TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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05.第一歩

「すぴー」

 

 ガタンゴトンと揺れる馬車の中、セレニィは爆睡していた。

 半開きの口から涎を垂らした幸せそうな寝顔だ。熟睡だ。

 普段以上に幼い表情のまま眠りこけている彼女を、ティアは向かい側から眺めている。

 

「フフッ… 可愛い寝顔ね」

 

 飽きもせず、楽しそうに。

 セレニィのことをまるで自分の妹のように思って親近感を抱いているのか。

 

 しかしながら居心地が悪いのはルークの方だ。

 セレニィの隣に腰掛けたのが運の尽きか、いつしか肩を枕代わりに熟睡されてしまっている。

 肩に伝わる体温が気まずいが、さりとて距離を離そうとして動けば起こすかもしれない。

 

 さながら膝の上で寝てしまった仔猫を見守るような心持ちだ。

 あるいはティアが飽きもせず眺めるのもルークの感じているそれに近いからなのかもしれない。

 なるほど、他人事ならば微笑ましく眺めたくなる気持ちも理解できよう。

 

 しかし、寄りかかられているルーク本人にしてみれば…

 

「(動けねぇ…)」

 

 八方塞がりというものだ。

 馬車内という閉鎖空間の中で、女二人に対して男一人という疎外感も気まずさを加速させる。

 これならひょっとすれば、馬車に乗らず歩いていた方がまだマシだったかもしれない。

 

「(せめてガイがこの場にいてくれれば… いや、無理か)」

 

 今も屋敷にいるであろう自分が気安く付き合える数少ない友人のことを思い出す。

 しかし、直後に彼が重度の女性恐怖症だったことを思い出す。

 付き合いの長い屋敷のメイドに囲まれただけで悲鳴を上げてルークに助けを求めるほどだ。

 

 こんな環境の中に放り出せば、奇声を上げて馬車から飛び出してしまうかもしれない。

 

「ったく、つかえねー…」

 

 ルークはため息を吐きながらそう呟いた。

 ガイからすればルークの想像の中で勝手に登場させられ勝手に呆れられと散々な扱いである。

 

「どうしたの? 急に」

 

 だが、そんなルークの独り言に反応したのがティアである。

 

「いや、オメーに言ったんじゃねーけどさ… でも折角だし聞いておくか」

「……なにを?」

 

 別にティアに対して言ったつもりはなかったが、落ち着いて話をするいい機会でもある。

 

 セレニィのことや魔物との戦いの中でなぁなぁで流したまま、後回しにしてきた問題について。

 それを察したのか、ティアも緊張感を滲ませた瞳を細めつつルークを真っ直ぐに睨みつける。

 

「分かってんだろ… なんでウチに上がり込んでヴァン師匠(せんせい)を殺そうとしやがった?」

「……あなたには関係ないことよ。私の事情に巻き込むつもりもない、詮索しないで」

 

「ふざけんな! この状況のどこが巻き込んでねぇってんだよ!?」

 

 彼にしてみればあまりに勝手過ぎるティアの言い分は、自身を激昂させるに充分。

 怒りのままに席を立とうとする。

 

 それをティアは慌てて押しとどめる。

 

「静かに… セレニィを起こしてしまうわ」

「……チッ」

 

 流石のルークも、ティアと険悪になるたびセレニィが仲裁してくれていたことは気付いている。

 それだけではなく、戦闘の際も自ら率先して危険な囮役を買って出てくれた。

 そのおかげで初の実戦でも大したパニックになることなく落ち着いて戦うことが出来たのだ。

 

 彼も彼なりにセレニィに感謝していた。だがそれだけにティアの態度は許せないものがあった。

 

「おまえ、ホントに分かってんのか? ……俺だけじゃなく、セレニィも巻き込んだんだぞ」

「それは…」

 

 道中での戦闘だけでなく、馭者との交渉の件でもセレニィはティアを気にかけてくれた。

 ティアにとってもセレニィは好感の持てる人物であることは間違いがない。

 彼女が口にしないからといって、それに甘えて不義理を働くことには罪悪感を覚えてしまう。

 

 途端に頑なな態度を萎ませて俯いてしまうティアに対し、ため息を付きつつルークは口を開く。

 

「俺はまだいいさ。記憶障害と7年間付き合ってきて、気に入らねーけどある程度は慣れた」

「………」

 

「でもセレニィにとってそれは今なんだぞ。家族すら思い出せない、自分が誰かも分からない」

 

 ルークもまた、かつて自身が誘拐事件に巻き込まれて記憶障害になったと聞いていた。

 記憶もなく言葉も喋れず… そんな状況に追いやられたのだ。

 そのせいで家族である父から冷たく扱われたり婚約者から心無い言葉を投げかけられもした。

 

「それなのに俺たちのことを優先させて… それでも関係ないって言えるのか? おまえは」

「そ、それは…」

 

「だったらオメーは人間じゃねぇし、セレニィが許しても俺はぜってぇ許さねぇ」

 

 ティアは、もはやルークの言葉に反論する気力も持てない。

 実際に記憶障害になったルークから語られる言葉には否応ない説得力を感じる。

 

 けれど、この『使命』という重荷を他人に背負わせていいものか。

 それは更なる罪を重ねることになりはしないだろうか。その想いが口を開かせないでいた。

 

「すぴー」

 

 一方、渦中の存在たる絶対保身するマンは幸せそうに惰眠を貪っていた。

 気付かれないのをいいことに、涎をルークの服に垂らすなどやりたい放題である。

 

 戦闘での活躍は偶然だし、ご立派な言動は捨てられまいとする保身から生まれたもの。

 気遣いに見える数々の行動は単に顔色をうかがってきた結果にすぎない。

 そもそも記憶が無いこともさほど悲観的に捉えておらず、生き延びられればそれで満足である。

 

 この世界についての考察も早々に諦め、疲労に抗わず身を任せてさっさと眠りについた。

 それが冒頭の爆睡につながっているのである。

 

 救いようがないほどの屑であり、自分に正直なダメ人間であった。

 

 そんな内情など知る由もないルークとティアは互いにセレニィを想って口を閉ざす。

 馬車の中に気まずいムードが漂う。

 

 

 

 ――

 

 

 

 そこに、大きな爆発音が鳴り響いた。

 

「な、なんだ? ……うわっ、なんか外で別の馬車がデカい船に襲われてるぞ!」

 

 動揺したルークにお構いなしに二度、三度… その衝撃とともに馬車を揺らす。

 

「多分これは軍艦の砲撃音ね… 振り回されないようにしっかり捕まって!」

「わ、わかった! ……って、セレニィが」

 

 その揺れに、セレニィは幸せそうな寝顔のままルークと反対方向に傾いていき…

 

「ぐへっ!」

 

 鈍い音を立てて、その後頭部を強かに馬車の窓縁へと叩きつけた。

 

「……いたひ」

 

「うわ、いたそー…」

「だ、大丈夫? セレニィ」

 

 半泣き状態で頭を抱えて(うずく)る彼女を、それぞれ痛々しそうな眼差しで見守る。

 天国から地獄とはまさにこのことか。

 

 しかし断続的に続く轟音と揺れる馬車の様子に気を取り直して尋ねる。

 

「うぅ… 一体何があったんですか?」

「軍が盗賊を追っているんだよ! ほら、あんたたちと勘違いした漆黒の翼だよ!」

 

 外で馬車を操っている馭者がそう説明してくる。

 

「へー… あれが」

「あ、ホントだ。なんかすごい船がボロっちい馬車を追い回してますね」

 

 並んで窓の外を見ている二人の視線の先で、追われた馬車は橋を爆破しつつ逃げていった。

 

「すっげぇ迫力ー!」

「驚いた! ありゃマルクト軍の最新型の陸上装甲艦タルタロスだよ!」

 

「タルタルソースか… おなか減ったなぁ」

 

 興奮するルークとそれに気を良くして説明する馭者を尻目に、空腹感を自覚するセレニィ。

 なんとなく流されて一緒に見守ってみたが、もともとさほどの興味もないことに気付く。

 精々がわざわざ戦艦を持ち出してまで追いかけてた盗賊にあっさり逃げられたなぁ、くらいだ。

 

 だが、ルークとティアは違った。馭者の説明に、見る見るうちに表情を青褪めさせる。

 

「マ、マルクト軍だって? なんだってマルクト軍がこんなところにいるんだよ!」

「そりゃ当然さ。キムラスカの連中がいつ攻め込んでくるか分からない物騒な世の中だしね」

 

「……ちょっと待って。ここはキムラスカ王国じゃないの?」

 

 揉めている気配に気付いたセレニィは、揚げたてのエビフライの妄想を取りやめ耳を澄ます。

 

 ふむふむ、ここはキムナントカ王国じゃなくてマルナントカ帝国の西ナントカ平原だったのか。

 ……なるほど、サッパリ分からん。

 

 ただ、どうやらティアさんがウッカリ道を間違えたらしいということが伝わってきた。

 美少女で巨乳で片目隠しロン毛でウッカリさんと来たか。あまりの属性過多っぷりに戦慄する。

 

 そしていつもの通りに言い合いを始める二人の間に割って入る。

 もはや予定調和の動きといえるだろう。こんな動きに慣れたくはなかった。そう密かに思う。

 

「どんまいです、ティアさん! 誰にだって間違いはありますよ!」

「そ、そうよね… でも、ごめんなさい。私が迂闊だったわ」

 

「いやいや、俺なんて地名言われてもサッパリですからそれよりずっとマシですって」

「フフッ… それ、フォローになってないわよ? セレニィ」

 

「んだよ… ったく、俺には謝るより先に逆ギレしやがったくせによ」

 

 不満気にブツブツ言うルークではあるがこれ以上、事態を引っ掻き回すつもりもないらしい。

 

「とりあえず、ここは全員で協力してこれからのことを考えませんか?」

 

「そうね。異論はないわ」

「あぁ、わかったよ」

 

 提案に頷く二人の様子に、内心ほっと胸を撫で下ろす。

 この世界のことを何も知らない自分では役に立たないことは明白だ。

 なんとしてもこの二人に知恵を出して貰わねばならなかったのだ。

 

 とりあえず作戦の第一段階は通った、と思ったところで何故か注目されていることに気付く。

 

「……あの、何か?」

 

「気を悪くしたらごめんなさい。これからのことを考える上で少し気になることがあって」

「あぁ、俺もだ。大したことじゃないっちゃないんだけど…」

 

 はて? なんのことだろう。自分に関係のあることなのだろうか。

 首を傾げて考えてみるも、心当たりは思い浮かばない。

 愛想笑いを浮かべつつ彼らの言葉を待ってみる。暫し経って、躊躇(ためら)いがちにティアが口を開く。

 

「どうして女の子なのに『俺』なんて使っているのかしら、って」

「あぁ… 不自然だしあんま似合ってねーと思うぞ」

 

 笑顔のまま表情が固まる。

 何か今、聞き捨てならないことを言われたような… そう思い、恐る恐る確認する。

 きっと何かの間違いだ。そうであることを願って。

 

「女の子? 誰が?」

「あなたが」

 

「……マジで?」

「マジで」

 

 現実は非情である。

 

「……え? どういうことなの?」

 

 彼は、彼女としてついにその一歩を踏み出した。

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