Fate/after Silent Noise (フェイト/アフター サイレント・ノイズ)   作:どっこちゃん

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二章 茨の旋律「ソリッド・ブライアー」-7

 

 ひどく深い闇が鎮座している。そこは森の中であった。虚空に浮かぶ奇怪な異形が見える。

 

 土塊で出来た土偶のようなそれはまるで鳥のような流線型を保ちながら、いくつもの動物の特徴を揃えた頭をいくつも持っていた。

 

 それはキメラだ。ギリシャ神話に語られる異形の幻獣。その土塊はそれにもまして奇怪な形状をしていた。足は一本もない、まるで海豚か航空機かと見受けられるような流線型の胴体から、いくつもの頭が四方八方を向いて突き出しているのだ。

 

 それが流れるような動きで魔夜の如く深い闇の仲を進んでいく。なぜかその直下に影が見える。頭上に生い茂る木々の枝は四方に伸び、木漏れ日でさえもその森の懐には入り込めない。その闇はどこまでも漆黒であり、その暗がりに影など出来ようはずもないのだ。ならば、その闇の中でさえはっきりとその輪郭を主張するそれは果たしてなんなのであろうか。

 

 すると流れるようだった土塊の動きがやにわに滞った。

 

 その前方に張り付いた怪鳥の如き面相が何かを見つけたのだ。木々の太い幹の間にそれは漂っていた。それは白い靄のようであった。同時にそれは白い布切れのようでもあった。そんなものが木の枝から垂れ下がるかのように、ゆらゆらと揺れている。

 

 鳥面の眼が、何の生気も感じられない泥団子のようなそれが一度だけ、瞬いた。

 

 次の瞬間、白布は奇怪な髑髏と豚牛の混ざった、八畳ほどもありそうな、ぶよぶよとした奇怪なものに変容を遂げ、人間の狂声と歓声とを混ぜ合わせて合唱させたような甲高い雑音を撒き散らしながら、土塊を抱き込んで捕らえようとしてきた。

 

 土塊は流れるような高速旋回によってそれを躱すと、同時に正面とは反対側に位置していた猿のような面が口から何かを撃ち出した。

 

 闇夜でさえ光り輝くそれは金で出来ていた。薄い円柱と見えたそれは大判の金貨ではないか。それがまるで銃弾の如く闇を裂き、白い布の化け物を貫いた。白布はそのまま溶けるように靄に戻り、闇の中に霧散した。

 

 土塊は立て続けに金貨を撒き散らした。上を向いた馬の顔や、右側面にとってつけたようなロバの顔、左の側面はヤギ・羊だ。それらが引き裂けんばかりに口を開き、奇妙な弧を描く金貨を打ち出していく。なぜなら、白布の如き悪霊・魍魎は一体だけではなく、既に土塊を取り囲むように集まってきていたからだ。

 

 土塊は今までにないほどの速度と旋回性能を発揮し、離脱を図る。悪霊たちは先ほどのように膨らんだりはせず、個々に矢型の白布となってそれに追いすがった。

 

 木々の間を飛び抜けながら、土塊は全身の口腔から輝く弾丸を絶え間なく吐き出し続ける。その金弾は追いすがる悪霊を追尾するように独自に旋回し漆黒の虚空に縦横無尽の奇跡を描き出していく。

 

 打ち落とした白霊が三桁を数えるころ、とうとう勝敗は決した。決着は物量に物を言わせた悪霊供が土塊の四方を塞いだことで決まった。

 

 森を守るために暗がりに潜んでいた悪霊達は面目躍如といったところで嬉々として獲物の解体に取り掛かった。しかし、土塊と見えたそれはまさしく土塊でしかなく、捕らえられるや否やただの砂になって崩れてしまった。

 

 それを芒と見守るしかない白々しい靄共を尻目に、崩れ去ったはずの土塊の影だけがその場に留まっていた。混乱する悪霊達はそれに気付かず、影はいくつかの固まりに分裂して、するするとその場から離脱した。

 

 闇の中から逃げ延びた影は一目散に魔の森の暗がりから抜け出し、森の際に佇んでいた人物の足もとに擦り寄った。

 

 それらはしばらくの間狐狸(こり)の如く忙しなく動き回っていたが、そのうちにその人物の影のうちに溶け込んだ。

 

 しばらくして総ての影がそこに治まると、なにやら甲高い音があたりに響き始めた。キンキンキン。カツンカツン。まるで槌で金床を打ち鳴らすような澄んだ音だ。

 

 それは先ほど影に溶け込んだ人物の足許から聞こえてきていた。それもひとつやふたつではない。合唱するように鳴っていた金属音はこの老人が軽く靴底を打ち鳴らしたことでピタリと鳴り止んだのだ。

 

 この人物――ワイアッド・ワーロックは続けて靴底を高らかに打ち鳴らす。靴職人達へのねぎらいの言葉だった。答えるように甲高い音が一斉に一度だけ鳴り響く。

 

 報告によれば、この森の中は数百にも及ぶ悪霊がひしめいているそうだ。

 

 そう。先ほどの金床を叩く音と打ち鳴らした靴底の音で、この老魔術師は妖精とを会話していたのだ。

 

 ワイアッドは常に七体の地属性妖精(レプラコーン)を引き連れている。この妖精たちは魔術刻印とともに継承されるもので、ワーロック家の血に縛られると同時に忠義を尽くす臣下でもあるのだ。

 

 初代のワーロック卿が靴職人妖精(レプラコーン)と契約したことが、この家門の魔術師としての始まりであり、ワイアッドで八代目となる魔道の大家であった。

 

 爾来彼らは土に住まう妖精との共存を可能とする魔術を継承してきた。この地霊との交信・交流に特化した妖精使いの家系であるワーロック家の当主である彼が、その研究の過程として大地に流れるレイラインに並々ならぬ興味を示したことは至極当然なことであったといえる。

 

 しかし、彼の生まれ持った才覚はその程度の常道には納まりきるものではなかったのだ。彼の素質において非凡な要素があったとするなら、それは彼を知る人間が共通して抱くであろう識者としての静的素養ではなく、全く逆の、燃え滾るような未知への探究心、それに根ざして彼を駆動させ続けた、情熱への静かなる動的素養であった。

 

 そして彼の魔道に対する情熱と探求心は、東西の垣根を飛び越えるのに充分であった。

 若かりし日の彼が着目したのは東洋の地脈・龍脈に関する地相占術と風水に代表されるその制御法である。支那や日本などで独自に進化した魔術体系に魅せられた彼はアジアを駈けずり廻るようにしてその知識を吸収し、実地のフィールドワークを重ね、ついにそのレイラインの根幹に「根源」の可能性を見た。

 

 人類から伸びる繋がりをたどるよりも、生命の発生以前から大地に根を張るこの大流にこそ、その可能性があるに違いない。確信に胸躍る日々だった。

 

 ……古い話だ。己の長い影から目を背けて、老紳士は回想を遮った。

 

 ワイアッドは今日半日を使っての諜報活動によって、大方の敵の居場所を既に把握していた。

 

 地脈に沿って霊石を配置し、地中に放った靴職人達に地脈の流れの微細な変化を逐一報告させ、この町全体の霊的変動をつぶさに調べ上げていたのだ。

 

 サーヴァントほどの強大な御霊が行動すれば、それがどのような些細なものであれ何らかの痕跡を残しているものだ。

 

 もっともそれは微細な脈波の乱れに過ぎず、その機微を感じ取り、そこからサーヴァントの行動を推測するなど並みの魔術師に出来ることではない。いや、例えそれが一流と呼ばれるほどの魔術師であっても、決して容易なことではなかっただろう。

 

 東西の洋を問わず、龍脈やレイライン、地相占術といった地学の魔術の数々を修め、地霊を総べる専門家だからこその手並みである。

 

 そうして行き着いた先は広大な森だった。聞いた話では、ここには彼のアインツベルンがその工房である城を構えているという。人呼んでアインツベルンの森である。アインツベルンは今回の件には絡んでいない。それについては既に確認済みだ。大方、ホストの不在をいいことに、どこぞの魔術師が廃物件の有効利用を思いついたのだろう。

 

 敵の居場所が知れた以上、本来ならここにも斥候を放ち、味方にこの情報を伝えるために疾く一度帰還するのが常策だといえた。

 

 しかし、それらの情報は彼の従者たちや協力相手にも知らされることはなかった。

 

「居るな――間違いなく、あ奴が居る!」

 

 老紳士はそのまま森の結界を強引に紐解き、敵の居城の中に足を踏み入れたのだ。その相貌に、並々ならぬ覚悟の念を滾らせながら。

 

 


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