TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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79.崩落

 さて、大地震に呑まれつつあるアクゼリュスだが… 時計の針をしばし巻き戻してみよう。

 

「ふぅ… 中々に手間取らせてくれたね」

 

 最後の敵が音もなく崩れ落ちたことで、シンクが仮面の奥から溜息とともに声を漏らす。

 ここはアクゼリュスの奥にある第14坑道… 六神将が到着次第、真っ先に閉鎖された坑道だ。

 

 強い障気で溢れ返り、とても作業どころではないと判断したリグレットは即刻閉鎖を指示。

 アッシュら特務師団を中心に救助隊を編成し、避難場所へと避難させたのが初日のこと。

 

 にもかかわらず、シンクが中に入った途端に何重もの襲撃を受けた。これが意味することは…

 

「恐らくはセフィロトが目当てか… しかし、この連中は…」

 

 襲ってきた者たちにシンクは見覚えがある。セレニィも気にしてた『本国からの応援』だ。

 あの雑魚のこの手のことに関する嗅覚は何なのだろうか。半ば呆れつつシンクは考える。

 

 雑魚だから死の気配に敏感なのだろうか? いや、余計なことを考えて時間を浪費出来ない。

 確かにセフィロトへの道は、導師にしか解除できない『ダアト式封咒』で閉じられている。

 

 本来余程のことがない限り安全のはずだが、その余程が起こらない保証はどこにもない。

 

「噂に聞く『暗部』を使い捨てるとはモースにしては剛毅だね… それだけ本気ってことか」

 

 その二つ名に恥じぬ烈風の如き俊足で、シンクはセフィロトを目指し第14坑道を駆け抜ける。

 この状況は十中八九モースの描いた絵図だろう… ならば秘預言の成就を狙っているはず。

 

 あの狂信者が動く以上、なんらかの算段が立った可能性が高い。油断は出来ないだろう。

 アレは狂人だ。常人に測れない。後先考えているかもしれないし、考えてないかもしれない。

 

 アレが秘預言の成就をなにより望むのは間違いない。『己の尺度』でという注釈がつくが。

 導師イオンに詠まれた『十二歳で死んでその後しばらく導師不在になる』という秘預言。

 

 そんな簡単なモノすら違えられるのだ。理屈で考えれば考えるだけバカを見るというものだ。

 

「まったく、巻き込まれる側はたまったモンじゃないね。……頼むから間に合ってくれよ!」

 

 案の定というべきか『ダアト式封咒』は破られていた。想定の範囲内のため、動揺はない。

 シンクはそのまま一瞬たりとも立ち止まらず、セフィロト内部へと突入するのであった。

 

 そこは二千年以上も昔の、現在のそれと比較にならぬ創世歴時代の技術が盛り込まれた空間。

 教団が決して公開しない秘中の秘にして、『禁忌』… それがここセフィロト内部なのだ。

 

「はぁ… はぁ… クソッ、無駄に広いな!」

 

 悪態をつきつつシンクはセフィロト内を突き進む。階段を五段や十段飛ぶのは当たり前。

 時には自身の身のこなしと立体的な内部構造を逆手に取って、階下にショートカットもする。

 

 そして、いよいよ最奥… 巨大な音叉のような音機関を設置している部屋にまで到達した。

 音機関… 『パッセージリング』と呼ばれるソレの前には、人影がポツンと佇んでいる。

 

 光を放つ『パッセージリング』からの逆光により、その人物の顔を確認することは出来ない。

 しかしある種の確信めいたものを感じつつ、シンクは仮面を外してその人物に向き合った。

 

 相手が驚いたように見詰めているのがシンクにも伝わる。ややあって、相手が口を開く。

 

「その顔… もしかして、君も?」

「あぁ… 僕も、アンタと同じ『レプリカイオン』だ」

 

「……そう、か」

 

 仮面を外したシンクの素顔と、『パッセージリング』の前に立つ人物の顔は全く同じだった。

 若草色の髪の毛に少女と見紛うほどの容貌… 導師イオンその人が互いに向き合っていた。

 

 レプリカ… それは禁断のフォミクリー技術により生み出された、『複製』を意味する。

 生物を含めたあらゆる物質を複製可能とする技術で、複製元は特に『被験者(オリジナル)』と区別される。

 

 レプリカは外見などは『被験者(オリジナル)』と同一だが、とある事情から第七音素のみで構成される。

 そのために生体レプリカは『被験者(オリジナル)』と比較し、一部能力に劣化が見られることもある。

 

 自身と同じ顔・同じ存在であるシンクを見詰めてから、名も無きレプリカイオンは口を開く。

 

「ねぇ、『被験者(オリジナル)』は… どうしてるの?」

「二年前に死んだ。……もういない」

 

「……そう。他に僕たちと同じような子はいるの?」

 

 複製元の死を特に感慨もない様子で聞き流しながら、レプリカイオンは更に質問を重ねる。

 その問い掛けに、シンクは首肯を以って返す。

 

「あぁ。立派な傀儡になれるよう設計されたヤツが一人」

「……そうなんだ。きっと、僕たちと一緒だね」

 

「一緒だって? あんなヤツと」

「誰かのための『道具』なんでしょ? なら一緒だよ。僕にも役割があるから」

 

「! オマエ、それは…」

 

 レプリカイオンが一歩シンクに近付ことで、彼に接続された音機関の存在が明らかになる。

 コードが身体中絡み付き固定されており、頭にはギアのような物が取り付けられている。

 

 移動可能な範囲は極めて狭く、床に設置された装置がパッセージリングへと向けられている。

 それはまるで、逃れられぬように鎖に繋がれた始祖ユリア・ジュエを思わせる様であった。

 

 驚きに目を見開くシンクを尻目に、レプリカイオンは無垢なる笑顔を浮かべながら説明する。

 

「この『擬似超振動発生機関』でパッセージリングを破壊すること… それが僕の役割」

「オマエは…ッ!」

 

「君との話は悪くなかったよ。多分、これが『楽しい』という感情だったのかな?」

「それを今すぐ止めるんだ! さもないと…」

 

「無理だよ。君が来る前に既に起動していた… 一度起動したらもう止めることは出来ない」

 

 間に合わなかったのか… そう悔しがるシンクを、レプリカイオンは不思議そうに眺める。

 先ほどから怒り、悔しがり… そういった様々な感情を見せる『もうひとりの自分』を。

 

 彼は自分なのに… ただの道具のはずなのに、何故こうまで感情に満ち溢れているのだろう。

 期せずしてレプリカイオンの頭に浮かんだシンクへの疑問が、言葉となり口から出てゆく。

 

「ねぇ、君も『道具』なんでしょ? なんでそんなに怒るの? 悔しいの?」

「僕は『道具』なんかじゃない! 僕は… 僕は、『シンク』だ!」

 

「……そっか」

 

 シンクの叫びにレプリカイオンは一瞬だけ目を見開き… 続いて、淡い笑みを浮かべた。

 それは眩しいものを見るような、それでいて何かを諦めたような何とも言えない笑みだった。

 

 そんなレプリカイオンの変化に気付かぬままに、シンクは覚悟を決めた様子で向き合った。

 

「悪いけど、こうなったらアンタを殺してでも『擬似超振動発生装置』を…」

「うん、多分それで正解だよ」

 

「……なんだって?」

「『擬似超振動発生装置』は、僕の命を火種に威力を増幅させるらしいよ」

 

「火種って、それは…」

「それって裏を返せば、僕を殺せば止まるか威力を抑えられるってことなんじゃないかな?」

 

「………」

 

 笑顔のままで、事も無げに言い放つレプリカイオンに対してシンクは驚愕を露わにする。

 つまり一度機関を起動させれば、『止めても止めなくても彼は命を落とすことになる』のだ。

 

 怒りのままに再度怒鳴りつけようと思ったものの、シンクは気を落ち着かせて口を開いた。

 

「……なんで、それを僕に教えるのさ? それが『道具』としての役割だったのに」

「なんでかな? うーん… きっと、僕に感情を教えてくれた恩返しだと思う」

 

「感情?」

「うん、『楽しい』と思うこと。『不思議』に思うこと。そして… 『羨ましい』と思うこと」

 

「………」

 

 本当に楽しそうに指折り数えて話すレプリカイオンに、シンクは心から苛立ちを覚える。

 目の前のコイツは自分なのだ。誰にも必要とされず、生まれた瞬間に捨てられた自分なのだ。

 

「何勝手に諦めてるわけ? 自分でその音機関を壊すなり色々とあるじゃん」

「……無理なんだ。壊そうとしたら、その場で暴走する仕組みになってるみたい」

 

「フン… 悪趣味なことだね」

「そうかな? そうかもね」

 

「ま、そっちが勝手に諦めてくれるなら好都合だ。悪いけど、死んでもらうよ」

 

 そう言ってシンクは、『擬似超振動発生装置』に繋がれたレプリカイオンへ右手を向けた。

 

 彼は笑顔でそれを受け入れて、そっと目を閉じる。シンクは構わず譜術のタメを続ける。

 アクゼリュスをここで救わねば、今までやってきたこと全てが無駄になる。迷う要素はない。

 

 それは『アイツ』から頼まれたことでもあるし、自分の理性でも必要だと判断したことだ。

 そんなシンクの内心を知ってか知らずか、目を閉じたままのレプリカイオンが口を開く。

 

「ねぇ、シンク… 一つだけお願いがあるんだけど聞いてくれるかな?」

「なに? 命乞いなら…」

 

「ううん… 僕と『友達』になって欲しいんだ」

「………」

 

「どうかな?」

「……悪いね。僕にこれからすぐに死ぬ人間と『友達』になる趣味なんてない」

 

「そっか… ありがとう、シンク。僕を『人間』だと言ってくれて」

「………」

 

「僕から話しかけておいてなんだけど、もう時間がないよ? だから…」

 

 そのレプリカイオンの言葉に「ああ…」と言葉少なに応えて、シンクは譜術の詠唱を始める。

 そう、迷うことなんて何も無いはずだ。他に手段など存在しないのだから。

 

 なのに、あの馬鹿の脳天気な顔が頭に浮かんで… シンクは人知れずつぶやきを漏らす。

 

「すまない…」

 

 その言葉を最後に、パッセージリングの間は譜術の光で包まれた。

 

 

 

 ――

 

 

 

 そして場面は移り変わって地上のアクゼリュス… 今なお、地震による揺れが続いている。

 

「またあの時の惨劇を繰り返すつもりか… 教団は! 預言(スコア)は!」

「教団? 預言(スコア)? どういうことなんですか、ヴァンさん!」

 

「だが、預言(スコア)の通りにするならば超振動の力が必要になる。ここにはルークもアッシュも…」

 

 セレニィが問い掛けるも、ヴァンは一人で何事かを考えながらブツブツつぶやいている。

 

 確実にこのヒゲは何かを知っている。そう感じたセレニィはなんとか聞き出そうとする。

 立っていられないほどの揺れの中、なんとか地面に這いつくばりつつヴァンの傍に移動する。

 

「教えて下さいよ、ヴァンさん! 一体何が起こっているんですか?」

「恐らくはモースの手によるものか… くっ、迂闊だった!」

 

「おい、聞けよヒゲ」

 

 度重なるヴァンからの無視を受けて、段々とセレニィも遠慮というものがなくなっていく。

 

 そもそもセレニィの方に、ヴァンを敬う気持ちはこれっぽっちもない。舐めきっている。

 彼女の中でのヴァンのヒエラルキーは、ミュウは愚かディストから貰った棒以下なのである。

 

「このままでは秘預言が… そうなれば消滅預言(ラストジャッジメントスコア)も」

「さっさと話せ! ホモ!」

 

「なっ、誰がホモだ! 叩き斬られたいのか、貴様!」

「いいから説明しろや! 非常時だっての、見て分からないですか!?」

 

「せ、師匠(せんせい)もセレニィもその辺で…」

 

 非常時にもかかわらず互いに襟首を掴み罵り合いを始めた二人を、ルークが慌てて止める。

 互いに鼻を鳴らして背を向け離れつつ、不承不承といった様子でヴァンが説明を始める。

 

「我々の暮らす世界は外殻大地と呼ばれ、10本のパッセージリングに支えられ…」

「長い! 要点だけ掻い摘んで話してください! 専門用語抜きで!」

 

「……恐らく大地を支える支柱が壊れた。この付近一帯が崩落を始めている」

「ふざけんな! なんでそんな大事なこと黙ってるんですか! ヒゲむしりますよ!?」

 

 涙目になりながらもセレニィは必死こいて考える。咳だ風邪だと言ってられる状況ではない。

 取り敢えず被害を最小限に抑える方策を思いついて、アリエッタに声を掛ける。

 

「すみませーん! アリエッタさん、ちょっといいですかー?」

「なに? セレニィ」

 

 匍匐(ほふく)前進をしながら近寄ってくるアリエッタに萌えつつ、セレニィは口を開く。

 非常時だというのに筋金入りの変態である。

 

「今すぐ空飛べる『友達』に避難民を乗せて、ラルゴさんたちと合流をお願いします」

「ん… わかった。おいで、みんな」

 

「で、ラルゴさんに事情を話して『フーブラス河』の北まで移動するように指示を」

「ん… ちゃんと伝えておくね?」

 

「頼みますね、アリエッタさん。ラルゴさんはどこかのヒゲと違って頼りになるはずです」

「おい」

 

「バイバイ、セレニィ!」

 

 ありったけの空飛ぶ魔物を呼び寄せて、その背に避難民を乗せつつアリエッタは飛び去った。

 それを手を振って見送るセレニィ。よし、後は自分たちが脱出するだけだ。

 

「よーし! 私たちもこんな危険地帯、さっさとおさらばですよ!」

「……どうやって?」

 

「何言ってるんですか、ヴァンさん。そんなの空飛ぶ魔物に乗ってに決まってるでしょう?」

「……たった今、アリエッタとともに飛び去っていったな」

 

「………」

 

 互いに無言になって見詰め合う。この場にいる人間全てが、ほんのりと絶望に支配された。

 

 ルークが、ナタリアが、ティアが、ガイが、イオンが、アニスが、ジェイドが、トニーが…

 そしてフリングス将軍とセシル将軍に加えてリグレットとアッシュまでが、二人を見詰める。

 

 先に再起動を果たしたのはセレニィの方であった。

 

「わ、私は悪くありませんよっ! 横で見ていたのに、ヴァンさんが止めなかったから…」

「はぁ? ふざけるな! 私が止める間も無く勝手に貴様が指示を出したのだろうが!」

 

「ぐぬっ! 大体それを言うなら最初から事情話しとけば良かったじゃないですか!」

「フン! 外殻大地のことは教団の機密なのだ… おいそれと語れるはずもなかろう!」

 

「その結果がコレですか? あーあー、ヴァンさんが最初に話してれば脱出できたのになー!」

「なんだと! そもそも、モースの企みを見抜けなかった貴様の手抜かりだろうが!」

 

「あ、それ言っちゃいます? 自分だって見抜けなかった癖に、それ言っちゃいますかー?」

 

 再び互いの襟首を掴んで罵り合う二人を尻目に、大地がピシリと決定的な響きを漏らした。

 しかし、二人は醜くも互いに罪を押し付けあうことに夢中でそれに気付かない。

 

「おい、気を付けろ! そこ、崩落に巻き込まれるぞ!」

 

 慌ててアッシュが身体を伏せたまま警告の声を発する。……だが、ほんの少し遅かった。

 ピシピシピシ… そう音がしたと思ったら、二人がいた地面がゴッソリと崩れ落ちた。

 

「へ? うぎゃああああああああああああああああああああああっ!?」

「この疫病神めぇえええええええ! ティア、第二譜歌を…」

 

「みゅうううううううううう!?」

「セ、セレニィーーーーーーーーッ! ミュウーーーーーーーーッ!」

 

 ポッカリと空いた地面に、二人と一匹は為す術もないままにあっけなく呑み込まれていく。

 

 ティアがセレニィとミュウの名を呼びその手を伸ばすも、届かせるには些か距離が遠すぎる。

 そして、それはほどなく他の亀裂も呼び… その場の全員を呑み込んでいくのであった。

 

 この日… 『鉱山の街』として栄えたアクゼリュスは崩落して、地図からその姿を消した。

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