TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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44.激闘

 軍港に広がる惨状… その状況でいち早く動いたのは、誰あろう、ティアであった。

 

「腐っても私は第七音譜術士(セブンスフォニマー)、怪我人の治療が出来るわ」

 

 硬直する一行の中から前に進み出ると、まだ息のある者たちに譜術で治療を施していく。

 その顔色からは若干血の気は引いているものの、真剣な表情で作業に打ち込んでいる。

 

 そしてそのまま、振り返りもせず極力トーンを抑えた淡々とした口調で面々に語りかける。

 

「何をしているの、ヴァン。あなたも第七音譜術士(セブンスフォニマー)でしょう? ……早く手伝って」

「う、うむ…」

 

「それと大佐、指示をお願いします。……今、私たちだからこそ出来ることのために」

「分かりました、ティア。……貴女に助けられましたね」

 

「……いえ、先程の話が本当ならこの惨劇も教団員のせい。私が何かするのは当然です」

 

 ティアは確かに、一処(ひとつところ)に心をとらわれがちな未熟で暴走癖のある少女だ。

 しかしながら、その分、こうと想いを定めた時の爆発力・安定感は眼を見張るものがある。

 

 彼女の態度から冷静さを取り戻した一行は、ジェイドの指示を受け入れて動き始めた。

 

 

 

 ――

 

 

 

 そして今、メンバーは二手に別れてそれぞれの作業を行う手筈になっている。

 

 ジェイド、トニー、ヴァン、ティアの4名は怪我人の治療とその護衛を行うこととなった。

 本来、マルクト軍人であるジェイドらが勝手にキムラスカに介入するわけにはいかない。

 怪我人の治療をするヴァンとティアを『善意で護衛する』。……これがギリギリのラインだ。

 

 ルーク、ガイ、アニス、セレニィの4名は要救助者の誘導と避難勧告を行うこととなった。

 しかし公爵子息であるルークに傷が付けば、ダアトがより窮地に立たされることになる。

 これをよく言い含めルークには自制、ガイとアニスには極力ルークを守るべきと説明をした。

 

 イオンは怪我人の慰問のため、ミュウはその手伝いのためジェイドらの組に残ることとなった。

 

 誘導の声を呼びかけつつ走るアニスに並走しつつ、セレニィが問いかける。

 

「アニスさん… イオン様と離れてしまって良かったんですか?」

「本当は良くないね。でもこんな状況だし、あたしもやることやんないとね」

 

「……イオン様を預けているみなさんを信じているんですね」

「まぁ、総長はまだグレーかな? けど、大佐やトニーがいるから大丈夫だよ。きっと」

 

「ティアさんも?」

「まぁねー。基本ポンコツだけど、こんな時には頼りになるって分かったしー?」

 

「あはは… ひどい言い草ですねー。……否定できませんけど」

 

 アニスによる情け容赦ないティア評に、思わず乾いた笑みを浮かべてしまうセレニィ。

 流石のセレニィでもそこまでは… 考えてないはずだ。多分。きっと。メイビー。

 

 それを見て、アニスはしてやったりという表情を浮かべて、笑顔とともに彼女を指差す。

 

「やっと笑ったね?」

「あ…」

 

「こういう時だもの。不安なのは分かるけど、笑顔でいないと不安が感染(うつ)っちゃうよ」

「……はい」

 

「回復譜術が使えなくても、せめてあたしたちの元気くらい分けてあげないとね」

「はい!」

 

「それに男なんて女の子の笑顔見せればイチコロだもん。ほら、スマイルスマイルー!」

 

 普段はおどけた態度を崩さないアニスだが、逆境下では驚くほどの粘り腰を見せる。

 あるいは彼女も何か背負っているものがあるのかもしれない。

 

 そんなことを考える暇もあればこそ、アニスはセレニィの脇に手をやりくすぐり始める。

 美少女の体温と甘い香りに包まれながらのくすぐりに、彼女はあっという間に忘我を極める。

 

「ちょっ、やめ… あははは! アニスさん、これ以上は私… あははははははははは!」

 

「ったく… アイツらは、なーにやってんだか?」

「なに、アニスの言うことにも一理あるさ。その上で俺たちのやることをやろうぜ? ルーク」

 

 その様子を呆れたような表情で見守るルークと、落ち着いた仕草で宥めるガイ。

 そろそろ避難勧告を呼びかける場所を移そうかという段になった頃…

 

 物陰より刃が煌めいた。

 

「っ! ……あぶない!」

「え? ひゃあっ!?」

 

 一瞬の逡巡も見せずセレニィを突き飛ばし、自らも逆方向に飛んで受け身を取るアニス。

 その刹那の後に、大鎌の如き巨大な武器が彼女たちのいた場所を薙いでいく。

 

 “黒獅子”ラルゴが数名の部下を引き連れて、建物の曲がり角より姿を現したのだ。

 

「ほう… 中々の反応速度だ。伊達に導師守護役(フォンマスターガーディアン)をやっているわけではないか」

「……ラルゴッ!」

 

「おい、ルーク。ジェイドの旦那は極力戦うなって言っていたはずだが…」

「アレが、すんなりと俺たちを見逃してくれるタマだとガイが思うんなら従ってやるよ」

 

「……返す言葉もない。やるしかないか」

 

 ルークとガイが揃って武器を構える。

 アニスも普段から背負っているヌイグルミ… トクナガを巨大化させ戦闘態勢を取る。

 

 その様子を一瞥し、ラルゴは大きく溜息を吐く。

 

「『死霊使い(ネクロマンサー)』はおらぬか… 網にかかったのがこんな小兵ばかりでは些か物足りぬな」

「ルーク、相手が相手だ… まさかとは思うが『人間は斬れません』は通じないぜ?」

 

「分かってる! 港の人たちをこんな目に遭わせやがって… 容赦なく叩き斬ってやるぜ!」

「ふむ、流石は王族に連なる者よ。……まだ若僧と侮っていたが、良い覇気をしている」

 

「俺は若僧じゃねぇ! 俺の名はルーク… ルーク・フォン・ファブレだ!」

「ならばルークよ! 貴様とその仲間たちの血を以ってこの溜飲、下げさせてもらおう!」

 

「上等! 黒獅子だか猪だか知らないけど、アニスちゃんがお鍋にして突き出してあげる!」

「フッ、中々の威勢だな。だが」

 

「ていっ」

 

 その口上の最中に、セレニィが容赦なく胡椒爆弾を投げつける。

 カイツールの宿で補充していたものだ。彼女に卑怯という概念は存在しない。

 

 警戒をしていたラルゴには容易く避けられたが、配下の兵には効果が抜群だったようだ。

 くしゃみと咳で動けなくなったところを、セレニィが指示すれば即座に打ち倒された。

 

「これで四対一だ… 悪く思うなよ、“黒獅子”の旦那」

「フン、それこそまさか。だが部下の仇は取らせてもらうぞ…!」

 

「させるかよぉっ!」

 

 かくて乱戦の幕が開かれる。この上はセレニィに出来ることなど何もない。そのはずだ。

 しかし、相手は百戦錬磨の武人… 数の不利を物ともしない。

 

 巧みな武器捌きと、位置取り… なにより常軌を逸した耐久性により徐々に圧倒し始める。

 

「そ、そんな… トクナガがパワー負けするなんて…」

「ちっ… コイツ、不死身かよ…!」

 

「どうした、もう打つ手はないのか? ならばいっそ、ここで終わりにしてくれる」

 

 ヤバい。このままじゃ全滅だ… 考えろ考えろ考えろ。

 死にたくないセレニィは必死になって考える。

 

 彼女とてボーッと眺めていたわけではない。彼女なりに幾度かの介入を試みていたのだ。

 だが何故だか分からないが、ラルゴが最大限の警戒を払っているため動くに動けず…

 

 この上は下手に介入してしまってもかえって味方の足を引っ張りかねない。八方塞がりだ。

 

「(くぅ、なんであのターミネーターみたいなオッサンはこんな雑魚を警戒してるんだ…)」

 

 焦ったところで状況は好転しない。せめて相手の視界から逃れることができれば…

 

 と、そこで名案とも言えない粗末なアイディアが頭に浮かぶ。

 数の有利、それに加えて自身の装備を再確認する… なるほど、分の悪い博打ではあるが。

 

 やってやれなくはない… かもしれない。

 取り敢えずこのままだと100%死にかねないのだ。試してみるだけの価値はある。

 

 問題は信じてくれるかどうかだが… 迷ってても仕方ない。半ば自棄になって口を開く。

 

「ルークさん、ガイさん! 一旦後退! アニスさん、暫く防戦主体で支えてください!」

「どういうことだ、セレニィ? 幾らアニスでも一人じゃ…」

 

「いや、ガイ… やってみよう。俺はセレニィを信じる!」

「りょーかい、やったげるよ! ……でも、あんまり長くは持たないからその辺よろしくー」

 

「ほう… 次はどんな小細工を考えたかは知らぬが、正面から踏み潰すまでよ!」

 

 ラルゴの猛攻を驚異的な反射神経でトクナガを操り、防ぎきるアニス。

 だがその衝撃で裂傷や歪みが生まれ、恐るべき速さでその耐久力が削れていく。

 

 げに恐るべきは六神将“黒獅子”ラルゴの本気といったところだろうか。

 それに目もくれず…

 

 というより目をやる余裕すらなく、セレニィはルークとガイに今回の作戦を告げる。

 

「ルークさん、ガイさん。良いですか? まずは…」

 

 

 

 ――

 

 

 

 かくして作戦の伝達が終わる。

 

 ルーク、ガイ、セレニィの三名が戦場を大きく旋回しラルゴの背後へと回る。

 その動きに対するラルゴは不敵な笑みを浮かべる。

 

「ほう、挟み撃ちか… だがその程度のことで遅れを取ると思っているなら興醒めだ」

「それはどうでしょうか… ねっ!」

 

「なっ!?」

 

 ルークとガイを背に置いたまま、セレニィがラルゴに向けて駆け出した。

 胡椒爆弾を先端に結びつけた鉄パイプを手に、大きく振り上げながら。

 

 流石に彼女が前に出てくるのは想定の範囲外であった。しかし、そこは歴戦の武人。

 慌てず武器を手に取ると、突進してくる彼女を突き殺さんとする構えを取る。

 

 それを見たセレニィは急ブレーキをかけ、ラルゴに自身の羽織っていたマントを投げつける。

 一瞬だけ視界を塞がれるラルゴ。だがそれとて対処の仕様はある。

 

 左手で巻きつけるようにマントを落とすと、恐らく突進しているセレニィを待ち構える。

 しかし、そこにいたのはセレニィではない。ルークでもガイでもない。

 

「くっ!」

 

 胡椒入りの袋が結び付けられた鉄パイプが回転しながら目前へと迫っていたのだ。

 

 左手が塞がっている以上、武器で迎撃することしか出来ない。

 悩んでいる暇はない。武人としての勘に従い、ラルゴは手に持つ得物でそれを斬り裂いた。

 

 やはりその判断は正しく、自身に降り掛かる胡椒の量は最小限となる。

 されどゼロではない。目をつぶり、腕を交差させる形で胡椒爆弾より顔を守る。

 

「今です! 3人とも!」

 

 目を閉じ、腹と背中をがら空きにするその一瞬の隙こそがセレニィの狙いであった。

 武人としてのラルゴの強さと反応、そして判断力に賭けたのである。

 

 マントを武器で落とされれば空いた左手で鉄パイプを掴まれる。

 そもそも最初の段階で、迎撃ではなく大きく避けられるなりをすれば策は不発に終わった。

 

 敵を倒すという不退転の決意を持つ、歴戦の武人たるラルゴだからこそ通じた奇策だ。

 

「うぉおおおおお! ガイ直伝! 瞬迅剣ッ!!」

「喰らいな… 弧月閃!」

 

「全部まとめてもっていきなさい! 絶影打ぁっ!!」

 

 三人の攻撃が完全に命中する。

 ルークとガイの剣閃が交差しラルゴの腹にX字の傷を残し、アニスが背後から乱打を叩き込む。

 

 さしものラルゴも呻き声とともに片膝をつくに至る。しかしセレニィは尚も指示をする。

 

「まだです! 3人がかりでラルゴさんを抑えて下さい!」

「わ、わかった!」

 

「く、ふふふふふふ… フハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」

 

 しかし漏れ出る哄笑とともに立ち上がると、ラルゴは武器を一閃し3人を弾き飛ばす。

 

「きゃあっ!」

「うわっ!」

 

「ぐぅっ…!」

 

 倒れる3人を見て流石にセレニィの表情にも絶望が浮かぶ。元々浮かんでいたが。

 やっぱりこんな小細工じゃ無理があったか。やばいやばい、死にたくない… どうしよう。

 

 内心で必死に次の手立てを考える。……だが、もう浮かばない。武器も仲間もない。

 胡椒爆弾も使い果たしてしまった… もう、本当にセレニィの頭では思いつかないのだ。

 

「流石だな… 最大限に警戒してもここまで追い詰められるか。だが一手及ばなかったな」

 

「ひっ…」

「悪いがオマエを見逃すことはできん。最大の強敵と思えばこその配慮だ… 悪く思うなよ」

 

 思うに決まっている。絶対に化けて出てやる。だからこんな雑魚は放っておいて下さい。

 

 そんな心の祈りが通じるはずもなく…

 一歩進み一歩下がるの行動が繰り返され、ついにセレニィは壁を背負う形で追い詰められた。

 

 武器を振り上げるラルゴ。

 

「……そこまでだ、ラルゴ」

 

 かくて救いの神が舞い降りた。剣を抜き放ったヴァンがその場に現れる。

 怒りを滲ませる主席総長の登場に、ラルゴも武器は収めないもののセレニィから距離を取る。

 

 息を吐いてしゃがみ込むセレニィ。色々漏らさなかっただけ彼女なりに健闘した方だろう。

 

「どういうつもりだ、ラルゴ。私はおまえにこんな命令を下した覚えはないぞ」

「当然であろう… 俺の独断だからな」

 

「なにっ!」

 

 開き直ったラルゴの態度に気色ばむヴァン。

 

 一気に殺気立つその場にジェイド、トニー、ティアらも駆けつける。

 だが駆けつけたのは何も仲間ばかりではない。

 

 ラルゴの部下が現れ、彼に報告をする。

 

「隊長! 船舶は全て破壊し、整備士長も確保しました!」

「ご苦労。概ね作戦は成功といえるだろう… 我らも引き揚げるぞ!」

 

「ハッ!」

「……素直に行かせると思うか?」

 

「なに、手はあるさ」

 

 そう言ってラルゴは懐から何らかの球を取り出すと、地面へと投げつけた。

 

 すると辺りは閃光に包まれる。

 ラルゴ一党を除いたその場の全員が、目をやられ動けなくなった。

 

「整備士長の命が惜しくば、導師イオンとルーク・フォン・ファブレをコーラル城へ寄越せ」

「貴様… ラルゴ! この譜業、ディストの作か!?」

 

「答える必要はない。いいか? 必ずその二人を寄越せ。さもなくば整備士長の命はない」

 

 閃光が収まり目が慣れる頃… ラルゴと彼が率いた部隊は影も形もなくなっていた。

 後に残されたのは傷つき倒れた仲間、そして黒煙をあげる軍港… 完敗であった。

 

 かくして一行は王都に向かう足を止められ、苦しい決断を迫られることとなる。

 

「(まぁ、うん… 行くわけないし最悪の場合は整備士長さん、成仏して下さい…)」

 

 早くも見捨てる決断を下している約一名を除き、面々の表情は皆一様に暗いものであった。

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