TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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22.相談

「というわけで」

 

 ある程度、話し合いが進んだところでセレニィが改めて口を開く。

 

「チーグルを救うには、いかなる形であれ人間の介入が必須だと思われます」

 

「やはり、そうなりますか」

「けっ! めんどくせーなー」

 

 ここまで拗れて問題が拡大してしまった以上、丸く収めるにはそれしかない。

 

 なんせ行動する度に、ライガとか人間とかどっかの勢力を怒らせているのだ。

 そうそう誰でも出来ることじゃない。ある意味で誇っていいかもしれない。

 でも、そういう方面の才能は一生埋もれたままでいて欲しかったと心底思う。

 

 まぁ、もう後の祭りなんですけどね。セレニィは心中で乾いた笑みを浮かべる。

 

「まぁまぁ、ルークさん。ご不満はおありでしょうがどうかお付き合いいただけませんか?」

 

「ったく、しょーがねーなぁ… あんま役には立てねーと思うぞ?」

「いえいえ、頼りにしてますよ。ルークさんのお力はこれまでの旅で私が一番知っています」

 

 やる気を出させるためヨイショする。「勿論ティアさんのお力も」と付け加えるのも忘れない。

 絶対保身するマンは捨てられないために仲間のメンタルケアに細心の注意を払うのだ。

 

 傍から見るとおべっか使いまくる三下にしか見えない。

 

 しかし生存戦略の前には第三者からの評価など路傍の石程度の重要性しかない。

 セレニィの目的はまず第一に生き延びること。第二に出来るだけ楽にそれを行うこと。

 つまり、ルークやティアに寄生できる今の立場を捨てるわけにはいかないのだ。

 

「チーグルを聖獣として教団で引き取り、保護することは?」

「それは難しいです。ここからダアトまでは遠い… 許可を得られるかも分かりませんし」

 

「だあと?」

「ローレライ教団の総本山の名前よ。自治区としての首都機能も持ち合わせているわ」

 

 聞き慣れない単語に首を傾げるセレニィに、ティアがそっと耳打ちする。

 その説明になるほどと頷きつつ、ひとまず保護は難しいということは理解できた。

 

 ならば仕方ないか。

 

 下手すれば食糧価格高騰に陥るかもしれないからこっちは提案したくなかったのだが。

 とはいえ流通の要たる橋も盗賊のせいでぶっ壊れたし、遅かれ早かれだったかも。

 

 セレニィはそう考え、ため息を吐きつつ次善の案をあげてみる。

 

「でしたら次善の案ですねー。エンゲーブの食料を買い取ってライガに供出しましょう」

「え? ですが、それだけのお金は…」

 

「はい、個人の所持金では賄えないでしょう。ですので導師の名の下に教団が請け負います」

「なるほどなー。でも後払いできんのか? 辻馬車の時みたいに断られたらどーすんだ?」

 

「そこで重要になるのが教団の威光です。導師が保証すれば内心はどうあれ無視できないかと」

 

 セレニィの説明に、ルークは「なるほどな」と納得して引き下がる。異論はないようだ。

 だがその一方で、教団に所属するイオンとティアは困ったような表情を浮かべている。

 

「そ、それは… その、もう少しなんとかならないかしら? セレニィ」

「ふむ… 『なんとか』とは?」

 

「もう少し教団の負担が少ない方向でとか…」

「エンゲーブの方々は、教団の聖獣が引き起こした食糧盗難事件により窮乏の危機にあります」

 

「……ぅ」

「むしろ出来るだけ良い条件で購入することで、誠意を示すことに繋げるべきでは?」

 

 別にセレニィにティアをいじめるつもりはない。確かに涙目のティアはちょっと萌えたが。

 むしろこちらの意見にバンバン反対してより良い意見が出るならば大歓迎なのである。

 

 何が悲しくてわざわざ自分がチーグル救出作戦の陣頭指揮など執らねばならないのか。

 元日本人かつ小市民である。オマケにこの世界のことなどほとんど知らないのだ。

 目立つことに魅力など感じないし作戦立案&実行者になって重い責任など背負いたくない。

 

 そもそも教団は絶対に金を貯め込んでいるとセレニィは信じている。賭けても良いほどに。

 ティアがチラッと言った自治区についてもその考えを裏付けているようにしか思えない。

 故に出そうとして出せないことはないと思っている。無論、進んで出したくはないだろうが。

 

 とはいえ、教団に属するイオンとティアが揃って難色を示すなら仕方ない… これも没か。

 これ以上の案をと言われてもないものは出しようがない。自分の頭などたかが知れてるのだ。

 

「うーん… でしたら軍に通報して、直ちにチーグルとライガを駆除するしかないかと」

「え? チーグルはともかく、ライガもなのか?」

 

「はい。彼らには悪いですが、こんなに人里近くの森に肉食獣が住み着くというのも…」

「そっか… そうなっちゃうよな…」

 

「後はライガがどれほどの肉食獣か分かりませんが、生態系の破壊も懸念されますしねぇ」

 

 下手すればエンゲーブの食料生産にも影響が出るかも知れない、そうルークに説明する。

 

 ルークはライガに同情しているが、かといって人間が危険に晒されるとあれば文句は言えない。

 ティアにしても、彼女はライガという肉食動物の脅威を知っており否定できるものではない。

 

「ですが… それをするわけにはいきません」

「つってもよ、イオン。セレニィに押し付けた挙句『アレも嫌コレも嫌』じゃ話が進まねーぞ?」

 

「ちょっとルーク、イオン様に失礼よ! そういうあなただって案を出せてないじゃない!」

「オメーもな! 大体俺はチーグルがどうなろーと知ったこっちゃねーんだよ」

 

「なっ…」

「セレニィが言うから聞いてやってるだけだ。本来は助けたいオメーらが考える問題だろーが!」

 

「ま、まぁまぁお二人とも…」

 

 議論が硬直し、停滞した途端に喧嘩を始める二人を宥める。

 たった数日で慣れたものである。……慣れたくなんかなかったけど。

 

 ともあれ、新しい案は出ない様子だ。

 となれば… 先程までに出た案を実行可能なレベルにまで補強なり再構築するしかないだろう。

 

 少しアプローチを変えてみるか… セレニィは脳内で算盤を弾きながら口を開いた。

 

「今の案は採用できない。最初の案も物理的に不可能… でしたね? イオン様」

「え? えぇ…」

 

「となると、2番目の『ライガへの食糧供出案』が現実的ですが… 何故無理なのです?」

「そ、それは…」

 

 俯き黙ってしまったイオンに萌えつつ、会話のシナリオの検討していく。

 

「決まってるじゃない。無関係な教団を巻き込む訳にはいかないわ」

 

 と思ったらティアが釣れた。うん、いつもの芸風ですねとセレニィはむしろ安心感を覚える。

 

「エンゲーブの村が既に巻き込まれてますし、導師が単身この森に来ちゃってますが…」

「そ、それは…」

 

「第三者の立場で考えて下さい。導師がチーグルと接触していたら教団は無関係と思えます?」

 

 ティアは何も言い返せずに黙りこむ。

 

 そう… 導師と聖獣が接触した時点で、教団は既に盛大に巻き込まれてるのだ。否応なしに。

 こうなった以上は、むしろコントロール出来る範囲で関わった方がマシだろう… 多分。

 

 セレニィの話を聞いて、自分の行動が裏目に出てしまったのかとイオンは青褪める。

 そのイオンの表情を見て、セレニィは己の失策に気付いた。

 

「(教団が黒幕と思われるよりはマシだと思って提案したのだけど… 気付いてなかった?)」

 

 だとすれば説明不足だった自分の責任だな。

 そう内心で反省しつつ、話を続ける。

 ローズ夫人から依頼をもぎ取った時の心持ちを思い出せと自己暗示しながら。

 

「導師であらせられるイオン様は、言うまでもなくローレライ教団の最高指導者です」

「は、はい… ですが…」

 

「にも関わらずこの案に難色を示されるのならば、恐らく相応の『理由』があるのでしょう」

 

 不安に怯えるイオンの言葉に優しく己の言葉を被せる。

 示すべきは慈悲と寛容。勿論、どっちも見せかけだけの真っ赤な偽物だが。

 

 押し黙るイオンに優しい笑顔を浮かべる。

 

「イオン様」

 

 屑はそろそろこの議論に疲れてきていた。ルークとティアも喧嘩を始めるし潮時だろう。

 イオンにさえ「うん」と言わせられればこの不毛な話し合いにも終わりが見えるのだ。

 ならば、嘘でも何でも問題が解決したと思わせるように誘導すればいいのだ。そう考えた。

 

「よろしければお力にならせて下さい。そしてみんなで一緒にこの『試練』を乗り越えましょう」

 

 慈愛の笑みに優しい声音を乗せて、セレニィは言葉を続けた。

 狡猾な悪魔が純粋な天使を毒牙にかけるが如きである。

 

 例え自分が萌えている人が相手でも、自分のためになるなら騙すことに躊躇を覚えない。

 屑らしい最低の思考である。

 

 そして天使は…

 

「……分かりました。自分語りになってしまいますが、僕の話を聞いて下さい」

「はい」

 

 悪魔に騙された。屑、心の中で渾身のガッツポーズである。

 

 そしてイオンは語り始める。

 

 自分が生まれてから、ダアトの外の世界を見たことがないままに軟禁されてきたこと。

 最高指導者とは名ばかりで実権は詠師(えいし)という教団の運営者たちに握られていること。

 そんな自分を変えたくて、ある任務にかこつけて飛び出すようにここまでやってきたこと。

 

「(あれ? これひょっとして、すごい厄ネタじゃ… 最悪誘拐犯に間違われたり…)」

 

 聞いちゃいけない話を聞いてしまった気がする。セレニィは笑顔のまま硬直する。

 

 い、いや… 気のせいだよね? そうだよ、確か村には導師守護役とかいたんだし。

 だから、そう… ちょっと強引に押し切って認めさせただけのはず。そうに違いない。

 そう、セレニィは強引に自分を納得させる。

 

「軟禁、か… イオンも大変だったんだな。悪い、俺、さっきは言い過ぎだったかも」

「本当に大詠師様たちがそんなことを? でもイオン様の言葉に嘘は感じないし…」

 

「無理に信じてくれとは言いません。本来ならば話すべきではなかったことでしょうし…」

 

 その横でルークはイオンに同情の表情を浮かべていた。

 或いは共感できる何かがあったのかもしれない。

 ルークといえば、導師が行方不明ってことになってるとか言ってたような… あ、あれ?

 

「………」

 

「ど、どうしたんだセレニィ。なんか顔色が紫色だぞ?」

「セレニィ… しっかりして、セレニィ!」

 

「イエ、ナンデモアリマセンヨ?」

 

 うん、忘れることにしよう。自分はイオン様が何故ここにいるのか知らない。いいね?

 だから胃が痛むことなんてありはしない。きっと、これはちょっとお腹が減ってるだけ。

 

 絶対保身するマンはしめやかに現実逃避を開始した。

 だけど、一刻も早くこの問題を解決してエンゲーブに帰らないといけない。そんな気がする。

 

 気のせいだといいなぁ! そう思いながら強引に話をまとめ始める。

 

「失礼でしたら申し訳ありません。……イオン様はまだ成人には達されてませんよね?」

「あ、はい。……確かに、僕は14歳ですが?」

 

「そのお歳であれば、後見人や補佐役が付くことはなんら不思議なことではないと思いますよ」

「確かに… 真相がそういうことだったなら、イオン様のお話にも符合するわね」

 

「それは、そうかもしれません。……ですが、軟禁というのは」

 

 ティアがセレニィの言葉に納得して頷いている。だが、納得しにくいのはイオンの方だ。

 不当に軟禁されてきたという不満はどうしても燻ってしまう。こればかりは仕方ない。

 時間が許すならば、セレニィは自分で良ければいつまでも愚痴を聞いていたいとそう思う。

 

 だが今は一刻を争う。さっさと話を流さねばならない。

 

「導師の御身に何かあっては取り返しがつきません。皆、安全に成長して欲しいのでしょう」

「みんな僕に対して過保護なだけ… と?」

 

「確かに母上も、俺が剣術稽古をするってだけで心配するしなー。どこもそんなもんかもなー」

 

 そこにルークのナイスアシストが光る。

 いいぞ、ルークさん! 今日のMVPは君だ! 屑は心の中でルークに万歳三唱をしている。

 

「加えてイオン様はお若い。まだ学ぶことが沢山あるのではないでしょうか? 例えば…」

「……例えば?」

 

「一人で魔物の出る森にやってきたら御身を危険に晒し、周囲に心配させてしまうとか… ね?」

 

 冗談めかして悪戯っぽく微笑みながら言ってみれば、イオンは真っ赤になって俯いてしまう。

 真っ赤になってしまったイオン様かわえー! ここぞとばかりに脳内フォルダに保存しまくる。

 

「みんなイオン様のことが大好きで心配しているんです。その気持ちを分かってあげて下さい」

 

「……僕の視野は狭かったのかもしれません。セレニィもそう思ってくれますか?」

「大好きかって? 当然。いえ、そんな言葉では足りません。この気持ち… まさしく愛です!」

 

 実際は教団内の政治も絡むだろうから「みんな大好き」で簡単に片付く問題ではないだろう。

 しかし、セレニィ個人がイオンを好いているかと問われれば間違いなくYESである。

 

 イオンの問いかけに、親指を立てていい笑顔で答える。屑は最近調子に乗っているようである。

 

「(ここでダメ押しを)……それにイオン様、これは結果的に教団のためにも繋がるのです」

「え? そうなのですか?」

 

「はい。イオン様が仰るようにダアトが遠いなら本来この問題に教団が関われるのはもっと後…」

「なるほど… 教団が知る前にチーグルが討伐されていた可能性も0ではないということね?」

 

「えぇ、その場合は教団を信じるにせよ信じないにせよ… 民の心が乱れていたかもしれません」

「民の心が…」

 

「『民心乱れれば世は乱れる』と言います。世が乱れれば真っ先に被害を被るのは弱き人々です」

 

 セレニィは出来るだけ深刻な表情で言い切った。

 

 え? 嘘は言ってないですよ? 「風が吹けば桶屋が儲かる」くらいぶっ飛んだ理論なだけで。

 可能性的には0じゃない。ちょっと大袈裟に語っただけです。屑はそう開き直っている。

 

「この場に私たちが… そして、イオン様がいなければそうなっていたかもしれません」

「………」

 

「ですが、今だからこそ救うことが出来るんです。……エンゲーブも、チーグルも、教団も」

 

 他に頭の良い人が考えたらもっといいアイディアが湯水のごとく湧いてくるだろう。

 だが、セレニィではこの程度が限界だ。「これしかない」と思わせる詐欺しかできないのだ。

 

 そして、イオンを真っ直ぐ見詰めて続ける。

 

「あなたが、あなただからこそ出来ることなんです。胸を張って下さい。私はあなたを信じます」

「僕が… 僕だから、できること…」

 

 なんかいい感じのことを言っているが、屑は自分が生き延びることしか考えていない。

 感極まって緩みそうになる涙腺を無理やり堪えつつ、イオンは笑顔を浮かべる。

 

「僕がすべきは… そういうことだったのですね。教団を、人々を想うこと」

「多分そんな感じなんじゃないかと思います」

 

「今は認められずとも、一歩ずつ進んで真に認められる『導師』になること…」

 

 屑はメッキが剥がれかけている。

 

「僕の気持ちは定まりました。……みなさん、力を貸してくれますか?」

 

「へへっ… ま、乗りかかった船だ。しょーがねーから助けてやるよ」

「こら、ルーク! まったく、もう… イオン様の御心のままに」

 

「私の気持ちなんか今更でしょう? イオン様のために頑張りますよ! 当然じゃないですか!」

 

 さあ、あとはエンゲーブに帰ってあれやこれや報告したり対策を練るだけである。

 

「(はー… 疲れた疲れた。でも終わり良ければ全て良し… だよね。やり遂げたんだ、俺…)」

 

 ……などと平和に終わるわけがない。数分後にはセレニィの無邪気な笑顔が曇ろうとしていた。

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