TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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48.仲間

 コーラル城にて激戦の末に整備士長を救出した一行は、無事カイツール軍港へと戻ってきた。

 時刻は夕暮れ過ぎといったところか… 運良く暗くなる前に戻ってくることが出来たのだ。

 

 この時間でも慌ただしく駆け回っていた整備兵の一人が、それに気が付いて、駆け寄ってきた。

 

「あっ! 隊長、ご無事だったんですね。お怪我はありませんか?」

「おう、心配かけたな。船の修理の方はどうだ?」

 

「外装はなんとか。ただ、機関部に関しては隊長の指示がないと」

「ご苦労さん。んじゃ、早速働かないとな… 他が終わってるなら一晩もあれば充分だ」

 

「はい! ……みなさんが隊長を助けてくれたんですね。ありがとうございます」

 

 整備士長との話を終えた整備兵が一行に向けて頭を下げてくる。

 それに対して、ルークは笑顔を浮かべて応える。

 

「気にすんなって。仕事、頑張ってくれよな」

「はい! それでは仕事があるのでこれで… 隊長、待ってくださいよー」

 

「さて、明日には出発の準備が整いそうですかね」

 

 ジェイドが眼鏡を直しながらそう呟く。

 

 ちなみに整備士長には神託の盾騎士団に攫われたことは触れ回らぬように口止めしてある。

 戦争に繋がりかねない『高度な政治的判断』と説明したので、出港までは大丈夫だろう。

 

 その後のこと? いずれ噂となって、タルタロスの一件ともども広がるかもしれないね。

 だが考えても仕方ない。教団の評判は地に落ちるかもしれないが、どうしようもないのだ。

 

「(こんな暴挙を二千年間繰り返してきたのか? いや、幾らなんでもそこまではなぁ…)」

 

 多分この時代のローレライ教団が特別アレなだけなんだろう。大詠師とか主席総長とかが。

 そんなことを考えているセレニィの胃痛の種が、また増えてしまったことは言うまでもない。

 

 そして翌日の出発に備え身を休める宿を探そうという段になり、背後から声がかけられた。

 

「失礼します。その特徴的な赤い髪… 襲撃を受けた折にご協力して下さった方々では?」

「ん? ……あぁ、といっても途中からだし大した役に立てたかは分かんねーけどな」

 

「とんでもございません。あなた方のおかげで多くの命が救われました。お礼申し上げます」

 

 そう言って上級兵らしきその男は礼の構えを取る。

 その畏まった姿勢にむず痒くなったルークが慌てて口を開く。

 

「いいって、そんな畏まった態度とらなくてもさ。で、えーと… アンタは何か用か?」

「これは失礼しました。私はカイツール軍港を預かるアルマンダイン伯爵の部下です」

 

「ほう… あのアルマンダイン大将ですか」

 

 ジェイドの呟きを、彼は肯定する。

 

「はい。そして主人であるアルマンダイン伯爵より、貴方がたへ言伝を預かって参りました」

 

「言伝だって?」

「ハッ! 貴方がたのご尽力に殊の外感謝の意を示されて、是非直接お礼を申し上げたいと」

 

「お礼って… 今からか?」

 

 顔を見せることは(やぶさ)かではないが、外は既に暗くなっているし何より疲労も溜まっている。

 流石にその状況は理解しているのだろう… 彼は慌てて首を振り、誤解を解くため口を開く。

 

「いえ、流石に今晩は… 差し支えなければ明日にでもお会いできればと申していました」

「なるほどな、こっちは構わねーぜ。ただ宿を探してる途中だったんだ… 行っていいか?」

 

「でしたら私どもにお任せ下さい。直ちに来賓用の宿のご用意を… 無論お代は結構です」

 

 是非にと案内する上級兵に言い募られてはルークも断り難い。ましてこの話は渡りに船だ。

 仲間を振り返り「…てことらしいけど、いいか?」と確認すれば、彼らとて異論はない。

 

 アルマンダイン伯爵の部下である彼らの好意に甘え、来賓用の宿へと案内されることにした。

 

 

 

 ――

 

 

 

 食事に舌鼓を打ち、コーラル城での疲れを癒やした一行はそれぞれの部屋に入る。

 後は明日の出発… もとい出港に向けて英気を養うばかりである。

 

 と、セレニィがベッドに向けて視線をやったところで扉がノックされた。

 

「はーい、どなたですかー?」

「あ、俺だけど大丈夫か?」

 

「おや、ルークさんですか。どうぞどうぞ」

 

 扉を開けて立ち話もなんだからとルークを招き入れると、セレニィは椅子を勧める。

 せっかくなのでと部屋に用意された道具を使って、お茶を用意するセレニィ。

 

 と、そこでようやくルークは彼女が備え付けのパジャマを身に着けていることに気付いた。

 

「あ、パジャマ… ひょっとしてもう寝るところだったか? なんか悪いな」

「いえいえ… どうにもこの身体は夜になると睡眠を欲するみたいで」

 

「あぁ、そーいや野宿する時も割りと真っ先に寝てるよなー。ミュウと一緒によ」

「セレニィさんはミュウと一緒によく寝てくれるですのー。優しいですのー」

 

「あははー…(『湯たんぽ代わりにちょうど良かっただけ』なんて言えないなー…)」

 

 三人でとりとめない話を交わす。旅の始まりやこれまでの窮地など、様々なことを。

 そして、それから少し間を置いてルークが尋ねる。

 

「明日のことなんだけど、セレニィにちょっと聞きたいなって思ってな…」

「はて、明日のこと… 出港についてですか?」

 

「いや、そっちじゃなくて。えーと… アルマンダイン伯爵ってのに会いに行く話」

「なるほど… 『どんな話をしたらいいか』ってところでしょうか?」

 

「そうそう。アレだろ? 教団のこととか、喋ったらまずい状況なんだよな?」

 

 ルークの言葉に「ふむふむ…」と頷いて顎に手を当てる。

 要はボロを出さない程度、察せられても触れられない程度に取り繕う『建前』の打ち合わせか。

 

 セレニィの思考を余所に、ルークは言葉を続ける。

 

「俺、こういうのを考えるのってあんま得意じゃなくてなー」

「そうなんですのー?」

 

「あぁ、ヴァン師匠(せんせい)に『嫌いなら勉強なんかしなくていい』って言われて甘えてきたツケかな」

「でも今はしっかりと考えようとしてるじゃないですか。立派ですよ、凄く」

 

「……そ、そうかな?」

 

 穏やかに微笑むセレニィに褒められ、ルークは真っ赤になって照れてみせる。

 

 いや、本当に立派だと思う。自分など必要に迫られなければ聞き取り調査すらしなかったし。

 しかもアレだけやって成果ゼロ。向学意欲というものを、根こそぎ持って行かれた気分だ。

 

 そんなことを考えつつ、先のルークの問いかけについて彼女なりの答えを口にしてみる。

 

「まずここはキムラスカ領内ですから、ルークさんは身分を明らかにしていいと思います」

「あ、そっか… もうマルクトじゃねーんだもんなー」

 

「相手は爵位を持つ軍部の高官。となれば、ルークさんのことをご存知かもしれません」

「なるほど… 親父は元帥やってるし戦争じゃすっげぇ活躍したって聞くしな」

 

「うん、それって絶対知ってますよね。むしろ、会ったことあるかもってレベルですよね?」

 

 笑顔を浮かべつつセレニィは表情を青褪めさせた。バリバリの武闘派じゃないですかヤダー!

 ルーク個人が無礼と不敬を許してても、秘密裏に始末される可能性がグンと高まったのである。

 

 あぁ、そういえばティアの件のフォローはまだ思い付かないし… 胃がキリキリ痛んでくる。

 先のことは考えたくない… その一心で、思考を逸らすためにも彼女はルークへの話を続ける。

 

「キムラスカからも捜索願いとかが出てるでしょうし、安心させることが出来るでしょうね」

 

「うん、そうだな。じゃ、鳩を借りて父上や母上や伯父上にも無事を連絡すべきかなー」

「はい、そうです… ん? 伯父上、ですか」

 

「あぁ、伯父上にしてキムラスカ国王のインゴベルト六世陛下。俺の母上の兄さんなんだよ」

「ぶー!?」

 

「うおっ!?」

「みゅう!? 毛皮がびしょびしょですのー!?」

 

 思わずお茶を吹き出しそうになる。というか、吹き出した。

 思い切り(むせ)つつセレニィは纏まらない思考で考える。

 

 え? 現役国王が伯父? んでもってお母さんが王妹? どういうことだ、ドS!

 

 なんか「王家に連なる」って言うから何代か前に枝分かれした程度に思ってただろ!

 これは現役バリバリの王家って言うんだよ! そんじょそこらの公爵とは訳が違うわ!

 

 セレニィは(むせ)ながらも、心の中であらん限りの罵倒を某ドSな軍人へと叩きつけている。

 

「ゲホゲホゴホッ!」

「だ、大丈夫かセレニィ… ほら。背中さすってやるから」

 

「セレニィさん、しっかりですのー」

 

 むしろルークの顔前で突如お茶を吹き出して背中をさすらせる現状…

 現在進行形で不敬&無礼ゲージを貯め続けていると言っても過言ではない。

 

 あ、でもなんか落ち着いてきたぞ。ルーク様背中さするの上手いなー。

 

「す、すみませんお二方とも… だいぶ落ち着きました。……あ、あのルーク様?」

「おまえ胃腸弱いんだからあんま無理すんなよー… ん? なんだよ」

 

「別に胃腸が弱いわけでは… じゃなくて。ルーク様、王位継承権ってお持ちです?」

 

 別段、胃腸が弱いわけではない… と思う。ただドSと巨乳に痛めつけられてるだけだ。

 

 それはともかく、気になることを確認してみた。ないのが最上、あっても低いと嬉しいな。

 なんでかって? 王位継承権の順位が高ければそれだけ「国家の面子」に関わるからね!

 

「あぁ、持ってるぜ。確か王位継承権は… 第三位、だったかな?」

「……オワタ」

 

「ど、どうしたセレニィ! そんなところで寝ると風邪引くぞ、マジで!」

 

 ……いけないいけない。この世界に来てから初めて自殺したくなっちゃったぜ。

 取り敢えずティアさんはもう諦めて。割りと真面目に未来はありません。

 

 そんなことを考えつつも、セレニィは今現在は落ち着きを取り戻している。

 

 解決策が浮かんだ訳ではない。考えないことにしたのだ。ある意味で究極の護身術である。

 残ったお茶と一緒に大量の胃薬を飲み干しつつ、セレニィは先の話の続きのための口を開く。

 

「で、まぁ… 襲撃時に人命救助に取り組んだ件も聞かれると思います。理由とか」

「あ、あぁ… そうだろうな」

 

「その時は『貴族として当然のこと』でも『人として放って置けなかった』でもご自由に」

 

 二つはどう違うんだろう、という表情を浮かべているルークのために説明を補足する。

 

「相手を見て使い分けられればベターですが、分からない場合は個人的には前者ですかね」

「『貴族として』って言った方がいいのか? なんでだ?」

 

「そりゃ上手く立ち回れば、『貴族としての』ルーク様に覚えがめでたくなりますから」

「ふーん… そういうもんなのか」

 

「ま、出世欲がある人には有効でしょう。そうでなくとも相手も貴族、仲間意識は感じます」

 

 そう言って微笑むと、ルークはミュウと揃ってしきりに感心してみせる。

 その様子になんか無理に合わせてもらってるような気分になり、苦笑いを浮かべる。

 

「すみません。つまらない話ばかりで…」

「いや、そんなことないぜ? セレニィの話は分かり易くておもしれーしな」

 

「ですのー! それに分からなかったら優しく教えてくれるですのー!」

「だよなー? そこへいくとジェイドは物知りなんだろうけど意地悪だしよー」

 

「みゅう… ジェイドさん、イジワルですのー?」

「『それくらい自分で考えて下さい。私は貴方の先生ではないんですよ、ルーク』とか?」

 

「あははははははは! すっごい! 似てますねー… いや、ドSっぽい!」

 

 ルークの物真似にセレニィは思わず拍手喝采だ。

 久々の男友達っぽいノリでのおバカな会話に、話が脱線し始める。

 

「よく言ってるけど、『どえす』ってなんだ?」

「それはですねー… 人に意地悪するのが楽しくて楽しくて仕方ない人種のことなんですよ」

 

「へー… ならジェイドにピッタリだなー」

「いや全くその通りで…」

 

「ほう? 中々楽しそうなお話をしていますねぇ」

 

 突如響いてきた、よく通る低い声に場の空気が凍る。

 震える声でセレニィは言葉を付け足す。

 

「で… でも、とっても優しいところもあるんですよ?」

「おや、どうも。ですが私はドSらしいですからやはりいじめる方が好きみたいでしてね」

 

「ひぐぅ!?」

「ていうかおまえジェイド! いつの間に入ってきやがったんだよ!?」

 

「やれやれ… 扉を開けっ放しで雑談に興じているようでしたので注意しに来たのですがね」

 

 ジェイドは眼鏡を直しつつ、溜息を吐きながらルークとセレニィにそう言うのであった。

 これには二人も返す言葉もなかった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 それからはジェイドを交え、明日のアルマンダイン伯との会談の打ち合わせと相成った。

 そして今はそれも一段落して、ルークは伸びをしながら肩を回しつつ口を開いた。

 

「うっし、大体分かったよ。なんかあったらセレニィ、ジェイド。フォローよろしくな?」

「基本はセレニィに任せた方が安心でしょう。無論、私も多少のフォローはしますがね」

 

「え? なんか普通に私が出ることになってませんか? 貴族様との会話とかちょっと…」

「そう言うなって、セレニィ。おまえほど頼りになるヤツはそうそういねーんだからさ」

 

「お、おう…(え? なんなの、この評価。ルーク様、何かに騙されてませんかねぇ…)」

 

 決まったことといえば以下のとおり。

 

 ・まずは一行を代表してルークがキチンと名を名乗ること。

 ・その上で、港の救助活動について問われれば貴族として振る舞った結果だとすること。

 ・整備士長救助は「私有の別荘にたまたま立ち寄った」結果の産物とすること。

 

 この3つである。後は深く突っ込まれることもないだろうが、基本流れに任せる形となる。

 

「ホントに助かったぜ。また何かあったら聞きに来てもいーか?」

「勿論。ただ、他にも頼りになる方が揃ってますから私ばかりでは視野が偏りますよ」

 

「えぇー… そうかなー?」

 

 疑わしげな表情を浮かべるルークに苦笑する。

 

 半分以上は「たまには誰かに押し付けられるようにしたい」という考えがあるのは認めよう。

 だが、やはり頼りになる人材が揃っているのは事実だとも思う。それを口にする。

 

「そうですよ。例えばそちらのジェイドさん」

「おや、私ですか?」

 

「彼は戦術面、作戦面で他の追随を許しません。その方面では心強い相談役となるでしょう」

「うん、それは確かに。ジェイド、すっげぇ強いし悪知恵働くもんな」

 

「いやはや、それほどでも… ところでルーク、悪知恵とはどういう意味ですか?」

 

 脅かすジェイドと大袈裟に怯えてみせるルーク。それを笑顔で眺めつつ言葉を続ける。

 

「ガイさんは行儀や作法… それに常識面での心強いパートナーですね」

「常識は分かるけど… 行儀や作法ってのは?」

 

「気付きませんでした? 例えば今日とか素人目にも分かる完璧なテーブルマナーでしたよ」

「へぇ… そうだったのか。じゃあ、そっち方面はガイにも頼ろうかな」

 

「それにルークさんにとって、精神面でも気の置けない親友という間柄でもありますしね」

 

 その言葉に、ルークは照れながらも「まぁな!」と微笑んでみせた。

 

「アニスさんは複雑な問題での立ち回りや、人心の機微の把握に長けてらっしゃるかと」

「確かに彼女は、貴女と似たような性質を持っているかもしれませんね… セレニィ」

 

「あはは… まぁ、否定はしませんけどね。でも私より『世間』をご存知の方だと思います」

「えー… そうかぁ? 俺には甘ったるい声で話し掛けてくるガキにしか思えねーけど」

 

「あはは… きっといつか分かりますよ、アニスさんの良さが。私も助けられましたしね」

 

 セレニィは基本的に美少女にはダダ甘だ。

 だがそれを差し引いても土壇場で強いアニスには大きな魅力を感じているのも事実だ。

 

「トニーさんはしっかり堅実に役割をこなし、人柄も誠実な人です。大事にしましょう」

「そーだな。てか、ティアの暴走を止められるの俺とアイツだけだもん」

 

「ははははは… いやぁ、いつもいつも大変ですねぇ。ルークとトニーは」

「ていうか、オマエも手伝えっつーの! 俺らにばっか押し付けて楽してんじゃねーよ!」

 

「いやですねぇ… 私も歳なもので体の節々が痛んでくるのですよ。口惜しいことです」

 

 トニーはとても大事だ。胃痛的な意味でセレニィに一切の危害を加えてない稀有な人なのだ。

 オマケに何故か貴重な前衛要員だ。普通は魔法使い的な存在の譜術士の方が貴重なはずなのに。

 

 というかルークとアニスを前衛メンバーに数えてしまっていいのだろうか?

 ……うん、胃がキリキリ痛んできたから深く考えないことにしよう。彼は大事。それで解決さ!

 

「イオン様とミュウは疲れた心を癒やしてくれます。見た目だけではなくてその優しさで」

「いや、見た目っておい…」

 

「悲しいことや辛いことがあったら相談してみましょう。きっと支えになってくれますよ?」

「みゅう! なんだか照れるですのー! でも精一杯頑張るですのー!」

 

「……そうですね。私もそういった時の選択肢の一つとして考えましょうか」

 

 イオン様マジ癒しの化身。たまに危なっかしいピュア過ぎるところも含めて放って置けない。

 変態… もといセレニィは心の中でイオンに萌えつつ言葉を続ける。え? ミュウはついでさ。

 

「でもティアに関しちゃ褒めるの難しいんじゃねーか? いざって時は頼りになるけどさ」

「別に褒める趣旨じゃないんですが… それにティアさんにも頼れる部分がありますよ」

 

「え、ホントか? 無理してないか?」

「はい、彼女の決断力は素晴らしいものがあります。迷った時は背中を押してくれるでしょう」

 

「なるほど… 一理ありますね」

「あと、かなり大雑把な言い方になりますが… 所謂『勘』というモノに優れているかと」

 

「……『勘』?」

「はい、理屈抜きで物事の本質を掴む才能のような。……その分、説明能力は壊滅的ですが」

 

「確かになー… 悪いヤツじゃねぇってのは分かるんだけど、アレはないよなー」

 

 ルークもジェイドも、その言葉には思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 とはいえ緊急時においても最適に近い行動を取れることは、確かに彼女の強みであろう。

 

 あるいはセレニィの言うとおりに本当に『勘』が彼女に備わっているのかもしれない。

 

「しかし、褒めるって趣旨に切り替わったならばルークさんは外せませんねー」

「え? お、俺か… なんか照れるな」

 

「右も左も分からなかった私に、丁寧かつ親切に物事を教えて導いてくれたじゃないですか」

「ま、まぁ… そりゃ記憶喪失って聞いたらな」

 

「あと、今も分からないことや疑問に思ったことをそのままにせず誰かに聞きに来た」

「いや、それは別に凄いことじゃねーだろ?」

 

「誰でも出来ることじゃありませんよ。その気持ち、ずっと大切に持ち続けてくださいね?」

 

 そう言って微笑むと、ルークは真っ赤になってから一つ頷いた。

 

 いや、本当に凄いことだと思う。自分なんか辛いことから目を逸らして生きているのだから。

 きっとルークは良い貴族になって、ほんのり自分も暮らし易い世の中にしてくれるはずだ。

 

 そう考えつつ、いよいよとっておきの人について語ろうとセレニィは口を開く。

 

「そしていよいよ最後はオオトリに控えしは!」

「おっ!(いよいよ、ヴァン師匠(せんせい)か?)」

 

「大天使アリエッタさん! 可愛すぎてやばい! ピュアすぎてやばい! 便利すぎてやばい!」

「ふむ… セレニィの戯言はさておき、確かに彼女は非常に優秀でしたね」

 

「あー… 魔物を自由に操るんだもんなー。オマケに本人も結構つえーしな」

 

 若干肩を落としながらも、ルークは話に乗る。流石に師匠はまだ出会って日が浅かったか。

 これから仲良くなってセレニィにも彼の良いところをたくさん見つけて欲しいものだ。

 

 そう思いつつ、ルークは口を開く。

 

「しかし、セレニィ… おまえ大事なヤツを一人忘れてるぜ?」

「えぇ、まったくですね」

 

「おや、そうですか? 後はえーと… ヴァンさんのことはまだ正直分からないんですが」

「そうじゃなくて… これまでの旅を支えてくれた大事なヤツのことだよ」

 

「ちょっと考えれば分かることですよ、セレニィ」

「むむむ… 誰のことでしょう。あ! ミュウさんを貸してくれたチーグルの長老ですか?」

 

「ちっげーよ! オマエだよ、オマエ! セレニィ、自分のこと分かってないのかよ!?」

 

 ルークに言われてキョトンとした表情を浮かべる。いやいや、ただの雑魚ですしおすし。

 手を左右に振りつつ思うところを答えてみせる。

 

「いやまぁ、多少は屁理屈が回るかもですが… 基本足引っ張ってるだけですよね? 私」

「やれやれ… 『謙虚』もここまで来ると『卑屈』の領域といっても過言ではありませんね」

 

「確かにそれにも助けられたけどよ。オマエの良いとこ、今ちゃんと見せてくれただろ?」

「……夢でも見てたんですか、ルークさん。ダメですよ、ちゃんとベッドに入って寝ないと」

 

「だから! オマエが今! みんなの良いところ! ちゃんと! 俺に教えてくれただろッ!」

 

 全く心当たりがないため寝言と判断し、適度な睡眠を勧める彼女に大声で怒鳴るルーク。

 

 いや、うん… そりゃ基本みなさん優秀ですしね。キッチリそれは把握しておかないとね?

 セレニィはそんなことを思いつつ、その旨を説明しようとする。

 

「あの」

「オマエのそういう誰かの良いトコを見つけられる優しさがあるから、俺達は仲間なんだろ」

 

「ははははは… 美味しいところをルークに取られてしまったようですねぇ」

 

 耳で聞いて、頭に向かい、脳へと届けられた言葉の意味するところを理解したセレニィは…

 

「え? あ、いや、その… や、やめてください…」

 

 真っ赤になって俯いてしまった。まさか真正面から褒められるとは思ってなかったのだ。

 

「なんだ、セレニィ… 照れてんのか?」

「おやおや、これは貴重な顔を見てしまいましたねぇ…」

 

「だ、だからやめてください! 私、そんなんじゃ」

「いーや、セレニィはすげぇ! んでもってセレニィは優しい!」

 

「だ、だーかーらー…」

 

 暫く二人の言い合いは続き、それをドSが暖かく見守っていたという。

 

 

 

 ――

 

 

 

 そして翌朝。眠い目を擦り、欠伸をこらえつつセレニィは部屋を出た。

 その背後にはミュウがよちよち歩いて続いている。

 

「ふぁー… ったく、昨日は散々な目にあいましたよ。こっちはただの小物だってのに」

 

 するとちょうど廊下を歩いていた、鍛錬帰りであろうガイとバッタリ遭遇した。

 朝から精の出ることだ。そうセレニィが思っていると、彼は元気に声をかけてくる。

 

「おはよう、セレニィ! 今日もいい朝だな!」

「はい。おはようございます、ガイさん」

 

「昨日のこと、嬉しかったよ… 旅はもうすぐ終わるだろうが、これからもよろしくな!」

「……はい? それ、どういう意味で」

 

「おっと、そろそろ着替えないと朝飯に間に合わないな。それじゃまた後でな!」

 

 セレニィの疑問に応えることなくガイは立ち去っていった。いい夢でも見たのだろうか?

 小首を傾げつつ廊下を歩いていると、今度はイオンとアニスに遭遇する。

 

「あ、イオン様にアニスさん。おはようございます」

 

「セレニィ、おはようございます」

「おっはよー、セレニィ!」

 

「………」

「え? なんですか? なんで無言で見詰められてるんですか、私」

 

 ひょっとして常日頃二人でいけない妄想をしていることがバレてしまったのだろうか。

 それとも預言(スコア)で『セレニィは死ぬ。慈悲はない』とでも詠まれてしまったのだろうか。

 

 不安に怯えるセレニィに、二人は顔を綻ばせて声を掛ける。

 

「僕はあなたに出会えて良かったと… そう、心から思います」

「なにか困ったことがあったらアニスちゃんに頼ってね。絶対助けてあげるから!」

 

「は、はぁ… ありがとう、ございます…?」

 

 一体何だというのだろうか。朝から立て続けに不可解なことが起こる。

 悩んでいる間にイオンとアニスが朝食に向かうと、そこにトニーが通りかかった。

 

「あ、おはようございます。トニーさん」

「これはセレニィ… 昨晩はありがとうございました。自分も少し自信が持てましたよ」

 

「? いや、トニーさんは普通に自信を持つべき凄い方だと思いますが…」

「フフッ、貴女ならそう言ってくれると思っていましたよ。……では、自分はこれで」

 

「はぁ…」

 

 二度あることは三度あると言うが… こうまで続くと偶然という線は考えにくい。

 一体何が… そこで、自分に向かって突進してくる何者かから素早く身を逸らした。

 

 するとその直後、ソレが差し出した両の腕は虚空を切る形で交差した。

 

「ティアさん… 朝からご挨拶ですね。一体なんなんですか…」

「セレニィの愛に応えて抱き締めようと…」

 

「答えになってませんよね、それ… あとそれ以上近付かないでくれますか?」

 

 ジリジリと間合いを離せば、その分だけ詰めてくる。相変わらずの押しの強さだ。

 

「でも、昨晩のアレを聞かされちゃったら私もう…!」

「またそれですか。昨晩一体何があったと…」

 

「セレニィが私たちの良いところを一つ一つあげていってくれたじゃない!」

 

 ………。

 なんですと?

 

「え? あれ、だって… ジェイドさんが扉を閉めてくれたはずじゃ…」

「おや、私としたことが『うっかり』扉を閉め忘れていたようで… いやはや申し訳ない」

 

「………」

 

 そこに現れて、しれっとそんなことを告げてくるジェイド。

 ルークはそんな様子を苦笑いとともに見守っている。

 

 思わず呆然と固まったところ、ティアに抱き上げられる形で捕まってしまう。

 ……そのあまりの速さには、ミュウを盾にする時間すら与えられなかった。

 

 そして恐ろしい力で締め付けられる。脱出は当面の間、不可能といえるだろう。

 

「セレニィ! 私たち、想いが通じ合ってるのね! ずっと一緒よ!」

「セレニィさん、宙吊りですのー! すごいですのー!」

 

「こ、こ、こ、こ、こ…」

「おや… そうしていると、まるで捕まった(にわとり)みたいですねぇ」

 

「このドSがぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 

 真っ赤になったセレニィの叫び声が、早朝の宿の中に響き渡った。

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