TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

46 / 112
43.兄妹

 かくして一夜が明け、窓の外からは(かもめ)の鳴き声が聞こえ始めるカイツールの宿の一室。

 現在ヴァンは腕を組んだ姿勢で椅子に腰掛けたまま、うつらうつらと船を漕いでいる。

 

 約束をしたはずの昨晩… 待てど暮らせど妹が訪れる気配はなく、さりとて年頃の妹のこと。

 部屋に押しかけるのも躊躇われ、夜を徹して待ち続けたものの結局睡魔に負けて今に至る。

 

 かなりの長旅を強行軍で続けてきたツケが、ここに来てついに現れてしまった形になる。

 そこに…

 

「ヴァン!」

「うおっ!?」

 

「折角来てあげたのに、寝てるなんて…」

 

 荒々しく部屋の扉を開けて入ってきたティアに声をかけられる。

 

 椅子から転げ落ちそうになりつつも、なんとか目を覚ますヴァン。……まだ疲労で頭が重い。

 眉間を揉みほぐしながら欠伸を堪えつつ、やってきたティアに声を掛ける。

 

「ようやく来たか、ティア… というより、昨晩は何故来なかった?」

「え? 落ち着かなかったからだけど…」

 

「……なに?」

「『話を落ち着いて聞く気になったら、部屋まで来るがいい』って話だったでしょう?」

 

「……まぁ、そうだな」

 

 昨晩吐いた己の発言を一字一句違わず繰り返されれば、ヴァンとて頷くよりほかない。

 落ち着いたら来いとは言われたものの、落ち着かなかったために行かなかったのだ。

 なるほど、理屈は分かった。……いやしかし、非常に腑に落ちないものを感じるのだが。

 

 ティアの舌鋒は止まらない。ここ最近ルークには鳴りを潜めていたお説教が火を噴く。

 

「それなのに惰眠を貪ってるなんて… ヴァン、あなたには誠意というものがないの?」

「ぐっ!? し、しかしだな… 私も明け方までこうして待っていて…」

 

「だから何? 覚悟もないのなら『話をしよう』なんて言わないで! ……信じていたのに」

 

 そう静かに吐き捨てると、ティアはその瞳にうっすらと涙を浮かべた。

 

 ティアも血の繋がった実の兄であるヴァンのことを信じていたのだ。

 ミュウの登場以来、セレニィの荷物袋の中で死蔵され続けている火打ち石の存在意義程度には。

 

 流石に妹の涙を見せられてはかなわない。ヴァンは内心で疑問を感じつつも頭を下げる。

 

「いや、その… なんだ。すまなかった、ティア」

「……分かってくれればいいのよ、兄さん」

 

「では今は、落ち着いて話ができるということで構わないのだな?」

「えぇ… でも気を抜かないで。私はいつでもあなたを見限ることができるわ」

 

「そ、そうだな… 肝に銘じておこう」

 

 キリッとした表情のティアに酷い言葉を投げかけられ、密かに落ち込むヴァン。

 これは自分が悪いのだろうか? いや、謝った以上は自分が悪いのだろうな。

 

 そう考えて、彼は不満を疑問を胸の内に押し込めて無理やり納得することにした。

 

「それで兄さん… 今は話ができるの? それとも寝るの?」

「いや、大丈夫だとも。腹を割って話し合おうではないか」

 

「そう、良かったわ… みんな、ヴァンが『腹を割って話をしよう』って」

 

 部屋の入り口の方に向かってティアが声を掛ける。

 

 思わず「は?」と間抜けな声を漏らすヴァン。そういえばドアは開けっ放しだったが…

 すると間を置かず、大量の人間が部屋に入り込んできた。

 

「やっとかよー、待ちくたびれたぜー! へー、ここがヴァン師匠(せんせい)の部屋かー?」

「ハハッ、ルーク… そんなにキョロキョロしても宿の部屋だから大差ないだろう?」

 

「失礼しますね、ヴァン」

「総長… んっと、お邪魔します… です」

 

「ちょっと、根暗ッタ! さっさと入ってよね、後がつかえてるんだから!」

 

 ルークが、ガイが、導師イオンが、アリエッタが、導師守護役が部屋にドカドカ上がってくる。

 あまりの状況に呆然とするヴァンであったが、まだ終らない。第二波がやってきた。

 

「おやおや、まったくお茶の一つも出さないとは…」

「いや、ジェイド… 流石に無茶というものでしょう」

 

「セレニィさん! はやくはやくですのー!」

「はーい。……いいのかな、こんな大人数で押しかけて」

 

「な… な… なぁ!?」

 

 マルクト軍将校が、そして兵士が、何故かチーグルが、昨晩見た銀髪の少女がそれに続く。

 自分も含め総勢11名… この一室の人口密度がとんでもないことになった。もはや言葉もない。

 

 それを見て取った銀髪の少女が、妹に語りかける。

 

「ティアさん、私的な会合とはいえ導師であるイオン様を立たせっぱなしなのは…」

「セレニィ、僕は構いませんよ。……ヴァンも長旅で疲れているのでしょう」

 

「いえ、セレニィの言うとおりです。どきなさい、ヴァン… あなた正座とか好きでしょう?」

 

 かくしてヴァンは椅子から(強制的に)どかされ、床に座すことと相成った。

 彼は内心で思う。「実の妹がセメント過ぎて生きるのが辛いです…」と。

 

 既にヴァンの精神的疲労は相当なものとなっていたが、彼はなんとか話し合いを試みる。

 

「それで行方不明のはずのイオン様が、何故ここに? 六神将のはずのアリエッタまで」

「僕はマルクトよりキムラスカとの和平の仲介役を求められ、それに応じたためです」

 

「なるほど。……アリエッタ、おまえは?」

「アリエッタ、休暇貰ったです。だから、イオン様やみんなと一緒に旅行… した、です」

 

「……そうか(一体どうなっているのだ、リグレット。これの休暇を許可するなど!)」

 

 内心ますます疑問が増えてしまったが、取り敢えず納得したような表情を見せて頷いておく。

 そこにアニスが口を挟んでくる。

 

「六神将の襲撃、すっごく迷惑だったんですけど! なんとかしてくれませんかぁ?」

「ご、ごめんね… アニス…」

 

「べ、別に根暗ッタのせいじゃないし! いちいち謝られても困るからやめてよねっ!」

「そ、そうだな… 導師守護役(フォンマスターガーディアン)の、えー…」

 

「アニス。……アニス・タトリンですぅ!」

「失敬、アニス… 彼らには後ほど私からも良く言い含めておくとしよう。すまなかった」

 

「……まー、分かってくれればいいんですけどぉ」

 

 先程までのティアの罵詈雑言の嵐に比べれば、この程度の詰問、生易しいものである。

 常より浮かべていた余裕の笑みを取り戻し、アニスの言葉にも鷹揚に頷いてみせる。

 

 よし、いつもの調子が出てきた。主席総長という中間管理職で培った処世術の見せ所だ。

 

「彼ら六神将は大詠師派でもあるからな… 恐らくは大詠師の命令で動いていたのだろう」

「主席総長は違うって言うんですかぁ? 初耳です」

 

「六神将の長であるためそう取られがちではあるな。だが、私自身は大詠師派ではない」

「だから言っただろ! ヴァン師匠(せんせい)は無意味に戦争を望んでなんかいねーって!」

 

 そこにルークが得意満面の笑顔で割り込んでくる。勿論、彼の機嫌を取ることも忘れない。

 

「ルークも暫く見ない間に逞しくなったな。旅の日々がおまえを鍛えてくれたのかな」

「へっ、トーゼン! 俺はヴァン師匠(せんせい)の弟子だからな! それに仲間もいたしな!」

 

「ほう… 仲間か。我が妹のティアはどうであった? 優しく、頼りになっただろう?」

 

 ルークの言葉に笑みを浮かべてそう返すと、部屋の中は不自然なまでの沈黙に包まれた。

 

 ガイやアニスは床や天井などあらぬ方向を向いている。いや、全員が全員そんな様だ。

 気不味い表情で互いを牽制し無言を保っている。例外は穏やかな微笑を浮かべる導師のみ。

 

 一体妹は何をしてしまったのだろう… そう考えていると彼女は勝ち誇った笑顔で口を開く。

 

「フッ… この無言の信頼感。真の仲間は言葉なんていう野暮なものに頼らないのよ!」

「え? いや、その… これはそういうアレじゃないように感じるのだが」

 

「……人を信じることを諦めてしまったあなたには決して分からないでしょうね、ヴァン」

「そ、そうなのか…?」

 

「けど、真の絆で結ばれた仲間たちとともに私は必ずやあなたの野望を打ち砕いてみせる!」

 

 ドヤ顔で決められた。渾身のドヤ顔で決められてしまった。

 肩を抱きかかえられた銀髪の少女が、昨晩と同じく死んだ魚の眼をしているのが印象的だ。

 

 ともあれこの空気はよろしくない。ヴァンは咳払いを一つし、話題を替えることにした。

 

「ところでティア、お前は大詠師旗下の情報部に所属しているはず。何故ここにいる?」

「え? あなたを殺すためだけど」

 

「………」

 

 キョトンとした顔で返される。……替えようとした話題がまるで替わっていなかった。

 ここまで話を続けても一切ブレないティアさんである。彼女は鋼のメンタルを持っている。

 

 再び室内が痛々しい沈黙に包まれる。流石に空気を読んだのかティアが慌てて付け足す。

 

「あ、その… モース様の命令で『第七譜石』を探してるの。そのついでに殺そうと…」

「あの、ティアさん… ルークさんを命に替えても送り届けるって話はどこに…」

 

「え? ……あ!」

「『あ!』じゃねーよ、『あ!』じゃ! オメー、綺麗さっぱり忘れてんじゃねーか!?」

 

「わ、忘れてたわけじゃないのよ? その、使命に没頭するあまり記憶からポロッと…」

「ソレを忘れてたって言うんだよ! 仲間だと思って大目に見てきたけどいい加減殴るぞ!?」

 

「し、仕方ないじゃない! 私は、その… 追い詰められた獣だったのよ!」

 

 その場に三度、なんとも言えない沈黙が漂う。イオンはその様子を楽しそうに眺めている。

 確かに他人事として見ればこれほど楽しい三文芝居はないだろう。甚だ遺憾ではあるが。

 

 だが当事者としては悲惨の一言だ。気不味い沈黙に耐えかねたのか、銀髪の少女が口を開く。

 

「……ひょっとして気に入りました? そのフレーズ」

「……ちょっぴり。カッコ良くないかしら?」

 

「……まぁ、『死霊使い(ネクロマンサー)』とか『(むくろ)狩り』とかと同程度にはそう思います」

「セレニィ、後でお仕置きです」

 

「ひぃっ!?」

 

 ヴァンは溜息を吐く。……なんとなくこの面子の中での妹の立ち位置が分かった気がする。

 それを見計らってイオンが口を開く。

 

「ヴァン、実は教団の勤務実態について確認したいのですが」

「勤務実態? 私に答えられることですかな、イオン様」

 

「えぇ、簡単なことです。……アリエッタに休暇を与えていないというのは本当ですか?」

「それは…」

 

「もしそうであるならば、可及的速やかに是正するようお願いします」

「は、はっ… 了解しました」

 

「これに改善の気配が見られぬようであれば、僕は改革派となることも辞さない覚悟です」

「え? いや… しかし、導師は既に預言改革派の志をお持ちでは…」

 

 そのヴァンの言葉に、イオンは首を左右に振ると言葉を続けた。

 

「そちらではありません。……『教団の勤務実態及び雇用条件改革派』です」

「な、なるほど… 承知いたしました」

 

「くれぐれも頼みましたよ、ヴァン。あなたが大詠師派でないというなら行動で証明して下さい」

 

 なんかいつの間にか大詠師派でないことが言質を取られる結果に繋がっている!?

 いや、待て。まだ慌てる時間ではない… この程度の口約束ならば…

 

「実に素敵なお志です。マルクトより派遣されたこの私の胸にも、しかと刻まれましたよ」

 

 だが眼鏡の軍人がそれに追随してくる。

 

 もうダメだ… 知らぬ存ぜぬは通用しない。ヴァンはそう覚悟して、がっくり肩を落とす。

 その肩を優しく叩く者がいた。

 

「あの… 大丈夫ですか? 私の胃薬で良かったらお分けしましょうか?」

 

 銀髪の少女である。確か、名前はセレニィと言ったか。

 

 そのありがたい申し出を丁重に辞退しつつ、ヴァンは重い腰を上げる。

 これ以上ダメージを受けたら本日中に出発できる気がしないからだ。

 

「話は一段落ついたようですな。……ひとまず出発し、続きは道中でとしましょう」

「分かりました、僕はかまいません。みんなはどうですか?」

 

 ヴァンとイオンの言葉に異論もなく、面々もそれぞれ頷く形でこの場の会合は解散となった。

 部屋を出ていこうとするアリエッタにヴァンが声を掛ける。

 

「ところでアリエッタ。待遇改善について何かと意見を聞かねばならないこともある」

「……?」

 

「つまり、悪いが一足先に教団に戻っておいてくれないか? ということだ」

「でも、アリエッタ… 休暇中、です」

 

「そ、それは確かにそうだがな… これはイオン様のためにもなるのだ。分かってくれ」

 

 そう言うと小首を傾げつつ悩むアリエッタ。そこに銀髪の少女… セレニィが割って入る。

 彼女は二人の間に割って入ると、こう言ったのであった。

 

「いや、ヴァンさんが戻るべきでは? 主席総長として勤務実態を知る管理責任者ですし」

「確かにセレニィの言うとおりですね」

 

「そ、それは…」

「ですが、ヴァンはまだここに来たばかり。ルークの意向もありますし、無理に戻すのも…」

 

「……分かりました。アリエッタ、イオン様のためなら戻るです」

「すみません、アリエッタ… では頼めますか? 何かあれば、いつでも僕に申し出て下さい」

 

「はい、です… イオン様…。セレニィも… 元気でね?」

 

 瞳にうっすらと涙を浮かべ、イオンと別れの抱擁をしてから離れるアリエッタ。

 

「(ふぅ… なんとかアリエッタだけでも取り戻すことは出来たか)」

「………」

 

 我が事成れりと密かに息を吐くヴァン。その姿をセレニィが胡乱な瞳で見詰めていた。

 なんということであろうか… 彼は知らぬ間に変態の恨みを買ってしまったのであった。

 

 かくして各々旅券を手に、カイツール砦を超えてカイツールの軍港へと出発する一行。

 

 

 

 ――

 

 

 

「しっかし、六神将ってのもアレだよなー… ヴァン師匠(せんせい)の命令無視して勝手してさー…」

「彼らにも彼らの正義というものがあるのだろう。それを否定するつもりはないさ」

 

「くぅー、さっすがヴァン師匠(せんせい)だ! 強いだけじゃなくて器も大きいんだな!」

「彼らの責任をまとめて背負ってみせるくらいの気概なくば、主席総長などやっておれんよ」

 

「よし、決めた! 俺も将来は人の上に立つ人間としてヴァン師匠(せんせい)みたいになってみせるぜ!」

 

 気合を入れて声を上げるルーク。そこにジェイドをはじめとする仲間たちが声をかける。

 

「貴方ならばきっとなれますよ、ルーク。願わくば平和な世でそれを実現させたいですね」

「ホントですよ、ルーク様ぁ! カッコ良いだけじゃなくて向上心もあるんですねー!」

 

「みゅう! 素敵ですのー、ルークさん!」

「よせよ、おまえら。俺もまだまだなのに、あんまりおだてると調子に乗っちまうだろー?」

 

「なぁに、その気持ちを忘れなければきっと大丈夫さ。……期待してるぜ? ルーク」

 

 そんなこんなで談笑しながらカイツールの軍港へと足を踏み入れた彼らが見たものは…

 

「一体何が起こったんだ!?」

「六神将の襲撃です! 相手は“黒獅子”ラルゴとその部隊です!」

 

「うわぁあああああああ!」

「各員、隊形を崩すな! 軍人はともかく、一般人への被害はなんとしても防げ!」

 

「りょ、了解!」

 

 もうもうと黒煙を上げる数多の船。そして、折り重なるように倒れた幾人もの兵の姿であった。

 血と煙の匂い、そして明らかにそれと分かる死体を目にして青褪めながらセレニィは呟く。

 

「……責任、背負えるといいですね」

よろしければアンケートにご協力ください。このSSで一番好きなキャラクターは?

  • セレニィ
  • ルーク
  • ティアさん
  • ジェイド
  • それ以外

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。