TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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66.真実の…

 アクゼリュスへと向かう親善大使の一行… その中に、ヴァン・グランツも混じっていた。

 

 だが仲間たちと和気藹々と進むルークらと違い、その道程は非常に寂しいものであった。

 犯罪者ということから常に監視の目があり、その汚名から一歩退いた対応を取られてしまう。

 

 この世でただ一人、血の繋がった妹のために敢えて受けた汚名とはいえ、辛いものは辛い。

 何かにつけ、様子を見に来てくれたり話を聞いてくれるナタリア姫には感謝しかないが。

 

「ふぅ… やはり微妙に納得いかないものがあるのだが。今更言っても仕方ないのか…?」

 

 溜息を吐きながら、やれやれとばかりに頭を振る。最近、独り言が増えてしまった気がする。

 確かに自分自身で選んだ道ではある。しかしながら、この扱いは余りに理不尽ではないか?

 

 そんな胸中の不満を人知れず抱えつつつ、ヴァンはバチカルでの出来事を振り返るのであった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 鉱山都市アクゼリュスへと向かう親善大使の一行が発表され、本日が旅立ちの日でもある。

 彼らの姿を一目見ようと詰め掛けた国民の姿で、バチカルの大通りは溢れかえっていた。

 

 そんな待ち受けていた彼らの前に、赤い髪の男性とそれに寄り添う金髪の女性が姿を現した。

 

「おっ、ついに出てきたぞ! ナタリア様だ! ナタリア様ー!」

「隣の赤い髪の男性は誰だ…?」

 

「確かルーク様だよ。ファブレ公爵家のご子息の」

「おお、あのナタリア様の婚約者っていう…」

 

「ナタリア様と違ってあまり名前は聞かねぇけど、一体どういう方なんだ?」

「なんでもマルクトとの橋渡しをこなし、今回も自ら親善大使に名乗りを上げたらしい」

 

「そりゃなんとも立派じゃねぇか… ルーク様、万歳!」

「次期国王陛下、万歳!」

 

「キムラスカ万歳! マルクト万歳!」

 

 想像を遥かに超える盛り上がりぶりである。

 

 思わず硬直してしまうルークだが、隣のナタリアに何事か囁かれ声に応えて手を振り始める。

 その初々しい仕草と二人の支え合うやり取りに、国民はますます熱狂を見せる。

 

 そんな彼らに続いて、金髪の眉目秀麗なる若い剣士が後を続く。

 

「へぇ… あっちの剣士は堂に入っているじゃねぇの。どこかの名のある剣士なのかい?」

「ありゃ公爵家の使用人のガイ・セシルってヤツさ。目端が利いて、めっぽう腕も立つらしい」

 

「そいつぁすげぇ! でもどっかで聞いたことある名前のような…」

「オマケにあの甘ったるいマスクだろ? 全く、城下の娘達が騒いで仕方ねぇや… けっ」

 

「あぁ、噂の『ガイ』か… 女性恐怖症ってのがホントならうちのカカアは平気だな」

「なーに言ってやがる! オメェさんのカカアはおっかなくて魔物だって手ぇ出せねぇよ!」

 

 漏れ出てくる噂話に苦笑いを浮かべながら、ガイは、ルークとナタリアの一歩後ろを歩く。

 そんな彼に続くのが、導師イオンと導師守護役であるアニスである。

 

 イオンの方はこういった熱狂ぶりに慣れているのか、穏やかな笑みを浮かべて手を振っている。

 

「おお、イオン様だ! イオン様だぞ、おい! 俺ぁ生きて姿を拝めるとは思わなんだぜ」

「あぁ、全くだ… ありがたや、ありがたや…」

 

「で、隣の女の子は誰だい? 付き人かなんかか?」

「いやまぁ、それでもあるけど… オメェさん、導師守護役(フォンマスターガーディアン)って知らねぇのかよ」

 

「ふぉんますたーがーでぃあん、とな?」

「はぁ… 導師の公務の際には常に寄り添い、その身を盾にして守る護衛役ってことだよ」

 

「そんじゃあの子は、あんなに若いってのに随分エリートさんなんだな。こりゃ参った」

「オマケに腕も立つってことだ。あの子の背負ってる人形、見てみろよ」

 

「おお、なんか不気味な人形だよな。けど人形背負ってるなんて可愛いとこもあるじゃねぇか」

「間抜けか、オメェさんは。ありゃ人形士(パペッター)にとっての武器だよ… アレを使って戦うのさ」

 

「へぇ、人形士(パペッター)か! そりゃたまげた! 一体どういう仕組みなんだい?」

「どういう仕組みかって、そりゃオメェ… あっ! 次の人が出てきたぞ!」

 

 誤魔化すように大声を出す男の示す方向を見れば、眼鏡の男と兵士が姿を見せていた。

 兵士の方はキムラスカ兵ではない様子だが。

 

「ついている護衛がキムラスカ兵じゃないってこたぁ… マルクトの使者かな?」

「あぁ、なんでも『死霊使い(ネクロマンサー)』が使者としてやってきてたらしいぞ」

 

「うへぇ… 戦場で死体を漁るっていうあの『死霊使い(ネクロマンサー)』かよ、おっかねぇ…」

「ただまぁ、ルーク様もガイも連中を信頼して仲間として扱ってるらしい」

 

「てことは、噂は所詮噂だったってことなのか?」

「あぁ、カイツール軍港の襲撃事件でも真っ先に救助の手伝いをしてくれたらしいぞ」

 

「なんだって! そりゃいいやつじゃねぇか! マルクト万歳! 『死霊使い(ネクロマンサー)』万歳!」

「……全く、単純なやつだぜ」

 

 苦笑いを浮かべてそれらの声に応じて手を振るジェイドに、歓声はいや増す。

 

 続いて、教団の制服を纏った女性が姿を現す。

 物怖じしない凛とした佇まい、片目を隠した長い髪から除く意志の強さを感じさせる眼差し。

 

 そして服の上からでも伝わってくるボリューミィな肢体と、その美しい顔立ち。

 ナタリアの美しさに慣れていたとはいえ、詰め寄っていた国民の魂を抜くに充分であった。

 

「ごくっ… 誰だい、あのすこぶるつきの美人さんはよ…」

「ありゃティアだ。見ての通りの教団兵らしいぜ」

 

「そりゃ見たら分かるよ! なんかねぇのかい、名前以外によ!」

「いや、それ以外のプロフィールが一切伏せられててなぁ… 謎に包まれてるんだ、これが」

 

「くぅー… あれだけ美人でオマケに謎も多いたぁ、ますます魅力的だねぇ」

「ただルーク様たちに信頼され、仲間として扱われてる以上は悪いやつじゃねぇと思うが」

 

「ティアさーん! こっち向いてー!」

「ちなみに16歳らしいぞ、アレで」

 

「なんだって! ナタリア様より二つも年下なのか、アレで!」

 

 その声が聞こえたのか、ティアは話をしている男たちに虫でも見るような視線を向ける。

 胸が大きくなったのは断じて自分の意志ではない。二年前までは普通だったのだ。

 

 膨らみ始めた時期は、教官であるリグレットの指導を受け始めた時期と一致している。

 つまり胸が重くなったのは、全ては教官のせいなのだ。ティアはそう自己完結をしている。

 

 なお、男たちはその蔑みの視線を受けてむしろ悦んでいるようであった。

 よく訓練されている。

 

 親善大使一行が次々とバチカル発の船に乗り込む中、いよいよ最後の一人が姿を見せる。

 年の頃は三十代前後の男性だろうか? 髪を総髪に結い、顎髭を伸ばした風貌の偉丈夫だ。

 

 これまで立て続けに紹介を行ってきた男が、不敵に顔を歪めると口を開いた。

 

「おっ、いよいよ大トリか…」

「ありゃ誰だい? 随分と立派な武人さんに見えるが。服からして教団関係者かな」

 

「そのとおり。神託の盾騎士団主席総長… ヴァン・グランツだ」

「へぇ… それにしちゃ空気がおかしくねぇか? 見物人もざわめいてるし、物々しい感じで」

 

「そりゃそうだ… なんせヤツはルーク様を想うあまり襲おうとした生粋のホモなんだ!」

 

 男は相方に向けてビシッと指を突きつけた。

 相方のリアクションはわかりやすい。手を上げるような仕草で驚きを露わにした。

 

「な、なんだってぇー! よ、よく首と胴体がお別れしなかったな…」

「それがルーク様の剣術の師匠でもあったらしくてな…」

 

「いや、それまでの功績を考えるにしてもだよ…」

「旧知の仲のルーク様とナタリア様からの助命嘆願もあったらしい。教団の手前もあるしな」

 

「あぁ、そういう… しかし、主席総長が愛弟子を襲うたぁ世も末だねぇ」

「夜の船の甲板上で二人きりになってしまって、堪えきれなかったらしいな…」

 

「まったく雇ってもらった恩を仇で返すたぁふてぇホモ野郎だ!」

 

 怒りを示す相方の声と相俟って、周囲のムードが険悪なそれに変わっていく。

 それも仕方ないだろう。

 

 アクゼリュス行きへと同行させては、またいつルークが襲われてしまうか分からない。

 ナタリアを敬愛する模範的な国民としては、看過できる問題ではないだろう。

 

「かーえーれー!」

 

 一人の国民が口に出し始めた。それが誰だったのかは今となっては分からない。

 男かも知れないし女かも知れない。若いかも知れないし年寄りかも知れない。

 

 もはやそんなことはどうでもいいとばかりに、声がうねりとなって広がっていく。

 

「かーえーれー!」

「かーえーれー!」

 

「かーえーれー!」

「かーえーれー!」

 

 己に向けられる厳しい仕打ちに、ヴァンは、俯いて歯を食いしばりながら耐え忍ぶ。

 真実を明かすのは簡単だ。……それが信じられるか信じられないかは別にして、となるが。

 

 しかし、それをしたところで待っているのは新たに罪に問われてしまう妹の処遇。

 そして最悪の場合、『自分のやろうとしていたこと』について勘付かれる恐れもある。

 

 駆け付けようとしているルークが、ガイとジェイドに止められている姿を見て安堵する。

 彼がこの場にやってくるようなことがあれば、自分へのあらぬ疑いは深まるばかりである。

 

「鎮まれ! 鎮まらぬか! 彼の地での活動で罪の減免とするのは陛下のご意思なるぞ!」

「いい加減にしないと、陛下のご意思に逆らったと見做してしょっ引くぞ!」

 

 護衛のキムラスカ兵が怒鳴るさまを他人事のように眺めながら思う。

 やはりこの世は愚か者ばかりだ。

 

 預言(スコア)に支配された人間の行き着く先がこれだ。

 それを覆してみせると嘯いていたセレニィなる少女は世界に淘汰された。

 

 漆黒の翼なる集団に攫われたと聞いているが、何処まで本当のことか。

 モースの手の者に害された可能性は極めて高いだろう。

 

 やはり預言(スコア)の強制力は絶対なのだろう。

 今こうして、彼らがアクゼリュスに向かうことも含めて。

 

 預言(スコア)を盲信しているからこそ、簡単に流言に惑わされるのだ。……今のように。

 ヴァンが失望の溜息を吐こうとした時、自身を守るように影が差したことに気付く。

 

 何事かと思って顔を上げてみれば、そこには見知らぬ者達が立っていた。

 両手を上げてこちらに背を向けつつ取り囲み、まるで守るかのように。

 

 ここからは確認できないが、彼らは群衆に怒りの眼差しを向けているようにも思える。

 数名の男女であった。男性の多くは筋肉質で、女性にはいかにも儚げな者が目立つ。

 

 恐らく女性は貴族の子女なのだろう… 荒事や暴力的な視線などには慣れてないに違いない。

 だが、彼女は勇気を振り絞って口を開いた。

 

「恥じなさい! 噂に惑わされ、想像のみでみだりに他者を中傷する自らの狭隘(きょうあい)さを!」

「そうだそうだ! この方を馬鹿にすると俺たちが許さねぇぞ!」

 

 男性も力強い声でその背を後押しする。

 

 まさかこんな自分を庇うために逆境の中に踊り出てくれるとは…

 ヴァンは思わず目頭を抑えて涙をこらえる。

 

 そこに男性がタオルを差し出しながら声をかけてくる。

 

「ヴァンさん… 良かったら、これ、使ってくだせぇ」

「うむ、ありがとう… しかし、良いのかね? 私は聞いての通りの罪状があるが」

 

「だからですぜ。逆に聞きますが、例の噂は嘘っぱちだと否定しますかい?」

 

 差し出された手を掴みたい。しかし、妹のためにも否定するわけにはいかないのだ。

 自らの価値観で判断して助けてくれた彼らを裏切るようで心苦しいが…

 

「……否定することは出来んな」

「その言葉を聞いて安心しましたぜ。俺たちも同じ気持ちでさぁ」

 

「うむ… うむ?」

 

 目の前の彼は、今何かおかしなことを口走らなかっただろうか?

 そう思いつつ確認しようとしたら、女性が更に言葉を続けていた。

 

「お聞きなさい! グランツ謡将は従来の形に囚われない真実の愛を見出したのです!」

「し、真実の愛だって…?」

 

「ちょっと待って欲しい。なんだかおかしな方向に話が進んでいる気が…」

 

 群衆がざわめき出す。ヴァンは慌てふためく。

 しかし、それらを気に留めることなく彼女は尚も言葉を続ける。

 

「七年前に誘拐された公爵子息ルーク様を、ただ一人発見できたのもその愛が故…」

「え? あ、いや、その… いつの間にそんな話に…」

 

「なんだって… そこまで強烈な愛だったのか」

「くっ! ただ欲望をぶつけるだけのそれと誤解していたぜ…」

 

「確かに彼は道を誤ったかもしれません。けれど…」

「………」

 

「けれど、どうかその想いの純粋さだけは分かってあげて下さい」

 

 しんみりとした空気が流れる。

 一方ヴァンは、生まれてこの方経験したことのないほどの居心地の悪さを感じていた。

 

 出来ることならば今すぐ逃げ出したい。

 故郷のベッドで何もかも忘れて眠りにつきたい。

 

 しかし、死んだ瞳のヴァンの様子に不審を覚えたのか尚も群衆が言い募る。

 

「け、けどよ… それが本当だって保証もねぇだろ?」

「そうだそうだ! そっちの方が想像の出来事かもしれねぇじゃねぇか!」

 

「ありえません」

「な、なんで断言できるんだ!?」

 

「私のお父様は国家の重臣です… 謁見の間での出来事をつぶさに語ってくれました」

「な、なんだってー!?」

 

 群衆がショックを露わにする。

 

 それは国家機密的に大丈夫なのだろうか… 彼女の父が罰せられないことを切に祈る。

 しかして彼女の舌鋒は尚も止まらない。

 

「銀髪の少女からグランツ謡将の深い愛を聞かされた陛下は、胸を打たれたようです」

 

「なるほど… だからこうまで不自然に罪が軽かったのか…」

「確かに辻褄は合うな…」

 

「(謁見の間での銀髪の少女の語り… 間違いない、ヤツだな)」

 

 ドヤ顔で親指を立てている銀髪少女の姿が脳裏に浮かぶ。

 目の前にいたら助走つけて顔面にパンチをめり込ませてやっていたものを…。

 

 ヴァンは乾いた笑みを浮かべながら、ことの趨勢を見守っている。

 そんな彼に、庇ってくれていた筋肉質の男性が声を掛けてきた。

 

「ヴァンさん… 俺、感動しましたぜ! 王族のしかも同性相手に道ならぬ愛を貫くなんて!」

「あ、いや、別にそういうわけでは…」

 

「謙遜しないでくだせぇ! 確かに俺たちゃ日陰者… 表に出ていい存在じゃねぇ。けど!」

「うん、そうだな。出来れば一生日陰のままが望ましいと私も思うな」

 

「胸を張って生きたって良いじゃねぇか! ヴァンさん、アンタはそんな俺らの希望なんだ!」

 

 ……勝手にその筋の人々の希望にされていた。

 

 汚名を被ると言ったがこの扱いはあんまりだろう。涙がこぼれてくる。

 するとその涙をどう解釈したのか、群衆の間に拍手が沸き起こる。

 

「すまなかったな… ホモだからって馬鹿にしてよ」

「そうだよな… ホモだって生きてるんだもんな」

 

預言(スコア)に真っ向から叛逆するその生き様、非常にロックだと思います!」

「純愛だったなら、陛下が心動かされるのも仕方ねぇよな…」

 

「応援するぜ! でも、今後は無理矢理とかはしないようにな!」

 

 先ほどまで罵声に包まれていたヴァン・グランツは、一転して拍手に包まれることとなった。

 ……本人的に全く以て嬉しくないが。

 

 そこにさっきヴァンをして希望と言った男性が、またも話しかけてくる。

 

「あの、ヴァンさん… 折り入って頼みがあるんですが」

「……なんだろうか。私にも出来ることと出来ないことがあるのだが」

 

 予防線をしっかり張るヴァン。脳の警鐘が距離を詰められるなと告げている。

 だが、男はグイグイと間合いに入ってくるのだ。逃げられない。

 

「あの、ヴァンさんのこと… 師匠って呼んでもいいですか?」

「生憎と、私の弟子はルークだけでね。気持ちはありがたいがお断りさせていただこう」

 

「そ、そうですか… すいやせん、変なこと言っちまって…」

 

 よし、お断りすることが出来た。内心でガッツポーズを決めるヴァン。

 だが男は続いてとんでもないことを言い出してきた。

 

「じゃあ、尊敬を込めて勝手にヴァンさんのことを『兄貴』って呼びます」

「え? いや、勝手に弟になられても困るのだが…」

 

「気にしないでくだせぇ! 『心の兄貴』って意味でさぁ! よろしく、ヴァンの兄貴!」

「いや、それにしてもだな… って待て。勝手によろしくするな!」

 

「ヴァンの兄貴… ちょっと長いな。じゃあ今度からヴァニキと呼びますね!」

 

 自分の妹は後にも先にもティア一人だ。稀にちょっとアレだが美人で性格も… まぁ、うん。

 ともかく自分にとっては、彼女以外にいないのだ。だが、男に話を聞く様子は見られない。

 

 おい、聞けよ人の話。ヴァンは思わず剣を抜きそうになるがこれ以上罪を重ねるのは不味い。

 すんでのところでギリギリ何とか思いとどまり、深く深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 

 その隙に『兄貴』呼称は定着させられてしまった。泣きたくなってきて思わず目元を抑える。

 そこに群衆に演説をしていた貴族の子女がゆっくり近付いてきて、何かを差し出してきた。

 

 涙を拭うためのハンカチか何かだろうか? 先ほどのタオルは少し汗臭かったしありがたい。

 

「良かったら、これ、使って下さい」

「……かたじけな、ん?」

 

「どうかなさいましたか?」

 

 だが、ハンカチか何かと思って受け取ったものは小さな肖像画だったのだ。

 ……何故かガイの絵姿が描かれていた。

 

 思わず、貴族の子女に尋ねる。

 

「……あの、これを何に使えと?」

「まぁ… わたくしの口からそれを言わせるのですか?」

 

「あ、いや、失礼しました。ご厚意、ありがたく」

 

 頬をポッと染めてうっとりとした仕草で、両手で口元を隠す様は可憐の一言だ。

 だが、その中身は致命的にアレである。

 

 殴りたいが相手は多分貴族だ。当り障りのない返事を返して、肖像画を懐へと仕舞う。

 

「(……故郷に帰りたい)」

 

 澄んだ空を見上げながら、ヴァンは笑みを浮かべた。

 その笑顔は乾ききっていたという。

 

「しっかり純愛を貫けよな、ホモ!」

「フラれてもくじけるなよ、ホモ!」

 

「欲望に負けんじゃねぇぞ、ホモ!」

「ヴァニキー! こっち向いてー!」

 

「捗るわぁ…」

 

 様々な歓声に見送られて、ヴァン・グランツもまた船に乗り込んだ。

 さらばキムラスカ… 二度と帰ってきたくない。

 

 

 

 ――

 

 

 

 旅の道中では、ナタリア自らが率先してヴァンに不自由なきよう何かと取り計らってくれた。

 彼女の優しさは、バチカルを旅立つ時の事件で傷付いていたヴァンの心を確かに癒やした。

 

「ヴァン謡将… 大丈夫ですの? 何か、遠い目をされていたようですが…」

「いや、失礼。しかしナタリア殿下、あまり私に近付いては良からぬ噂も立つのでは?」

 

「フフッ、大丈夫ですわ。むしろルークやガイを寄越す方が危険ですもの」

「……そ、そうですか」

 

「他に旧知といえばわたくしくらい。気遣うのは当然ですわ… 迷惑でしたか?」

 

 迷惑などあろうはずもない。「いえ、殿下が良いならば私は構いません」と笑みを浮かべる。

 穏やかな時間が流れる。

 

 ややあって彼女が口を開いた。

 

「……わたくし、感動しましたの」

「はて、感動ですか?」

 

「えぇ、バチカルを出発する時… 耳を澄ませば漏れ聞こえてくるあの演説」

「ま、まさか…」

 

「形に囚われぬ真実の愛… ヴァン謡将はその体現者だったのですね」

 

 うっとりした仕草でそうつぶやいてくるナタリア。

 あの時の貴族の子女と同じ瞳をしている。

 

 ヴァンは諦めたような笑みを浮かべると、何処までも広がる青空を仰ぎ見た。

 

「(ユリアよ、この世界は腐っています。……ちょっともう、色々と手遅れかも知れません)」

 

 その想いは言葉にならず、広い青空に吸い込まれていくのであった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 旅は続く。その中でヴァンは決意を新たにしていた。

 

 一時は信じてみようと思ったこの世界の未来… だが託した少女はいなくなってしまった。

 この上は、やはりこの世界に存続する価値などないのではないか?

 

 預言(スコア)を乗り越えることなど、所詮、それに縛られた人間には不可能なのだ。

 ……決してホモ疑惑で、なんかもう色々とどうでも良くなったからではない。

 

「(やはりこの世界に存続する価値はない… 計画を続行しよう)」

 

 そう決心した、ちょうど翌朝。

 いなくなったはずの人物が、目の前で呻き声をあげていた。

 

「……いたい」

 

 アクゼリュスに向かう親善大使一行を、魔物と譜業兵器の群れが襲いかかってきた。

 数は少ないが、それぞれがかなりの力を持っている。

 

 護衛の兵が親善大使一行や救助隊を守るためにセシル少将の指揮の下、動き出す。

 

「あー… まったく死ぬかと思った」

 

 未だ一犯罪者にすぎない自分に護衛など付くはずがなく。

 そして魔物から放り出された(転がり落ちた?)目の前の人物は戦場から取り残され。

 

 かくして一対一の対面が再び成ったのである。

 目が合う。といっても何故かシンクの仮面のようなものを装着しているが。

 

 彼女は慌ててマントをはためかすと、高笑いをする。

 

「ハーッハッハッハッ… ゲホゴホオエッ! あー… 高笑いって難しい」

「………」

 

「えー、コホン… 私は謎の六神将シンクゥですよ。決してセレニィじゃありません」

 

 言いたいことは色々あるが、ひとまず白々しいことを口にするこの全ての元凶を殴ろう。

 そう思いながら、今や時の人となった『ホモ総長』は拳を握り締めて彼女に近付いた。

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