんこうチームです!レオポンさん、今何処に居ますか!?」
『此方レオポン。今野球グラウンドに来たところ。もう建物が見えてきてるよ~』
「了解です。至急0017地点に移動してください!」
『はーい、上手くやりなよ隊長~』
ナカジマがそう返事を返すと、ツチヤはポルシェティーガーの速度を上げて土手を上りきり、みほに指示された場所へと移動した。
「おっ!やってるやってる~」
ティーガーから逃げるⅣ号を視界に捉え、ナカジマはそう言った。
そして、Ⅳ号とティーガーが建物の入り口に入った瞬間、ツチヤは方向転換させていたポルシェティーガーで入り口を塞ぎ、まほの援護をしようとしていたのであろう他の黒森峰戦車の前に立ちはだかった。
「さて、通せんぼ完了。後はどれだけやれるか、だね!」
ホシノはそう言いながら、装填を終えたポルシェティーガーの主砲の引き金を引くのであった。
レオポンチームが入り口を塞いでいる間、その建物の中央広場と思わしき場所へとやって来た姉妹は、各々の愛車のキューポラから上半身を乗り出し、互いの敵を見据えた。
今此処で、西住姉妹による壮絶な一騎討ちが行われようとしているのだ。
「西住流に逃げると言う道は無い。こうなったら、此処で決着をつけるしか無いな」
「………………」
黒森峰チーム隊長として……そして、西住流次期師範としての威厳を持って言う姉に、みほは威圧されるような気分に襲われるものの、決心を固めて言い返した。
「………………受けてたちます」
「さぁて、此処から先へは行かせないよ~?」
その頃、みほとまほの一騎討ちを邪魔させないために入り口を塞いだレオポンチームは、まほの援護に回ろうとしていた6輌の黒森峰戦車との砲撃戦を繰り広げていた。
既に黒森峰側には、ポルシェティーガーに当たらなかった砲弾が1輌のパンターG型に命中して行動不能になると言う損害が出ていた。
「ほい、次はラングね~」
全く緊張感を感じさせないナカジマの指示で、ホシノはその引き金を引く。
放たれた砲弾はラングの正面装甲に直撃し、撃破にはならなかったものの、大きく退けた。
「ちょっと何やってんのよ!相手は失敗兵器なのよ!?」
以前述べたように、ポルシェティーガーは『ティーガーになれなかった』戦車。
それを知っているエリカからすれば、たった1輌のポンコツ戦車に完全な戦車が苦戦させられていると思ってしまうのだろう。
因みにエリカがそう言ったのと同時刻、優花里が一瞬、誰かを締め上げなければならないような気がしたらしいが、気のせいだと割りきったようだ。
再び視点を移し、中央広場。其所では、両チームの隊長が睨み合っていた。
外の喧騒とは全く逆の光景が広がる。
そして、先にⅣ号が動き出した事から、西住家での姉妹バトルが始まった。
中央の銅像らしいものの周りを1周して、建物同士の間の道を走り回る。
とある角を右折すると、当然ながら、まほの駆るティーガーも右折して追いかけてくる。
両者共に発砲しないと言う状況のまま、彼女等は建物の間の道を走り回った。
「うーん、ボチボチ当たり始めてきたなぁ………………長門君達の出番、ちょっと早まるかもしれないね~」
黒森峰からの砲撃が、砲塔周囲の装甲に次第に当たるようになってきた中、被弾の衝撃で揺れる車内でナカジマはそう呟いた。
「砲弾は未だそれなりに残ってるから、どうせやられるなら、弾切れになるまで撃ってからにしたいねぇ~」
「んで、弾切れになる頃には何輌残ってるかなぁ?」
「さぁ?」
そんな会話を交わしつつ、一行は砲撃を続けた。
アヒルさんチームでは、先程のように黒森峰の分隊を相手に挑発行為を続けていた。
「うーん………………やっぱり、はっきゅんの57㎜砲じゃあ、傷すら付かないなぁ」
車両後方の窓から、自分達を追い回す黒森峰の分隊を見ながら典子は言う。
「相手の装甲は分厚いですからねぇ~………………あのティーガーⅡの正面装甲は180㎜って言われてますし」
「長門先輩のIS-2よりも守りが固いんだね」
そう言い合いながら、彼女等は後ろからの砲撃を避けながら逃げ回る。
「くっ……八九式だと甘く見すぎていたか、中々砲撃が当たらない………………ッ!」
分隊の先頭を走るティーガーⅡのキューポラから上半身を乗り出した要はそう呟いた。
エリカのティーガーⅡを含む6輌の戦車がまほの援護に回ったため、今ある戦車は自分のティーガーⅡを含めても5輌だけに減ったのだ。
「早めに撃破して、副隊長達の応援に回らないと………………ッ!」
そう呟きながら、要は砲手や他の戦車に指示を出し続けるのであった。
「うわぁ~、やってるなぁ~。音が此処まで聞こえてくるぜ」
その頃、建物の影に隠れて出番を待っているレッド・フラッグでは、レオポンチームとエリカ達による砲撃戦の音が響いてきていた。
「そりゃまあ、そんなに離れた場所じゃねえんだ。音ぐらい普通に聞こえてくるだろ」
IS-2の車内でそんな会話が交わされている最中、黒姫が戦車に戻ったために自由になった紅夜は、キューポラから上半身を乗り出し、明後日の方向を眺めていた。
傍から見れば、ただボンヤリしているだけに見えるが、長年の付き合いである静馬は、紅夜はただボンヤリしているのではないと気づいていた。
『ねぇ、紅夜。大丈夫?』
砲撃音により、普通に話しかけるだけでは聞こえないため、静馬は無線で声をかけた。
「ああ、静馬か」
そう答える紅夜は、何かを必死に抑えているような表情を浮かべていた。
『大丈夫なの?結構辛そうな表情してるわよ?』
「ああ。一応は大丈夫だが………………やっぱ辛ぇな。蛇の生殺しって気分だぜ」
その言葉で、静馬は何故、紅夜が辛そうにしているのかを悟った。
「(成る程、早く暴れたいのね………………早く暴れたい、戦いたいと言う気持ちを抑えて、あんな状態に………………)」
そう思いながら、静馬は再び話しかけた。
『紅夜、もう少しの辛抱よ。時が来たら、何も気にせずに暴れたら良いわ。だから、今は何とか堪えて?』
「ああ………………ありがとな、静馬」
そう言って、紅夜は静馬に微笑みかけた。
その時静馬は、一瞬ながら、紅夜の全身から蒼い炎のようなオーラが噴き上がり、その緑色の髪や赤い瞳が蒼く染まるのを見たような気がした。