TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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56.帰郷・前

 モースが再起不能となっては詮議は続けられない、ということで王より解散が命じられた。

 謂わば九分九厘勝ちが決まっていた戦いが、振り出しに戻ってしまったようなものだ。

 

 セレニィは己の迂闊さを呪ったが、もとより疲労と緊張の中で限界以上の力を発揮したのだ。

 これ以上を望むことは幾らなんでも高望みに過ぎるというものだ。そう諦めるより他ない。

 

「(今日一日で決められなかったことが滅茶苦茶無念でござる… 凄く嫌な予感がするし…)」

 

 今日の勝利は、ヴァンより入念に聞き取り調査をして綿密にシミュレートを重ねた末のもの。

 それを、持てる手札を全て使いながら奇襲を仕掛けてようやく掴んだ結果にすぎないのだ。

 

 セレニィは周囲を巻き込みつつ、屁理屈と暴論で敵を陥れることしか出来ない生粋の扇動家(アジテーター)だ。

 それ故に活躍の場がどうしても限定されるのだ。少なくとも、彼女本人はそう考えている。

 

 モースのように長く政治の世界を渡り歩いてきた男と比べれば、多分野ではどうしても劣る。

 得意分野を準備し尽くした上で、迎撃する形での騙し討ち… これはもはや準備不可能だろう。

 

 間を置いてしまえば、それだけフラットの状態のモースと対峙する必要性に迫られるのだ。

 彼とて愚かではなかろう。次回対峙する際には自分を警戒して様々な手段を講じるに違いない。

 

 オマケに、手札は全て使い切ってしまった形… 先を思えば胃が痛くなってくるのが本音だ。

 

「(とはいえ、まぁ…)」

 

 ティアの件を解決出来ただけでも良しとしよう。小さく笑みを浮かべ彼女はそう考える。

 

 もとより自分は雑魚なのだ。出来ることなど高が知れている。実力以上の成果だろう。

 先のことは先に考えることにしよう。そもそもアレだ、今日明日にはお別れかもしれないし。

 

 自分自身納得して退室しようとした時、王から声をかけられた。自分ではない、ルークにだ。

 

「ルークよ、おまえに伝えておかねばならぬことがある」

「? なんでしょうか、伯父上」

 

「実は我が妹シュザンヌが、おまえがマルクトへ飛ばされたと聞き心労から病に倒れたのだ」

「母上が!?」

 

「不幸中の幸いにして症状も軽く、今日明日にどうこうという容態ではないと聞き及んでいる」

「……それを聞いて少し安心しました」

 

「わしの名代としてナタリアを見舞いにやっている。おまえも戻り安心させてやりなさい」

「は、はい!」

 

「うむ… 今のおまえの成長した姿を見せることこそ、シュザンヌには何よりの薬となろう」

 

 話はそれで終わりとばかりに言葉を切って、穏やかな笑みを浮かべる。

 ルークは礼をするのももどかしいとばかりに、慌てて謁見の間を退室することとなった。

 

 全員が退室した後に、大臣であるアルバインがつぶやく。

 

「ふむ… ルーク殿は立派に成長されましたな。若き日のファブレ公爵を思い出します」

「クリムゾンか。あれもよくよく忠義の男だが… あれ以上にはなってもらわねばな」

 

「ファブレ公爵以上に… でございますか? それは些か以上に望み過ぎではないでしょうか」

「なんの! 我が愛娘ナタリアをくれてやるのだ。それでもまだ足らぬくらいであろうよ」

 

「ホッホッ。失礼、偉大なる国王陛下の子煩悩は今に始まったことではありませんでしたな」

 

 謁見の間が朗らかな笑いに包まれる。

 笑みが収まった頃に、居住まいを正してアルバインが言葉を続ける。

 

「旅がルーク殿を成長させたのでしょう。マルクトの使者らとの間にも確かな絆を感じます」

「うむ。……少しばかり、胸襟を開き過ぎのように見える点が玉に瑕であろうがな」

 

「なに、若さとともにあってはそれもまた魅力となりましょう。先達が補助すれば良いのです」

「ほう… 抜かしおる。ならばアルバインよ、その方まだまだ引退できぬと思えよ?」

 

「ホッホッ。見込みある若者がまだ現れませぬ故、老骨に鞭打つのも止むを得ないでしょう」

 

 口の減らない大臣を前に、国王インゴベルト六世は苦虫を噛み潰した表情を浮かべた。

 

 

 

 ――

 

 

 

 現在一行はファブレ公爵邸を目指して、バチカル上層部の貴族街の中を進んでいる最中だ。

 ちなみにヴァンは城で連行されていった。ルークは複雑な表情でそれを見送ったという。

 

 そしてファブレ公爵邸への移動中、セレニィが貴族御用達の高級総合店の前で立ち止まった。

 

「すみません、ルークさん。……10分だけお時間よろしいですか?」

「ん? ……まぁ、そうだな。セレニィの頼みならいいよ」

 

「お母様のご容態が心配な中、お時間を割いていただき申し訳ありません」

 

 ルークからすれば、今まで自分を公私に渡り世話をしてくれた少女からの珍しいお願いだ。

 一刻も早く屋敷へと戻って母を安心させたい気持ちはあるが、笑顔を見せて彼は頷いた。

 

 そんな彼の気持ちを理解して申し訳無さそうに頭を下げつつ、彼女はジェイドに声を掛ける。

 

「ですので急ぎましょうか、ジェイドさん」

「……はて、私ですか?」

 

「アンタ以外に誰がいるんですか。さっさと行きますよ」

 

 気乗りしない様子のジェイドの腕を掴みつつ、グイグイ店の奥へと入っていってしまった。

 残された形のルークが面白くなさそうな表情を浮かべていると、ガイが声を掛けてくる。

 

「ハハッ、そうむくれるなよルーク。俺が見るにまだまだチャンスはあると思うぜ?」

「だからそんなんじゃねーって! いい加減ウゼーぞ、ガイ!」

 

「きゅふふふ… セレニィは大佐を狙ってるのかなぁ。じゃあアニスちゃん大チャンス!?」

 

 キュピーンと瞳を光らせているアニスを余所に、中ではこのような会話が繰り広げられていた。

 

「お見舞い用のお花と果物一式をお願いします。一番グレードの高いもので」

「……剛毅な買い物ですねぇ。お金は足りるのですか?」

 

「何を言ってるんですか? あなたが払うんですよ、ジェイドさん」

「……今、なんと?」

 

「聞こえませんでした? 『ジェイドさんにお支払いをお任せします』と言ったんです」

 

 確認しても変わらぬセレニィの言葉を理解したジェイドは鼻で笑う。

 ケセドニアで服を買ってやったことで何か勘違いさせてしまったのだろうか?

 

 言って聞かせてやらねばと思いつつ、ジェイドは溜息とともに口を開く。

 

「ふぅ、何を言うかと思えば… いいですか? 服の時とは状況が」

「あっちがダアトの方角だったかなー。市民のみなさんは元気にやってるかなー?」

 

「………」

「暴動なんか起こって大変だろうなー。大丈夫かなー。……あ、なにか言いました?」

 

「……ろくな死に方をしませんよ? 和平の使者殿」

「それはお互い様でしょう? 腹黒扇動家殿」

 

「やれやれ…」

 

 参ったとばかりに肩をすくめて、ジェイドは支払いを済ませることになる。手痛い出費だ。

 だが彼女のこれまでの頑張りを考えれば、この程度の報酬は与えられて然るべきだろう。

 

 そうとも考えられるのだが、ウザいドヤ顔を見せ付けられては段々殴りたくもなってくる。

 そんな彼の殺気を感じたのだろうか、品物を受け取ると彼女は即座に店の外に駆けていった。

 

「みなさーん、お待たせしましたー!」

「おっ… ひょっとしてお見舞いの品か? 気が利くじゃないか、セレニィ」

 

「本当ですね。恥ずかしながら自分は、和平のことで頭が一杯で思い付きもしませんでした」

「フフッ、ジェイドさんがお金出してくれたんですよ。是非ルークさんから渡して下さい」

 

「……わりーな、セレニィ。気ぃ使わせちまって」

 

 この辺りは元日本人としてのささやかな気遣いだ。というより用意しなければ落ち着かない。

 そもそも金を出したのはジェイドだ。大層な礼を受け取るには過分に過ぎるというものだ。

 

 見舞いの花束をルークに持たせて、再びファブレ公爵邸への道を進むと程なく門が見えてきた。

 

「おお、ルーク様! お帰りお待ちしておりました!」

 

 ルークの姿を認め、門を警備していた公爵直属の白光騎士団の者が嬉しそうに声を弾ませる。

 それに対し、花束を抱えていたルークも表情を緩めて頷いた。

 

「ご苦労だったな。屋敷の方ははかわりないか?」

「勿体なきお言葉です。依然、お屋敷はかわりなく…」

 

「そうか。なら… ん? どうした、ティア」

 

 そこで申し訳無さそうに俯いているティアに気付き、ルークが声を掛ける。

 促されたと受け取ったのだろう。ティアが警備の男に頭を下げた。

 

「あ、あの… 私のせいでみなさんの警備を邪魔してしまい、申し訳ありませんでした」

「……ルーク様、彼女は?」

 

「俺がマルクトに飛ばされた件あっただろ? あの時、屋敷に殴り込んできたのがコイツ」

「なんと… その割りには自由に動かせているようですが?」

 

「実はそれにも止むに止まれぬ事情ってのがあってだな。少し長くなるが聞いてくれ」

 

 と、ルークが謁見の間でのことを説明すると警備の男は一つ頷くとティアに向き合った。

 

「事情は分かりました。御屋形様が判断することである以上、私からは許すとも言えません」

「……は、はい」

 

「ただ、貴女の反省する気持ちは伝わってきたつもりです。二度としないよう心掛けて下さい」

「……はい、気を付けます」

 

「結構です。私からは以上です、お時間取らせました」

 

 あまりにもあっさりとした対応に、ティアは勿論のことルークたちまで目を丸くする。

 思わずといった感じでルークが警備の男に尋ねる。

 

「……随分とあっさり許すんだな。こっちとしちゃ安心したけど」

「ルーク様のお客人のようでしたし、騎士たる者は女性に紳士たれ… ですよ」

 

「ガイ顔負けだな… ところで俺の件で罰せられた奴とかはいねーのか?」

「はい。幸いにして、奥方様からの計らいがありまして…」

 

「母上が?」

「『まだ事の真相も明らかになってないのに、処罰を決定するのは如何なものでしょう』と」

 

「そうか… 母上が。良かったよ、俺からもお咎め無しか軽い罰になるよう頼んでおくよ」

「ありがたいお言葉ですが、騎士である以上は如何な厳罰とて甘んじて受ける所存です」

 

「相手がティアだってのは情状酌量の余地ありさ。なんせヴァン師匠(せんせい)が敵わない唯一の人間だ」

 

 そうルークが言えば、ガイが「違いない。上手いことを言うな!」と腹を抱えて笑い出す。

 そこにアニスまでが調子に乗って「ま、人類の例外ってやつぅー?」とからかいだす始末だ。

 

 仲間からの酷評に、ティアは複雑そうな表情を浮かべて「甚だ遺憾だわ…」とつぶやいた。

 師匠の性癖は大きな衝撃ではあったが、まだルークの中に尊敬の念は残っているようだ。

 

 そこに屋敷の中から門に向けて二人の男女が向かってきた。一人はルークに似た赤毛の男性だ。

 

「(おお… 女の人の方はめっぽう美人さんだ! 背筋も正しくキリッとした美貌で…)」

 

 リグレットの滲み出るようなエロスとは違い、こちらはしっかりと軍服を着こなしている。

 怜悧さをも漂わせる風貌も相俟って、隙のないクールビューティという言葉がしっくり来る。

 

 ……いやまぁ、リグレットの滲み出るエロスは教団の制服による部分も大きいのだろうが。

 なんせノースリーブ、ミニスカ、黒ストッキングなのだ。教団は風紀を乱している(確信)。

 

 そんなことをセレニィが考えていると、男性の方からルークに向かって声を掛けてきた。

 

「表の方で笑い声がするなど珍しいと思ったが、ルーク、おまえだったのか」

「父上! ルーク、ただいま戻りました!」

 

「うむ、先触れは私も目を通している。苦労したようだな… だが、無事で何よりだ」

「は、はい!」

 

「その花… シュザンヌへの見舞いか? フッ、おまえも気が利くようになった」

 

 ルークが抱えている花束を見詰めて、穏やかに目を細めた。彼がファブレ公爵なのだろう。

 いつも素っ気ない父との感情深い会話にルークも舞い上がる。話したいことが沢山あるのだ。

 

「父上! あの、俺…っ!」

「まぁ待て、ルーク… 私はこれから登城せねばならん。積もる話は今宵ゆっくりと聞こう」

 

「あ、はい…」

「ガイもご苦労であった。ルークをよく守ってくれたようだな」

 

「……はっ。ルーク様はご立派に成長されておいでです」

 

 その言葉に満足気に頷くと、今度はその後ろにいた面々に目を向ける。

 

「使者の方々もご一緒か。クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレです… よしなに」

 

 言葉少なに、だが確かな威厳を伴って挨拶を交わすクリムゾン公にそれぞれ自己紹介をする。

 それらに鷹揚に頷きつつ、クリムゾン公は居住まいを正して言葉を続ける。

 

「長旅お疲れでしょう… ろくにお構いもできず恐縮ではありますが、どうぞごゆるりと」

「大変ありがたい申し出ではありますが、我らマルクト軍人がお屋敷に立ち入るのも…」

 

「ふむ… お気遣い感謝申し上げます。ならば城の庭園を案内させます故、どうぞこちらへ」

 

 ジェイドとトニーが自らの立場からクリムゾン公を慮り、やんわりとそれを辞退する。

 

 ならばと彼は城内での庭園の案内を約束し、改めて客人となった彼らを城へと招く。

 それを断る方こそ失礼と判断したジェイドとトニーは、一旦別れて城に戻る形と相成った。

 

 そこにティアが声を出す。

 

「あ、あのっ!」

「君はヴァン・グランツの妹だったな。……私になにか?」

 

「実は… ご子息が超振動でマルクトに飛ばされたのは、私のせいなのです」

「なんだとっ! 貴様、ファブレ公爵のご子息を…」

 

「……良い、セシル少将。ルーク、どういうことか説明してくれるか?」

 

 衝撃の告白に気色ばみ、剣に手をやるセシル少将を制しつつクリムゾン公はルークに尋ねる。

 父の問い掛けを受け、ルークは「実は…」と事の経緯と謁見の間でのことを父に説明する。

 

 全ての説明を聞いてからクリムゾン公は理解したというように一つ頷くと、深い溜息をついた。

 

「なるほど… 陛下の御心がそうであるならば是非もない。赦そう、ティアさん」

「は、はい。……ありがとうございます」

 

「やっぱり陛下はお許しになる、えっと… お心積もりだったのですか?」

「ほう… 察してはおったか」

 

「言い回しからなんとなく、ですが」

「陛下の臣として御心を汲み、先んじて行動することは極めて重要だ。よく心掛けよ」

 

「は、はい!」

 

 どこか嬉しそうに誇らしげにクリムゾン公に肩を叩かれ、ルークは紅潮しつつも頷いた。

 そこにセシル少将から「元帥閣下、そろそろお時間が…」と潜めた声を掛けられる。

 

 それに頷きつつ、客人であるジェイドらを護衛に守らせてからクリムゾン公も背を向ける。

 

「ではルークよ… シュザンヌの見舞いにナタリア殿下もお見えだ。失礼のないようにな」

「はい、父上!」

 

「うむ。……その花束を見て、私も私なりに家族として向き合ってみたいと思ったよ」

「……父上?」

 

「もっとも、些か以上に遅い決断だったかもしれんがな。そういう意味では後悔しかない」

「それは、どういう…」

 

「今は分からずとも良い。だがいずれ分かる時が来ると信じておる… それでは参りましょうか」

 

 クリムゾン公の号令とともに一同は護衛とともに城へと向かい、やがて遠ざかっていった。

 そして置いて行かれてからセレニィは気付いた。……あれ? 自分行かなくていいの? と。

 

 仮にもマルクト側の『真の和平の使者(偽)』を名乗ったのだ。……まずくないだろうか?

 悩んでいる彼女にルークが声を掛ける。

 

「何やってんだ? 早く入ろうぜ。約束しただろ、いつか屋敷を案内してやるって」

「……よくそんな前の、しかも雑談ついでの話を覚えてましたねぇ」

 

「俺にとっちゃ仲間との大事な約束だよ。……忘れないように日記にもつけてたしな」

 

 それはエンゲーブで交わした何気ない会話の一幕。約束とも言えぬ他愛ない雑談であった。

 とはいえ、この上は固辞するのもかえって失礼というものだろうか。

 

 そう判断したセレニィは、ルークの後に続く形で公爵邸の中に足を踏み入れることとなった。

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