TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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46.コーラル城

 かくしてコーラル城へと向かう一行… その中にはムスッとした表情のセレニィの姿もある。

 

「………」

「おい… いい加減に機嫌を直してくれよ。セレニィ」

 

「なんですかー? まるで私が怒ってるみたいにー」

「(いや、あからさまに怒ってんじゃねーか…)」

 

「……フン」

 

 散々行くべきでないと警告したにもかかわらず、特に理屈もないままに却下されたのだ。

 それだけならまだしも、あまり出したくなかった自身の案をも無理やりに引き出されたのだ。

 

 その結果、ローレライ教団の犯罪行為の片棒を担がされる状況となって今に至っている。

 彼女からすれば踏んだり蹴ったり… 関わるべきではないと最初から思っていたから尚更だ。

 

 こんな結果となっては小市民とて人間だ。機嫌の一つや二つ、悪くもなろうというもの。

 生きているだけで充分だとしていたかつてを思えば、我儘になったものであるとも言えるが。

 

 流石に今回ばかりはやり過ぎたと思ったのか、面々も今は遠巻きに見守るに留めている。

 最も強く「ヴァンを助けるべき」と主張していたルークが、ご機嫌伺いに派遣されたが…

 

 それに対する反応は先程のとおりである。

 とはいえ、本気で整備士長を見捨てたかったわけでもないので飽くまで一過性のものだが。

 

 しかし普段対応が柔らかいルークに対してもご覧の有様となっては、面々も揃って頭を抱える。

 

「セレニィは和平のことを考えてくれたのに、僕は… 申し訳ないことをしてしまいました」

「イオン様のせいでは… ルークでは愛が足りなかったんです。やはりここは私が」

 

「ティア、これ以上セレニィを怒らせたくはありません。……今は自重を心掛けて下さいね?」

 

 少々からかい過ぎたかと思いつつ、ジェイドは眼鏡を直して溜息を吐いた。

 

 とはいえ、彼は自身に政治的センスが無いことを自覚している。

 戦場における作戦立案の類ならまだしも、ああいう場を丸く収めるのは極めて不得手である。

 

 天才にありがちな、人の心の機微を測るのが苦手な性分をジェイドは多分に持ち併せている。

 そして彼は自身のそれをよく理解しており、故に将軍の地位も辞退し続けて今に至るのだ。

 

 これ以上の地位は不要。大佐とて身に余る、というのは紛れも無い彼自身の本心でもあった。

 

 そこへ来ると、セレニィのあの当たりの柔らかさと調整能力はいかにも魅力的に映った。

 今回の彼女の出した案そのものは非常にシンプルである。

 

 内容は『物資補充の後そのままコーラル城へ向かい、陽動を以って人質を取り戻す』のみだ。

 こんなことはジェイドは愚か、他の面々ですら容易に思い付く事柄であろう。

 

 ただ、彼女が語る内容には根拠がある。

 もっと言えば、『お題目』やら『建前』やらを状況に結びつける能力に長けているのだろう。

 

 合理の側面から事態の解決における最適解を導くジェイドには、欠けている視点と言える。

 

「えっと… 襲撃の直後なので、軍のみなさんはまず事態の収拾に追われているはずです」

 

「オマケにラルゴさんの要求について、私たち以外に誰も耳にしてないのが大きいですね」

 

「軍の編成までそれなりに時間がかかります。その上で調査をしたら更にかかるでしょう」

 

「『たまたまルーク様が立ち寄ったファブレ家所有の別荘に巣食っていた賊を追い払う』」

 

「『その上でたまたま民間人を救助する』… その程度の時間は作り出せるかと思います」

 

 だいたい抜粋するとこんなところだっただろうか? ……やはり、彼女の視点は面白い。

 

 そこまで言った後に青褪めた表情で胸の辺りを抑えつつ、なんか呟いていたが。

 確か、「教団による犯罪行為隠蔽の片棒担いじゃった」とか「マッチポンプ過ぎる」とか。

 

 そんなことを考えているジェイドの耳に「おっと… 魔物だぜ、旦那!」という声が届いた。

 

「へへっ、ヴァン師匠に俺の旅の成果… 見せてやるぜ!」

 

「ほう… 期待しているぞ、ルーク」

「前線は自分たちが支えますので、ジェイドやティアは譜術による援護を!」

 

 その場のみんなが戦闘態勢を取り、自分も槍を構えようとしたところにセレニィが呟く。

 ……まるで独り言のように。

 

「うーん… 万が一ルーク様が怪我したら大変ですよね。護衛のガイさんともども後ろかな」

「……え?」

 

「イオン様は当然アニスさんが守るべきで前に出るべきじゃない。まぁ当たり前ですよねー」

「ま、まぁ… そーなのかなー?」

 

「マルクト軍のお二方は当然ルーク様とイオン様の護衛ですよねー? 和平の使者ですしね」

「………」

 

「ティアさんにはルーク様を守る責任がありますし… あちゃー、私、武器も道具もないや」

「え、えぇ…」

 

「あ、『私なんか』が差し出がましいこと言っちゃってすみません。気にしないで下さいね」

 

 にっこり微笑むセレニィに仲間たちは気不味げに視線を逸らす。黒セレニィ爆誕である。

 

 セレニィ的に、今回の出動はヴァンの立場を守るために強行採決されたようなものだ。

 どうせローレライ教団の権力で守られるだろうに、仲間が決めてしまった形となる。

 

 ティアが急ぎ、なんとか道具屋でグミやら薬やらを買い込んできたがそれだけだ。

 

 武器も道具も補充がない状況で、あの不死身の化物(ラルゴ)の巣に特攻する羽目になったのだ。

 アリエッタを強制的に同行者から外した件もあり、一方ならぬ気持ちを抱くのは必然と言えた。

 

 かくしてコーラル城に辿り着くまで、ヴァンが一人で魔物を片付ける羽目になったのである。

 

 

 

 ――

 

 

 

 面々は現在、コーラル城近辺の木々に隠れて様子をうかがっている。

 

「ホラ、ヴァン… グミを食べて回復して。あなたは主戦力だもの、遠慮しないで」

「ありがとう、ティア。これだけ用意するのは大変だっただろうに… やはり優しい子だ」

 

「気にしないで。神託の盾(オラクル)騎士団主席総長の名前を出せば幾らでもツケに出来たから」

 

 ヴァンはティアの言葉に涙を流している。きっと感動の涙であろう。麗しい兄妹愛だ。

 そこに偵察をしていたアニスとミュウが戻ってくる。

 

「たっだいまー! 表に見張りの気配なしですよぉ? 大佐ぁ」

「ですのー! あと勝手口も見つけたですのー!」

 

「ご苦労様ですアニス、ミュウも。……さて、ここまでは順調ですね」

 

 些か順調過ぎるきらいもあるが。しかし、もとよりここは敵が指定してきた場所。

 罠はあって当然と考える方が、今後の行動を考える上で健全といえるであろう。

 

 ジェイドはそう考えつつも、敢えて陽動作戦を貫き最短の時間での制圧を検討する。

 

「当初の予定通り、メンバーを二つに分割しての陽動作戦を仕掛けましょうか」

「それは分かったけど… 一体どういう風に分けるんだよ、ジェイド」

 

「陽動は派手に暴れて注意を惹き付ける役割です。自然、戦闘が多くなるでしょう」

 

 というよりラルゴと戦ってこそ役割を果たせるのが陽動なのだ。

 セレニィ的には絶対に入りたくないメンバーである。

 

「メンバー分けは… ヴァン謡将、ルーク、ガイ、アニス、そしてイオン様の5名」

「なるほど、一応呼ばれた面々とその護衛だし説得力はあるな。了解だぜ、旦那」

 

「えぇ、頼みましたよ。このメンバーの指揮は、ヴァン謡将… 貴方にお願いできますか?」

「うむ、承知した。必ずや皆とともにラルゴを打ち倒し、全員無事での帰還を約束しよう」

 

 やった! 陽動とかいう特攻メンバーから外された! なんて素晴らしいことなんだ!

 セレニィは小さくガッツポーズをする。それを知ってか知らずか、ジェイドは言葉を続ける。

 

「続いて潜入メンバーですね。……といっても陽動メンバー以外の全員となりますが」

「人質の奪還を最優先とするメンバー… という認識でいいんですよね? 大佐」

 

「えぇ、極力敵との接触は避けます。僭越ながら、このメンバーは私が指揮を取りましょう」

 

 かくして潜入メンバーはジェイド、トニー、ティア、セレニィ、ミュウと相成った。

 ジェイドが指揮をとることに、面々にも異論はない。彼らは異口同音に肯定を返事を出す。

 

 奇しくも主な胃痛要因たるドSと巨乳に挟まれることになったが、特攻よりはマシだ。

 

 そして作戦が実行に移される。突入時間は潜入メンバーは陽動メンバーの10分後に合わせる。

 

「さて、そろそろ時間ですね… 我々も向かうとしましょう。準備はいいですか?」

「自分はいつでも覚悟はできております」

 

「右に同じくです、大佐」

「……まぁ、そこはかとなく?」

 

「ですのー!」

 

 面々の返事を確認したジェイドは、勝手口の中へと乗り込むのであった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 さて、中は薄暗いものの部屋のあちこちから陽光が差し込んでおり視界に不自由がない。

 となれば、迂闊に明かりを付ければそれこそ注目を浴びてしまう結果に繋がるだろう。

 

 そう判断したジェイドは、明かりをつけないよう指示を出しコーラル城の探索が始まった。

 

 そんな中、セレニィはと言えば…

 

「(前方よし、右よし、左よし、後ろよし… 全て良し! なるべく離れて移動しよう!)」

 

 効率的にサボることを考えていた。

 

 武器も道具もない状況のため、一瞬の油断が命取りとなる。彼女なりに保身に必死なのである。

 万が一にも戦闘に巻き込まれてしまったらあっさりと死んでしまうことだろう。

 

 流石にタルタロスでラルゴに捕まったことを反省し、周囲の危険を確認しつつであるが。

 そして、その考えは間違ってはいなかった。

 

「止まって下さい。アレとアレは譜業人形ですね… 来ますよ!」

「トニー、前衛をお願い!」

 

「任せて下さい!」

 

 罠として仕掛けられたであろう譜業人形が襲いかかってきて、戦闘が発生したからだ。

 ジェイドが譜術で薙ぎ払うものの、次々と応援を呼び、数を頼みに押し潰そうと突撃してくる。

 

 それを他人事のように眺めている一人と一匹。出来ることがないため致し方ないのであるが。

 身を守る物とて持たぬ状況では、あんなところに混じってしまっても轢き潰されるだけだ。

 

 まして今は前衛がトニー一人しかいない状況。近くに行っても負担をかけてしまうだけだろう。

 

「ふわー… すっごいですねー。あんな激戦区に放り込まれたら私なんて早晩ミンチですよ」

「すごいですのー! ミンチですのー!」

 

「ジェイドが戦っている様子を将として高みの見物。……なるほど、貴女がセレニィですね?」

 

 そんなセレニィらの背後から声がかけられる。振り返ったセレニィが見たものは…

 

 

 

 ――

 

 

 

 最後の一体を倒し、トニーが大きく息を吐いた。

 

「ふぅ… 流石にもう来ませんよね?」

「ご苦労様です、トニー」

 

 ジェイドが彼を労いつつ口を開く。

 

「これで全部でしょう… 大した脅威でもありませんでしたが、鬱陶しいことこの上ない」

「ですね。しかし、これで敵に動きが察知されたかもしれません… ここは急ぎ」

 

「大佐! トニー! 大変です!」

 

 そこにティアの声が響き渡る。

 何事かと振り向けば、そこには何かのカードを握り締め青褪めた表情で震えるティアの姿が。

 

 そういえばセレニィは何処に? ジェイドとトニーがティアに近付きつつ確認する。

 

「一体どうしたと言うんです、ティア。そのカードは?」

「それに、セレニィの姿も見えませんが…」

 

「それが… セレニィがいなくなってて、代わりにこのカードが…」

 

 ティアに渡されたカードをジェイドが確認すれば、そこには次のようなことが書かれていた。

 

『貴方がたのリーダーであるセレニィは、私の偉大な作戦によって捕らえました。

 返してほしくば、地下にある貴方にも心当たりのある音機関の前まで来なさい。

                           美と英知の化身“薔薇”のディスト』

 

 よくよく捕まるのが好きな存在である。オマケにリーダーとは何を勘違いしているのか。

 ジェイドは溜息とともにカードを破り捨てると、地下を目指すのであった。

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