TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー 作:(╹◡╹)
宿屋内は戦場となっていた。カウンターを挟んでセレニィと宿の亭主ケリーの一騎打ちである。
「まず水袋3つと着火道具を… 多少値が張っても構いませんのでいいものを。火打ち石ですか? ではそれをお願いします。もちろん油も一瓶。油差しも… サービス? ありがとうございます! あとは調味料を砂糖と塩を一瓶ずつ。あ、お醤油もあるんですか! これも一瓶ください! それから胡椒を… 一掴み一袋として8つ、とかお願いできます? OK? どうもです! そうなると調理器具と食器も必要になりますね… じゃあこの鍋とフライパンも。包丁はいいです、ナイフありますから。あと食器は… あ、陶器だと割れそうなので木製で。むむっ、3つ買うより5つセットの方がお買い得ですね… 予備も考えて買いますか。木製だから軽いですし。それから保存食もありますか? ふむふむ、二種類と… 試食出来ます? すみません、無理言って… ほう。こっちは濃くてこっちはパサパサしてると。それじゃこっちのパサパサしてる方をお願いします。濃すぎるよりは調理次第で味が変えられますしね。3人で… 5日分くらいで。あとは松明を… あ、そんなに長くて大きいのじゃなくていいです。別に長時間は使わないでしょうし… そうですね、それくらいのを6本で。うーん… 本当はテントとか毛布が欲しいところですが、重くなりますし。夜露がしのげるフード付きのマントとかあります? 多少通気性が悪くても厚手で頑丈な作りのものが… あ、いい感じですね。ルークさん、ティアさん、試着しておいていただけます? あ、そうそう。あと応急処置のための道具が欲しいですね。包帯と留め具と糸と針と… 傷薬は? え、グミなんですか? へー… では、それを5個ほど。そっちの色違いは? 精神力を回復するグミ? なるほど… ティアさんに必要かもしれませんね。しかし高い… では、3つ。あとは一応ロープを… はぁ、結構重くなりそう。それから手鏡も一つ。で、最後にこれらが入りそうな鞄を… 背負い袋になる? ですよねー。あ、でも、頑丈そうで悪くないじゃないですか。ギリギリ背負える、かな? よし、雑貨についてはこんなとこですね。ご協力どうもです、ケリーさん!」
セレニィの笑顔に、ケリーは頭を叩いて「嬢ちゃんにはまいったぜ!」と豪快に笑っている。
ルークとティアは指示されたマントの試着をしながら、セレニィの様子を呆然と眺めていた。
これまでの言動でそのコミュニケーション能力の高さは疑ってなかったが流石に予想外だ。
何故記憶喪失なのにここまでテキパキと買い物がこなせるのか、と少し疑問に思うほどである。
「記憶を失う前のセレニィは一体どんな子だったのかしら? ……興味が尽きないわ」
「確かにな。今も金勘定を暗算しているみたいだし、頭はいいみてーだけど」
「妙に礼儀正しくて年齢不相応の落ち着きがあって… 官僚の卵か、商家のお嬢様かしら?」
「そういうのにしちゃ、なんか旅慣れてる感じがしねーか? 今とかさ」
「……そうね。彼女のことを知るためにも、責任をもってしっかりと送り届けないと」
別にセレニィが彼女の言う地球にてサバイバル技術を磨いていたとかそういうオチはない。
単に絶対保身するマンとして、自身の生存戦略について徹底に徹底を重ねたいだけである。
なければ困るものを列挙していったら、とんでもない量になっただけというのが実情だ。
そも記憶喪失については2人の思い込みで彼女自身は一度も自身をそう言っていないのだが。
特に訂正しないまま流され続けてきたのがより酷い誤解を招いている気がしないでもない。
「というか、護身用に預けた私のナイフ… 包丁代わりにするって…」
「諦めろよ。今のセレニィは止められる気がしねー… きっと、大事に使ってくれるさ」
「そうよね… はぁ」
そのタイミングでセレニィが声をかけてくる。
「あ、お二人ともマントの試着は終わりましたか? でしたら、ちょうど良かったです」
「えぇ、たった今ね。他に私たちに用かしら? セレニィ」
「はいです。お手数ですが、武具類についてもお二人に合わせていただきたいのですが…」
「お、やっとか。へへっ、いつまでも木刀じゃキツかったからなー」
嬉々として武具選びを始めたルークを余所に、ティアはセレニィへと振り返り尋ねる。
「私とルークはいいとして… あなたの武具はどうするの? セレニィ」
先ほどの言からして、ティアが預けたナイフは包丁として使うことになっているはずだ。
いや、武具としても使うかもだが、出来れば魔物を刺したモノで調理してほしくない。
もしもの時は、それとなく注意してやめるように言って聞かせねば… そう思い身構える。
そんなティアの内心など知る由もない彼女は、手にしていたモノをティアへと差し出す。
「私ですか? 私はこれにする予定ですが」
「これを? これって杖じゃなかったの」
「まぁ、杖としても使う予定ですから間違いじゃないですよ」
それはティアが譜歌詠唱の助けとしている
セレニィ自身の背丈ほどはあるだろうか。
ティアのものと違い、特別な処理を施されているわけでもなくただの長い棒にすぎない。
さらには、錘もなく太さも細めで均一… とても武具として適しているようには見えない。
ティアの怪訝な表情を知ってか知らずか、セレニィは言葉を続ける。
「『突けば槍、払えば薙刀、持たば太刀、杖はかくにも外れざりけり』とも言いますしね」
「へぇ… 凄いわね。セレニィは棒術の心得があるの?」
「まさか! ルークさんのような剣技もティアさんのようなフジュツ? も、使えませんよ」
感心したティアの言葉に笑いながら首を振る。
「でも、お… 私が役立たずに終わったとしてもこの棒は結構使いでがあると思いますよ」
「なるほどね… 色々と考えているのね。凄いわ、セレニィ」
確かに物干し竿に使ったり遠くのものを押したり突いたり、様々な使い方が想定できる。
どの町でも購入が容易というのも嬉しい材料だ。上手く行けば旅の道中だって補充できる。
ある程度手荒に扱ってもいいならば最悪の場合、使い捨てにするという選択肢も取れる。
それは、高価なルークやティアの武具にはないメリットとしてセレニィの目に映った。
そもそも彼女は出来るだけ魔物の近くで戦いたくない。なので、長物以外の選択肢はない。
「(大丈夫、大丈夫… 獣くらいなら棒で牽制すればきっと… ある程度は、うん…)」
しかし槍も弓も心得などまるでない。だとすれば棒を適当に振り回すしかないのである。
臆病でチキンな彼女にとっては必要に迫られた選択肢であり、苦肉の策でしかなかったのだ。
あんな危険な最前線なんかで戦いたくはない。けれどこんなところで捨てられたくはない。
胃をキリキリ痛めながらも、ならば少しでも安全をと欲してしまうのは小市民のサガか。
「それじゃ私も武具選びをするわね。ありがとう、セレニィ」
「礼には及びませんよ。私自身のためにやったことでもありますし、それに…」
「私たちは仲間だもの… ね?」
「ですね!」
「フフッ… それでもよ。ありがとう、セレニィ」
お互いに笑顔を浮かべて別れると、ティアはルークの横に立って武具選びに加わり始めた。
セレニィにとって、ティアは他の人間と違って何を考えているか読めないところがある。
言葉と行動が一致しない部分が散見されるが、そこに彼女自身は矛盾を感じていないのだ。
以上のことを鑑みるに、恐らくティアはセレニィにとっては相性が悪い相手なのだろう。
彼女自身、こんな状況でもなければ眺めこそすれティアには決して近寄らなかったはずだ。
だが運命の悪戯か、今、二人は仲間として旅をともにしている。
「理解できない… なんて、甘えたことを言ってる場合じゃないしなぁ」
ポツリとつぶやく。
果たして和を尊ぶ日本人の気質か… 理解できないなりに、歩み寄っていこうと決意する。
少しずつ、少しずつ。
「(……でもダメだったら諦めよう、うん)」
すぐにヘタれるところはダメ人間ゆえであろうが。
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