TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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92.愚者

 食後のややハードな運動も終わり、一同はそれぞれ思い思いに身体を休めていた。

 そんな彼らを見渡し、手頃な大きさの石に腰掛けながらジェイドが口を開いた。

 

「さて皆さん… 今後の予定について、一つ方針を確認してはおきませんか?」

「確認ってもなぁ… ダアトってトコは目と鼻の先なんだよな? なら寄るんだろ」

 

「……それはどうかな? ダアトは教団の総本山だ。今や敵地と言ってもいいぜ」

 

 地理的に当然寄るだろうと思っていたルークに対し、ガイが慎重な意見を口にした。

 ハッと表情を強張らせるイオン。なるほど、といった具合に頷いてみせるティア。

 

 皆の反応はザッと見ただけでも様々… だが、一様に危険を再認識した様子であった。

 

「(うんうん… 敵地にわざわざ特攻するなんて正気の沙汰じゃないよね)」

 

 セレニィもその一人… いや、彼女は以前よりダアトの危険を認識し訴えてきた。

 今更改めてガイに言われるまでもなく、そのようなことは既に百も承知なのだ。

 

 当然、ジェイドの話の内容… というより、その本題についても見当がついていた。

 ガイのルークに返した言葉に一つ頷きながら、ジェイドは口を開き提案を発した。

 

「私たちは今現在、重要な使命を背負っています」

「この外殻大地を消滅の危機から救う。そのために戦争を止めること… ですわね?」

 

「えぇ、ナタリア殿下… ですので、当然この責務は確実に果たさねばならない」

「……はい?」

 

「どうしました、セレニィ?」

 

 彼女にとってはどうしたもこうしたもない。外殻大地消滅の危機とか初耳なんですが。

 慌ててその旨を申し出ればジェイドは大きく溜息を吐いてから、にべもなく答えた。

 

「……キチンと説明したはずですよ」

「え? 覚えがないんですけど…」

 

「貴女がユリアシティで目覚めて食事を摂っている横で、経緯について説明しました」

「(あの時かぁー!?)」

 

「あまり無駄な時間を取らせないでください。……話を戻しますよ?」

 

 あの時は食事に夢中であったため、ジェイドがした説明の内容などまるで覚えてない。

 説明されていたことすらおぼろげだ。アニスの料理が絶品だったのは覚えているが。

 

「(や、やっちまったぁー!?)」

 

 まさに痛恨の自業自得。

 

 こんなことなら、たとえ見放されようとユリアシティに引き篭もって居たかった。

 そうセレニィは思うものの、全ては後の祭りである。

 

 頭を抱えて項垂れる彼女をよそに、ジェイドは話を続ける。

 

「私たちは重要な使命を背負っており、ここは危険地帯… ここまでは良いですね?」

「はい。となればジェイド… より一層、慎重を心掛けて進もうということですか」

 

「えぇ、トニー… 貴方の言うことは当たらずとも遠からず、といったところですね」

「……と、言いますと?」

 

「そもそも無用なリスクは避けるべき、ということです。我々にはアリエッタもいます」

 

 ジェイドの言葉に、一同の視線がアリエッタに集まる。

 

 ……とはいえ、当の彼女本人はあまりよく分かってないようで小首を傾げているが。

 そして抱いた疑問をそのままに、アリエッタは口を開いてジェイドに尋ねる。

 

「えっと… どういうこと? アリエッタ、何をすればいいの」

「おや、言葉が足りませんでしたか。アリエッタ、貴女は空を飛ぶ魔物を操れますね?」

 

「むー… 操る、違うもん! お願いするの!」

「そうです! アリエッタさんの友達をモノ扱いしちゃったらダメですよ! ねー?」

 

「えへへ… ねー?」

 

 落ち込んでいた状況から復活をしたセレニィが、そこに積極的に茶々を入れてくる。

 ジェイドの言葉尻を捕まえながら、アリエッタとお互いに笑顔で頷き合う。

 

 ティアやナタリアなどは萌えているものの、ジェイドにとってはウザい事この上ない。

 セレニィの復活が早いのはいつものこと。眼鏡を直しつつ、静かに溜息を吐いた。

 

 ここは素直に降参しておいた方がいいだろう。その判断からアリエッタに合わせる。

 

「これは失礼しました。……アリエッタ、貴女の大切な『友達』でしたね」

「ん… わかってくれれば、いいよ」

 

「フッフッフッ… 優しい優しいアリエッタさんによく感謝することですね。ドS」

「はいはい、私の負けですとも。それでは話の続きをしても構いませんか?」

 

「あはは… どうぞどうぞ。大事な話の腰を折って、申し訳ありませんでした」

 

 苦笑いを浮かべるセレニィの姿に怒る気持ちすら消え失せ、呆れた表情で話を続ける。

 ジェイドの話とは、大雑把にまとめると以下のような内容のものであった。

 

 ・我々は外殻大地の救済という、失敗してはならない重要な使命を背負っている。

 ・加えてメンバーには要人も多く、邪魔が入れば致命的な問題になりかねない。

 ・ゆえにリスクは可能な限り切り捨てて、最短ルートで目的地を目指すべきである。

 

 これを実現するために幾つかの障害があるが、その多くはアリエッタが解決できる。

 彼女に空飛ぶ魔物を手配してもらい、空路により帝都グランコクマを目指すのだ。

 

 セレニィはこれに満足気に大きく頷いた。特にリスクを排除する方針というのが良い。

 

「素晴らしい! 全く以て一分の隙もない、見事な提案ではありませんか!」

 

「いやぁ。そこまで持ち上げられると、些か面映ゆい気分になりますねぇ」

「またまたご謙遜を。『なんて冷静で的確な判断力なんだ!』って思いましたもん」

 

「ですのー! なんだかよく分からないですけど、ボクもそう思いますのー!」

 

 リスクを避けて行動するとなれば、それだけ事故死をする可能性が減る。

 それは、雑魚にとってはとてもとても素晴らしいことだ。

 

 そもそもオールドラントは色んな意味で雑魚には生き辛い世界である。

 なのに、何が悲しくて毎度毎度自分でハードルを上げなければならないのか。

 

 セレニィは自分の自業自得ぶりを棚に上げて、そっと目頭を押さえた。

 そして得意の舌先三寸で、仲間たちの意見を望む方に傾けようとしている。

 

「俺たちも慎重に動かねーといけねーってワケか。なーんか、めんどっちいよなぁ」

「まぁまぁ、ルークさん。古くから『君子危うきに近寄らず』とも言いますし…」

 

「僕もダアトの現状は気になりますが、確かに今はリスクが大きいかもしれませんね」

 

 ルークもイオンも、ジェイドとセレニィが言うならばと方針の変更へと心が傾く。

 もとより大局を見ようとするナタリアやガイは、ジェイド寄りの意見を持っている。

 

 トニーは軍人として、上官たるジェイドの作戦には常に従う心構えを抱いている。

 ティアもその心構えがないことはないだろう。多分、おそらく、メイビー。

 

 アリエッタとしても、恩人と思っているセレニィの頼みとあらばまず断ることはない。

 さて、これで話は決まったかと思われたところに慌てた様子で口を開いた者がいた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよぅ! いいじゃないですかぁ、少し寄るくらい…」

 

 アニスである。

 

 彼女からしてみれば、当然、故郷であるダアトに立ち寄れると思っていたのである。

 それが蓋を開けてみれば、トントン拍子に立ち寄らぬ方向に話が進んでいるのだ。

 

 勝手な思い込みと言われればそれまでだがそこはそれ、不満の一つとて言いたくなる。

 

「ふむ。アニスは反対ですか? 提案について、出来る限り説明したつもりですが」

「そ、それは… 内容については分かりましたけどぉ。でも、なんていうか…」

 

「アニス… そうでしたね。僕と違ってアニスにとっては慣れ親しんだ故郷ですしね」

「あ、その… イオン様を蔑ろにしたい訳じゃないんですけどぉ。ちょっとなら…」

 

「………」

 

 アニスとて、ジェイドの提案… そして説明に時間を割いた意味は理解している。

 彼は人の心の機微に疎く、他者に対する配慮というものを軽視しがちである。

 

 それでも彼なりに仲間を想えばこそ、出来る限り人に合わせて口を開いたのだ。

 聡いアニスはそれを理解している。けれども、アニスはまだ13歳の子供でもある。

 

 周囲の視線が彼女に集まる。しかしそれは責めるようなものではなく、同情のものだ。

 その中でも、特にガイは最初に慎重な意見を出しただけに居心地悪そうにしている。

 

 セレニィは勿論のこと16歳のアリエッタよりも背が高くて、お姉さんぶっていても…

 まだまだ親に甘えたい盛りの子供なのである。『分かる』と『出来る』は違うのだ。

 

「(以前ダアトを訪れてから数ヶ月。確かにアニスは私とは事情が違いますからね…)」

 

 ジェイドは内心でそう独りごちる。

 

 イオンとジェイドに頼まれたとはいえ、とるものもとりあえず故郷を飛び出したのだ。

 暴動のどさくさにという背景もあり、両親に別れを告げる暇とてありはしなかった。

 

 たかが数ヶ月と言うなかれ、オールドラントの一月は約六十日。子供には長い時間だ。

 更には何度か、戦闘や危険に見舞われながらもようやく故郷の目前まで戻ってきた。

 

 このタイミングで故郷や家族に想いを募らせてしまっても、無理からぬことであろう。

 それを察したのか、ジェイドは言い聞かせるような穏やかな口調でアニスに語りかける。

 

「アニス… 私は、貴女への配慮が欠けた提案をしてしまったかも知れません」

「そ、そういうんじゃなくて… その…」

 

「ですが、これは世界のための行動です。当然、貴女のご家族のためでもあります」

「………」

 

「辛いなら私を恨んでくれて構いません。……どうか分かってください、アニス」

 

 そうまで言われてしまっては、アニスとてこれ以上頑迷な態度を取ることは出来ない。

 何より理屈の上ではジェイドの言葉が正しいと、彼女自身も既に理解しているのだ。

 

 みんなを困らせるのは本意ではない。彼女なりに仲間のことは大事に思っている。

 だからこそ、彼女は精一杯の笑顔を浮かべ殊更になんでもないことのように振る舞った。

 

「な、なーんてね! やだなぁ、本気にしちゃって。言ってみただけですよぅ」

「………」

 

「だいたいアタシ、根暗ッタと違っておこちゃまじゃないですしー?」

「むー… アリエッタ、子供じゃないもん! アニスの意地悪ぅ!」

 

「そうやって膨れるところが子供なんだよねー。根暗ッタには難しかったかなー?」

 

 アニスは子供である。しかし、年齢の割には聡く… 空気の読める少女でもあった。

 だからこそ、自分の気持ちを押し殺して笑顔でジェイドの提案を後押しできた。

 

 それは、彼女の強さでも弱さでもあるかもしれない。だが彼女の『生き方』でもある。

 そして彼女なりの謝罪の印として、場の空気を変えようと試みるのであった。

 

 ……弄られ役にされたアリエッタ本人にしてみれば、とんだとばっちりではあるが。

 

「(うん… 後でお菓子でも作って、アリエッタには差し入れよっと)」

 

 胸中でアリエッタへと詫びながら、アニスはそう思った。

 アニスの願いが功を奏したのか、場の空気は幾ばくか柔らかいそれへと切り替わる。

 

 そんな空気の変化を敏感に感じ取り、更にすかさず動いたのがセレニィであった。

 自らの両手を叩きながら注目を求めつつ、更には笑顔を浮かべて言葉を紡いだ。

 

「はいはーい! みなさん、どうやらお話の方もまとまったようですねー」

「ま、そうなりますねぇ。ではセレニィ、仕上げは貴女に任せましょう」

 

「かしこまり! それではみなさん、改めて今後の方針について発表しますねー?」

 

 ジェイドの後を継ぐ形で場を任されたセレニィが、笑顔で議論を締めにかかる。

 一同は頷いて彼女の方を向く。当然、気丈な笑みを浮かべたアニスも例外ではない。

 

 その時、セレニィの瞳が光を放ったことに気付く者は… 残念ながらいなかった。

 

「私たちはダアトに立ち寄り、物資の補充及び情報収集に務めるものとします」

「ですのー!」

 

「………」

 

 セレニィが発したまさかの発言に、周囲の面々は皆一様に言葉を失う。

 果たして土壇場でちゃぶ台返しをかます彼女の胸中には、いかなる秘策があるのか?

 

「(あはは… アニスさんのあんな辛そうな笑顔、放っておけないからなぁ)」

 

 特に深い考えがあるわけではない。アニスのさみしげな笑顔を見て心を固めたのだ。

 美少女の笑顔を曇らせたくない。その一心で、場を引っ掻き回してしまったのだ。

 

 勢い任せの行動ここに極まれりである。だが、自分の発言に責任は取らねばならない。

 

「(さて… 考えたくもなかったけど、ダアトに立ち寄るメリットはあるにはある)」

 

 軍人畑のジェイドでは気付きえぬ視点ではあるが、セレニィなりに考えはあった。

 だが言うまでもなく、それはリスクと表裏一体の危険な賭けであるとも言える。

 

 しかし事ここに至っては腹を括るしかないだろう。セレニィは更に笑顔を浮かべた。

 

「(生半可な提案じゃ叩き潰される。しっかり理論立てて説明していかないとね)」

 

 脳内で算盤を高速で弾きつつ、彼女は自己満足からの己の言葉を紡ぐことになる。

 ジェイドの気持ちを台無しにして、自らも危険に晒す愚策中の愚策に進む道だ。

 

 けれども、それが彼女の『在り方』なのであろう。決して褒められたものではないが。

 

「ジェイドさんの仰る通り、私たちには重要な使命がありますね」

「そ、そうだよっ! だから…」

 

「そう! 『だから』こそ、立ち寄らねばならない。それを今からご説明致しましょう」

 

 アニスは子供である。しかし、年齢の割には聡く… 空気の読める少女でもあった。

 だがここに一人、空気の読めない愚か者がいたことだけは彼女の計算外であった。

 

「ほう。どんな考えがあるのか、一つ聞いてみるか… 期待してるぜ? セレニィ」

「はいです。ガイさんのご期待に応えられるかどうかは分かりませんけどねー」

 

「………」

 

 だが愚か者でもないと、この状況で子供(アニス)の心を救おうとは思わなかったのかもしれない。

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