TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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25.命名

 マルクト帝国のジェイド大佐。そして導師守護役のアニス。新たに二人の役者が登場した。

 彼らの突然の登場に、ルークが訝しみながら口を開く。

 

「オメーら、確かエンゲーブにいた…」

 

「えぇ、その節は大変ご迷惑をおかけしてしまいました。……特に、そちらのセレニィには」

「あ… いえいえ。むしろこちらが『お世話になりました』とお礼を言うべきでしょうに」

 

 声をかけられた以上はいつまでもやさぐれているわけにもいかない。礼儀正しく返事する。

 

 なんだろう… 自分は、なにか彼に目をつけられるようなことをしてしまったのだろうか?

 セレニィは自分が注目されている気がして小首を傾げる。まぁ、きっと気のせいだろう。

 あまりにも場違いすぎる雑魚が混じっていたので、つい目で追ってしまっただけなのだろう。

 

 全部イオン様が持っていったからね… 交渉は自分の仕事なんて思ってた時期もありました。

 

 一方で、ジェイドは思索する。

 

「(さて、村で見かけた時は単に多少状況判断力に優れた少女といった感じでしたが…)」

 

 村で感じたセレニィの印象は、状況に合わせ自分を動かせる対応力を感じさせる少女だ。

 その一方で、利害計算に聡く必要以上に危険や揉め事に関わらない印象もまたあった。

 それだけにこのような場所でこのようなことをしていたのは、先の分析に符号しないのだ。

 

 先の交渉もリスクとリターンがまるで釣り合ってない。彼女たち本人には何の得もない。

 といって、かつての自分のように自信と過信を取り違えたというわけでもなさそうだ。

 つまるところジェイドの見立ては面白いほど見事に裏切られてしまったということになる。

 

「(恐怖を乗り越えて、勝率の低い賭けに命を委ねるだけの『理由』が彼女にはあった…)」

 

 単にイオン様にお願いされ、断りきれずに渋々やっていたとは天才でも見抜けないだろう。

 

 ……合理性だけでは計れない「何か」が彼女にはあるのかもしれない。

 そう感じたジェイドは、彼女と少し話をしてみようかと考える。

 なに、本来の「仕事」に取り掛かるまでの僅かな時間を慰めるための気紛れにすぎない。

 

「セレニィ、貴女は」

「ピー!」

 

「はいはい、なんで… ぴー?」

 

 しかしジェイドの試みた会話は、部屋の奥より発せられた声によって中断されることとなる。

 

 声の方向を見遣れば“女王”が、中型犬くらいの大きさのライガを舐めている様子が映った。

 恐らくは“女王”の仔なのだろう。未だに目も開けてない様子だが、元気にピーピー鳴いている。

 

『我の仔だ』

「え? でも、割れた卵から這い出てきたような… え?」

 

「ご存知なかったのですか? そこのチーグルも含め、魔物の多くは卵生なのですよ」

「へー… そうだったんですか。勉強になりますねー」

 

 ジェイドの説明にミュウとライガを見比べて声を上げる。だから両者は言葉が通じるのか?

 なんかライオンかトラかって感じの生物なのに、まさか卵から子供が生まれてくるとは。

 この世界はトコトン不思議ワールドだなぁ… とセレニィは驚きを通り越して感心している。

 

「ジェイド、彼女は… セレニィは記憶喪失なのです」

「ふむ… そうだったのですか」

 

「セレニアの花畑で倒れていたところを、ルークとティアに拾われたとか」

「ルーク? ティア?」

 

「えぇ、あちらの赤い髪の青年がルーク。長い髪で片目を隠した女性がティアです」

 

 イオンからの説明にジェイドは眼鏡のブリッジを持ち上げて、しばし考えこむ。

 

「(なるほど… 『ルーク』という名前、更に赤い髪で緑の瞳とくれば恐らくは…)」

 

 自身の指揮する艦である、タルタロスの計器によって観測されたデータとも符合する。

 この推測が正しければ、上手く立ち回れば「今後のこと」にも活用できるかもしれない。

 

 眼鏡を光らせ薄く微笑むジェイドを余所に、前方では“女王”が他の面々に会話を続けている。

 

『というわけで、我が仔に名前を付けたい』

「名前… ですか?」

 

『うむ。此度の件、アリエッタと導師イオンの名によって成立したといっても過言ではない』

「確かにそうだな。共通の知り合いがいるなんて思わなかったぜ」

 

『通常、我らは名を持たぬ。我が娘の「アリエッタ」なる名も人間による命名でしかない』

 

 “女王”は話を続ける。

 要は、人間向けに「名」を付けることで今回結ばれた不可侵の盟約を形あるものにしたいのだ。

 

「どんな名前がいいかしら? わんたろー… だったら可愛いのに」

「ティアさん、ドライフルーツあげますからちょっとだけ静かにしてて下さいね」

 

『……ふむ。其処な小さき娘よ、お主の名はなんと申すか』

「はい? セレニィと呼ばれてますが… あと、小さくありません。周りが大き過ぎるんです」

 

 ティアの口にドライフルーツを放り込みつつ、不機嫌さを滲ませぶっきらぼうに答える。

 ことあるごとに小さい小さいと連呼されるのは甚だ遺憾である。例えアニスより小さくとも。

 

 かといって自分を指す言葉だと分かっている以上、無視するのも大人げない。複雑である。

 

『嘲る意図はなかった。許せ』

「まぁ、怒ってるわけじゃないから構いませんよ。して、お話は以上で?」

 

『いや、これを「セレニィ」と名付けたいのだ。構わぬだろうか?』

「……はい?」

 

 “女王”の正気を疑ってしまう。屑かつ雑魚に育って欲しいのだろうか? 罰ゲームである。

 実はあまり我が仔に愛情がないのかもしれない。卵生だし。とか失礼なことを考えてしまう。

 

「話をまとめたのはイオン様ですし、そちらから名前をお借りした方がいいのでは…?」

『無論、それも考えた。が、単身我と話をしたその勇敢さにこそ心よりの敬意を表したい』

 

「……はい?」

 

 “女王”は一体何を言っているんだろう。

 知らぬ間にチーグルに毒でも盛られて脳をやられたのか? セレニィは考える。

 自分ほど「勇敢」などという言葉が似合わぬ存在はないだろうに。

 

 そもそも「勇敢」になどなってしまったら絶対保身するマンは廃業である。

 それはありえない。いざとなったら仲間を見捨ててでも生き延びるのだ。

 何をトチ狂ってしまったか分からないが、ここは冷静になるよう言い聞かせねば。

 

 セレニィはキリッとした表情で顔を上げる。

 

「あの」

「それは素晴らしいですね。僕はそれに賛成しますよ、“女王”」

 

「きっとこの仔ライガもセレニィに似て可愛らしく育つに違いないわね」

「そっかなー、根暗ッタの弟か妹には勿体無い名前じゃないかなー?」

 

『では、これを「セレニィ」と名付ける。我らと人間の約の証(なり)… 努々(ゆめゆめ)、忘れるなかれ』

 

 ……名付け元の意向を無視して名前が決定してしまった模様。いや、もはや何も言うまい。

 ていうか根暗ッタってなんだろ?

 名前だけ出てるアリエッタさんのことかな… ふーむ、アダ名を付けるほどに仲が良いのかな?

 

 

 

 ――

 

 

 

 約一名を除いて、楽しげに「セレニィ」と名付けられたライガの仔を見詰める一行。

 彼らに向け、命名時のやり取りにおいて沈黙を保っていたジェイドが声をかける。

 

「さて、孵化したてのライガの仔は人肉を好むため狩り尽くすのが通例とされていますが…」

 

 ジェイドのその言葉にその場のほぼ全員一斉に緊張感が走る。ルークなどは身構えている。

 普段は飄々とした様子のアニスとて、思うところがあるのか戸惑った表情を見せている。

 

 反応を示さないのは「セレニィ、なんですぐ死ぬん?」と諦めたセレニィくらいのものだ。

 生まれた瞬間にドSに目を付けられてその生命、風前の灯火となった仔ライガを見遣り想う。

 

「(そんなトコまで名付け元に似なくても… さようならセレニィ。……君の分も生きるよ)」

 

 もはやセレニィがゲシュタルト崩壊しており、なにがなにやらという状況だ。

 ただ一つハッキリしているのは、セレニィ(人間)が安定の屑だということだ。

 

 彼らの反応を一瞥したジェイドは笑みを浮かべつつ繋げる。

 

「しかしライガに育てられた娘がいると判明した以上、最早その風説は当てになりませんね」

「では、ジェイド…!」

 

「……先の話を聞いてしまった以上は仕方ありません。イオン様、貴方と教団を信じましょう」

「あ、ありがとうございます!」

 

 約一名を除き互いの顔を見合わせ喝采に湧く一同。

 

「(そうか、おまえもまたセレニィの名を継ぐ者… 生き汚いんだね…)」

「ピー!」

 

「強く生きるんだよ… セレニィ」

 

 屑は絶対保身するマンとしての大器の片鱗を見せつけた仔ライガに共感を覚えたようだ。

 人生は向かい風というけれど、そんな中でほんのり小狡く立ち回って生き延びてやろうぜ。

 ……まぁ、うん、おまえは「人生」じゃないけどね。お互い頑張ろうねと笑顔を見せる。

 

「改めてお疲れ様でした、セレニィ」

「イオン様… 勿体無いお言葉です。全てはイオン様の威光の賜物ですし私は何も…」

 

「いえ、こうしてライガとチーグルの両者の和解が成立したのはあなたの働きのおかげです」

「そーだよ! あなた頑張ってたじゃん! アニスちゃんも褒めてあげるよー!」

 

「(とびっきりの美少女2人に褒められてる… 来てる! 間違いなく時代が来てる!)」

 

 デレデレと締まりのない笑みを浮かべる。ついさっき死にかけたことは忘却の彼方である。

 

「ついてはその働きに報いたく思います。何か望みはありますか? なんでも言って下さい」

「え? 今、なんでもって…」

 

「はい、どうぞ。といっても形ばかりの最高責任者… 出来ることは決して多くありませんが」

 

 苦笑いを浮かべつつもそう言い切るイオン。対するセレニィ、笑顔のまま沈黙する。

 

 え? なに、この降って湧いたビッグチャンス? ドッキリ? カメラどこなの? 看板は?

 いいのか? 言うぞ、言っちゃうぞ? 「イオン様とチュッチュしたい」って言っちゃうぞ?

 

 この間わずか0.3秒。

 

 いや、待てよ。膝枕も捨てがたい。「あーん」で食事するのも。手をつないでデートとかも。

 

「どうしました、セレニィ。……僕に遠慮する必要はないんですよ?」

 

 そんな邪気など微塵も気付かぬイオンはセレニィに向かって微笑みつつ、小首を傾げて尋ねる。

 

「あ、その、あのですね… 私は…」

 

「はい?」

「(言え、言うんだセレニィ… 恐らくこれは一生に一度のモテ期というモノだ!)」

 

 さぁ、言うのだ。落ち着いて、深呼吸をして… よし、大丈夫。言える。

 セレニィは顔を上げると、まっすぐイオンを見詰めて口を開いた。

 

「私の… 頭、撫でて下さいッ!」

 

 ……屑はヘタレた。

 

 気不味くも重苦しい沈黙が辺りに漂う。針のむしろに座らされたのは屑改めヘタレである。

 言葉も発することなく、耳まで真っ赤にして涙目で震えている。実にいたたまれない。

 

 その頭に優しく差し伸べられる手があった。

 

「はい、僕で良ければいつでも。……フフッ、セレニィは欲がありませんね」

「イ、イオン様…(この慈愛に満ちた笑顔… マジ天使…!)」

 

「へへっ、しゃーねぇ! んじゃこのルーク様も褒美をやるとするか!」

「ちょっと、ずるいわよルーク! セレニィ、私も撫でてあげるから安心して!」

 

「じゃあアニスちゃんもナデナデしてあげよー! 存分に感謝したまへー!」

 

 腕まくりをしたルークがイオンに続けば、それに負けじとティアやアニスまでも参戦する。

 しまいにはミュウまで「ずるいですのー! ミュウもやりたいですのー!」と混ざってくる。

 

 みんなに揉みくちゃにされ、小さなセレニィの身体はグラグラと面白いように揺らされる。

 

「み、みなさん。私を玩具にしないで欲しいんですが… あとティアさん、どこ触って…」

 

 そんな光景を他人事のように眺めつつ、誰ともなしにジェイドはつぶやいた。

 

「やれやれ… あんな少女ばかりなら世の中はもう少し平和なのかもしれませんねぇ」

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