Fate/after Silent Noise (フェイト/アフター サイレント・ノイズ)   作:どっこちゃん

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エピローグ

「気をつけないとあぶないよ」

 

 僕は船の舳先にいたテフェリーに声をかけた。

 

「その手足だって、まだ馴染んでいないんだから」

 

 黒い髪を潮風になびかせながらテフェリーが降り向いた。雲ひとつない空にはもう日が落ち始めている。そろそろ気温も下がって来ることだろう。

 

「大丈夫。生まれたときから付いてたみたいに具合がいいの。もう走るくらいできるかも」

 

 彼女の身体に備え付けられているのは見掛けこそ普通の人間のものと変わらないように見える手足だが、実際には高度な技法で擬装された義手と義足だ。

 

 さすがに魔術の世界が広くとも、これほど精巧なものを作れる人形師は数えるほどだという。

 

 実際、今まで使っていたものとは比較にならないくらい精度の良いものだ。しかしそれも両手両足が同時に、となるとさすがにすぐに慣れるものではないだろう。まだよろけたり、転んだりするのではないかと思って、見ているほうは気が気でなかった。

 

「無茶はだめだよ」

 

 ボクはそう言ってテフェリーの肩に上着をかけた。魔剣の欠片を失ってから、彼女の体は前ほど外界の変化に対して強くないのだ。

 

ちょっとしたことでもすぐに体温が下がってしまう。義手や義足を使って動き回るのはただでさえ今の彼女には重労働なのだ。

 

「マスター・ワイアッドにも、馴染むまでは無理をしないよう見張るように言付けされてるんだ」

 

「マスター……お爺さまもカリヨンも、随分と心配性になったね」

 

「君だからだよ。テフェリー。君が大事だからだ」

 

 そう言って、ボクはテフェリーの新しい手を取って、彼女の側に寄り添うように立った。

 

 今から一年ほど前、あの戦いの後――海洋上を漂流していた僕らはすぐに協会のエージェントたちに回収された。

 

 僕もテフェリーも傷は軽くなかったから、動けるようになるまでしばらくの時間がかかったけれど、ボクは動けるようになるとすぐに自分の足で時計塔に赴いた。

 

 時計塔で僕はサンガールの城や魔術刻印など総てのものを差し出すことで協会に今回の事を納得させた。

 

 そしてサンガール以外のものには一切手出ししないこと。冬木にも、ワーロックにも手出しは無用ということで盟約させた。

 

 魔剣については内部からの崩壊によって粉砕してしまっていたので、提出のしようも無かったし、何よりも、多分何も残さないほうが良かったんだと思う。

 

 ということで、結局、僕はサンガールの当主にはならなかった。

 

 教会は静観のままに距離を維持し、協会は担い手のいなくなったサンガールの魔術刻印を接収したことで妥協点としたらしい。

 

 財産を総て明け渡して身一つになってしまった僕は今ワーロックの屋敷で助手の真似事のような事をさせてもらっていた。もちろんあの後、手足のなくなってしまったテフェリーの世話もあったし、結構忙しい日々だった。

 

 テフェリーにはすぐに新しい義手と義足が用意されたんだけど、両手両足が一緒に、となるとどうにもうまくいかない。

 

 体から魔剣の欠片がなくなったことで、僕らの身体は殆どフツーの人間と変わらないようになってしまった。でも、それを惜しむような気持ちは自分でも驚くほどうわいてこなかった。

 

 あれから穏やかな時間がながれて、ようやく僕らも落ち着いてきた。ボクの傷ももう薄く痕を残すだけとなり、新しい義手義足に慣れたテフェリーもリハビリを終えて人並みに生活できるようになった。

 

 まるで一年前のことが夢だったように思えることもある。でも、やはりそれは一瞬のことだ。そう割り切れるものじゃない。

 

 だから、僕らは今二人で太平洋の端にいる。

 

 

 あの仮面の男――テフェリーの父親だったセルゲイ・ワーロックの手記がマスター・ワイアッドの手によって発見され、僕らはその足跡を辿る旅に出ることにしたんだ。

 

 それから約半年。ゆっくりと時間をかけて鞘とセルゲイ、テフェリーの両親の足跡を辿っていった。

 

 ――バハマ、バミューダ、ベトナム、南米、北ヨーロッパ……何の痕跡があるわけでもないけれど、僕らはその旅路を追うように進んでいった。

 

 テフェリーが生まれたときのこと、それを喜んでいた両親のこと、ページを読みすすめるたびにテフェリーは新しい涙を流した。

 

 今僕らを乗せてくれているこの船は「白い翼」号といい、黒人の女性オーナーの好意で、ロクに話も聞かずに僕らを乗せてくれた。

 

 ちょうどフィリピンから日本まで向かうからと言われ、その後は予定がないから良かったら乗せてくれると言われたのだ。

 

 この船長はとにかく豪快で、二人だけで世界を回ろうとしていた僕らにいろいろと世話を焼いてくれた。とてもいい人だ。

 

 何でもこの船一隻で始めた沈没船回収の仕事が大当たりして、爾来トレジャーハンターとして生計を立てているのだと言う。

 

 船にいる間いろんな話を聞かせてくれた。

 

 テフェリーもその話を嬉しそうに聞いていた。

 

 

 そして旅の最後に、日本にも立ち寄った。あの冬木の地に再び立ち寄ったのだ。あの魔剣のせいでまた無用な犠牲を強いてしまったこの街に、僕らはもう一度立ち入る必要があったんだ。

 

 なによりも、そこは僕らが再会した場所であり、サヤとセルゲイ・ワーロックが再会し、そして命を落とした場所でもある。二人が最後に行きついた場所だ。

 

 

 そこでマスター・ワイアッドからの贈り物が届いていた。僕らがいつか冬木に立ち寄るだろうと踏んで先に送りつけてあったらしい。それがテフェリーが今つけている新しい義手と義足だ。

 

 何でも僕らが旅に出てすぐにマスターも屋敷から出ていたらしい。今になって往年の放浪癖が復活したのかと思ったが、どうやらその目的はある高名な人形遣いを探して義手と義足を作ってもらうためだったらしい。

 

 しかしその人形遣いというのが封印指定を受けるほどの凄まじい魔術師でもあり、長い間協会から逃げ続けているという傑物だというのだ。

 

 それを僅かな期間で探し当て、その依拠に押しかけて仕事をさせてしまうのだから、やはり隠居していようがなんだろうがとんでもない手練の魔術師なのだ。あの人は。

 

 何よりもあの闘いで負った傷は軽くは無かった筈なのに、僕なんかよりもずっと元気で精力的に動いているのだから、凄まじいの一言だ。

 

 冬木の要所をひとおり廻ったところで、最後にあの時世話になった遠坂の魔術師さん達にも挨拶をしに行った。

 

 遠坂の本家という屋敷が留守だったので、テフェリーのアドバイスであの妙な形の屋敷に立ち寄った。聞いた話ではあれが日本式の正しい建物なのだと言うことだった。

 

 あとでテフェリーに教えてもらったのだ。僕が驚き混じりに感心しているとテフェリーが可笑しそうに笑っていたのを憶えている。

 

 あれから、テフェリーは随分笑うようになった。けれど、やはり時々言葉を無くしたように悲しそうに二色の瞳を伏せることがある。

 

 それでも、この新しい義手を受け取ってからはとてもはしゃいでいたのだ。これまでのものとは比較にならないくらい精度の高いものらしい。

 

 この義手と義足を預かっていてくれたのが彼女たちだった。マスター・ワイアッドは僕らが冬木に行くのを見越してミス・遠坂宛てに荷物を送りつけていたらしい。彼女たちは確かにその日本式の建物に居て、にこやかに僕らを迎えてくれた。

 

 実は彼女たちに会うのが一年ぶりというわけではなかった。当主のミス遠坂はこれまでにも何度かロンドンと冬木を往来していて、ワーロックの屋敷にも顔を出してくれていたのだ。

 

 もう顔なじみともいえる。というよりも今ではすっかりお得意様だ。

 

 というのも、毎回ロンドンからの帰りに寄り道してはすごい勢いで曰く付きの宝石や高純度の鉱石を値切ろうとマスターの所に直談判しに来るのだ。

 

 マスターもこれには色眼鏡の裏で渋面を作っていたようだったが、しかしどうやら若者相手にそうやって気を張っているのが案外楽しいらしくて、何かと文句を言いながら何処か嬉しそうに応じていた。

 

 それが昂じてなのか、最近ではたびたびロンドンにも出向くようになったようだ。おかげで時計塔の中にはさぞかし辟易している連中も大勢いることだろう。

 

 もうすぐ、彼女は徒弟や未だに現界しているセイバーを伴い、晴れて時計塔に乗り込むということだ。

 

 これを機に再び両家の交友を温める……というよりも、再び時計塔に対する影響力をつよめているワーロックとのパイプを繋いでおきたいと言うのが本音なのかもしれない。

 

 なんにしろ、あの人たちがロンドンにいるなら、マスターもそうそう退屈はしないで済むかもしれない。

 

 この旅路に出るとき、僕らは旅の終わりを明確には決めていなかった。だから僕らが居なくなってしまったあとで屋敷に独りにしてしまったマスターのことをテフェリーは随分心配していたのだけれど、どうやらおかげでその心配は要らないようだ。

 

 

 そして今、僕らは今日本を発って太平洋にいる。

 

 冬木で用を済ませた後。僕らはもう一箇所、向かうべきところがあった。サヤの故郷だ。

 

 冬木市よりもずっと北のほうにある街だ。其処はサヤの、伏見鞘の生まれた街だった。

 

 セルゲイ・ワーロックの手記に、名前だけ記されていた場所。

 

 海がそう遠くないのに、四方を山に囲まれた盆地で、特にこれといった特色があるところではなさそうだったけど、僕らは飽きることもなく暗くなるまでその町を歩き回った。

 

 さすがにサヤの生家を探すようなことはしなかったけど、それでも、ここがサヤの生まれた場所で、脱ぎ捨てるようにして飛び出してそのまま二度と戻らなかった場所なのだとしても、やはりテフェリーがここに来る意味はあったんだと思う。

 

 微笑を浮かべながら何でもなさそうな町並みを見つめていた。

 

 そしてボクらは日本を後にし、今太平洋の上にいる。

 

 空には夕日の赤い色が覆い被さり、雲ひとつない海の波間を染め始めていた。

 

 舳先に出ていたテフェリーは僕の傍らで瞳を伏せて黙り込んでいる。

 

「どうしたの? どこか、痛い?」

 

「違うの。……これから、どうしたらいいか……わからなくて……」

 

 ボクが訊くと、テフェリーは(かぶり)を振り、呟いた。目的は済んだ。旅はここで終わりだ。

 

 では、この後はどうすればいいのか、と。不安げに、心細そうに、そんな事を言う。

 

 僕は義手をちょっと強く握って、テフェリーを手元に引き寄せた。

 

「カリヨン――?」

 

 よろけたテフェリーは足を縺れさせて倒れこんだ。

 

 僕はそれをしっかりと抱きとめる。この一年で、僕のほうがテフェリーよりも背が高くなっていた。もう、いくらでもテフェリーの事を支えられる。だから僕はまた同じ言葉を繰り返す。

 

「大丈夫だよ、テフェリー」

 

 強くテフェリーの身体を抱きしめた。最も近い位置で僕の鼓動を伝えたかった。この高鳴りを教えたかった。

 

「見に行こう」

 

 綺麗な色違いの瞳を丸くしているテフェリーに僕は言う、精一杯の笑顔で。

 

「世界を見に行こう、テフェリー。僕らがまだ見たことの無いものを、今まで知らなかったものを、探しに行こう」

 

 そうだ、終わりではない。これは始まりなのだ。

 

「僕らはもう好きなところに行けるんだ」

 

 僕らは何処へでも行ける。僕らは何かを始められる。何かを見つけられる。何かを感じられる。何かを創り出せる。

 

 ――そういう場所に僕らは立っているのだから。だから大丈夫なのだと、ボクは全身で伝えたかった。知ってほしかった。

 

「……うん。行こう、カリヨンッ」

 

 そういって、テフェリーが笑った。僕の腕の中で微笑んでくれた。綺麗だった。こんな、心からの笑い顔は始めてみる筈なのに、笑ったテフェリーはすでに見慣れていたサヤの笑顔にそっくりだった。

 

 僕らはそのまま互いの鼓動を交換し合い。静かに夕日の沈もうとする水平線を見つめた。

 

 ここまで、この出発点に来るまでにテフェリーはどれほど泣いたのだろうか。でも、それでもいいと思う。きっとこれから、同じ数だけテフェリーは笑えるのだから。それは僕がずっとテフェリーの側に居るからだ。嬉しかった。ただ、二人でいられることが、たまらなく、嬉しかった。

 

 二人が共にあるのだということ。それだけで、僕らはこうして笑っていられる。それが、一番大事なことなんだ。

 

「行こう、カリヨン。一緒に」

 

 二色の瞳がそれぞれ別の色の夕日に染まって、紅い頬に一筋の涙が零れ落ちた。きっとこれがこの旅で流す最後の涙だ。

 

 僕達はもう泣く必要なんてないのだから。

 

 僕らは握った互いの手を放さなしてしまわないように注意しながら、あの日みたいに、世界に向けて宣下するかのように、紅く染まった水平線を見つめ続けた。

 

 あの先に何があるのかを胸の内に想いながら。

 

 

 ――さあ、約束を果たしに行こう。あの揺籃の日の約束を。妖精の姫君を連れ、終わりのない冒険の日々へと繰り出そう――

 

 

「ならまずは、二人で世界の果てでも見つけに行こうか――」

 

 

 

                                      fin

 

 

 

 


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