TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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67.共犯

 ゴスッ! と鈍い音がして、直後に頭に響いてくる鈍痛。拳骨をお見舞いされたようだ。

 

「……いったぁーい」

 

 思わず涙目になり、頭を抱えてうずくまる。初手からのこの扱いは解せぬものがある。

 拳骨をお見舞いされたシンクゥは、涙目のまま、お見舞いしてきた男・ヴァンを見上げる。

 

 だがそんな視線など何処吹く風といった様子で、ヴァンは厳しい表情のままに口を開く。

 

「貴様… セレニィ、こんなところで何をしている?」

「な、なんのことですか? 私は謎の六神将シンクゥ。セレニィという名では…」

 

「……もう一発いっとくか?」

「わー! わー! セレニィです! 認めます、認めますからぁっ!」

 

 威嚇の意味も込めてもう一度だけ拳を振り上げれば、両手を上げながら慌てて認めてきた。

 なんということだろうか。謎の六神将シンクゥとやらの正体とは、セレニィだったのだ。

 

 そのあまりに鮮やかで華麗すぎる変わり身に、言った方が思わず溜息をついてしまう始末だ。

 しかしながら当の彼女はと言えば、未だにこの空気を取り繕えると考えている節すらある。

 

 ドヤ顔で語り続けるその精神力は見習うべきかもしれない。頭痛を堪えつつヴァンは思った。

 

「よくぞ私の正体を見抜きましたね! 流石は神託の盾(オラクル)騎士団主席総長」

「いや、髪の色とか体格とか声とか性格とか… なんかもう色々とバレバレだったからな?」

 

「マジか…」

「……まぁ、それはそれとして何故ここにいる?」

 

「まぁ、色々とありまして。今は六神将のみなさんのお世話になってるんですよ」

 

 ヴァンからの問い掛けに肩をすくめて答える。……実際問題、そうとしか言いようが無い。

 彼女からすれば、今この戦場に参加していること自体がそもそも予定にないことなのだ。

 

 そういえばアリエッタの方は無事にしているだろうか? と、ふとセレニィは思いを馳せた。

 

「一応戦場への介入は最小限に… 旋回による威嚇に留めるよう指示は出しましたが、さて」

「む… それはどういう意味だ?」

 

「おや、声に出てました? アリエッタさんへの指示ですよ。指揮を押し付けられましてね」

 

 せっかく謁見の間で、アリエッタはテロリストの六神将の中でも例外と受け取られたのだ。

 国王自ら心に留めてくれる破格の待遇。彼女への心証はプラスに働いていることだろう。

 

 イオンその他による証言が働いたとはいえ、問答無用の襲撃犯扱いでなくなったのは大きい。

 だからこそ、この場で尻尾を掴まれるわけにはいかない。極力介入しないことを指示した。

 

 そうすれば自分が戦場に近付く必要もなくなるし、安全を確保したままの帰還が叶うのだ。

 あとはディストが適当に敗れた頃合いを見計らって回収し、そそくさと撤退すればいい。

 

 しかしその指示をどう解釈したのか、アリエッタはセレニィを戦場に放り投げて今に至る。

 泣きたくなってくる。指揮官は、前線で指揮を取らなければならない鉄則でもあるのか。

 

 こんなことならお腹痛いとか言って襲撃を辞退すればよかったと思うが、後の祭りである。

 だがそれをどう受け取ったのか、ますます厳しい表情を浮かべつつヴァンは問いかけてくる。

 

「どういうことだ… まさか、アリエッタ以外の六神将にも伝手があったのか?」

「はぁ… どうしてそう思ったんですか?」

 

「アリエッタとは成り行きで同行していただけだろう? 容易に人間に懐く少女でもない」

 

 まぁ、否定はできない。何故か家族の恩人にされたけれど、本来は警戒心の強い子だろう。

 多分なにもなければ、イオン様くらいにしか心開かなかったんじゃないかな… と思う。

 

 可能性があってアニスさんくらいか… 確かに弁護してくれるとは普通思わないよね。納得。

 そう考えて腕を組んで頷いているセレニィの姿を肯定と受け取ったのか、ヴァンが続ける。

 

「リグレットならば貴様は殺そうとするはずだ」

「あははー…」

 

「よしんば殺されずとも、指揮を任せるには戯れが過ぎるというものだ」

「……ま、ご想像にお任せしますよ。『蛇の道はなんとやら』ってね」

 

「フン… まぁ、いいだろう」

 

 別に語れることもない。というより、自分が指揮をやらされている理由が説明不能なのだ。

 なんせ自分自身にも分からないのだ。すわ、六神将のみなさんご乱心かと思ったものだ。

 

 それをバカ正直に話しても説明にはならないだろう。だったら説明する必要すらないだろう。

 ……面倒くさいしね。まぁ、賢い人だから勝手に色々想像してくれるはず。それで充分だ。

 

 それよりここでヴァンと一対一で出会えたのは、自身にとって幸運といえるかもしれない。

 上手いこと丸め込んで、ホモ疑惑の件で自分の責任だと訴えられないようにしなければ…

 

 保身のためにそう意気込みながら、セレニィはヴァンとの対話をしようと試みて口を開いた。

 

「私のことはいいでしょう。それよりヴァンさん、そちらの調子はどうですか?」

「皮肉のつもりか? ……良い訳がなかろう」

 

「おやおや、不満が溜まってらっしゃるんですか?」

「溜まってるも溜まってないもあるか! なんだ、この理不尽な扱いは!」

 

「なかなか過酷な体験をしたようですね。……なら、私で良かったら話してみませんか?」

「……なんだと?」

 

「私とあなたは他ならぬ共犯者。衆目もない今この時こそ吐き出すチャンスですよ」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべて、ヴァンに誘いをかけてみる。

 

 噂である程度の話は耳に入っているから、この上で彼本人から詳細を聞く必要もない。

 といって「ティアのためだ」とか「自分で選んだことだ」とかの正論も厳しかろう。

 

 それによって不満を封じることが出来ても一時のこと… 解消などは望むべくもない。

 暴発した時の被害が大きくなる。その場合は自身の制御下を離れる危険性とてある。

 

「(ストレスで精神病んじゃったら、どんな凶行に走るか分かったもんじゃないですしね…)」

 

 その見立ては正しい。セレニィがいなければ世界を滅ぼしかねなかったのがこの男だ。

 セレニィは本人も自覚しないところで、あわやのところで世界を救ったとも言える。

 

 なまじ実力がある分、暴走した時の危険度は世界を巻き込む災害レベルとなってしまう。

 グランツ兄妹の在り方というものは、かくも一般人にとって傍迷惑なものであるのだ。

 

「私とあなたは仲間なんですから。だから苦しみも半分こして背負うつもりですよ… ね?」

 

 セレニィは穏やかな笑みを浮かべて、ヴァンに手を差し伸べた。

 

 彼に必要なのは心の孤独を癒やす理解者。そして、隠しごとなく愚痴を吐ける場なのだ。

 要は飴と鞭である。鞭を打たれたならば、今度は飴を提供してやればいいまでのこと。

 

 ただ、そのいずれにせよ元凶はセレニィであるのがこの性悪小市民の恐ろしいところだが。

 

「フン… 散々煽り立てた挙句、黙って姿を消す貴様のようなやつを今更信用できるか」

「あははー… 手厳しいですねぇ。では逆にお尋ねしますが他にどんな手がありました?」

 

「む…」

「私が、恐らくモースさんの手の者であろう人たちに襲撃されたのは事実ですしね」

 

「……やはり、そうであったか」

「マルクトに大した伝手はありませんしね。他に転がり込む場所なんてありませんでしたし」

 

「むしろ、彼奴めの足元… 死角に潜り込んだ形になるわけか。なかなかに抜目のない」

 

 鼻を鳴らすヴァンに黙って頷くセレニィ。別に狙ったわけではないが結果的にそうなった。

 

 まぁ、コイツも組んでいる相手に利用価値がなくなったら遠慮なく切り捨てるだろうな。

 ヴァンの傾向をそう分析したセレニィは、敢えて彼の誤解を解くようなことは口にはしない。

 

 むしろ勝手に想像してドンドンと評価を高めてくれれば、勝手に入れ込んでくれるだろう。

 自身の見込み違いを認められないタイプだ。プライドのため勝手にフォローをするはず。

 

「(対等と認めた相手が実は無能だった… とは認めたがらない人ですよね、この人は)」

 

 基本的に他者を見下してるが、なんというか身内と認めた人間には脇が甘い性格のようだ。

 まぁ警戒心のなさという意味ではセレニィも他人のことを言えないが、より顕著に思う。

 

 そういった点では彼はティアとよく似ているのだ。独善的で排他的で… だからこそ純粋で。

 だからほんのちょっとスパイスを垂らせば、あとは自分で自分の補完を始めてくれるのだ。

 

 多少の強引な辻褄合わせになってしまっても、「なるほどな」と言ってくれる手合いだ。

 その場凌ぎで口から出任せを繰り返す彼女としては、相性の良いありがたい相手だといえる。

 

「まぁ、ジェイドさんに幼馴染やら和平の使者やら色々と押し付けられましたがね」

「それを鵜呑みにするほど平和な頭はしていない… というわけか」

 

「えぇ。付け加えるならモースさんがそれを信じていた場合、安全は真っ先に消えますし」

「なるほど… 色々と考えているようだ。だが、何故今危険を冒して私に接触した?」

 

「フフッ… 頭の良いあなたのことですから、既に察しは付いているのではないですか」

 

 模範解答は本人に出してもらおう。さも「知っているぞ」とばかりの表情で笑ってみせる。

 生真面目なリグレットには通じない手だ。「いいから言えよ」と返されるのが関の山だ。

 

 セレニィのその言葉に、ヴァンは顎鬚に手を伸ばしながらしばし考え… そして口を開いた。

 

「なるほど… 私の翻意を疑い、実際にその目で確認しに来たというわけか」

「フフッ… 流石ですね」

 

「加えて自身の姿を見せることで私に対しての牽制ともなる。なるほど、なかなかに悪辣だ」

 

 あっぶないなぁ! このオッサン、勝手に人が死んだと思って約束を破ろうとしてたのか。

 そんなことになったらティアさんも自分も死んでしまうじゃないか。なんて短気なんだ。

 

 ヴァンが世界を滅ぼそうとしていたことなど露知らず、セレニィはそう考え胸を撫で下ろす。

 幸か不幸か、天秤が完全に傾ききる前に自分が接触することが出来たのだ。そう考えよう。

 

 内心ドキドキだし胃がキリキリ痛んでくる状況ではあるが、ここからが自分の真骨頂だ。

 地雷原をタップダンスしながら渡るようなタイトロープ感に、ある種の懐かしさすら覚える。

 

 そして口元に笑顔を貼り付けながら、さもなんでもないことのように振る舞い口を開いた。

 

「加えてリグレットさんたっての要望もありましたが。『閣下の無事を確認しろ』という」

「リグレットが? ……ふむ」

 

「ま、ここは素直にお褒めに預かり恐悦至極とでも言っておきましょうか?」

「フン… また心にもないことを」

 

「酷い言い様ですねぇ… ま、それはそれでいいとして。どうなんですか? 実際のところ」

「……良いだろう。貴様の無事も確認し、モースも失脚した… 当面は様子見と判断する」

 

「実に結構。今後とも良いお付き合いの程を… と言いたいところですが、手緩いんですよね」

 

 口元の笑顔を嘲笑の形に変えて、敢えて踏み込んで見る。

 案の定、ヴァンは「なんだと…」とつぶやき気色ばむ。

 

 しかしながら、別に欲をかいてトチ狂ったというわけではない。

 ヒゲが嫌いだから挑発したわけでもない。好きじゃないけど。

 

 これは自分が生き延びるために必要なことなのだ。

 

 このまま唯々諾々と彼の要望を叶える駒のままでは、いつまで経っても対等と呼ぶに程遠い。

 だからこそ、今このタイミングで共犯者として彼に対して「要求」をする必要があるのだ。

 

 上司と部下の関係に甘んじていては我が身が危うい。彼とていつまでも不遇ではないだろう。

 このヒゲは遠慮なく下を切れるタイプなのは理解できる。その時は当然無能から切られる。

 

 無能といえばセレニィその人である。つまり、セレニィ・イズ・デッドとなってしまうのだ。

 死なないためには楔を打ち、彼と対等の共犯者という立場を早めに固める必要が出てくる。

 

 だからこそ、内心で威嚇してくる偉丈夫に怯えながらも居丈高な態度を崩さずに笑顔で話す。

 

「気分を害しましたか? ですが文句を言いたいのはこちらの方なんですよねぇ…」

「……どういうことだ」

 

「私はモースを失脚させ、あなたの妹も救った。あなたとの『賭け』は成立したはずですね」

「………」

 

「なのに未だ様子見ですか? フフッ、日和見主義もいい加減にしてください」

「む… 私を優柔不断と罵るか」

 

「違うのでしたら旗色を明らかにしてください。今、足を引っ張っているのはあなたです」

「ほう… 無能とまで言うか」

 

「私は『いらない人間』は切り捨てます。……あなたも、そうなのではありませんか?」

 

 余裕の笑みを浮かべて、仮面越しに相手を見据える。さて、どう返す?

 だがヴァンもまた余裕の表情で切り返してきた。

 

「だが忘れてないか、セレニィ」

「謎の六神将シンクゥです」

 

「……シンクゥよ。私は今、謂れ無き汚名と戦って貴様への目を逸らしているのだぞ」

「? おっしゃっている意味がよく分かりませんが」

 

「何を言うか! 私が誰のせいでホモ呼ばわりされていると思っている!?」

「いや、それティアさんのためですよね? ヴァンさんが自分で選んだことじゃないですか」

 

「なん… だと…」

 

 手を左右に振りながらキッパリとそう答えたら、ヴァンは驚愕の表情を浮かべて崩れ落ちた。

 

 なんということだろう。まさか、勝手に自分のせいにされているとは… 甚だ遺憾である。

 セレニィは憤慨しつつそう思った。ちょっとティアさんのついでに自分を救わせただけである。

 

 他の選択肢は意図的に潰したものの最終的に選んだのは彼自身だ。彼にも半分は責任がある。

 全く酷い暴論で責任を擦り付けられるところだった。自分を棚に上げてセレニィは思った。

 

 だが、崩れ落ちたヴァンが流石に哀れになったのかフォローを試みる。これでも共犯者なのだ。

 

「まぁまぁ… ヴァンさんの献身でティアさんが救われたのは事実ですよ」

「そ、そうだな…」

 

「確かに現在進行形で不遇に遭われているヴァンさんには、発案者として申し訳なく思います」

「そうであろう? 普通はそう思うよな?」

 

「ですが、甘えないでください。代案がないから採用したんじゃないですか!」

 

 代案は全てセレニィが(自分が生き延びるため)潰して回ったのだが、それは置いておこう。

 一方、持ち上げてから落とされたヴァンは絶句している。なおもセレニィは言葉を続ける。

 

「そもそもです。『あの』ティアさんを助けるむちゃ振りをこなしたんですよ? 私は」

「む、むぐぐ… それは否定できんが…」

 

「本来ならば『ありがとう』と言われて然るべきではないでしょうか。そう思いませんか?」

「(……死んでもコイツには礼を言いたくない)」

 

「ですが、そんなものを私は望みません。……だって私たち、共犯者じゃないですか」

 

 仮面を外してニッコリと微笑みつつ、手を差し伸べる。

 

 脅して持ち上げて、落としてから手を差し伸べる。……まさに詐欺師の所業である。

 釈然としないものを感じながらも、ヴァンは頷かされることとなってしまった。

 

「わ、わかった… 確かにこの汚名は自ら進んで着たモノであると納得しよう」

「分かってくれましたか、ヴァンさん!」

 

「だが、その上で何を求めるのだ。私が完全におまえに付くとして、何をしろというのだ?」

「あなたならば、今後どう動くべきか… 既に算段は立てているのではないですか?」

 

「なるほどな… アクゼリュスでの秘預言(クローズドスコア)を防ぐために動け、ということか」

「はいです、ビンゴです! 加えて言えば、万が一の際の対処も同様にお願いしますね!」

 

「ふむ… 心得た」

 

 なんのことを言っているのかよく分からないけれど、取り敢えず頷いて持ち上げておこう。

 まぁ彼ほど腹黒いけれど有能な人物ならば、万が一の時は勝手に対応してくれそうだが。

 

 っと、いけないいけない。これを忘れちゃいけないところだった… と、慌てて付け加える。

 

「あと、言うまでもありませんがこの件の裏はしばらく誰にも内緒でお願いしますよ?」

「ふむ… 六神将にもか」

 

「当然です。彼らは確かに有能ですがフリーダム過ぎます… どこから漏れるか分かりません」

 

 よし、付け加えたような形で言えたのは結果的に良かったかもしれない。

 これで六神将に事の真相が漏れて処刑される可能性が減った。

 

 ヴァンも渋々といった形であるが頷き、セレニィは内心でガッツポーズを決める。

 

「とはいえ、流石に全方位からホモ扱いされるのはそろそろ辛いものがあるのだが」

「私は理解してますから元気だしてください。……というのも酷ですね。よし!」

 

「……む?」

「状況を変えず誤解を解く『魔法の言葉』を教えます。使うかどうかヴァンさん次第ですが…」

 

「おお、そんなものがあるのか。是非教えてくれ!」

 

 魔法の言葉を教えると、ヴァンは満足そうに何度も頷いていた。よほど辛かったのだろう。

 ほんのちょっぴり同情してしまう。

 

「で、リグレットさんが閣下の指示を仰ぎたいとか言ってましたが…」

「ふむ… ならばザオ遺跡の攻略を命じておいてくれ」

 

「ザオ遺跡、ですね? 分かりました」

「うむ… ディストならばなんらかの対処法を見つけるかも知れん。無駄足かもしれんが」

 

「やるだけの価値はある、と。分かりました、しかとそのように」

 

 仮面をかぶり直しつつここまで返答して、ふとセレニィは考える。

 

 そもそも六神将のところに戻らずに、このまま親善大使一行と合流すれば良いんじゃないか?

 うむ、これはなかなか悪くない思い付きかもしれない。

 

 いつまでもテロ集団のところに身を寄せていては命が危ない。

 最低限の義理は果たしたし、伝言だけ頼んでこのまま穏便にフェードアウトすればいい。

 

 よし、そうと決まれば思い立ったが吉日。

 早速ヴァンに取り成しを頼もうとしたところ… 頭上に影が差した。

 

 巨鳥がセレニィの胴を掴んで持ち上げる。

 

「ぎゃああああああああああああ!? ちょ、ちょっとぉ!?」

「ごめんね、セレニィ。ディストが負けたから… かえろ?」

 

「いやぁあああああああ! 死ぬ、死んでしまう! こういう体勢はちょっとアレですよ!」

「大丈夫… 気をつけるから。急いでるから背中に乗せる暇がないの」

 

「ヴァンさん、助けてください! ヴァンさん!?」

「うむ… 達者でな。アリエッタよ、リグレットたちによろしく頼むぞ」

 

「ん… バイバイ、総長。……いくよ、セレニィ」

 

 こうして穏便に離脱を狙っていたセレニィはフェードアウトに失敗した。

 アリエッタに回収され、六神将のもとに(強制的に)連れ戻されることとなる。

 

 一人残った形になるヴァンは、親善大使一行のもとに向かいながらつぶやく。

 

「フッ… 対等な共犯者、か。まさか私以外に『預言(スコア)を壊そう』などと思う者がいるとはな」

 

 その口元には静かな笑みが浮かび、何気ない風景が昨日までと変わって見えた。

 この世界にそうまでして救う価値があるかは、まだ、分からない。

 

 だが、自分の力を救世のために使うというのは… 中々どうして悪くないように思える。

 爽やかな風を背に受けて、ヴァンは親善大使一行のもとへと向かうのであった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 そして翌日。

 

 昨日の襲撃は奇跡的に人的被害が発生しなかった。

 というより、魔物を連れていたもののディストの個人的な果たし合いに近かったのだ。

 

 なんせ倒せば自爆する譜業人形を幾つも引き連れているのだ。

 並の腕の兵士ではかえって被害が大きくなる。

 

 セシル少将と一部の供回り… そしてジェイドらが手伝い相手をすることになった。

 なかなか手強く、最終的にジェイドの譜業が決め手となって撃退に成功した。

 

 しかし、ケセドニアから陸路を進んでいる一行にとって馬車の被害は多少出たのであった。

 そして今、ようやく再出発を指示しようとしている一行のもとに、ヴァンが姿を現した。

 

 自身の背にルークを隠したセシル少将が、その警戒心を隠そうともしないままに口を開く。

 

「……これはグランツ謡将。一体如何なるご用件ですか?」

「うむ、実はルーク様に伝えたいことがあってな」

 

「……私たちが立ち会う形になりますが、構いませんでしょうか?」

「無論だ。むしろかえって好都合であるとも言える… より多くに聞いて欲しい話だからな」

 

「なるほど… 構いませんか、ルーク様?」

「あぁ。ヴァン師匠(せんせい)がせっかく話したいって言ってくれたんだ… 俺は聞いてやりたい」

 

「感謝する、ルーク」

 

 大きく息を吸い込んで言葉を発する。昨日、セレニィから教えられた『魔法の言葉』を。

 

「よく聞いて欲しい… 私は断じて同性愛者などではないのだ」

「……なんですって? それはつまり、偽証で王を謀ったということですか」

 

師匠(せんせい)… やっぱり違ったんだな!」

「ルーク様、ご自重を。ならばティア・グランツの罪は刑を免れぬものとなります」

 

「その心配はない!」

 

 セシル少将が喜ぶルークに対して懸念を口にする。だが、ヴァンは力強くそれを否定した。

 

「なんですって? 戯れ言も程々に…」

「私は断じて同性愛者ではない! 好きになった人物がたまたま同性だっただけだ!」

 

「………」

 

 場の空気が止まる。

 

 おかしい… これは誤解が解ける『魔法の言葉』ではなかったのか? ヴァンは慌てふためく。

 それを打ち破ったのは一つの声。

 

「まぁ… こんな衆目の中で熱烈に愛を囁くなんてどこまでも純愛を貫かれるのですね」

「ナ、ナタリア殿下… これは…」

 

「大丈夫ですわ。わたくし、ヴァン謡将のお気持ち… 胸が痛くなるほど分かりますもの!」

「し、しかしですね…」

 

「そう。好きになった者がたまたま殿方だっただけのこと… それだけですもの、ね?」

 

 うっとりした表情で微笑まれては返す言葉もない。

 

 今まで彼を取り巻いていた視線に厳しさが減り、ほんのり生易しくなったという。

 そして彼はいつかセレニィをタコ殴りにすると心に決めたのであった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 そして今、ティアと月明かりの下で二人で話をしている。

 

「ヴァン… 目付きが変わったわね。もう世界を滅ぼす気はないの?」

「……最初からそう言っていたであろう? ティアよ」

 

「とぼけるつもりならそれでも構わないわ。……でも、私は嬉しい。それだけは覚えていて」

「ティア…」

 

 笑顔を浮かべる妹との和解に、ヴァンは感動が胸にこみ上げてくる。

 

「でも、そう… きっとあの発言以降で雰囲気が変わったってことはそうなのね」

「ティアよ… 『そう』とは?」

 

「愛があなたを変えたのでしょう? ……私がセレニィに抱いている感情も愛なのかしら」

「………」

 

「あなたなら分かるかしら? ヴァン」

「さぁな… だが、次に会った時に『思い切り』可愛がってやればいいと思うぞ」

 

「そう… そうよね! それだけは変わらないもの! あなたに相談してよかったわ!」

 

 笑顔を浮かべて妹は寝所に戻っていった。

 それを手を振り見送りながら、彼は一人つぶやいた。

 

「悪く思うなよ、セレニィ… 貴様が悪いのだからな…」

 

 妹の愛の重さを知りつつ、『純愛の人』ヴァンは邪悪な笑みを浮かべていたという。

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