TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

33 / 112
30.人質

 ルークら一行はトニー二等兵を先頭に、与えられた部屋へと小走りに向かっている。

 

『前方20キロに魔物の大群を確認。総員第一戦闘配備につけ! 繰り返す! ………』

 

 艦内音声が響き渡る。……と、同時にタルタロス内が物々しくも慌ただしい空気となる。

 どうやら何か良からぬことが起ころうとしているようだ。不安を覚えたルークが声を発する。

 

「ど、どういうことだよ… たかが魔物だろ? だってのに、この空気は」

「魔物は本来統率された行動を取らない。裏があろうとなかろうと警戒に越したことはないわ」

 

「彼女の仰るとおりです。ですがご安心を… 我々が対処してすぐに安全を確保しますので」

 

 ティアの説明と推論を、トニー二等兵は精一杯の強がりを以って安全を強調しつつ肯定する。

 その言葉に完全に納得したわけもないが、信じるしかないと判断したルークは無言で従う。

 進む順番はトニー二等兵、ルーク、ティア、それに少し離れてセレニィとミュウとなっている。

 

 セレニィの位置であるが、仲間たちのため進んで殿(しんがり)の任を受け持ったというわけではない。

 その逆、いつもどおりの自己保身でしかない。戦場からできるだけ自分を遠ざけたいのだ。

 こんな非常時だというのに… いや、非常時だからこそ自分一人だけ安全を確保しようとする。

 

「(前衛にトニーさんとルーク様がいるのなら… 前は任せて、こっちは最後尾でいいよね!)」

 

 まさに屑の鑑である。

 と、その時…

 

 艦内に轟音が鳴り響き、タルタロスが大きな揺れと共に船体を傾けその動きを停止させた。

 当然というべきか、目方の軽いセレニィは大きくバランスを崩し転んでいきそうになる。

 助けを求めて虚空に手を伸ばすも誰も気付かない。そのままの姿勢でゆっくり傾いていき…

 

「セ、セレニィさん! 傾いてるですのー!」

「わっとととと… ちょ、転ぶ転わぷっ」

 

「おっと」

 

 だが、すんでのところで別の角から伸びてきた力強い腕によって抱きとめられ事無きを得た。

 見上げてみれば、そこにいたのは大鎌のような武器を携えた身長2mを優に超える偉丈夫。

 

「……大事ないか?」

「あ、はい。どこのどなたかは存じませんが、おかげさまで助かりました」

 

「気にするな。こちらにも都合あってのことだ」

 

 男はそのまま左手でセレニィの襟首を掴み、まるで手荷物か何かのように軽々と持ち上げる。

 うわぁい、景色が高いなー… などと楽しむ心の余裕もありはしない。猛烈に嫌な予感がする。

 

「あ、あれ? あれれー?」

「命が惜しければ不用意に騒ぐな。それを守れば事が終われば解放してやる… いいな?」

 

「……アッハイ」

 

 ミュウと揃ってコクコク頷く。

 

 男の部下たちとともに先頭集団をそのまま静かに追跡すること暫し…

 通路の向かい側からこちらに近づいてくるジェイドの姿が見えた。

 

 ルークたちは安堵の表情で彼に近寄る。セレニィは絶望に満ちた笑顔しか浮かべられない。

 

「師団長! ご無事でしたか!」

「ジェイド、イオンたちはッ!?」

 

「おや、みなさんお揃いで。ご無事で何より… というわけでもなさそうですね」

 

 ルークたちの背後に迫る存在を視認するや否や、何処(いずこ)からもなく取り出した槍を構える。

 

「ふむ、導師イオンが何処(いずこ)におわすか… それはこちらも是非聞きたいところだな」

 

 ジェイドの発するプレッシャーに怯む気配すら見せず、その男はさらに一歩前へと進み出る。

 ……セレニィをまるで猫のように宙吊りに持ち上げたまま。

 

「なっ、いつの間に…」

「セレニィ!?」

 

「え、えへへー… 捕まっちゃいましたー…」

 

 ミュウを抱えたまま器用にエヘ顔ダブルピースをしてみせるセレニィ。

 

 今ここに『THE☆足手まとい』が誕生した。

 

 

 

 ――

 

 

 

 タルタロスの通路内で、ジェイドと巨漢の男が互いの得物を構えて睨み合っている。

 

「流石だな… 体術は本業でなかろうに、その立ち居振る舞いにまるで隙が見られん」

「『神託の盾(オラクル)騎士団』が誇る六神将“黒獅子”ラルゴにそう言われるとは光栄ですね」

 

「だが人質の命が惜しくば大人しくしてもらおう。……よもや卑怯だとは言うまいな?」

 

 そう言って巨漢の男… ラルゴは囚えていたセレニィの首元へと鎌を近づける。

 

 ジェイド以外の者達は一斉に悲鳴を上げ、口々にその卑劣な行為を罵る。

 概ね予想通りの反応だ。だが、気になるのが当の本人たるジェイドと少女の反応だ。

 

 ジェイドは呆れたように溜息を吐き、少女は表情を消したまま沈黙を保っている。

 

「何か勘違いをしているようですが… ラルゴ、その少女は人質になりませんよ」

「ですよねー…」

 

「なんだと! 貴様、ハッタリは… いや、『死霊使い(ネクロマンサー)』という噂が事実なれば…」

 

 少女をあっさり見捨てるほど情をなくしてはいないと思いたいが…

 

 戦乱のたびに(むくろ)を漁るという噂がまことしやかに流れるのが、眼前の男・ジェイドである。

 人質の少女の諦めきった態度から、人の倫理観が通用しないのではないかと思えてくる。

 

「(やっぱり見捨てられた…)」

 

 屑は諦めていた。

 

 自分がジェイドの立場だったら、足手まといは100%確実に見捨てるからである。

 ドSが不利を承知で助けようとしてくれるはずがない。そう確信していた。

 

 あぁ… こんなことになるなら、顔を合わせた瞬間にミュウ投げつけて逃げればよかった。

 そんなことを考えながら涙を流すあたり、屑はどこまでいっても屑である。決してブレない。

 

 ジェイドの態度とセレニィの涙に動揺するのは、むしろラルゴの方である。

 武人として多少は手を汚そうとも、幼い少女を喜んで殺す趣味など無い。

 人質として使わせてもらった後は、適当なところで解放してやろうとすら思っていたのだ。

 

 ラルゴの中に迷いが生まれたと看破するやジェイドの動きは早かった。

 ルークに何事か耳打ちし、今にも暴れだしそうなティアをトニー二等兵と二人で抑えさせる。

 そして囚われのセレニィに気楽な声音で呼びかける。

 

「セレニィ、私はともかくラルゴは高潔なる武人です。……貴女のがんばりどころでは?」

 

「……はい?」

「『助かりたくば自分で彼を説得しろ』ということですよ。私はどちらでも構いませんから」

 

 笑顔で「顔見知りの(よしみ)ですし、せめて説得中は待ってあげますから」とか(うそぶ)いている。

 

 このドS、この局面をセレニィに丸投げする気満々である。

 その意図に気付いたセレニィがサッと顔を青褪めさせる。もはや、なりふり構っていられない。

 

 屑の決死の説得大作戦が開始した。

 

 汝、胃薬の貯蔵は充分か?

 

 そんな天の声を感じつつ、絶対保身するマンは口を開く。……過去最高レベルの本気度で。

 

「ラルゴさん、ラルゴさん… あのドS、ああ言ってますけど…」

 

「むぅ… しかしだな、オマエを解放させるための方便ではないとは言い切れまい?」

定石(セオリー)では確かにそうでしょう。ですが、もう一度だけドSの顔を確認して下さい」

 

 二人がかりでの抑えこみすら跳ね除けようとするティア… ではなく、ジェイドを見遣る。

 その笑顔は一点の曇りもなく、まるで春の木漏れ日のような爽やかさすら感じさせたという。

 

 流石のラルゴも無言で渋面を作った。

 

「ね? 見ました? ……まぁ、仮に彼が抵抗するなりして私が死んだとしましょうか」

「オマエにとっては縁起でもない例えだが… それで?」

 

「箪笥の角にぶつけた足の小指ほどの痛みも感じませんよ、絶対。賭けてもいいです、マジで」

「いや、流石にそれは…」

 

「『尊い犠牲でした。それはそれとして艦橋(ブリッジ)と連絡を取りましょう』とか言いそうでしょ?」

 

 セレニィの言葉にジェイドの笑顔がますます深まる。

 屑は目の前の死亡フラグを避けるのに必死で後のことを考えてないのだ。

 

 どうやらドSが執念深いことは学習できていなかったようである。

 

「……否定はできんな。しかし、それでオマエを解放する理由にはなるまい」

「えぇ、そうでしょう。人質に使えなくても手放す理由にはなりませんよね? 分かります」

 

「分かっているではないか。ならば」

「ですが冷静に考えて下さい、ラルゴさん。私を持っていてなんに使えるでしょうか?」

 

「………」

「えぇ、分かります。見せしめとか攻撃への盾とかが精々でしょうね。無論、分かりますとも」

 

「そこまでは… いや、そうだな。確かに最悪そういう可能性もある」

 

 セレニィの舌鋒は止まるところを知らない。そしてその成果は徐々に表れ始めていた。

 死の恐怖に突き動かされた彼女が、限界以上の口車を可能にしているのだ。

 

 ルークやティアは言うに及ばず、トニー二等兵まで半分信じ始めているのが弊害だが。

 味方をも巻き込むあの口先、ジェイドは半ば本気でラルゴごと攻撃しようかと思い始めている。

 

 笑顔のまま。

 

 セレニィは一瞬寒気を感じるが、ここが勝負のしどころと畳み掛ける。

 

「ですがラルゴさん、あのドSの譜術は洒落になりません。こんな貧弱な盾じゃ無意味です」

「『死霊使い(ネクロマンサー)』の譜術の腕前は聞き及んでいる。しかしながら、噂には尾鰭が付くものだ」

 

「チラッと見ましたが、文字通り消し飛ぶほどの威力ですよ。お荷物抱えながら戦えますか?」

「ふぅむ… 確かに万全とは程遠い戦いになるか。しかし逆境を制してこその戦働きよ」

 

「待ち焦がれた最強の敵との戦いがそれで、武人としてのあなた自身は満足なんですか!?」

「ですの!?」

 

「むむむ…」

 

 ビシッとミュウと揃って指を突き付ける。

 ラルゴは感じ入るところがあったのか、その言葉を前に考え込んでいる。

 よし、ここで最後の仕上げだ。屑は内心で腕捲りする。

 

 しかし… それより先に他ならぬラルゴが口を開く。

 

「ククク… フハハハハハハ! 良かろう。今回は敢えてその口車に乗ってやろう!」

「た、隊長ッ!?」

 

「何も言うな。……それともオマエたち、この“黒獅子”ラルゴの勝利が信じられぬか?」

 

 静止しようとした部下を逆に制しつつ、ラルゴはセレニィを放り投げる。

 尻餅をつく彼女を余所に、“黒獅子”は凶悪な笑みとともに覇気を漲らせ己の武器を構える。

 

 戦場で無敵を誇った隊長の姿を前に、部下たちも諌める言葉を失うと笑みを浮かべる。

 

「戦場にて搦め手は否定せぬが、かような強敵は正面から討ち取ってこそよ」

「やれやれ… 本気の黒獅子が相手ですか。セレニィをけしかけたのが仇になりましたかねぇ」

 

「抜かせ。それとも敵わぬと見て降伏でもしてくれるのか? だとすれば大層興醒めだな」

神託の盾(オラクル)騎士団ではジョークの訓練も盛んなようで。まさか格下相手に降伏しろなどとは」

 

「その軽口の代償は高く付くぞ? 格下かどうか己自身の身体でとくと確かめてみよ!」

 

 ラルゴの一撃必殺の上段の構えに対して、ジェイドはカウンター狙いの下段の構えか。

 動きがないように見えて互いにジリジリと動くことで、牽制を繰り返している。

 二人の一瞬の隙も見逃さぬ張り詰めた気が周囲に伝播し、通路にいる者は息苦しさを覚える。

 

 ルークもトニー二等兵も今はティアの拘束を解いて、その「静の攻防」に見入っている。

 

 集中力を失って僅かでも先に隙を作ったほうが負ける。その戦いの中で先に隙を作ったのは…

 

「ミュウファイア」

「ですの!」

 

「むおっ!?」

 

 恩を仇で返す屑に背後より攻撃されたラルゴであった。

 その隙を見逃すジェイドではない。(あやま)たず間合いを詰め、槍をラルゴに向けて一閃する。

 

 隊長のまさかの破れ様に動揺する部下たちは、声を発することもなく倒れ伏す。

 ティアの眠りの譜歌・ナイトメアが炸裂したのだ。……流れるように見事な外道の勝利である。

 

 尻餅をついたままのセレニィにジェイドが声をかける。

 

「セレニィ、中々に見事な手並みでしたよ」

「……あ、決闘を邪魔したとかで怒ることはないんですね? 良かったです」

 

「何故です? 私は夢想家(ロマンチスト)ではありません。そんなものは犬にでも食わせればよいのですよ」

 

 ドSは爽やかに微笑むと、槍に付着した血を払い先に進む。

 

「さて、それはそれとして司令部を取り戻しましょうか」

 

 ルークとティア、トニー二等兵がそれに続く。……あとにはセレニィとミュウが残された。

 這うようにしてラルゴのもとに近付き、その口元にそっと手を当てる。

 

「良かった… 息がある」

 

 ホッと安堵の溜息を漏らす。

 流石にあれだけ煽っておいて、あんな死に方をさせたら気の毒に過ぎる。

 

 だから小刻みに震えているこの身体はただの気のせいだ。

 命のやり取りなんて今まで魔物相手に何度もしてきただろう… そう言い聞かせる。

 

「おーい、セレニィ! ミュウ! ちゃんと付いてこないと危ないぞー!」

 

「あ、はーい!」

「すぐいくですのー! さ、セレニィさん」

 

 心配になったのかルークの呼ぶ声が聞こえる。

 

 ミュウに促されたセレニィはポケットからアップルグミを取り出し、ラルゴの口に捻じ込む。

 そして震える足を叱咤して立ち上がると、ルークたちの後を追って駆け出した。

 

 

 

 ――

 

 

 

 セレニィとミュウすら立ち去って誰もいなくなった今、もはやその場に動く者はいない。

 

 ……はずであった。

 

「ふむ、止めを刺そうと近寄る者がいれば逆に捕まえる気でいたが… これはグミか」

 

 ラルゴである。

 彼は己の敗北を悟ると同時に、敢えて己の死を演出し乾坤一擲の逆転の可能性に賭けたのだ。

 

 敵の油断を誘い、あわよくばその喉笛を掻き切れるようにと。

 

 だがその策は不発。

 それどころか己が人質にとっていた少女によって、グミを口に放り込まれる始末。

 

「これが笑わずにいられようか… 全く、してやられたわ。言い訳の余地なく俺の過失だな」

 

 戦場での搦手を否定しないと言ったのは己自身だ。

 まして人質を最初に使ったのも己自身だ。

 『死霊使い』に目を奪われ、それのみに集中してしまったことにこそ落ち度がある。

 

 グミの効果で傷は塞がりつつある。しかし、この深手では追跡は難しい… か。

 仕方あるまい、決着は次回に持ち越しだ。今日のところは素直に負けを認めるとしよう。

 

「さて、リグレットやアッシュめは容赦というものがないが… 精々死ぬなよ? 小娘」

 

 未だ眠りの中にある部下たちを二人まとめて担ぎつつ、“黒獅子”は帰還の途につくのであった。

よろしければアンケートにご協力ください。このSSで一番好きなキャラクターは?

  • セレニィ
  • ルーク
  • ティアさん
  • ジェイド
  • それ以外

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。