Fate/after Silent Noise (フェイト/アフター サイレント・ノイズ)   作:どっこちゃん

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二章 茨の旋律「ソリッド・ブライアー」-8

「――門の前に居るのはサーヴァントです。シロウ」

 

「なッ……」

 

 士郎も両サーヴァントの諫言に息を呑んで動きを止めたが、訪問者は平素と変わらぬ陽気な声を掛けてくる。

 

「あれー、士郎―。いないのー?」

 

 聞こえてきた声は聞き知った馴染みの人物のものだ。

 

「なんだ、やっぱり藤ねえじゃ……ッ!」

 

 言いさして、この状況の危険さに行き当たる。知己の一般人がサーヴァントと連れ立ってこの屋敷の前に居るという現状。

 

 嘘であって欲しい。セイバーの杞憂で有ってくれれば――、そう思いながら彼は足を縺れさせて玄関に向かった。

 

 そこにいたのは案の定、藤ねえこと藤村大河その人であった。いつものように勝手知ったるといった様子で、すでに玄関に入り込んでいた。

 

 幸い、彼女自身にはさして変わった様子は見受けられなかった。しかし、いやでも目に付く虚ろな陰影が、揺らめくようにしてその傍らに張り付いていた。

 

 それはモノトーンの女だった。妖女だ。一見してそれとわかる、美麗にして同時に異形を成すその容姿。まるで白と黒の極彩色が滲み混じる水墨画のようであった。

 

「ああ、そこで一緒になっちゃってさー、キャスターさんもここに来るって言うから……」

 

 と、大河はまるでそれが当然であるかのように声を掛けてくる。特に常軌を逸したきらいは見受けられなかったが、彼女は今何らかの魔術的制約下にあり、傍らの妖女のことを完全に既知の人物と思い込まされているようであった。

 

 この屋敷の家主たる少年は掛ける言葉を見失い、暫しの沈黙を余儀なくされた。しかし、すぐに極力動揺を洩らさぬようにと専心し、一泊の深い息を置いて、

 

「と、兎に角ここじゃなんだから、上がって――」

 

 とだけ、何とか言葉を絞り出した。しかし――。

 

「あっ、私は案内を頼まれただけだから、もう帰るわね」

 

 そういって、藤村大河は呼び止める間もなく帰ってしまった。

 

「ふふっ、いいお姉さまですね。……衛宮士郎君」

 

 一人土間に残されたモノトーンの妖女はそういって、

 

「……お前!」

 

「上がっても?」

 

 朗らかに微笑むのだった。

 

 

 女は当世風の装いに身を包んでいた。地方都市の町並みには似つかわしくないほどの高級そうな白の洋装を見事に着こなしていた。

 

「……ああ、これは姿を隠さぬために着用したまでのことですので、ご心配なく。……いえね? わたくし、無辜の住民の方々にまで下手に術をかけるというのも、あまり好きませんもので……」

 

 居間に通された妖女は自らキャスターのサーヴァントを名乗り、開口一番己の目的は争うことではなく、対話に依る交渉であると静かな声で明言した。しかし、それ以降はこうして他愛のない口上をニ三並べてるばかりであった。

 

 その挙動や表情は、敵陣に単身乗り込んできたという気負いや覚悟とも無縁であるように見えた。

 

「それよりも、いい加減本題に入ってくれないかしら」

 

 押し殺したような、それでもなお明瞭に宣下するかのような声を掛けたのは遠坂凛であった。ワイアッド不在の今、セイバーの正規マスターである彼女がキャスターの正面で問答に応える形になっている。

 

「これは失礼」

 

キャスターは酷く鋭角なその面相には似合わぬ、真摯な所作と面持ちで静々と礼を取った。

 

「では、まずはこのような不躾な訪問にもかかわらず席を設けてくださったこと、心より感謝いたします」

 

 この妖女と向かい合うようにして凛が座り、その左右には彼女を守るように二騎のサーヴァントが座りもせずに妖女の挙動に睨みを効かせている。

 

 その後には士郎とテフェリーがこれもまた立ったままキャスターを見下ろしている。凛との交渉中に不振な動きの一つも見せればすぐにでも対応できるようにといった陣形だ。

 

 にもかかわらず、キャスターはさして斟酌する様子も見せずそういって優雅に礼をとるのである。

 

「人質を取っといてよく言えたもんね」

 

「タイガさんのことでしたら、ご心配なさらずとも害になるようなことは何もしていませんよ。ただ、道すがらいろいろとお話させていただいただけのことですから。ふふっ、それにしても、とても愉快で素敵な方でしたわ」

 

 尖らせた少女の声に妖女は困ったように眉を下げて、まるで稚児をあやすような声で応える。下手をすれば嘲りとも取れるような口調であったが、この声色にどこか得体の知れない凄味のようなものを感じ、凛も一時口を閉ざした。

 

 それを知ってか知らずか、そこでキャスターが思い出したように声を上げた。

 

「ああ、その前に、一つお聞きしても?」

 

「……なにか?」

 

「失礼かとは思うのですが、表においてある二輪の自走機械があったでしょう? じつは私の連れ合いが、あれに似たものを盗難にあったと言っていたのですよ。……どちら様かお心当たりのある方はいらっしゃいませんでしょうか?」

 

 誰知らず、部屋中の視線がランサーに集まるが、当のランサーはといえば、

 

「はァてさて、気の毒かとは思うが、此方には何のことやら。皆目見当がつかんなァ」

 

 と、本気でとぼけるつもりがあるのかと質したくなるよう大仰なそぶりで、わざとらしく首を捻っていた。

 

「……まぁ、いいでしょう。どのみち私では持って帰るのも骨ですからね」

 

 これにはさすがに眉根を上げて息を漏らし、キャスターはこの話題を切り上げた

 

「では、本題の方に入らせていただいてもよろしいでしょうか」

 

「そうね。で、何なのかしら? 悪いんだけど、休戦や協力関係の交渉をしたいっていうんなら話すだけ無駄よ?」

 

 すると妖艶な憂いを湛えていたその美貌が、一変して鈴を転がしたかのように微笑(たわ)んだ。とたん、熟れて崩れた果実のような、ひどく甘美な香りが室内に充満した。思わず目の眩むような感覚に見舞われた士郎は、その芳香から思わず顔を背けた。

 

 だがそれでも、この膿んだような甘い香りは脳の一番古い場所にしみこんでくるかのように鼻腔をくすぐるのである。それほどに、この毒は甘いのだ。ランサーが手に取れるような淡光をその身にまとうように、この妖艶な女は目に見えるような芳香をその身にまとっているのだ。

 

「それで結構ですわ。私は取引をしに来たのですから」

 

「取引? 藤村先生の身の安全でも保障でもしてくれるって言うのかしら」

 

「先にお話した通り、何もしませんよ。報酬は私の持っている情報と全面的な協力です」

 

「で、その対価は?」

 

 戦力か? 情報か? しかしキャスターの求めるのぞみは意表を突くものだった。

 

「一つ皆様に、そして特にはセイバー、ランサーお二方にその偉名に誓って盟約していただきたきことがございます」

 

 キャスターはその何処までも漆黒な瞳で、両雄を順に見据えた後でまた正面の凛に視線を戻し、そして真摯な仕草で頭を垂れたのだ。

 

「もしも私が消滅した後、皆様がご存命であった場合のことになりますが。この儀式が終わるまで、我がマスターの身の安全のためにできうる限りの便宜を図っていただきたいのです」

 

 しばし場にいた一同が呆気に取られた。それはつまり、たとえ自分が消滅た後であっても己のマスターの身の安全を保障してくれるのなら、現時点での全面的な協力を約束しよう。ということであろうか? 

 

 その妖艶な外見とは裏腹に、率直な言葉に込められたものはひどく真摯だった。少なくともその場に居る者たちにはそう聞こえた。

 

 そこで、それまで無言だったセイバーがキャスターに問いかけた。

 

「問おう、魔術師のサーヴァントよ。貴様自身の願いはなんだ」

 

「ご察しの通りですわ。つまるところ、願いらしい願いなどありはしないんですよ。私には」

 

「ではなぜ召喚に応じたのだ」

 

 座したまま背筋を伸ばした妖女は、目を伏せ、静かに続ける。

 

「そもそもわたくしは基本的に、悪人や魔術師のお願いを断れないようになっているんですよ。建前とはいえ「悪の神様」ですからね。いかなる場合でも、魔術師の召喚には応えますとも。

 もっとも、私程度ではたいしたことも出来ませんもので、こうして骨を折ってできる限りのことをしようと思い立ったわけでして……」

 

 悪神を自称しながらも、その物言いには何の気負いも威厳もない。ただ話の種に身の上話のさわりを語るかのような飄々とした語り口であった。

 

 その柔らかな物腰には、さしものセイバーとランサーも些か気勢を削がれてしまったようだった。

 

「協力はしません」

 

 一方で、なんとも和やかな雰囲気で話す妖艶な魔女の言葉に、しかし断固とした返答が下された。

 

 声は一番後ろから聞こえてきた。いままで部屋の隅に彫像のようにして佇んでいたテフェリーの声だった。

 

 士郎や凛たちの手前、キャスターに随伴した一般人の女性のことをふまえてその場は静観したテフェリーだったが、彼女はキャスターを確認した時点で撃破以外の選択は考えていなかった。

 

 故に彼女にとって、これ以上の問答は時間の無駄以外の何物でもない。

 

 その声を受けて、ランサーは装束の袖から一本の柄を引き抜く。するとそこから鋭く輝く刃が繁茂し、肉厚の短剣を形成した。おそらくは室内での執り成しやすさを意識しての選択だろう。

 

「あらまぁっ。神話に名だたる英霊ともあろうお方が、無抵抗な女を切り伏せるおつもりで?」

 

 それを見たキャスターは声をあげて大仰に驚いて見せる。が、その実切迫した様子は微塵も見受けられない。

 

 見たところ、キャスターの魔力はそれほど強くない。そのステータスも、それぞれマスター達が推し量れるところのアベレージと照らし合わせてみても、せいぜいが並といったところだろう。

 

 キャスターの様相は、そんな最弱のサーヴァントが戦闘に特化した騎士のサーヴァントニ騎を相手にしてとる態度とはとても思えなかった。つまり、この妖女にとってこの状況はこの上ない危機のはずなのだ。

 

「そいつぁ、時と場合によるな、確かにただの女なら我が父神の御名において手にはかけまいが、明らかな魔性を目にしたときは別の話だ。……悪いが、貴様は後者だな」

 

「困りましたね……そんなつもりではなかったのですけど……」

 

 しかし片手を頬に当ててしな(・・)を作る様子からは、今にも眼前の輝刃にその柔肌を晒されようと言う切迫した感情は読みとれない。

 

 セイバーもまた瞬時に武装して不可視の剣を抜き放つ。むけられた剣気だけでキャスターには突きつけられた刃が感じ取れただろう。

 

 キャスターの発した言葉は間違いなく誠実なものであり、その面持ちからは真摯な姿勢が感じられた。しかし、この女の存在そのもの、纏う気配は間違いなく魔なのだ。それは違えようのない事実だった。

 

 それゆえにセイバーも、このキャスターの言葉を信じるきることができなかった。

 

「……止めておいた方が良いと思うのですけどね」

 

 そう言うと、キャスターはゆっくりと左手の手袋を外し、それを掲げた。

 

「「動くな!」」

 

 セイバーとランサーの声が重なる。だがそれを目にして、その視線が縫われたようにそれに固定された。それはいやでも眼にとまる異様な腕だった。柔らかく、しなやかでいかにも女性らしい左腕だ。だが、異様なのはその体色だ。

 

 それはあまりにも黒すぎる。まるで周囲の光をすべて呑み込んでしまうかのように、その輪郭さえもが僅かに滲んでいる。その肘も、五指も、美しい楕円の爪までもがとても人の腕には見えないほどの黒色にそまっていたのだ。

 

 その異様さは、あのアーチャーの黒曜石の如き剛体を想わせるが、そこから感じる印象はまるで逆だった。アーチャーの黒い身体からは神秘的な神々しさを感じたが、この左腕からは異様な妖しさしか感じられないのだ。

 

 セイバーの直感による危機感知は警鐘を鳴らしていた。感じるのは敗北の予感ではない。しかし不気味な危機感を感じ取っている。この黒腕には、何かがある。 

 

 セイバーは状況を推し量る。拙いのは何だ? 距離だろうか? それとも室内という状況か? この場で戦闘になった場合、果たして自分たちだけでなくマスターまでをも守りきることが出来るのか、彼女の危機感知の琴線に触れたのははたしてそれであったのだろうか。――

 

 その時、意に反した静止と良しとせず、ランサーのしなやかな五体が、引き絞られた弦のごとく撓み、

 

「ランサー」

 

「案ずるなセイバー、一瞬で――終わる!」

 

 弾ける。掲げ上げられる剛剣の輝ける厚刃が、ほっそりとした妖女の首に吸い寄せられるように迫る。しかし、そのときキャスターはあろう事か、己に凶刃を向けるランサーから視線を外し、セイバーへ向けて語りかけて来たのだ。

 

「ええ、案ずることはありませんよ? セイバー。心配せずとも」

 

 キャスターの行動は自殺志願もはなはだしい。ランサーは瞬きの間に五回はキャスターを殺せる。そういう間合いだ。

 

 この距離で魔術が剣に先んじることはありえない。にもかかわらず、この期に及んで眼前の敵から視線を外すとは、愚鈍だとしてもあまりに度が過ぎよう。

 

 当然、刹那の内にそれを侮蔑と受け取ったランサーはことさらに速度を上げ、残像だけを残して無防備なキャスターの細首に斬撃を見舞った。

 

 しかしそのとき、呟くかのような、ひそやかなキャスターのささやきが、室内に響いた。

 

流転齎す闇夜の吐息(カーリー)

 

 そして響き渡ったのは鋼の音。刃と刃が打ち鳴らされる、剣戟のそれであった。

 

「なっ!?」

 

 ありえない事態に誰もが言葉を失った。ランサーの輝剣は止められていたのだ。しかし、眼を剥く驚愕はそのためではない。その剣を受け止めていたのは剣を向けられた筈のキャスターではなくランサーの傍らにいたはずのセイバーだったのだから。

 

「……後ろのマスターたちに危険は及びません」

 

 笑顔のままで台詞を続けるキャスター。しかしその顔は初めてこの女が見せる悪魔のような、全くもって怖気(おじけ)の奔る貌であった。

 

「ランサー、なにを……!?」

 

 剣を弾き、ランサーに向き直ったセイバーは、そこで眦を見開いた。それはランサーの双眸に浮かぶ、己以上のただならぬ驚愕の相を見てとったからだった。

 

 実際、驚愕の度合いでいうなら、ランサーのそれはこの場の誰よりも大きかったといえる。

 

「……狙いをはずされたんじゃない……。いまあたしは今最初から(・・・・)セイバーを狙っていた。……どういうことだ」

 

 その言葉を、そしてこの事態を正しく垂下できる人物はこの場にはいなかったであろう。無論それは剣を振るったランサーにとっても同じことだった。

 

 確かに、ランサーはキャスターに向かって仕掛けたはずである。しかし、今しがたのランサーは体ごとセイバーに向かい、その首に向けて剣を執っていた。いつの間にか、過程と結果とが入れ違いになり、まるで噛み合っていない。

 

「これは……因果の逆転か、いや……」

 

 セイバーだけが口腔の中で呟く。しかしあるのは疑念だけだ。ただひとり、その場で済ましていた妖女が嘯いた。

 

「言ったでしょう? マスター達に危害は加えない、と。狙いをランサー本人に向けなかったのは誠意だと思っていただければいいですよ。先にも言ったとおり、私は話し合いに来たのですから」

 

 業腹ではあったが確かに認めるしかなかった。完全なる不意打ちだった。ランサー自身を含め、セイバー以外に今の攻撃は防げなかっただろう。

 

「上等だッ……!」

 

 そのとき奥歯を鳴らして再度の攻勢に出ようとしたランサーとキャスターの間を隔てるように、銀色に光る蜘蛛の巣が張り巡らされ障壁となって両者を押し止めたのだ。

 

「待ちなさい、ランサー」

 

 それはテフェリーの繰る銀色の糸であった。それは本来ならサーヴァントを押し止めるには脆弱な糸の網であったはずだが、それでも彼女たちが足を止めざるを得なかったのは、瞬きの内に行われたそれが、超常の存在である彼女たちですら魅せうるほどの絶技であったからに他ならない。

 

 もとより敵サーヴァントの殲滅を第一と考えていたテフェリーも、この怪異には容易ならざるものを感じていたのだ。この不可解な敵、というよりも今の能力――もとい宝具にランサーをこれ以上向かわせるわけにはいかなかった。

 

 キャスターの言を鵜呑みにするなら、ランサーは今実質一度殺されたことになるのだ。

 

「残念ですが、ここまでのようですね。この場は御暇いたします。もしも気が変わるようなことがあれば、又の機会に」

 

 そういって恭しく礼をとったキャスターは、銀色の網の向こうで立ち上がりそのまま悠然と立ち去ってしまった。

 

 そしてテフェリーが腕を上げると、それだけで居間を横断していた鋼線の波状網はあっという間に滅形し、彼女の装束であろうか? 兎角、いずこかに収まってしまった。彼女自身はほとんど身じろぎもしていないというのにである。

 

 すぐさまランサーとセイバーがその後を追って玄関にまろび出る。凛と、士郎もその後を追おうとしたが、そのとき凛が振り向きざまに士郎に言った。

 

「士郎はここにいて。まずは藤村先生の安否の確認をお願い」

 

「分かった」

 

 士郎はすぐに携帯電話を取り出しコールする。そして呼び出し音だけが響く間、悔しそうに眉根を顰めるテフェリーと目があって、

 

「……すごいんだな」

 

 テフェリーがこともなげに披露した絶技に思い当たり、士郎はあらためて素直に感嘆の声を漏らした。更なる奇怪な魔術を幾多も見にした覚えのある彼ではあるが、今は彼女の技がそれらの魔術とは関わりのない技能であることを知るが故に、二重の驚きを覚えたのだった。

 

「……これだけが……この糸を手足として操ることだけが、私の持ちうる機能のすべてですから……だから……ッ!」

 

 士郎の唐突な声にそこまで応えて。彼女はなにを思ったのか不意に言葉を切ってそっぽをむいてしまった。よくわからないが、今の発言は彼女にとって何か不都合なことでもあったのだろうか。

 

 訝りながらも、士郎はようやく繋がった電話の向こうから聞こえてきた、それだけで無病息災ぶりが窺えるような元気そうな声に、ほっと安堵の息を漏らした。

 

「待ってセイバー、それにランサーも落ちついて!」

 

 凛は先に玄関先に出ていた両サーヴァントを引き止めるように声を上げた。

 

「……一人で追うならよかろう」

 

「駄目よ。今戦力を分断するわけにはいかないわ」

 

「凛、しかし、……それでは」

 

 歯噛みするセイバーと苛立ちを隠せないランサー。共にこのまま追いすがるわけにはいかないのだと、理解はしているのだ。しかしそれでも憤懣やるかたない様子のランサーは急いたように舌を鳴らした。

 

「ならばどうする? まァさか、このまま捨て置くわけにもいくまいッ!」

 

 セイバーも指示を仰ぐように己がマスターを見据える。そこで凛はしばし黙してから、言葉を切り出した。

 

「私が行くわ」

 

「――むっ、」

 

「――凛、それは」

 

 ランサー、セイバーもさすがに息を呑んだ。しかし、凛は決然と言葉を継ぐ。

 

「もともとそのつもりだったし、少し早いけど問題はないわ。セイバーもここに残って。いざって時にはこっちから召喚するから、準備だけしておいて」

 

「……分かりました」

 

「ランサーも、いいわね」

 

 しばし巌のように押し黙っていたランサーも、最終的には観念したように眉を下げた。

 

「仕方あるまい……」

 

「マスター、お気をつけて」

 

 セイバーの言葉に首肯し、凛はそのまま衛宮邸を後にした。

 


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