Fate/after Silent Noise (フェイト/アフター サイレント・ノイズ) 作:どっこちゃん
切歯する心情を、しかしその白い相貌には上らせることなく、彼女はただ黙して待ち人の到着を待つ。
ヤツは来るだろうか?
――来る。セイバーには確信があった。
新都に入ってからますます強烈に彼女についてまわっていた視線。それが今さらに苛烈に温度を増してセイバーの全身に照りつけているのである。来る。必ず。――そして。
「何のつもりか、騎士王」
果たして、待ち人は来た。
案の定、現れたのは見るまでもなく明白な気配。そして茶褐色の剛体と金剛石を想わせる硬質な存在感であった。アーチャー。一昨日にセイバー、そしてランサーと武を交え、神の化身を名乗る弓兵のサーヴァント。
「――まずは、座らないか」
そう言って問いには答えず、セイバーは向かいの席にテイクアウトしたお茶を差し出した。暫しのあいだ黙し、アーチャーは大人しく席に着いた。
「……
恭しく礼を言い、しかしさすがに当惑を隠しきれない様子でアーチャーは先だっての言葉を続けた。
「しかして、これは異なことだ。騎士王よ、
セイバーは真っ直ぐな視線とともに、低く厳格な声音を向ける。
「語るのではない。私は、貴殿に問わねばならないことがある」
「問い、とな?」
さらに当惑を深めた様子のアーチャーを見すくめながら、セイバーは言葉を重ねる。
「解せぬか。化身王」
「……解せぬ」
セイバーは己を落ち着けるように一拍の息を置き、言葉を切り出した。
「ならば言おう。貴殿が何に惑い、何を迷うのか! 私は……身命を賭して、この場でそれを問いたい」
「……その覚悟の程、敬服いたそう。しかし、まさか揶揄の類とは思わぬが……」
そこで初めてアーチャーは差し出されたお茶に口をつけた。そして一泊の間をついてから、その真紅の双瞳を見開いた。
「それを問うてどうするつもりだ。騎士王、問うて……
セイバーの翠緑の瞳が、向けられてくる真紅の視線を真っ向から受け止めた。対峙する両者の間では剣戟のそれにも似た火花の気配がパッと咲き閃いたかのようだった。
「貴殿の心を聞き、見定める。そして、決めるのだ。――我が剣の切っ先の行方を!」
「……」
断固として言い切ったセイバーに、アーチャーは反駁するでもなく押し黙る。
セイバーはさらに言葉を続けた。
「『我が願いは叶うべきではない』、あの時、去り際に貴殿が漏らした言葉だ」
「然り。……だが、なぜそうまでして其処許がそれを気にかける?」
「私には……その願いが解からない。なぜ叶うべきではないのか、ということ以前に、どうして貴殿に願いがあるのかがわからない」
「某が願いを持つのが不満か?」
激した様子もなく、たくましい胸板を晒す男は寂然と問い返す。
「そうではない。ただ、予想もつかぬのは確かだ。……貴方は己の伝説に悔いなど残していない筈だ。それが、なぜ王としての、英霊としての信条を曲げてまで現世にとどまり無様な拳を振るったのか……。私は知りたい。いや、私は――それを知らなければならない!」
「……耳の痛い話だ。
「無用だ。もとよりここでそれを糾すつもりでもない」
しかしセイバーはそこで、ただ、と付け加え、
「貴方には答える義務があるはずだ。他でもない、……同じ道を歩もうとした、この私に」
切迫したかのような声を上げたのだった。
「……」
しかし、まるで心を吐露するようなセイバーの糾明に、即応するべき言葉を持たぬがゆえか、それを聞いたアーチャーは依然として巌のように表情を曇らせたままであった。
「それは……王としての問いであろうな。騎士王」
「無論だ」
「ならば、某もまた王としてそれに答えねばならぬ。……が、残念だが今の某には語るべき王道はない。その資格は、ない」
「なにを――」
セイバーは驚愕のあまりに言葉に詰まりながらも、努めて抑えた声で低く、そして断固とした視線で問う。
「なにを言うのだ!? アーチャーよ。御身は確かに化身の王であるはずであろう!」
「……某の、捨てきれぬ願いとは、この身が王である以上は叶わぬものだからだ」
己の驚愕にすら先んじて、セイバーは反射的に問う。低く、そして苛烈に。
「そも――貴殿は聖杯になにを願う」
しかしアーチャーはその言葉には応えず、逆に問いを返した。
「……ならば騎士王よ、その問いに答える前にこちらから問おう。其処許にはいま、詫びたいと思う相手がいるだろうか」
唐突に突き返された問いに戸惑いながらも、セイバーは一拍息を抑えアーチャーの声に真摯な面持ちで応える。
「……数え切れぬほどに。救えなかった臣民達に、私はいくら詫びても詫びきれない」
「ではその者たちに今一度再会できるとするなら、其処許はその
「それは――」
――否。それは出来ない。返答は言葉にするまでもなかった。
王がいくら詫びたいと願ったとしても、それは許されることではない。それは己が王道を王自身が否定するということと変わらないからだ。
たとえどんな結末に終わったのだとしても――総ての王は己が王道を誇り、示さねばならない。それが総ての民に対して王を王たらしめる唯一無二の理なのだ。それを違えた者は、もはや王を名乗ることはできない。――彼女は、騎士王たる彼女は、誰よりもそれを知っている。
「……だが、それが貴殿の願いと何の関係がある?」
「騎士王よ、其処許の真摯なる問いゆえに、某も恥を押して語ろう。この愚王の願いとは、捨てきれぬ願いとは、その謝罪に他ならぬのだ。生前、伝えられなかった詫びの言葉を伝えたい。それが聖杯に託す我が願いだ」
「馬鹿な!」
半ば反射的に発せられたセイバーの怒声が、今度こそアーチャーの言葉を遮った。
「貴様、――よりにもよって己が王道を否定しようというのか!」
それは予想し得ない返答であった。それだけは言ってはならない。王たるものは己の王道を汚してはならぬのだ。――唾棄すべき愚王、狂王ならばいざ知らず、この男が、この王が、それを口にすることは赦されない。いや、許せないことだった。
何よりも、彼の化身王の王道に悔いなどあろうはずもない。少なくとも今の今までセイバーはそう考えていた。だからこそ、このアーチャーの言動が理解できない。
「なぜだ――貴方は完全な王だったはず。それがなぜ、そのような願いを抱くというのだ。王よ――英霊ラーマよ……」
そのときセイバーの胸中を埋め尽くしたのは、怒りでも嫌悪感でもなく、絶望にも似た失意の念であった。
化身王ラーマ。古代インドに名だたる大叙事詩『ラーマーヤーナ』にその名を輝かせる無窮の王。故国インドでは今もなお君主の理想像として語り継がれる名君。
先日に聞き知ったその偉名についての知識は、セイバーの懐疑をさらに深めるものだった。その王としての在り方は、彼女が目指したものと同種の物であり、その王道は彼女の歩んだものと同じであるはずだった。唯一つ、違ったことをあげるなら、それはその伝説が無欠であったということ。
理想の王と呼ばれ、無双の偉名を誇りながらも最後は悲劇に見舞われ、国に破滅をもたらした彼女が、アーサー王が今際の際まで夢想し続け、そしてその両手の隙間からこぼしてしまった絶対の法政。絶対の支持。そして絶対の正しさ――。
押し黙るアーチャーを前に、セイバーは薄絹のようなか細い言葉を重ねる。
「……貴方はこんな場所にいるべきではない。人の理想を全うした筈の貴方が、どうして自らの王道を否定しようというのだ。貴方は自らの民の前で膝を折るつもりなのか……?」
最後まで正道の王であり続けたというこの男こそは、彼女の理想を全うした者でなくてはならないはずなのだ。なのに――
そうして、彼女は気付いた。この男の、この王のその真名を知ってより今の瞬間まで彼女の胸にあったのは、少なからず憧憬の念だったのだと。
セイバーは今にしてようやく、己の激情の由来を知ったのだ。己以上の正しき王。それはかつて彼女が求めた奇跡だったのだ。たとえ交わることのない縁であったとしても、その姿が、正義が汚される様を、彼女は見たくはなかった。
だから糾さずにはいられなかったのだ。彼女が誰よりも求めた十全の王道。それを成したはずの男が、今自らそれを否定しようとしている。それだけは、許せなかった。聞き流すことは出来なかった。
「そうまでして――なぜ、何のために、誰に詫びるというのだ!? 答えろ、アーチャーのサーヴァントよ!」
喝破したはずの言気が、しかしどこかへ消え失せたかのように、アーチャーは泰然と黙したままだった。もはやその姿は、巌の如き輪郭をなくし、深淵の底のように芒としてとらえどころのないものと、セイバーの目には映っていた。
そうして押し黙っていたはずのアーチャーは、不意に、短く、それに応えた。
「――愛するが、故に」
「――ッ!?」
慮外の回答であった。応答に窮すセイバーを余所に、アーチャーは語り始めた。その胸の内を。
「某にも最後まで捨てきれぬ想いが、願いがあったのだ。愛するが故に今この身は冥府に迷い、そして今もまたこうして現に惑うている……」
「……それは、……恥じることではない。人として生まれたならば、何かを愛することは必然のことだ。だが、それを脱して、人は王と成るのではないのか。貴方は未だそれを脱しきれぬというのか?」
彼女自身がそうであった。まだ唯の人であった彼女は、愛するが故に少女の身でありながら選定の剣の前に立ったのだ。国を、民を、それらの未来を愛し、その幸を願ったからこそ、彼女は王となったのだ。その幸を願うが故に、その総てと己を切り離すことになったのだとしても。
それで、――彼女が愛したものは救われるのだから。
しかし、神の化身とまで謳われた救世の王は、彼女の哲理を真っ向から否定した。
「否、某にはそれだけであったのだ。人として誰もが持つはずの我意が、某にはそれしかなかった。それが、そのたった一つの想いだけが、某が人として生きた証であった」
「馬鹿な――それではなぜ、何のために貴方は王になったのだ?」
「騎士王よ。人から王へと成った其処許には解からぬことかも知れぬ。しかし、この身は元より王であった。王となるべくして地上に齎され、王位に着くより以前からこの身は王以外の何者でもなかった。それゆえに、某には最初から我意などありはしなかったのだ」
呆然と言葉を失うセイバーに向けて、アーチャーは逆に問う。
「その某が、いま一人の人間として一つの願いを抱いている。これは――間違いなのだろうか? これは堕落だろうか? 騎士王よ、其処許はこれを嘲笑うか?」
セイバーには答えられなかった。笑い飛ばすことも、断ずることも出来なかった。ただ言葉を失い、なにか異質なものでも見るような目で眼前の男を見ていた。
王たる己と、その道の哲理を同じくすると思っていたこの男が、同じ道を、同じ理想の元に王であったはずのこの男が、その実、己とはまるで逆の存在であったのだということに、彼女は今初めて気が付いたのだ。
「……某にはもはや解からぬ。それが其処許の言う迷いであろうな」
「何故迷うのだ? なぜ今更になってそれを否定しようとする必要がある。人を愛することが罪悪であるはずもない。王とて誰かを、何かを愛する。国を、臣民を愛するからそこ平穏を、繁栄を願うのではないか?」
その、乞うような響きさえ孕む言葉をしかし、アーチャー、化身の王は真っ向から断じた。
「――否。王とは何物にも執着することなく、どのような願いも持つことはない。それが真理だ。王の抱く執着は国を破滅へと導く」
「国を愛さずに、国を治められるというのか!」
「然り。その愛も、平穏への祈りも、真の治世においては――不純。それは執着だ。それが破滅を招く、国への執着、繁栄への執着、権威への、愛するものへの執着、それはいずれ国に破滅を招くことになるだろう」
「馬鹿な! ――馬鹿な、それはッ――それでは……」
続けようとした声はしかし掠れて消えた。否定したかった。違うと、それは間違いだと大声で是背したかった。しかし、今の彼女にはそうするだけの言葉がない。答えがない。
事実として破滅を免れなかった騎士王に、どうしてそれを否定することが出来るだろうか。
方法論そのものは変わらない。セイバー自身も己を無謬とすることで己の道を王道へ近づけようとした。だがそれは、その根底には確かな願いが、愛が、祈りがあったからこそだ。彼女はその溢れる想いを己から切り離すことで、自身を王として律してきたのだ。
だがこの男は違う。この男は最初から理想の王道の中に在り、最初から無謬のものとして生まれたのだ。彼は最初からセイバーの目指した場所で生まれた理想の化身であったのだ。
だが、それをセイバーはうらやむ気にはなれなかった。彼女の目にはただ、それが憐れな男の姿にしか映らなかった。それが哀しかった。かつて望み求めた筈の理想の姿がこうまで痛ましく無残なことがたまらなかった。
人の身で無謬になろうとする苦しみと、始めから無謬であったものが人として何かを愛することを知る苦しみとは、はたしてどちらがより苦しいものだろうか。
今までセイバーはこの男に対して少なからぬ憧憬と、それゆえの失意の念を抱いていた。生前、己の成し遂げられなかった無謬の正しさ、それを成した王。それが――何故、と。しかしそれはセイバーの思い違いだったのだ。
この男にはそれしかなかったのだ。最初から正しき王道以外の道がこの男にはなかった。それは少なくとも、選定の剣を前にして己の未来を選ぶ機会を得た騎士王に比べ、なんと不運なことなのだろうか。
凍りついたような白い頬を流れ落ちた一筋の涙が何処から来ているのか、セイバー自身にも分からない。いくつもの感情が彼女の中で急激に萎靡していくのがわかった。
しばしの沈黙。それを破ったのは独白するようなセイバーの声だった。
「……私はかつて、聖杯に歴史の改竄を求めようとした。あの滅びを、何とかして回避したかった……」
「……」
「だがそれは間違いだった。総てをなかったことにしたいという逃避でしかなかった。だが、私はそう願わずにはいられなかった。破滅の運命にとらわれた人々を、この手で解き放ってやりたかった。そして、己の無力さを是正したかった。…………私は、もう少しで大事な事を違(たが)えてしまうところだったのかもしれない」
すると黙してセイバーの話を聞いていたアーチャーが、押し殺したような、しかしどこか慰撫するかのような声で応えた。
「……国の命運とは人の手に余るもの。だからこそ神が定め、王がそれを示す。……其処許一人だけが負うべきものではあるまい」
「貴殿は、その双肩に故国を背負ってはいなかったというのか?」
「某が背負ったのは半分だけだ。いや、それ以上のものを、背負わせてしまった――」
「……」
「背負わせてしまった者が、いるのだ。我が王道の正しさ、その齟齬を……」
だから、詫びたいのだと。ただ一人、理想の王の齟齬を背負わせてしまった最愛の人に心から詫びたいのだと。声にならぬ慟哭が掠れ行く言葉尻を未練がましく滲ませる。
「某さえ王などでなければ、神の化身でさえなければ、救えたかも知れなかった。しかしこの身は王以外の何者でもない。この化身王の両腕は何時いかなる時でさえ、事の是非を違えてはくれぬのだ!」
「……」
喉を裂くようなアーチャーの言葉を皮切りに、場にはしばしの静寂が舞い降りた。それは鋼の羽毛の如く、重苦しくも冷えて血の通わぬものだった。
それを押しのけるようにして言葉を発したのはセイバーだった。
「……化身王。確かに貴方の願いは間違いだ。そんなことをしても何も変わらない……誰も救われない……」
「そのとおりだ。解かったであろう、騎士王よ。其処許の言うとおりだ。某の願いは、かのように詮無きもの。故に――」
叶うべきではない、と。
アーチャーは自嘲にも似た言葉を三度重ねようとする。しかしその未練に滲む慟哭にセイバーの洩らした静かな吐息が先んじた。
「……だが、忌憚なく言うなら、私は――それがうらやましい」
「――ッ」
まったく予期せぬ言葉に、凝然と驚愕するのはアーチャーのほうであった。
美しく縁取られた翠緑の瞳を悲しげに伏せながら、セイバーは抑揚もなく王の心の有様を告白する。
「それほどまでに、苦悩すら分かち合える無二の相手に、私は最後まで出会えなかった。――化身王よ。確かに貴方の願いは間違っているのかもしれない。その願いが叶ってもその相手もあなた自身も決して救われないからだ。……それでも、そうして己が半身を思いながら苦悩できることが、私は心からうらやましいと思う」
「騎士王。其処許は――」
それ以上の言葉はなかった。暫し、重苦しい沈黙が蟠った。――そして意を決するように男は真紅のまなじりをかっと見開いた。
「――騎士王よ。某は其処許の問いの答えた。これは其処許の問いが真摯であればこそのもの。なれば、今度は我が願いをひとつ聞いてもらいたい」
「……聞こう」
清廉なガラス細工のように響く声には、もはやなんらのわだかまりも含まれていない。壮麗なる双眸が、アーチャーのそれを受け止める。
「某を斬れ」
「――ッ」
予期せぬ申し出に、セイバーは眉尻を上げる。しかし、それでも宣下するような声で、静かに問う。
「何を言う? 今しがたまで、貴方は願いを捨てきれぬと言っていたではないか。そして、その願いを捨てる必要などないと……」
「監督役の狙いは、自らが聖杯を手に入れることだ」
「!」
「ヤツは最初から他の参加者を欺き、総てを手に入れるつもりで画策していたのだ。そして某が願いを捨てきれぬことも見透かした上で、総てを知って暗躍している。……ヤツは、余人の心を暴き見通す術を持つ、おそらくは人ならざる魔性に近きモノに違いない。
この身、この上はもはや、そのような者の片棒を担ぐことままならぬ」
「……そして、願いを捨てることも出来ぬから、私に斬られようというのか?」
「然り。もはや他に取るべき手もうかばぬ。今ここで其処許にめぐり合えたことは、……天命やも知れぬ」
「……」
その白い貌には何の感情も浮かんでいない。ただ、色の無い宝石細工のような御姿をさらすセイバーは、
「斬れ! 騎士王!」
「断る!」
アーチャーの声に応じて一気に爆ぜ上がり、一瞬でその眼前にまで不可視の聖剣を突き付けていた。凛とした声が、静寂を断つ。
「これ以上我が眼前で、そのような戯言を吐き漏らすこと許さぬ!」
「何故だ!? 何故解かってくれぬ? 其処許だからこその頼み!」
哀願するようなアーチャーに、しかし応えるセイバーの声は低かった。
「我が剣を侮蔑するつもりか。我が剣は世に名だたる聖剣にして我が誇り! 決して狗を斬るためにあるのではない!」
「――ッ」
苛烈なまでの眼光でそれ以上のアーチャーの言葉を封じ、セイバーは剣を収め、そして踵を返した。
「だが、もしも――――もしもいま一度、王たる英霊として我が前に立つつもりがあるというのなら、わたしは逃げも隠れもしない。
いつなりとも、――挑んでくるがいい。化身の王よ」
声は剣戟のごとき鋭さであったが、しかしどこか諭すような響きがあった。
「……騎士王……」
「そして、貴方には聖杯を求める理由がある。私にはそれを認められないが、それでも貴方の愛は誇るべきものだと思う。……化身王よ、我らはサーヴァント。聖杯の縁によりて呼び集められ、誇りによって競い合うべきものだ。
ならば、我らの闘争は憂いのない鬩ぎあいでなければならない」
「……そうか」
それきり、その細い背に視線を向けることなく、アーチャーもまた背合わせに席を立つ。
次の対面がどんなめぐり合わせによって成るかはわからない。しかしわかることは一つ、次の対峙には、もはや対話の入り込む余地など残されてはいないだろうということだけだ。
しかし、アーチャーは去り際に一度だけ振り返った。
「騎士王よ、馳走になった礼にひとつ言っておくことがある。我がマスターを斬り捨てた敵には気をつけるがいい。あのときの某には確かに迷いがあったかも知れぬ、しかし油断はしていなかった。――この意味が解かるか
その相手とは、此度の召喚によって招かれた「剣」のサーヴァントに他ならぬ」
そう言うと、巌の如き気配はそれきり実体を霧散させ現から姿を消した。残されたセイバーはしばしその場に立ち尽くした。その瞳がなにを思うのかは、もはや誰にも推し量ることはできなかった。