Fate/after Silent Noise (フェイト/アフター サイレント・ノイズ)   作:どっこちゃん

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一章 過加速「ディーン・ドライブ」ー5

 決して比喩ではなく、そこは戦場であった。

 

 辺りには燃え殻のような匂いが立ち込めていた。アスファルトの足場は田畑のごとく畦を穿たれ、其処(そこ)彼処(かしこ)に投げ出された無数の武器が林立している。闇の中で打ち鳴らされる怒涛の如き剣戟は列火の華を乱舞させ、夜の帳までをも引き裂いて辺り一面を白昼のごとく照らし出していた。

 

 甲高い音が幾重にも響き渡る。連続する残響と残響とが大気の怒濤を生み出しては同時にそれを掻き乱していく。突いては離れ、再三の激突を繰り返す二つの影は、破壊しつくされた外人墓地から街路樹の連なるなだらかな坂道にその戦いの場を移していた。

 

 まさに戦場。先ほどから眉の一つも動かさずにいる白い外套の少女――ランサーと呼ばれた女戦士のマスターも、これには驚愕の色を隠しきれない。たった二体の人ならざる御霊にこれほどの破壊を許すというのなら、もはやそれこそが至上の奇跡と呼ぶべき現象なのではないだろうか。

 

 ――夜気に剣閃が奔る。

 

 ――虚空に火花が咲く。

 

 ――薄闇の大気が轟く。

 

 それらは瞬きほどの間に幾重にも繰り返され、生み出された暴風と熱量とが世界を侵食していく。

 

 これこそが英霊を英霊たらしめている所以だ。まさしく世界を削り、そぎ落とし、磨き上げたと語られる神々の所業。

 

 それは創世の再現であるかのように映っただろう。これが聖杯戦争。たった一つの奇跡の願望機を求めて集う、魔術師たちと英霊による外法の饗宴。

 

 しかし、戦闘が始まって以来、常に敵を追い詰めているかに見えるセイバーは未だ決定打を放つことが出来ないでいた。

 

「はあああっ!」

 

 一閃。セイバーが振るう渾身の一撃が透き通る躑躅(つつじ)色の盾を砕き、透光に煌く左肩の甲冑を抉った。敵の武器と装甲を砕いたセイバーは追撃を放つべく至高の宝剣を振りかぶった。対するランサーは後退しながらも既に用を成さぬ盾を放棄する。

 

 当然、丸腰のランサーにはセイバーの猛攻を防ぐことなどかなうはずもない。――勝機!

 

 だが次の瞬間、空になったはずのランサーの両手にはあろう事か、煌めく双剣が握られていたのだ。

 

「フッ――」

 

 ランサーは後退の速度を緩めることなく、セイバーの踏み込みに合わせて左手の短剣を敵の足元に投げ放つ。と、同時に右手の長剣で上段から斬りかかってきた。

対処しづらいとされる対角線のコンビネーション。

 

 ――超高速で繰り出された上下のニ連撃は確かに一線級の鋭さを持っていた。しかし、それ自体は決して予期し得ない戦法でも、奇抜と呼べるような戦術でもない。なべても、最優の剣の英霊たるセイバーにとっては大した障害にもなるはずもない。

 

 ――にも拘らず、セイバーはその敵の一挙手一投足に対して必要以上の警戒を余儀なくされていた。

 

 飛来する輝剣を上段からの打ち下ろしで弾き、返す刀でその隙を突こうとしていた二本目の剣を横薙ぎに叩き落す。

 

 セイバーはそのまま振り切った刃筋を流れるように返し、空手になった敵の脳天にふたたび大上段からの渾身の剣撃を叩きつけようと仰け反りかえる。

 

 後退することしか出来ないランサーと、それを追い立てるセイバー。どう見ても、戦いの趨勢は圧倒的にセイバーに傾いている。傍目に見れば、戦況は確かに.そのように見て取れた。しかし――。

 

 そのとき、剥き出しになったセイバーの白い喉に、無数の爪が剥き出しの頭蓋を掻き毟るような、不快な音を立てて伸びてくる三本目の煌刃がそこにあった。

 

 それは白銀に煌めく彼女の胸元の甲冑を抉りながら、今まさに敵を両断せんとするセイバーの死角、顎部の真下から垂直に現れたのだ。

 

「――――――ッッッ!!!?」

 

 首筋が泡立つような直感でそれを悟り、目視もかなわず体を投げ出したセイバーはそのまま空転して体制を立て直し、大きく後退した。

 

「――くッ!」

 

 またもや同じ展開の繰り返しであった。

 

 度重なる剣戟の末、幾度となく、後一歩のところまで敵を追い詰めながらもその総てが徒労に終わるという結末に、セイバーは声もなく臍をかんだ。

 

「――ハッ! 今のを躱すか! いい勘してるなァッ、セイバー」

 

 対照的に再び距離を取ったランサーは、なんの斟酌も見せずに兜の奥の口元に微笑を浮かべている。無論その双手は未だに無手だ。

 

 その火のような闘志とは裏腹に、敵に先手を譲りあくまで後の先を取ることに専念するというランサーの戦法は初見から察する彼女の嗜好性から見ても意外ではあった。

 

 しかし、それ自体は驚くことではない。溢れんばかりの闘志をその身に秘めながらも決してそれに溺れることなく、冷静な判断を下せることは最良の戦士の条件のひとつだ。

 

 それだけならばセイバーもこの相手を唯、それなりの難敵だと判じ従来どおりの戦法で相手を斬り伏せることに集中できただろう。

 

 だが、問題はランサーが扱う武装だった。

 その両手には当初から携えていたはずの長槍も、セイバーの先の踏み込みに備えて執った双剣もありはしない。では、先程死角からセイバーの喉を狙った三本目の剣はどこにいったというのだろうか。

 

 それはランサーの右膝を覆う脛当てから突き出ていた。否、それだけではない。その脛当てには一面膝の剣に倣うように仄かな紅の鉱石が列を成して突き出ている。その様相は血に濡れた鮫の歯をおもわせて禍々しい。

 

 無論、セイバーの不意を突いたそれは最初からそこに用意されていたものではない。セイバーが必殺の一撃を放とうとした刹那、ランサーの纏う膝当てが突如としてその形態を変容させたのだ。

 

 セイバーがランサーに対して後手に回ることの出来ない理由。そのひとつがこの武装特性であった。

 

 彼女はこれまでの戦闘で二〇を越えるランサーの武装を破壊し、打ち落としていたが、その度にあの煌めく装甲の一部が甲冑から外れ、硝子の割れるような音と共に変形して新たな武装を形成するのだ。

 

 それは装甲自体を砕いたときも同様であった。砕かれ、抉られて破壊されたパーツはそのまま破棄(パージ)され、その下から突き出るように新たな装甲が形成されるのだ。

 

 今もまた、抉られた左肩の装甲はひとりでに外れ、甲高い音と共に僅かの傷もない新たな外殻が生え変わった。逆に右膝の刃の列は音も立てずに装甲の中に格納されていく。

 

 セイバーは確信しつつあった。ランサーの宝具はあの煌めく具足そのものだ。

 

 あらゆる武具に換装できる甲冑を持つがゆえに、あの戦士は偶然に槍の英霊の座に据えられたに過ぎない。槍兵とは名ばかりの英霊なのだ。

 

 事実、ランサーがいままでに使った武装は何一つとして同様の物がなかった。何本もの槍や大鎌といった長柄、手斧に丸盾、さらには多節に分解する棍棒、そして双剣。加えて鮫の歯のような脛当といった分類できないような凶器まで。

 

 傍目には一方的にランサーを追い詰めているように見えるセイバーだが、実際には四方八方から飛び出してくる予測できない攻撃に翻弄されていたのだ。

 

 これでは姿の見えない無数の敵に囲まれているのも同然である。故にセイバーは後手に回るわけにはいかず、常に先手を取って攻撃に徹するという方法でしかランサーの多変装甲に対処することが出来なかったのだ。

 

 この相手。まるで戦場の申し子とでもいうような戦士であった。

 

 その生涯を通して戦いに生きたという英霊は決して少なくないが、これほどまでに闘争そのものを象徴するような宝具は見たことがない。勝つことで無く、殺すことで無く、生き残ることで無く、ただ戦うための宝具。

 

 まさしく軍神とでも呼びたくなるその在り様。間違いなく神代の英雄であろう。まだまだ底の見えない敵の能力のとその宝具特性に、セイバーは胸のうちに徐々に湧き上がってくるような熱狂にも似た戦慄を感じはじめていた。

 

 一旦己から距離を開けたセイバーは動きを止めず、タイミングを計る。間合いの利があるのは向こうだ。このように開けた場所では止まったとたんに狙い撃たれるのは必至。

 

 ――だが、そこにこそ穿つべき一抹の勝機がある。

 

 案の定、彼我の間合いが開けたとみるや、ランサーが次に用意したのは遠距離用の投射兵装であった。

 

 突き出された左腕部の光り輝く装甲はひとりでに分解し、繁茂する若枝のごとく伸長して豪奢な弓を成した。同時に、折り重なっていた右肩の装甲は雛鳥の嘴のごとく口を開く。 

 

 その中には二〇ほどの突起が規則正しく列を成している。ランサーが右手でその突起を引き抜くと、それらは引き伸ばされた飴細工のように変じて細身の矢へと変じた。

弓も矢も、共に紅い月の残光を思わせる流麗にして煌びやかな輝器であった。

 

 ――良し!

 

 そこで、敵の次なる武装が既知であることを吉兆と見て取ったセイバーは、ここであえて動きを止め、ランサーを真っ直ぐに見据えて体制を整えた。

 

「――――?!」

 

 セイバーの不適な視線は矢を番えるランサーの挙動を、逆に射抜くかのように鋭い。

 

 ここで初めて先手を譲られる形になったランサーはしばしそのセイバーの佇まいを見据えた後、不意に兜の奥に得も言われぬ微笑を浮かべた。と見るや、一切の躊躇なく引き絞った矢を連続で正射した。

 

 対するセイバーもアスファルトを蹴って臆することなく矢面に立つ。

 

 焦れるような一瞬の静寂を置き去りにするかのように、弾けた両者の初動はまったくの同時であった。立て続けに瞬く輝弦の煌めきは、息をもつかせぬ速射の表れであったが、セイバーはそれを最小限の動きだけで躱し、残像を置き去りにするかのような速度で前進する。

 

 いかなる投射兵器であれ、真正面から放たれたならばそれはセイバーにとっての脅威とはなりえないのだ。

 

 ――取った!

 

 ランサーが十余の矢を撃ち尽くす頃、セイバーは既に一足一刀の間合いまで肉薄していた。このまま勢いに任せ、未だ弓を構えたままの槍兵の首を落とすことはあまりにも安易に思えた。

 

 セイバーは下段に構えた聖剣の柄を握り締める。絶好の間合い、絶好の勝機、確信に似た必勝の予感は、しかし――否、だからこそ仕掛けられた凶刃の陥穽に他ならない。

 

 無意識の直感がセイバーの足を強引に押し留めたその刹那、今まさに踏み込もうとした空間に視界の端の薄闇から幾つもの三日月が煌きながら躍り出た。弧を描いて旋回するその輝きは、やはり白濁で飾る紫水晶。

 

 おそらくは矢の正射と共に、セイバーから見て死角となる背面の装甲から直接虚空へと放たれた物だろう。

 

 弧を描くようにして飛来したそれは、一見して凶器には見えぬほどに優美な刃だった。

 

 月牙と呼ばれる、三日月の形を模した暗器である。それは透光に彩られる美しさとは裏腹に、音も無く敵の首を両断するであろう鋭さを窺わせる、まぎれもない鋭角の凶器であった。

 

 何の技巧もない真正面からの矢の投射と見せて、それを前にしてもなお後退することは決してないであろう敵の思考を読みとり、必勝を期させることで作り出した死角からその首を狙う――。

 

 それは至極単純でありながら、戦慄するには充分すぎる狡知の策略であった。

 

 たたらを踏んだセイバーは、再び正射された矢雨から逃れるために夜気を裂くような速度で後退する。

 

 しかし、謀れたにもかかわらず、いまセイバーの胸中を占めるのは鮮烈なる闘志だけであった。湧き上がるような戦慄は苛烈なまでの燃焼剤とへ変じ、胸の篝火を焚きつけていくようだった。

 

 ランサーは確かに多彩な武器を所有しているが、いくら大量の武装を持っていたとしても、それを使いこなせないのでは宝の持ち腐れに過ぎない。ランサーはその総ての武装を十全に操っており、繰り出される攻撃は総てが一線級の鋭さを持っていた。

 

 ――惜しい。

 

 疾走を続けながらも、セイバーは胸の内にて声なく震えた。

 

 彼女とて、その妙技に思うところがないわけではないのだ。しかし、いま知らなければならないのはなぜ現れるはずのないサーヴァントが現界しているのかであり、ここでいたずらに戦闘を長引かせるわけにはいかない。

 

 一刻も早くこの敵を制し、事情を聞き出さなければならないのだ。

 

 それでもセイバーは己の全身に満ちる闘志が、密度を増していくのを忌避できなかった。かつて幾度となく戦場を駆け抜けた戦士としての血が今、溢れんばかりに滾っている。

 

 それはこの空気のせいだ。夜の静謐を塗りつぶすほどの熱量と共にランサーの周りから巻き起こる甘美なまでの闘争の気配が、沸騰する夜気を介してセイバーにも伝染しているのだ。

 

 間髪をいれずに降り注ぐ群雷のごとき輝矢の雨。後退してそれをかわしながらも、セイバーはその身を焦がすほどの熱が否応なしに自身のギアを加速していくのを感じていた。

 

 


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