TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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64.異物混入

 陸上装甲艦タルタロス内… その会議室に六神将が集う。

 

 宗教組織でありながら、『神託の盾(オラクル)騎士団』という独立した軍隊を抱えるローレライ教団。

 その中でも、それらを統率する一騎当千の六神将の武名は(あまね)く世界に鳴り響いている。

 

 そんな彼らが一箇所に集っているのだ。

 

 いやが上でも、これから起こそうとしていることの大きさを予感させるというものだ。

 同僚たちを睥睨して、六神将が一人“薔薇”のディストが愉しそうに口を開く。

 

「これから作戦会議を始めるわけですが… さてこれだけの六神将、壮観ですねぇ」

 

 一人一人、指折り数える。

 

「“魔弾”のリグレット」

「あぁ」

 

 リグレットが自身の髪を梳きながら涼やかに答える。

 

「“黒獅子”ラルゴ」

「……うむ」

 

 ラルゴが己が腕を組みながら頷く。

 

「“妖獣”のアリエッタ」

「ねぇ、前から思ってたけど『よーじゅー』ってなに? ディスト」

 

 返事をする前に、小首を傾げて上目遣いで尋ねてくるアリエッタ。

 それをスルーしつつ、ディストは点呼を続ける。

 

「“烈風”のシンク」

「いるよ」

 

 飄々とした仕草で返事をする仮面の少年シンク。

 

「“鮮血”のアッシュ」

「……フン」

 

 アッシュはいつもどおりの仏頂面で、不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「“心友”のセレヌィ」

「はい!」

 

 ついに手に入れたシンクとお揃いの仮面を被って、ポーズを決めつつ上機嫌に頷くセレニィ。

 つい先日ディストとアリエッタの援護を受けて、ついに予備をシンクから譲り受けたのだ。

 

 口車で乗せたり、嘘泣きしてみたり、周囲を煽ってみせたり… 中々に苦労したものだ。

 このイカす仮面をGETした壮絶な戦いを、セレニィは静かに… だが感慨深げに振り返る。

 

 数知れない攻防の末、最終的に捨て身のディストの尊い犠牲によりミッションは成功した。

 その功績を以って、彼はセレニィの『ソウルフレンド』から『心友』に出世を果たしたのだ。

 

 だが所詮は幕間の出来事。それらの出来事が、紙面で再現される日は永遠に来ないだろう。

 そんな彼女の内心など知る由もないままにディストは、最後の同僚の点呼を行うのであった。

 

「“チーグル”のミュウ」

「ですのー!」

 

 セレニィの隣の座席にちょこんと立ち、机に顔を半分覗かせたミュウが元気良く返事をする。

 その様子に満足して一つ頷くと、ディストは言葉を続ける。

 

「どうやら全員揃ったようですねぇ。それでは作戦会議を…」

「いやいやいや… ちょっと待て」

 

「なんですか、リグレット。トイレですか? だから、会議が始まる前に行けとあれほど…」

「リグレット… 漏らしちゃうの? ……アリエッタ、ついてってあげよっか?」

 

「違う! そうじゃない!」

 

 顔を真っ赤にして叫ぶリグレット。

 そんな彼女の様子に苦笑いを浮かべながらフォローに回るセレニィ。

 

「まぁまぁ、みなさん。そう話の腰を折られてしまってはリグレットさんも話せませんよ」

「ぜぇ… はぁ…」

 

「良かったらお水をどうぞ。……あと、あまり怒鳴るとお身体に障りますよ?」

 

 セレニィから差し出された水を引ったくり、ごくごく飲み干すと「ふぅ…」と一息つく。

 落ち着いた様子のリグレットに、席に戻ったセレニィが改めて尋ねる。

 

「それでリグレットさん、何かおかしなことでもありましたか?」

「いや、おまえだよ!」

 

「………」

 

 ビシッとセレニィの方を指差すリグレット。そして、シーンと静まり返る会議室。

 なるほどといった様子で頷くと、セレニィは口を開いた。

 

「ミュウさん… リグレットさんがあなたがこの場にいるのはおかしい、と」

「みゅう… ボク、ここにいちゃダメですの?」

 

「すみません。私としてもなんとかしてあげたいのですが…」

「やれやれ… 心が狭いですねぇ。たかがチーグルの一匹くらい、別にいいじゃないですか」

 

「違う! いや、違わないが… セレニィ、おまえもだ! 正確にはおまえたちだ!」

 

 再度机を叩くリグレット。

 更になるほどといった様子で頷こうとして、セレニィは小首を傾げた。

 

「ふむふむ、なるほど… 私のことだったんですね。……え、私ですか?」

「おまえだ。というか前回から流されてたけど、何しれっとした顔して混ざってるんだ!」

 

「……?」

 

 何を言われてるか分からない… という表情でセレニィは小首を傾げている。

 アリエッタとディストは可哀想な子を見るような目で見ている。……リグレットを。

 

 彼女たちの居心地の悪い視線に若干怯みながら、リグレットはなおも言い募る。

 

「大体おかしいだろ! コイツはただの捕虜だったはずだ! そうだろ? ラルゴ!」

「う、うむ… まぁ、そうなのだがな」

 

「そんな… 酷いです、リグレットさん」

 

 ホロリと涙をこぼしてみせるセレニィ。

 

「私個人の権利(ココロ)なんか関係なくて、ただ捕虜(カラダ)のみの関係を強いられるんですか…」

 

 その言葉に会議室がまたも静まり返る。沈黙が痛い… リグレットはそう思った。

 仮面に隠された絶対零度の視線をリグレットに向けながら、シンクが口を開く。

 

「まさか敬愛するヴァンがアレだからって… そっちに走ったのかい? リグレット」

「ち、ちがっ… 人聞きの悪いことを言うな! 私は…!」

 

「リグレット! 泣いてるセレニィに謝って!」

「いやしかし… 誤解なんだ、アリエッタ。私は…」

 

「ひどいよ、リグレット… ちゃんと謝ってあげてよ…」

「くすん、くすん…」

 

「ぐぬっ! ……ご、ごめんなさい」

「いやぁ、分かってくれればいいんですよ! まぁ誰にだって間違いはありますからね!」

 

「ぐぬぬぬぬ…!」

 

 親指を立てて綺麗な笑顔を浮かべるセレニィ。どう見ても嘘泣きである。

 殴りたい、この笑顔… と、リグレットは殺意をたぎらせる。

 

 それとは別に、これまで沈黙を保っていたアッシュが口を開いた。

 

「でも確かに、前から『なんでコイツ混じってんだ』とは正直思ってた」

「そうだろうそうだろう! もっと言ってやってくれ、アッシュ!」

 

「あぁ… リグレット、テメェ師団長でもねぇのになんで混じってんだ? ただの副官だろ?」

「ふむ、確かに… 本来ならば第六師団の師団長カンタビレが混ざるべきですよねぇ」

 

「え、私なのか? あ、いやいや… 私第四師団の師団長だから。ちゃんと指揮してるから」

 

 そうだったの? という視線が彼女に集中する。ラルゴまで「そういえば…」と言う始末だ。

 あまりな扱いに落ち込むリグレット。

 

 思わずといった感じでシンクが口走る。

 

「いや、いつもヴァンにベッタリだったから… 愛人かなんかだと。実力は認めるけどさ」

「ねぇ… あいじん、ってなに? 恋人みたいなもの?」

 

「ちょっとシンクさん! 大天使アリエッタさんの教育に悪いこと口走らないで下さいよ!」

「わ、悪かったよ。……それより、ホラ、会議始めるんでしょ?」

 

「そうでしたね… では、会議をはじめましょうか。みなさん、準備はよろしいでしょうか?」

 

 セレニィのその言葉に、ラルゴが、シンクが、ディストが、アリエッタが、アッシュが頷く。

 ミュウも元気に両手を上げる。

 

 そして、メンタルがボロボロになったリグレットも力無く頷いたのであった。

 

「(クックックッ… なんやかんだで会議の場に潜り込めました。ここまでは計算通り…)」

 

 思うように事態を誘導し、内心で小市民は邪悪な笑みを浮かべる。

 リグレットのツッコミを煙に巻いたりとぼけたりして見せたのも、演技に過ぎなかった。

 

 全てはこの会議にさり気なく混ざるための布石だった! ……全然さり気なくないが。

 

「(すみませんね、リグレットさん… 私は『負ける勝負』はしない主義なんですよ…)」

 

 何故だ、私悪くないのに… と俯いているリグレットに萌えつつ、爽やかな笑みを浮かべる。

 

 そのためにアッシュの料理をチキン多めにしたり、シンクの好きなハンバーグを提供したのだ。

 根回しは完璧である。教団が誇る六神将が賄賂に弱いことは明かされてはいけない(戒め)。

 

 ぶっつけ本番一択ならばまだしも、事前準備が出来るのにしないのは単なる間抜けである。

 アッシュとシンクの機嫌を取りつつ、ディストとアリエッタにも頼み込んでみせたのだ。

 

 まぁ、後者の二人は頼み込むまでもなく二つ返事で「会議? 出たいならいいよ」だったが。

 ……ラルゴには何度も殺されかけてて怖いのでちょっと近付けなかったが、結果は上々だ。

 

「(それもこれも自分が生き延びるため… このまま進むに任せたらデッドエンドですしね!)」

 

 机の下で小さく拳を握り締めて、一つ頷く。

 

 今また命の危機に晒され、ここしばらく鈍りきっていたポンコツ脳は再び回り始めたのだ。

 といっても、屁理屈や暴論で周囲を丸め込んだり煙に巻いたり煽ったりしかできないが。

 

 ならば彼女に迫る命の危機とは一体何なのであろう? それは大きく分けて二つあげられる。

 

 まず一つは六神将がヴァンに接触すること。

 もう一つは自分が六神将とともにジェイドに接触することである。

 

 一つ一つシミュレートしてみよう。まずは前者のケースだ。

 

 

 

 ――

 

 

 

 リグレットが囲みを突破して、ヴァンに近付いて明るく声を掛けました。

 

「閣下、ご無事でしたか!」

「うむ… 一時はどうなるかと思ったが、再びこうして会えて嬉しく思う」

 

「皇帝の名代なる存在に悪評を流され、閣下の評判は地に落ちてございます。許せません!」

「マジかよ皇帝の名代サイテーだな!」

 

 リグレットの言葉にセレニィが追随します。まるで他人事です。

 それに対し、やや呆れたような口調でヴァンが口を開きます。

 

「うん。まぁ、私をホモ容疑で嵌めたのおまえなんだけどね…」

 

 その言葉にそっと脱出しようとするセレニィを、リグレットは背中からドンと撃ちます。

 セレニィはノータイムでバタリとたおれました。

 

「セレニィ、おまえだったのか。閣下を嵌めてくれたのは」

 

 セレニィはぐったりと目をつぶったまま、頷きました。

 リグレットは譜銃をバタリと取り落とします。青い音素が、まだ筒口から細く出ていました。

 

 

 

 ――

 

 

 

「(……うん、死んでしまいますね)」

 

 読んだ誰もが後味悪い気分になりそうな某有名童話の例をなぞらえるまでもなく死ぬ。

 完璧に死ぬ。死んでしまうのだ。何故ならセレニィは雑魚なのだから。

 

 そこにいるのがリグレットでなく別の六神将であっても、皇帝の名代が誰だったかはバレる。

 そうすればいずれは彼女の耳に入ってしまうことだろう。後は遅いか早いかの問題だ。

 

 だから絶対に六神将とヴァンを接触させるわけには行かないのだ。自分が死ぬから。

 しかし常識的に考えれば、親善大使一行を襲撃しつつヴァンに接触しない理由などはない。

 

 加えてもう一方のケースを考えてみよう。

 

 

 

 ――

 

 

 

 リグレットが囲みを突破して、ジェイドに向かって銃を構えます。

 

「覚悟しろ、『死霊使い(ネクロマンサー)』ジェイド・カーティス! おまえだけは絶対に許さん!」

「はて… 貴女に恨まれる心当たりなどはありませんが?」

 

「とぼけるな! 閣下を悪評で貶めた皇帝名代にして和平の使者… それが貴様だろう!」

「そーだそーだー」

 

 リグレットの言葉にセレニィが追随します。まるで他人事です。

 それに対し、やや呆れたような口調でジェイドが口を開きます。

 

「なるほど… 貴女の仰りたいことはよく分かりました。“魔弾”のリグレット」

「理解したか? ならば大人しく死ぬと良い!」

 

「いや、ヴァン謡将を陥れた皇帝名代はそこのセレニィなんですけどね」

 

 その言葉にそっと脱出しようとするセレニィを、リグレットは背中から狙います。

 ですがそれより早くドSの譜術が二人を巻き込む形で発動しました。

 

 素晴らしい殺傷力です。セレニィもリグレットもノータイムでバタリとたおれました。

 

「まさか私まで嵌めようとしてくれるなんて… 『お仕置き』しないといけませんねぇ」

 

 そこに騒ぎを聞きつけた仲間たちが駆け寄ってきました。

 

「ジェイド、無事か? こ、これは… セレニィ!」

「なんでセレニィがこんなことに…」

 

「セレニィ、貴女だったんですね。身体を張ってリグレットの注意を引き付けてくれたのは」

 

 ドSは白々しいことを抜かしながら、ホロリと嘘泣きをしてみました。

 そんな彼の様子に、その場にしんみりとしたムードが流れます。

 

 セレニィはぐったりと目をつぶったまま、『犯人はドS』と地面に書き遺しました。

 ドSは勿論それを踏み消します。青い大空に、セレニィの笑顔が浮かんでいるようでした。

 

 

 

 ――

 

 

 

「(うん、間違いなく死んでしまう)」

 

 というより、なんかヴァンに接触した時よりも酷い結果になってるのは気のせいだろうか。

 仮にも仲間のはずなのに…

 

 ………。

 

「(あれ? あのドSって、仲間で良かったんだよね…)」

 

 今までの思い出を振り返り、ちょっと真剣に悩むセレニィ。

 なんか本来敵であるはずの一部の六神将とかの方が遥かに親密度が高い気がしてきた。

 

 ……多分気のせいだろう。それになにより、今は生き延びることを考えねば。

 そうとも、この二つのルートはこのままだと極めて通るのが高いのだ。

 

 だったら、どうする…?

 

「(会議を面白おかしく引っ掻き回しつつ、安全を確保できる方向に誘導するしかない…!)」

 

 邪悪な笑みを浮かべる。保身に保身を重ね、さらにまた保身を重ねる人生であった。

 セレニィにとって、この場で何もせずただ見守る… という選択肢はありえない。

 

 ならば会議の場を乗っ取り、自らの思う侭にさり気なく誘導して生き延びるしかない。

 だが、そんな邪悪な小市民の思惑にただ一人警戒を見せて立ちはだかる者がいた。

 

「(くっ… 六神将の過半数を籠絡するとは、やはり悪魔め。一体何を企んでいる…!?)」

「(リグレットさんおっぱいデカイなー… っと、いけないいけない。真面目にしないとね…)」

 

「(いや、何を企んでいるにせよ思い通りにはさせんぞ… この、閣下への敬愛に賭けて!)」

 

 勝つのは邪悪かそれとも魔弾か… 今、生き残りをかけた熱い戦いが幕を開けようとしていた。

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