TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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28.決壊

 一行は夕食を振る舞われ、今は陸上装甲艦タルタロス内のとある一室に通されている。

 

「あんま美味くなかったなー…」

「ルーク! 失礼よ!」

 

「みゅう! ミュウにとってはご馳走でしたのー! すっごく美味しかったですのー!」

 

 長テーブルに備え付けられた椅子にはルーク、ティア、セレニィが腰掛けている。

 ミュウはセレニィの膝の上に抱えられている。屑はいざという時の盾があると安心するのだ。

 

 そのセレニィはというと、物珍しいのか周囲の様子をキョロキョロうかがっている。

 

 二段ベッドに加え、簡素な衣装ラックがある。そして人工的な灯りが室内を照らしている。

 ……設備からして下士官用の部屋あたりか。まぁまぁ、扱いとしては妥当だろうか?

 

「無骨な部屋にお通しして申し訳ない。……何か、気になることでもありますか?」

「あ、いえ、そんな… あ、でも一つだけ」

 

「どうぞ、なんなりと仰ってください。可能な限り配慮しましょう」

「何故にジェイドさんもイオン様たちもお立ちなので? ……私、立つべきですかね?」

 

「いえ、それには及びません。ではイオン様にアニス、彼女もこう言っていますし…」

 

 小首を傾げつつ疑問を投げかけるセレニィ。

 それに対し、ジェイドはイオンやアニスともども席に腰掛けることでその応えとする。

 護衛の役目もあるのであろう、先ほどマルコと紹介された兵は立ったままであるが。

 

 セレニィはホッと溜息を吐く。

 小市民的に自分が座っているのに、自分より上の立場の人間が立っていると落ち着かないのだ。

 そもそも、彼女の中で自分の立場はお役立ち度から鑑みて新参者のミュウ以下である。

 

 この中で文句無しに最弱である。いつ捨てられるか分からない過酷な現実に涙が止まらない。

 

「……では、他にはない様子ですので話を始めさせていただきましょうか」

 

 数秒の沈黙の後、ジェイドが口火を切る。

 その場にいる面々は彼の言葉に頷き、かくして「お話」がスタートした。

 

「我々は現在ある『密命』を帯び、キムラスカ・ランバルディア連合王国を目指しています」

「……へー、その『密命』ってのはなんだよ?」

 

「(いやいや、ルークさん… 聞いても答えないと思いますよ? なんせ『密命』ですし…)」

 

 胡乱な表情でルークが尋ねる。信用していないという態度が透けて見える。

 屑も声には出さないが内心で同意している。気が合うな、ルークさん。

 このドSを信用するときっと碌なことにならないだろうと本能が訴えかけている。

 

「お答えしましょう。その『密命』とは… 『和平の締結』です」

「師団長ッ!?」

 

「(って答えるんかい! マルコさんめっちゃ慌ててるじゃん!)」

 

 密命とのことなのに、明らかに喋り過ぎのジェイドをマルコが止めようとする。

 だがジェイドは鷹揚に首を振って「いいのですよ、誠意の見せどころでしょう」と押し通す。

 

 いきなりそんなものを見せられても小市民は困る。

 何の後ろ盾もない状況で、国と国の問題に首を突っ込んでも死亡フラグしか見えない。

 胃がキリキリと痛んでくる。表面上は静かな微笑を浮かべて堪えてはいるが。

 

 そんなセレニィの様子など知る由もないティアは安堵の溜息を漏らす。

 

「ふぅ… 和平、ということは宣戦布告ではないのね」

 

「っていうか、そんなにヤバかったのかよ? キムラスカとマルクトの関係って」

「えぇ、そうよ。……知らないのはあなただけだと思うわ」

 

 ティアはルークの疑問をそう切って捨てる。

 そのやり取りの様子に、セレニィと彼女に抱えられたミュウが気不味い表情を浮かべる。

 

 二人揃って恐る恐る挙手する。申告は早めに行ったほうが傷は浅いのだ。

 

「私も知りませんでした。……ごめんなさい、ティアさん」

「みゅうぅ… ミュウも知らなかったですの。ごめんなさいですの」

 

「何を言っているの、二人とも。知らないことは何も恥ずかしいことじゃないのよ?」

 

 優しい声音でティアが二人を慰める。

 彼女の手首には間違いなく回転機構が備え付けられているだろう。

 

「……いっそ清々しすぎて怒りすら湧かねーよ、もう」

 

 その安定感にはルークも乾いた笑いを浮かべるしか無い。

 そんな和やかな空気を敢えて読まずに、続けてジェイドは巨石を投じたのであった。

 

「そこでルーク・フォン・ファブレ殿… 貴方に我々への協力を要請したい次第です」

「へー… 気付いてやがったのか」

 

「職業柄、耳は早いもので。……しかし、否定もされないのは意外でしたねぇ」

「今更すっとぼけても『はい、そうですか』って納得するタマでもねーだろ? アンタ」

 

「ちょっと、ルーク!」

 

 ルークの返しにジェイドが苦笑を浮かべると、ティアが小声で窘める。

 一方、事態の推移に落ち着かないのはセレニィである。

 

「(……あれ? ひょっとしてルークさんって有名人なのかな?)」

 

 屑は手が汗ばんできていることに気付く。……なんだか嫌な予感がする。

 早鐘を打つ心臓を、服の上から必死に抑えつける。

 

 そんな彼らの様子を愉しげに見詰めていたジェイドが眼鏡を直して口を開く。

 

「さて、お返事を聞かせていただけますか?」

「……もし、断ると言ったら?」

 

「別にどうもしません。約束通り部屋はお貸ししますので、後はご自由に」

 

 要領を掴ませないジェイドの会話にルークは苛々を募らせる。

 その一方でセレニィは、器用に怒らせるものだと感心すらしていた。

 

 そんな彼女の内心を知ってか知らずか、ジェイドは言葉を続ける。

 

「ただ、貴方がたにはタタル渓谷方面で正体不明の第七音素(セブンスフォニム)を発していた疑いがあります」

「せぶんすふぉにむ?」

 

「『音』の属性を持つ7番目の音素(フォニム)ですの。預言(スコア)もそうですの。特別ですの」

「へー… オメー、詳しいんだな」

 

「みゅう… 照れるですの。ユリアに第七音素(セブンスフォニム)の操り方を伝えたのはチーグル族だからですの」

 

 疑問に首を傾げるセレニィにティアではなくミュウが説明する。

 ルークと揃ってその博識ぶりに感心すると、新たに驚きの事実が判明した。

 なんとチーグルがユリアの師匠だった時期もあったらしいのだ。

 

 なるほど、世界を救うなんて常人には出来ない偉業だとは思っていたが…

 そんなユリアにもし子孫がいたら、相当エキセントリックな行動に走ってもおかしくないな。

 セレニィは内心でそう考えた。……いやいや、流石に失礼だし幾らなんでも考え過ぎか。

 

「仰るとおり。それに、超振動でも大量の第七音素(セブンスフォニム)は発生するのですよ」

「へー… そうなんですか」

 

「超振動で移動した場合、貴方がたはマルクト領内に不正に侵入した… とも解釈できますね」

「………」

 

「そんなに青褪めないで下さい。それで連行なんてした日には導師様に叱られてしまいます」

「当然です。ジェイド、僕は彼らを丁重に扱うように言ったはずですが?」

 

「ははは… まぁそういうわけで、断られても残念ではありますが特にどうもしません」

 

 イオンに軽く睨まれ、小さく肩を竦めたジェイドが「ご理解いただけましたか?」と続ける。

 そのやり取りには身構えていたルークの方が拍子抜けになる。同時に罪悪感も湧いてくる。

 

 ルークのその表情を見て取ったジェイドが最後の仕上げに走る。

 

「ですが、もしそうであるならお困りでしょう? ならば私たちを『足』として使えば良い」

「『足』… ですか? 大佐」

 

「えぇ、協力を拒まれてもキムラスカに送るくらいの誠意は見せます。恩の売り時ですから」

「大佐ぁー… そういうこと口に出しちゃうのって、どうかと思いますけどぉー?」

 

「おや、ダメでしたか? 下心を敢えて(さら)け出すのも、私なりの誠意の現れなんですがねぇ…」

 

 ジェイドの言うことはよく分かった。

 頷くにせよ頷かないにせよ、自分たちに損はないことも。

 

 だがマルクトの村であるエンゲーブを回ってみて分かったのだ。

 彼らも同じ人間だ。怒りもすれば笑いもする、自分と同じ人間なのだ。

 

 ならば、戦争になるなんてのは嫌だ。出来ることなら協力したい。

 だからルークは、もう少し詳しい話を聞いてみたいと思った。

 

「だったらさ… もう少し詳しい話を教えてくれよ。協力できるかもしれねーし」

「残念ながら、それは出来ません」

 

「な、なんでだよっ!」

 

 折角の親切心を不意にされたような気がして、ルークは席から立ち上がらんばかりに激高する。

 イオンも申し訳無さそうな表情を浮かべるものの、口を開くことはない。

 

「それは… そうですね。私が説明するよりセレニィ、貴女の方からお願いできますか?」

「(なんでこっちに振るんですかー!?)……えっとですね、ルークさん」

 

「……ンだよ」

 

 不機嫌さMAXを隠そうともしないルークに、苦笑いを浮かべつつセレニィは言葉を続ける。

 

「和平を結ぶにあたって、当然マルクト側にも要望はあると思います」

「……そりゃそーだろーよ」

 

「和平さえ結んでくれれば無条件で、というわけにも… 要望は翻れば弱点にも繋がりますし」

「それは、まぁ… 分かるけどよ…」

 

「ですので、正式な会談の場で話し合って歩み寄って決めていく必要があるのですよ」

「つまりまだ詳細は決まってねーし、要求も弱点になるから言えねーってことか?」

 

「はい、そうなりますね! 流石はルークさんです!」

 

 本当は物別れに終わった時の保険という側面もあるが、そこまで言う必要はないだろう。

 

 セレニィに笑顔で褒められ、ようやく機嫌を直すルーク。

 ジェイドもそれに頷きつつ特に訂正を示すことはない。

 もっとも彼女の方は、急に丸投げしてきたジェイドに対し内心で罵倒の限りを尽くしているが。

 

 とはいえ、ジェイドも本来このような(彼にとって)当たり前のことを説明するのは苦痛だ。

 むしろセレニィに任せることでルークの心情に配慮してやった、というのがその言い分である。

 そう、ドSは屑がメンバー内の折衝役だと看破して緩衝材として使い倒すつもり満々なのだ。

 

 そんなことも露知らず、和やかな空気になったと見たセレニィが口を開く。

 

「しかし、ルーク・フォン・ファブレってまるで貴族みたいな名前ですねー… なんて」

「いや、だって貴族だし。……あ、そーいやセレニィには言ってなかったっけ?」

 

「……はい?」

「彼は貴族ですよ。キムラスカ王室と姻戚関係にあるという、かのファブレ公爵のご子息です」

 

「………」

 

 一瞬聞き間違いかと思って聞き返すも、無情にもドSが止めを刺してくる。

 背景で「公爵… 素敵…」とつぶやいているアニスの発言などもはや耳にも入らない。

 

 え? なに? てことはルークさん、王族? 公爵? 侯爵? どっちにしろやべーわ。

 あ、痛い。すごく胃が痛い。頑張れ自分。ファイトだ自分。こんなところで死ねない。

 

 セレニィは脂汗を垂らしながら、自分の胃に当たる場所を抑えこむ。

 

「ど、どうしたのセレニィ… 大変! 顔色が!」

「え? ウソウソ、ちょっと! しっかりしてよー!」

 

「セレニィ、しっかり!」

「セレニィ!」

 

 何故か遠くから仲間たちの声が聞こえる。頭がグルグル回る。

 

 走馬灯のごとく浮かぶのは、今までの自分やティアとかティアとかティアの不敬や無礼の数々。

 あ、駄目だこれ… ますます胃が痛くなる。いや、むしろ痛みを感じなくなってきている。

 

 このままじゃ死んでしまう… 癒しだ、癒しを思い浮かべるのだ。

 

「セレニィ、しっかりしてください! 僕が… 僕がついてますから…ッ!」

 

 嗚呼、癒しの化身たる萌え美少女イオン様の声が聞こえてくる。

 そうだ、彼女のことを考えて気を紛らわせるんだ。

 

 黙って教団を抜け出したせいで世間一般では行方不明ってことになってるイオン様のことを。

 

「(……あ、あれ? なんか、胃から)」

 

 それが止めとなった。最悪のタイミングで最悪の事実を思い出してしまったセレニィは…

 

「ゴフッ…」

 

 吐血して、その場に倒れ伏した。

 

 少量ながら漏れ出た鮮血が長テーブルを薄っすらと朱色に染め上げる。

 

「セレニィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」

 

 

 

 ――

 

 

 

 そして医務室。

 

「どうしてこんなになるまで放っておいたんですか!?」

 

 軍医に散々叱られているルークとジェイドは肩身も狭く項垂れている。

 ティアは涙ながらに、ベッドに寝かされたセレニィを見つめている。

 

「セレニィ… 一体どうしてこんなことに…」

「恐らく過度の不安やストレスによるものでしょう… 胃に幾つもの穴が空いていました」

 

「そんな… 記憶喪失で不安なのに、私たちを心配させまいと明るく振る舞ってたの?」

 

 いえ、主に貴女のせいです。

 

「その、ジェイド…」

「……なんでしょう?」

 

「俺、なんも言わずに協力するからさ… コイツを一刻も早く運んでやってくれないか?」

 

 流石のジェイドとて、目の前で幼い少女に吐血されてしまっては罪悪感の一つも覚える。

 ……例えそれが自身に一切関係のない、身に覚えのない事柄であったとしても。

 

 ゆえに、この場でのルークの申し出に対して出せる返事は一つしかなかった。

 

「えぇ… 全力を挙げてお約束しましょう。……貴方のご協力に感謝を、ルーク殿」

「呼び捨てでいーよ… そんじゃ、これからよろしくなジェイド。イオンやアニスも」

 

「はい… ルーク」

 

 かくして知らない間に和平の使者の一行としてキムラスカに向かうことになったセレニィ。

 

「うーん… うーん… ティアさん、謝ってー…」

 

 彼女はその日、胃薬を処方された。

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