どこか不安気であり目を行ったり来たりさせながらも期待の色も見せる志岐さん。そんな志岐さんの下の名前を思い出そうとしている時に救世主が現れた。体調不良の救世主それは―――。
「やっと着いたわ……小夜ちゃん遅くなってごめんなさい」
トリオン体じゃないと体調悪そうな那須先輩の登場だ。少し息も切らしているがこの状況下では救世主だ助かった。志岐さんの下の名前は小夜子だ。でも小夜子って呼びにくいな……小夜子さん。いや、なら呼び捨ての方が呼びやすい。熊谷先輩の様に小夜子や、那須先輩の様に小夜ちゃんって言うのは呼びやすいかもしれないけど同い年なのに先輩達が呼ぶのと同じってのは失礼じゃないかな?
「じゃあ、小夜で良いかな?」
「ッ!!?」
「……ご、ごめんなさい小夜ちゃん。邪魔しちゃったみたいね」
「セーフっと。お、ネコ今日もよろしく」
「あ、熊谷先輩よろしくでっす」
「昨日から思ってたんだけどその熊谷先輩って何とかならない?」
「え、ごめんなさい? 怒りの熊谷特攻隊長?」
チョップされた。違うらしい。固まってる志岐 小夜子(仮)を置いておいて話の進みそうな熊谷先輩の話を聞く。熊谷と呼ぶ人はいるけど実はあまりいないらしく、クマで良いそうな。
「じゃあ、クマちゃん先輩? でいいですか?」
「いい、くないかなー……」
クマちゃん先輩(仮)は志岐 小夜子(仮)を見て、困惑している。何だ? 良く分からない。だってクマ先輩も何か呼びにくいんだもん。それなら熊谷先輩の方が呼びやすい感じがする。呼び方にだって個人差はあるだろうけど、俺は熊谷先輩か、クマちゃん先輩のどちらかだ。
「あー、小夜子ごめん」
「くまちゃん大丈夫よ。小夜ちゃんは小夜って呼ばれてたから」
「っ!!」
あ、志岐 小夜子(仮)が再起動した。と思ったら息が吸えない水中かの様に真っ赤になって頬を膨らましながらも口を結んでいる。その上、眼が泳ぎまっくているが何なんだ。男が苦手な人に見られる特徴なのだろうか。失礼だろうけど少し面白い。
「はははっ、やっぱやるじゃん。なら良いよさっきので」
「じゃあクマちゃん先輩で」
クマちゃん先輩から(仮)が外れた。那須先輩はいつの間にかトリオン体になっていて先程までの病弱そうな姿は消えていた。
「じゃあ私は玲ちゃん先輩ね」
「え、何で?」
ついつい素で返したら那須先輩は少し残念そうな顔になった。お、トリオン体にも関わらず病弱そうな感じに近付いたぞ。と思ったらクマちゃん先輩にチョップされた。間違えたのか。えーと、じゃあ玲ちゃん先輩で良いのだろうか? 良いんですかと視線を向ければ那須先輩は少し微笑んだ。
「じゃあ那須先輩で」
「あれ……?」
だって那須先輩は『那須先輩』の方が呼びやすいんだもん。
「そういえば、日浦ちゃんはまだなんですか?」
体力的にも性格的にも一番時間通りに来そうな1番年下の日浦ちゃんが来ない。他のメンバーも少し心配になりながらも取り敢えず本部前に出てきたところで、本当に遅刻ギリギリで日浦ちゃんが来た。謝りながらトリガーを起動し、トリオン体になる日浦ちゃん。
「珍しいね茜が遅刻ギリギリなんて」
『なにかあったの?』
「え、えっと……そのちょっと家のトラブルで……」
とても言い難そうな日浦ちゃんだが防衛任務の時間だ。那須先輩も心配してはいるが、後で話そうと任務に入った。
日浦ちゃんのスナイパー用のトリガーはライトニング。速射性に優れ軽いのが特徴だ。他のスナイパートリガーと比較してのデメリットは射程と威力だが、俺も開発室で使ったことはあるけど、当てられる距離であればそこまで違いはないと感じた。ただランク戦などの対人戦になるとシールドなどで防がれやすいらしい。
それでも日浦ちゃんは昨日もバムスター倒してるし、援護射撃のサポートも通信を取り合って的確だ。しかし、今日はミスが多かった。
『茜、そこじゃ熊谷先輩へのフォローが通らない』
『え? あ、ごめんなさい!』
「よほど大きい心配事みたいですね」
「そうね……でも、今はフォローして行くしかないから」
近くにいる那須先輩と話しながら熊谷先輩が交戦中の位置に跳ぶ。那須先輩も心配みたいだが、仕事だし隊長だしで、直接声を掛けることは出来ないでいた。一度注意したが注意力散漫の日浦ちゃんは小さいミスが続いた。
那須先輩は少し考えて位置取りを変える事を提案した。全体的に散らばり、日浦ちゃんを廃墟になった高層マンションの屋上に配置。周辺を3人で警邏して、ゲートが発生したら日浦ちゃんにフォローしてもらう形……というのは建前だ。一人になって落ち着いてもらおうと考えた苦渋の決断だった。
日浦ちゃんは大丈夫ですと言うけど、熊谷先輩もこの提案に賛成した。俺は隊としては部外者だし、了解としか言えなかった。勿論、出来るだけ近くで周辺を歩いて回る様にした。日浦ちゃんのとこにゲートが開いてやられる事も有り得るからだ。
でも、この配置変更の提案は裏目に出た。
『イレギュラーゲート発生。熊谷先輩の近くです』
『オッケー見えてるよ。茜、フォローよろしく』
『はい!』
『ッ!? つ、続けてゲート! 茜の後方!!』
この時、熊谷先輩は既にネイバーと交戦を開始。日浦ちゃんはパニックになった。先に熊谷先輩の方に向かい二人で倒す。その後に後方を対処すれば完璧だ。俺や那須先輩も向かっているわけだから、新しく発生したゲートから来るネイバーも俺と那須先輩が対応して、日浦ちゃん達が来る頃には終わっている事も考えられるから問題ない。
しかし、日浦ちゃんは新しく出来たゲートへ向かった。
『茜!』
『だ、大丈夫です! あっ!』
その通信の直後、光の線が空に伸び、ボーダー本部に向かって行った。ベイルアウトだ。その後の処理は問題なく終了。でも、終わった後の反省会は重苦しかった。日浦ちゃんが謝るが、配置変更を提案したのは那須先輩だ。それで良いと熊谷先輩も賛成したのだから。
「あのー、部外者なので口を挟むのもあれ何ですけど……」
「……いいわ、ネコ君言って」
「日浦ちゃんの心配事聞いた方が良いんじゃないでしょうか? 俺も邪魔なら帰りますんで」
「茜、ネコがいても話せること?」
日浦ちゃんは少し時間を置いて頷く。考えたというよりは、どう話せばいいかといった感じだ。
「実は、私……引っ越し、するかもしれません」
日浦ちゃんは生まれも育ちもこの三門市らしい。日浦ちゃんの両親は5年前の初めてのネイバーの侵攻に頭を抱えた。助けてくれた人はいたし、ボーダーという組織も出来た。それでも安心では無い。
家のローンとかの問題もあっただろうけど、命あっての生活だし、日浦ちゃんがボーダーに入っている事も心配だった。トリガーという力があっても、トリオン体じゃなければ人は死ぬ。だから三門市から家族揃って生きるために引っ越すことを考えてるらしい。
「茜ちゃん、決まった事なの?」
「分かりません。でも、私が卒業した時の高校とか遠くの聞いた事もない学校を勧めてきたりするんです。あんなのここから通えっこない。そしたら引っ越すかもって……」
「ま、まだ決まったわけじゃないんだろう?」
ふと考える。俺の両親はどうだろう。まだこっちに来て3ヶ月ぐらいしか経ってないけど、俺が、『ボーダーにスカウトされたし将来も考えてないから行ってみる』って言った時は母さんは泣いてた。先にそう言ったのは母さんだったけど冗談のつもりだったらしいし、仕送りでこの前届いた米とかと一緒に手紙があったけど、最後には身体に気を付けてって書かれてた。一人暮らし前日に父さんも近くの駅まで送ってくれたけど、いつでも帰って来いって言ってた。
親は心配なんだ。心配すんなよとは言えるけど、それでも心配なんだ。日浦ちゃんの両親を止める事は出来ない。日浦ちゃんの気持ちの問題はあるけど、それで覆せるような問題でもないだろう。
それが分かるからと言って、引っ越しが決まったら解散ですね何て言えるわけがない。冗談でも言えない。そんな重苦しい空気は日浦ちゃん自身で無理やり終わらせた。
「で、でも多分大丈夫ですよ! 引っ越しなんてお金掛かるし、それに……だ、だから大丈夫です!」
「……うん。一旦この話はお終い。小夜ちゃん回収の報告は終わってるわよね?」
「あ、はい。大丈夫です」
「玲……」
うん。流石は冷静な那須先輩だ。今はそれが精一杯の終着点だ。安易に大丈夫なんて言えないし、このチームを大切にしたいなんて言葉で縛るのも駄目だ。取り敢えず俺は何のために居たんだろうと、重い話を聞いて少し落ち込みながら、話聞いちゃってごめんと日浦ちゃんに伝えて帰る事にした。
那須隊での防衛任務も次で終わりだ。明日はボーダーの仕事は休みで明後日に防衛任務の仕事の予定だ。時間も少し早めで学校も早退しなければならない。先程の話を考えない様に明後日の事を考えながら、スーパーに向かう。送ってもらった米もあるし野菜炒めとか作って食べようと携帯片手に何を買うか調べながら野菜に手を伸ばす。お、コンソメが安売りしてる。ウィンナー買ってスープでも作ろう。
一人住まいの寂しいアパートの我が家が見えてきた。お腹は減り、体力的にも精神的にも疲れた。財布の中に入れている鍵を取り出し、アパート玄関に辿り着くと隣の一軒家から誰か出てきた。
「ん?」
「え? ……ネコ君?」
お隣の綺麗な一軒家はまさかの那須先輩の家だった。
「いやーご近所さんだったんですね。というか本当にトリオン体じゃないと体調悪いですね。ちゃんと食べてるんですか? これからご飯なんですけど食べます?」
なんてスーパーの袋を掲げて軽い社交辞令を口にする。当然来るわけがない。男の一人暮らしに女の人が来たら嬉しいけど、そうはならないだろう。だから那須先輩も―――。
「……じゃあいいかしら?」
「え、何言ってんの?」
また素で返して微妙に悲しそうな顔にさせてしまった。更に病弱感が増す。いかんいかん。何で来るのか知らんけど誘ったのは俺だ。しかし、割と病弱なお客様が来たので少し悩みます。……うどんがいっか、少し寒くなってきたし温かい卵あんかけうどんを作ろう。消化にもいいし問題なし。
那須先輩の家は今日は誰も居らず、何か買いに行こうとしていたらしい。何を食べるつもりだったのかと聞けば「桃のゼリーとか……」って返ってきた。そりゃ顔色悪いはずだ。ゼリーを晩御飯にするとかどこのダイエッターだよ。家に誰もいないときはちゃんと食べてないのだろう。
「料理は好きなの?」
「んー最初はそうでもなかったですけど、元々は一人暮らしをしたら料理をしろって母親に言われて少し教わってて、色々無駄が分かる様になってきて今は面白いですね。簡単なものしか出来ないですけど」
まず鍋に水を入れて沸かします。野菜炒め用と考えていた豚こま肉とにんじんと長ネギを使いますが、大口を開けるとは想像も出来ない先輩のために野菜は小さめに薄く切ります。万能スライサー超便利。具財は大きいほうが好きだが今回はお客様重視だ。肉と野菜は塩コショウで炒める。
沸騰したお湯にうどんを入れます。その間に他の鍋でめんつゆ温めて片栗粉投入しトロミをつける。火を止めて卵入れて餡は完成。同時進行で箸でぐるぐる混ぜてればうどんも出来上がりだ。
うどん、卵あんかけ、肉野菜の順に器に入れれば完成。……しょーがないなー麦茶も出してあげますよ。
「量足ります? 多いです?」
「大丈夫よ。美味しそうだわ」
「おあがりよ」
「……ネコ君は凄いわね。本当に凄い」
いや、食べてから言わないと味見してないから泣く事になるかもしれないよ?大きなミスはないだろうけど、香りは良くてもかなりしょっぱい可能性もある。しかし、食べないまま那須先輩は喋り続ける。俺と同じで猫舌なのだろうか。
那須先輩が俺の家に来た目的はご飯ではなく日浦ちゃんの事を含めた那須隊のことだった。そりゃそうだ。
「茜ちゃんはきっと引越ししちゃうかしらね……ネコ君はさっき何も言わなかったけどどう思う?」
「んー、引っ越さないかもしれませんけど、引っ越しても仕方ないですよね。家族の生活や幸せの話ですし、そこに日浦ちゃんの意見は効果が薄いと思います」
「そうね……」
「でも那須先輩かっこよかったですよ? ちゃんと良いところで話を終わらせて、引き止めることも悲観もしなかったですし、流石は隊長さん」
「玲ちゃん先輩って呼―――」
「―――まぁまだ確定じゃないですし、今を楽しむのと、その時になったらなったで、その時の最高を目指せばいいんじゃないですか?」
那須先輩の声を上書きするように遮るとまた病弱感が増したが、俺の話を聞いてか、口元に笑みを浮かべて割り箸を手に取り小さく頷いた。
「……そうね、どうもありがとう……いただきます。うん美味しい」
「あ、本当だ美味しい」
「え?」
「え?」
お粗末!
食べ終わって少し談笑もしたのち那須先輩は帰って行った。片付けが終わり、風呂に入りながら俺は隊長という役職は大変だなと考えていた。戦うだけじゃなくてチームのことを考えないといけない。今回は日浦ちゃんの引っ越し騒動だけど、他のチームは色々な問題とかも抱えてるのではないだろうか。個々人の気持ちはどうだ? 上に行くためにランク戦に挑む人もいれば、友達感覚でやってる人もいるんじゃないだろうか。
どちらかと言えば俺は後者の友達感覚でやりたいタイプだ。上に上にという考えは嫌いじゃないし理解できるが、自分もそこに加われと言われればお断りである。上に行って何か良い事があるのか? 俺が思いつく点ではただ1つ。給料の変化だ。
A級になれば討伐数関係なく給料が出る。防衛任務などで討伐もすれば出来高分が更に給料に加算される。仮にではあるが、一人暮らしと学費を払っていくとした場合どうなのだろうか? A級にならないと厳しいのかな。A級に上がるためにはチームに参加して、更にランク戦を勝ち上がるしかない。今はランク戦やってない期間らしいけど、もう少ししたら始まるらしい。
どこかの隊に入った場合は人間関係が面倒だ。「もっと熱くなれよ!」とか些細な喧嘩も起こり得る。正直言って色々指示されるのも嫌だ。自分が隊長でチームを作った場合も変わらない。いや、大いに面倒ごとが増えて激変だろう。
まだ嵐山隊と那須隊しか見たこと無いので、俺の様ないい加減な奴が居るのかも分からないが、俺が出した答えは『ある程度わがままを言っても許してくれる自由な部隊なら参加してあげなくもない』という上から見下ろしたものだった。言い換えるとすれば、現状維持である。
感想や誤字脱字のご報告、また答えられる範囲ではありますが質問もお待ちしております。
◆今回の独自設定◆
◆日浦 茜ちゃんの初めて引越しの話があったタイミング。
まぁ、原作では茜ちゃんが中学卒業と同時に引越しらしいですし、親としては早めにファーストクッション入れるでしょう。いつ引っ越すかは言わないにしても相当考えてるはずです。
◆那須 玲の家
一人暮らしだろうと勝手に決め付けてました。綺麗アパート的なところで病弱に暮らしているんだと……。本当にごめんなさい。読み返してみたら綺麗な一軒家に住んでました。修正。
◇主人公ネコ◇
一人暮しする前に母親に教わったので簡単な料理が作れる。出来るのは『炒める・焼く・煮る』が基本。しかし、計量スプーンや計量カップなどは無い。味見をしない。だから最終的に失敗することもある。それでも失敗は味の濃い薄いがほとんどの為、ほとんどの場合は作り終わった後でも何とか調整が効く。