Fate/after Silent Noise (フェイト/アフター サイレント・ノイズ)   作:どっこちゃん

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一章 過加速「ディーン・ドライブ」-6

 

 水面が写す空の色は、既に夕焼けを待たずして茜色から星すら見えぬ夜のそれへと変じている。

 

 漆黒の夜の足元で、流動する闇が静かにうねり、微かな潮騒の音を運んでくる。嵐が、近いのだ。

 

 そこには音も無く進む一隻の小船の姿があった。

 

 ひどく襤褸で、今にも朽ち果ててしまいそうな、廃棄寸前の代物だった。おそらくは港の端にでも捨て置かれたものであろう。

 

 しかし奇異なのは、それがまるで強烈な引力によって引き寄せられていくかのような、尋常でない速度で暗い波間を掻き分けていくことだ。

 

 黒々とした海面に白波の線を引く船の上にはひっそりと佇む影があった。周りの闇と海の色にまぎれるような黒塗りの衣布を頭から被り、ただ狭い船上に独りで直立する様からは年齢も性別もようとして知れない。

 

 ボートは夕刻も差し迫った黄昏時に、人知れず冬木の港を出た。それから半刻ほどの間こうして絶えず海上を馳せているのだから、ここは既にかなりの沖合いということになる。

 

 ――はたして、なにゆえに監督役は斯様な場を会合の場として指定してきたのだろうか、それほどまでに警戒しなければならない敵が、まさかこの地にいるとでも言うのか? 

 

 彼は沈殿していく自らの思考の澱が、要らぬ懐疑と焦燥を呼ぶことを忌避するようにして、誰に向けるでもなく闇に向けて声を上げた。

 

「キャスター、もっと速くならないのか? もう時間がないぞ」

 

 返答などあろうはずもない余人の姿無き船上で、その声に応じたのは果たして夜に伝い響いた、声ならざる玉響(たまゆら)であった。

 

『これ以上速度を上げますと、船体のほうが持ちません。目的地まではもうじき着くはずですのでご安心を』

 

 この古びた小船には、無論のこと推進器の類は設置されていない。

 

 にもかかわらず、それが水上を本来ありえないほどの速度で滑走できたのはこの姿無き魔術師のサーヴァントの手練であった。彼女の繰る怨霊と水妖の群が、黒い水面の下から船底を押し上げてただ浮いているだけの朽ちたボートを貨車の如く牽引していたのだ。

 

「……まったく……」

 

 黒衣に身を包んだ少年は三度愚痴をこぼそうとして、それを取りやめた。

 

 本来ならばもっと余裕を持って来たかったのだが、森の城を抜けてくるのに思いのほか手間取ったのだ。

 

 理由はただひとつだ。留守番するよう告げたにもかかわらず、鞘は一人で城の中に残るのがいやだと駄々をこね始めた。キャスターがそれを根気よくなだめ、どうしても同伴できないことがわかると、彼女は「じゃあ、いい!」といってふてくされたまま二人に先だって街に出かけてしまったのだ。

 

 確かに日用品が足りていないので近々買い出しにいく必要はあったのだが……。

 

『……なにも、こんな夜半に出歩くこともないと思うのですけどね。無茶をしないといいのですけど……』

 

「だから言ってるだろうキャスター。ああいう奴になにを言ってやったところで結局は無駄になるんだ。……それより、もうちょっと緊張感とかあってもいいんじゃないのか!?」

 

 気配だけの従者が、傍らから気の抜けたようなことを言うのを声ならざる声にて聞き、カリヨンはおのずから意図して噤んでいた口を決壊させ、堰を切ったように叱咤を始めてしまった。

 

 霊体化したサーヴァントは実際には口頭での意思疎通が出来ず、その手段はパスの繋がったマスターとの霊感を通してのものになるわけだが、それでもキャスターの呑気振りはカリヨンにもありありと感じられた。

 

 今から殺し合いを演じることになる相手たちと直に対面を果たそうというのだ。だというのに、このサーヴァントはもうちょっと何とかならないのだろうか?

 

『はあ……そう言われましても……』

 

 さも困ったような声を上げるキャスターに溜息ひとつ残して、カリヨンは再び押し黙った。

 

 喉も口内もひどく渇いていて、それ以上話すのが億劫だった。彼のほうは逆にひどい緊張感に吐き気すらおぼえているというのに。

 

 とはいえ、鞘をこの場につれてくるというのは論外の選択であったのは事実だ。そもそもこの儀式がどうしても七つもの席を必要としているということが、サンガールの後継者たちにとっては蛇足としかいえないルールなのである。

 

 用意しなければならない席は七つ、後継者は四人、そして儀式の成立に手を貸したというゲストが一人、残りの二つは全く放置の状態だ。

 

 監督役の話では、余りの席には取るに足らない有象無象が入ることになるだろうが気にする必要は無いということだった。もっとも、カリヨンはそのひとつに無粋な厄介者がしっかりと入り込んでいることを既に知っているのだが。

 

 間もなくボートは静止した。薄墨のような靄が烟り、振り返ってももう冬木の明かりは見えない。

 

 ようやく指定の海域に着いたのだが、案の定ここにはなにも見当たらない。さて、このまま船を寄せ集めて話をしようとでもいうのだろうか?

 

 訝っていると、キャスターが耳打ちをするようにある方を示した。それを見上げ、少年はあっと声を上げた。彼もさすがにこれには驚嘆を禁じえなかった。

 

 漆黒の霧が掛かったような、一帯の靄の如き闇の中から彼の視界にまろび出たのは、はたして著しく巨大な代物であった。海の上に浮かぶ城が見えた。否、それは巨大な黒塗りの巨大な船であった。所謂豪華客船というものであろうか。

 

「……よく用意したな、こんなもの」

 

 近づくと、警戒を解くかのように船を包み込んでいた暗鬱な澱が取り払われた。

 

 少年は一面の黒い壁面以外なにも見えない虚空を仰ぎ眺めた。近くから見上げるその威容はまさしく海の上に浮かぶ巨城だ。

 

 いやそれどころか、これでは北海に浮かぶ氷山のようでさえあるではないか。それは巨大な、あまりに巨大な黒塗りのフェリーであった。

 

 合図をするとカリヨンの身体はふわりと浮かび上がり、甲板に降り立つ。気配だけのキャスターに先導されて船室の中に入ると、目もくらむような光に迎えられ、驚くほど絢爛な一室に誘導された。

 

 その開けた空間には見知った顔が二つあった。

 

「やあ、カリヨン」

 

 軽く声を掛けてきたのはサンガール家の次男であるオロシャ・ド・サンガールであった。椅子に腰かけ、目を弄するには及ばぬシャンデリアの光の下で艶めかしい装丁の書物に視線を走らせている。

 

 浅く腰掛けた椅子は船の内装とはまた趣が異なる。おそらくは自分で持ち込んだ手製のものなのだろう。血に濡れたような革張りの光沢が絢爛ながらも生々しい。そして、手にするそれは魔導書の類ではなく、名も知らぬ詩人の断末魔を綴った詩集だ。

 

 その傍らにはカリヨン同様に気配だけの存在が守護霊の如くつき従っている。だが外界を熱断層によって隔てるかのごとき存在感だけでキャスターとの格の差は歴然だ。備えは万全といったところか。

 

 灰色の瞳を蠢かしてにこやかに挨拶してくる兄に、しかしカリヨンは笑顔も見せずに会釈だけを返した。

 彼は兄のその整いすぎた感のある、あえて創った様な笑顔がどうしても好きになれなかった。一応の礼を済ますと、今度はその次男から距離をおくようにして小山のようなソファに寝そべっている女性にも声を掛けた。

 

「姉上も、お久しく」

 

 宝石細工の煙管をマゼンダの唇に咥えた女性は、しかしカリヨンに目もあわせず、ただ興味無さげに手を振った。それきりである。

 

 彼女は四人の候補者の紅一点である長女、ベアトリーチェ。

 

 カリヨンにとっては姉にあたる人物だ。彼女は彼らとは違いサーヴァントを伴ってはいないようであった。

 

 しかしカリヨンはさして訝るでもなく納得した。彼女の持つ「異能」は長兄のそれと並んで直接戦闘に向く。たとえサーヴァント相手でも簡単に遅れを取ることはないと言う自負からであろう。華奢で麗しい見目に反して豪胆な姉らしい選択だ。

 

 そう。——それら、兄姉たちの秘める底知れぬ力を知るからこそ、カリヨンは己のサーヴァントの強さに殊更にこだわっていたのだ。自分単独ではそもそも兄姉たちの相手にはならない。

 

 だからこそ、その差を埋めることの出来るサーヴァントを彼は望んだのだった。その事実が、無駄だとは知りつつもいまさらながらに苦い感情を湧き起こさせるのだ。

 

 最弱のサーヴァントに守られた最弱の自分。カリヨンは毅然と構えようとはしていたが、その実小動物めいた恐怖感から緊張しないわけには行かなかった。

 

 カリヨンも平静を装い両者から距離をおいて壁にもたれかかる。指令された時刻までもう間もない。座って待つこともないだろう。

 

『マスター、よろしいので? ご兄弟なのですからもう二、三言葉を交わされても……』

 

「いいんだよ! 余計なことは考えなくていいから、よく周りを見張っておいてくれ。なにがあるのか分からないんだから」

 

 既に彼等は血を分けた肉親ではなく、互いの命を狙いあう怨敵同士にすぎない。だいいち、もとから一般人の兄弟のように馴れ合うような間柄ではないのだから、たとえ今生の別れとなるやも知れぬ挨拶もせいぜいこんなものだろう。

 

 しかし、このサーヴァントはこの危機的状況がなぜわからないのだろうか? 余計なことに気を回している場合ではないだろうに!

 

 そう思うと、気が立っていることも手伝ってカリヨンは余計に憮然とせざるをえない。

 

「それよりも、変だ。もう時間もないのに候補者が全員集まってないなんて。キャスター、それらしい使い魔はいるか?」

 

 押し黙るキャスターを余所に、カリヨンは姿を見せない長兄について訝っていた。サンガールの長男ゲイリッドは今回の後継者争いについても無論大本命だ。それが姿を見せないのはおかしい。

 

『……いえ、この場を見張れるような位置には使い魔は一匹も見当たりません』

 

「どういうことだ?」

 

 そのとき、遂に沸き起こった耳鳴りとともに不吉な印象をばら撒いて、一つの影が忽然と現れた。

 

 いったいいつからそこにいたのか、少なくともカリヨンにはわからなかった。

 

『皆様、今宵は我が招待に応じていただき感謝の言葉もありませぬ」

 

 室内のどこから聞こえてくるのかも解からない、不快なノイズを集積したような声が語り始める。

 

 いつ見てもつかみ所のない、そして不気味な奴だ。カリヨンは思う。テーザー・マクガフィン。この怪人は先代の盟友であり一族の相談役としてサンガール家に出入りしている氏素性の知れない魔術師で、今回の儀式の発案者でもある。

 

 先代の遺言としてこの相続争いが決着するまでその陣頭指揮と取るということだ。そのフードの下の顔を見たものは居らず、今もその顔を窺い知ることは出来ない。それでも、カリヨン達兄弟にとっては恩人と呼べる人物なのだが、やはり、到底信頼できる手合いでないのは確かだった。

 

『長々しい挨拶も無用のことと存じますので、さっそくですが、本題のほうに移らさせていただきたいと思います』

 

 その言葉にオロシャが声をかけた。この場に居合わせた誰もが抱いた疑問だ。

 

「まだ、兄が見えないようですが……」

 

『……では、まずはその件についてお話させていただきます。長兄であらせられますゲイリッド・ド・サンガールさまは既にこの儀式から脱落されております』

 

「えっ!?」

 

 声を上げたのはカリヨンだけだった。それは意外すぎる言葉だった。全くの予想外。しかし、うろたえたのは彼だけだった。

 

 次兄オロシャはその白すぎる顔を歪ませることもなく。長女ベアトリーチェは兄の唐突な訃報に憚りもせずに頬をほころばせた。

 

「まあ、それはよい知らせ。この七面倒な儀式も、存外に幸先が良いようですわねぇ。……ねぇ、カリヨン?」

 

「え――っ、あ、……」

 

 急に水を向けられて(うめ)くことしか出来ない末弟を、姉は声もなく嘲笑った。

 

「説明をいただけますか? 監督役殿」

 

 オロシャはやはり、道でも尋ねるかのように問うた。

 

『御意に。……あれは八日ほど前になりましょうか、誰の手に掛かったのかは定かではありませんが、おそらくはサーヴァント召喚の直後だったのだと思われます。ゲイリッド様は袈裟懸けに切り捨てられそのまま事切れたようで……』

 

 そこでオロシャは丁寧にかぶりを振った。

 

「いえ、そうではありません。お聞きしたのは今夜、我らをわざわざ呼び集めたのはそのような些事(・・)のためだったのか、ということです」

 

 さしものカリヨンも絶句していた。彼は改めて兄弟たちの人間性の欠如を思い知らされた。そしてそれが魔術師の質としての己と彼らとを画す要素であるとも。

 

「――では、経緯は省きまして核心について話させていただきます。今宵、皆様にお集まりいただきましたのはこの次期後継者選定の儀式に生じましたイレギュラーについて、早急にお耳に入れなければならないことがありました故」

 

「イレギュラー?」

 

 オロシャはさして驚いたでもないような声色で問うた。

 

「端的に申し上げますと、八体目のサーヴァントがこの地にいることが判明いたしました」

 

「なんだって?」

 

 カリヨンも色めきたって声を上げた。怪人はそれに煽られたのか、それともいたってマイペースなのかもよくわからない、性急なピッチのノイズのような声を続けた。

 

『既にご存知のことかとは存じますが、この度相続争いにおいて誂えましたこの『聖杯戦争』なる儀式はこの極東の地において幾度か繰り返されてきたものであります。そのたびに呼び出されて来た英霊の、うち一体が未だこの現世につなぎとめられているようなのであります』

 

「別に、捨て置けばいいのではないのですか? 邪魔者が増えたというだけのことでしょう。……それに、そう。もともといらぬ邪魔の多い話でしたでしょうに」

 

 気だるげな長女の言葉である。どうやら彼女にとってはこの事態も取るに足らないことなのか、はたまたどうでもよいことなのか。対して、多少考え込むようなそぶりを見せていた次兄が白い顔のまま問うた。

 

「――で、どうするというのです? 我らの力の総力を持って、まずはそのイレギュラーを排除する、とでも言うつもりですか?」

 

『いえ、それには及びませぬ。そちらには先ほどワタクシめの命にてサーヴァントを送りました』

 

「なに!?」

 

「どういうことです?」

 

 カリヨンと、兄オロシャの声がこのときばかりは重なった。長女も初めてこの監督役に刺すような眼差しを向ける。(ひず)んだ影のようなテーザー・マクガフィンは畏まったかのように身を縮めた。

 

『先ほどお話しましたゲイリッド様のサーヴァント。実は未だ健在でして、事後処理といういう名目でワタクシが徴用してございます』

 

「どういうつもりだ!」

 

『ご心配には及びません。皆様の奮闘に水をさすような真似は決して……』

 

「そうじゃない! どうして監督役のお前にサーヴァントが要るんだ!?」

 

 カリヨンは色めきだって監督役に詰め寄ろうとした。しかし席を立ったオロシャがその奇異なほどほっそりとして美しい腕を上げてカリヨンを制す。

 

「構いませんよ。これはあなたが勝っても何の意味もない戦いですからね。そうじゃないかい? カリヨン」

 

「……しかし、兄上……」

 

 言いさしたカリヨンに代わって紫煙を吐いたのは、ベアトリーチェだった。

 

「そうよ、お兄様。監督役に預けておくくらいなら私がもらうわ。実は、なんだかハズレを引いてしまったみたいなのよ。ねぇ、いいでしょう?」

 

 妹はそう言って豪奢なソファに寝そべったまま、熱の篭った視線を兄に向けるのだ。

 

 オロシャは突如として豹変した妹の艶かしい媚態に苦笑して応じた。

 

「そんなことをいって、君はまたそうやって人のものを欲しがる……。それで、今日はその外れのサーヴァントは置いてきてしまったのかい?」

 

「知らないわ。言うことは聞くのだけれど、喋らないし、側に置いておいてもつまらないから好きにさせてるのよ。そう、それに……そのほうが力もつくし」

 

 その言葉にカリヨンが凝然として声を上げた。

 

「そんな、では――姉上はサーヴァントが魂食いをするのを野放しにしているというのですか?! もしも一般人にばれたら……」

 

 すると宝石細工の煙管が揺れ、忌むような視線と共にベアトリーチェの吐息がカリヨンに向けられる。当然というべきか、薫る紫煙はただの煙草のものではない。常人なら、一吸いで心身を諸共に病むやもしれない猛毒の類だ。

 

 カリヨンは思わずのけぞりそうになってキャスターに細い背中を支えられた。

 

「大丈夫よ。サーヴァントのくせに私よりも弱いくらいだから、たいしたことはできないし。……それに、そう。だいたい、あなたたちだって気付かなかったじゃないの」

 

「それは……」

 

 すると二人の会話を切り上げるように、オロシャが言葉を挟んだ。

 

「ベアトリーチェ、悪いけど、それは認められないよ。少なくとも一人が一騎のサーヴァントを持つというのは公平なルールだからね」

 

 すると、彼女はまたヤル気なさげにソファにふんぞり返ってそっぽを向いてしまった。

 

 後は兄を見ようともしない。対して、まだ何か言いたげな末弟に先んじるようにオロシャは言葉を続けた。

 

「それに、実際に役立っているというのなら、そう非難してばかりもいられないだろう。……どうなんです、例の件は」

 

『オロシャ様のご察しの通りにございます』

 

「何の、話です?」

 

 声を尖らせた末弟に対して、再び椅子に腰かけた次兄は詩集を開きながら優しく諭すかのように応える。

 

「この土地にも何人か土着の魔術師が居てね、儀式の邪魔になるとよくないから、僕のほうから露払いを頼んでおいたんだよ。それで……えーっ、なんといったかな? あの、始末のすんだといっていたほうの……」

 

『マキリですか』

 

「そう、それです。どうでした? 手ごわかったですか?」

 

 手元の詩を吟じてでもいるかのような次兄の美声は、相も変わらず、人理から外れているかの如く儚くも毒々しい。

 

『はい。なにぶん、ワタクシ一人の手には余りそうでしたので件のサーヴァントの手を借りることになりました』

 

「なるほど。そういうことなら、そのサーヴァントも無駄にはなっていないようですね。外部からの邪魔が入らないことはありがたいことです。たとえ魔術協会や聖堂教会が趣旨変えをしようとしても、いきなり英霊をどうこうできる戦力を用意することは出来ないでしょうからね」

 

『ご理解いただき、言葉もありませぬ』

 

 カリヨンもその説明には憮然とするしかなかった。この儀式における最大のネックは外部からの予期せぬ邪魔なのだということを、彼もまた理解してはいたのだ。

 

「それで……今度のイレギュラーも、この土地の魔術師がらみのことなのですか」

 

『はい。遠坂という、この土地の管理者の家系です。といっても今は若い娘がひとりいるだけなので出来ることなら捨て置こうかとも思いましたが、どうやらそうも行かなくなりました次第であります』

 

「ト、オ、サ、カ……ね。ええ、一応覚えてきますよ。あまり意味はないでしょうけどね。しかし、生き残りのサーヴァントですか……」

 

 オロシャは細く美しい造詣の指で付箋紙を玩びながら、手にしていた詩集からまっすぐに顔を上げた。

 

「それは――つまり前回の勝者ということですか?」

 

『そのようで。既に受肉しているように見受けられますので間違いないかと』

 

「随分、性急に事を運ぶんだな」

 

 カリヨンの発した、精一杯の棘ある声に、しかし動じる者はこの場には一人もいなかった。

 

『さすがに八体目のサーヴァントは問題ですので……』

 

「まぁ、僕ら意外にも余計な部外者が三人もいる計算になるからね。そっちに対処してくれるだけでもありがたいとはいえるんじゃないかな」

 

『ワタクシが関与できるのはあくまでこの儀式の部外者だけになります。ゲストについては関与できませぬのであしからず』

 

「そういえばそうでしたね。……確かロンドンの古豪ワイアッド・ワーロック老でしたか」

 

『はい、この儀式が成立しているのは御方(おんかた)の労によるものであります』

 

「その見返りがこの儀式への参加資格……か、さて、何を考えているのやら」

 

『そればかりは、測りかねるものでございますな』

 

 と、和やかささえ漂わせて談笑する次男と監督役の怪人に、カリヨンは戦慄を禁じえなかった。

 

 それは次兄についてだ。やはり彼はこの兄が恐ろしかった。白い肌は女性的で美しく、だがひどく作り物じみている。その整いすぎた感のある美貌は、完成されたようでいてひどく歪でグロテクスなものさえ連想させる。何よりもその灰色の双眸が、意味もなく耐えがたい。

 

 人でないものが無理に人の真似をしているような。そんな奇怪さがあった。見るに耐えないとばかりに眼を伏せ、カリヨンは食い下がるように声を掛けた。

 

「……そのサーヴァントはちゃんと言うことを聞くのか?」

 

『きゃつは己の不手際にてマスターを死なせたことに未だ負い目を感じているようなのです。真っ当な英霊ほど己を縛る枷も多いものでして。今のところは大人しくワタクシの指示に従っております』

 

「もしもの時はどうするつもりだ?」

 

『用意は整ってございますので、どうぞご心配めされませぬよう』

 

「…………」

 

 カリヨンはその後幾つか交わされた取りとめもない会話を、ただ黙して聞いていた。

 

『――では、お伝えしたかった用件は以上でございます。皆様、処理が済むまではくれぐれもイレギュラーのサーヴァントにはお近づきにならぬようお願いいたします』

 

 語るべきことを伝え終えたのか、闇色の怪人は暫しの間をおいて告げた。

 

『これからワタクシは完全に中立の立場となります。皆様とも、これ以降の面通りはかなわなくなるやもしれません、ご健闘を願います』

 

 監督役として諸々の面倒ごとを片付けるのがこの怪人の役目だ。確かにのんびりしている暇は多くないのだろう。そしてそれは同様にカリヨンにもいえることだ。そう、すでに七人のサーヴァントは揃い、脱落者すら出ている。彼の知らぬ間に、彼の命運を分ける戦いの火蓋はとうに切られていたのだ。

 

 儀式は始まる。彼にとって全てを賭けた生存競争が、いまその幕を開けたのだ。ま

 


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