TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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10.軍人

 セレニィを小脇に抱えた男たちは、村の奥にある(この村にしては)大きな家に到着した。

 その後にはルークとティアが硬い表情のままついてきており、油断なく周囲を警戒している。

 

 続いて男たちはその扉を開けると、ポイッとセレニィを放り投げドカドカと上がり込んだ。

 

「わぷっ! ……いったたた」

 

「こら! アンタたち、いきなりやってきてなんだい! 今、軍のお偉いさんが来てんだよ!」

「わかってるよ。だから食料泥棒を突き出しに来たんじゃないか… コイツをな!」

 

 彼らに放り投げられた時に打った尻をさすっていたセレニィは、そこで掴み上げられる。

 掴まれた襟首を支点にブラブラ揺れている現状は、まるで猫になったような気分にさせられる。

 

 試しに鳴いてみようか。などとまるで他人事のように考える。いわゆる一つの現実逃避だ。

 

「食料泥棒だって…?」

 

 半信半疑といった表情で掴み上げられた少女を見遣る。

 小汚い格好をしているが暴れる様子もなく大人しくしており、幼いが顔立ちも整っている。

 

 ……家出中のどこぞのお嬢様かなんかじゃないか? 家主は怪訝な表情を浮かべる。

 

「にゃー?」

 

 目が合うと、なんか鳴かれた。小首を傾げつつ。

 

「………」

 

 気まずい沈黙が漂う。家主の責めるような視線を受け、男たちも居心地悪そうだ。

 

 少女の同行者と思しき片目を隠した長髪の女性は、何故か鼻を抑えているが。

 

「す、すみません… なんか猫になった気分になってまして…」

 

 自分のせいで周囲の空気が重くなったと理解した少女は、恥じ入りながら謝罪した。

 空気の読めてない行動をしてしまったが、流石にそれくらいの空気は読めるのだ。

 

 家主である恰幅の良い女性はため息を一つ吐くと、視線を、男たちから少女へと戻す。

 

「アタシにゃただの猫の鳴きマネが好きな女の子にしか見えないけどねぇ…」

「そ、それは忘れましょうよ! 人の黒歴史を弄り回すのは良くないですよ!?」

 

「で、でも! 連れも含めれば男女三人組で、漆黒の翼かもしれないんだぞ!」

 

 赤くなって慌てる少女が醸し出すほのぼのした空気に、旗色の悪さを感じた男の一人が叫ぶ。

 途端に他の男からも「そうだそうだ」だの「怪しいから捕まえろ」だのの追随がはじまる。

 

 もしかしたら勘違いしたんじゃないかと思いつつあったが、今更引っ込みがつかないのだろう。

 

「ふぅ… ともかく、みんな落ち着いとくれ。これじゃ詳しい話もできゃしないよ」

 

「けどよ、ローズさん…」

「食料泥棒の件を解決しないと、俺らも生活が…」

 

 落ち着かせようと宥める女性… ローズ夫人であったが、彼らもそう簡単に納得はできない。

 そこによく通る声が割って入った。

 

「そうですよ、みなさん」

「大佐…」

 

 眼鏡をかけた長身の男性。ローズ夫人の呼び名からすると軍人のようだ。

 大佐と呼ばれた男にまで落ち着くよう言われ、男たちは不承不承ながら漸くセレニィを離す。

 

 ……彼女は再び尻を床に打ち付ける羽目になったが。

 

「あいたっ! すみません、ありがとうございます。ローズさんと… えっと…」

「コレは失礼。私はマルクト帝国軍第三師団所属ジェイド・カーティス大佐です… 貴女は?」

 

「あ、はい。セレニィと呼ばれています… えっと、ジェイド・カーティス大佐?」

「はい、なんでしょうか?」

 

「仲裁をしていただいてありがとうございました。……ローズさんも」

 

 尻の埃を払いつつ立ち上がり、頭を下げて礼を言う。

 男たちを落ち着かせただけだが、ちゃっかり仲裁をしたという既成事実を作ろうとしている。

 

 絶対保身するマンにとって権力とは絶対的な存在だ。むしろ窮地で利用しない理由がない。

 

「いいえ、大したことはしてませんよ」

「こっちも気にしないでおくれよ」

 

「とんでもありません。とても助かりました」

 

 互いに笑顔を交わし合い、和やかな雰囲気が流れる。

 

「それじゃ、そういうことで」

「おや? まだ話は終わっていませんが」

 

「ははは、ですよねー」

 

 セレニィはにげだした しかし まわりこまれてしまった!

 

 そのまま和やかな雰囲気に乗り、笑顔のまま出口に向かおうとしたセレニィ。

 だが、ジェイドはそれを阻止した。いい笑顔だ。コイツ間違いなくドSだ。

 

「さて、貴女は漆黒の翼と疑われているようですが… なにか反論はありますか?」

 

「ち、違います… 漆黒の翼なんかじゃありません」

「なるほど、貴女の主張は理解しました。では、それを証明するものはありますか?」

 

 証明? 証明ってなんだ? セレニィは思う。

 自分たちは客観的に見てただの不審者で部外者だ。

 

 この場に本物の漆黒の翼でもいれば別だろうが。しかし…

 

「漆黒の翼は戦艦で追ってた軍が無能で逃がしたし… もう壊れた橋の向こう側だし…」

「そーだぜ! あんなデカい船で追ってて逃がしちまったマルクト軍が悪いんだろーが!」

 

「二人とも、事実でももう少しマイルドに! ……その、橋の向こうに追い込んだとか」

 

 見かねたルークとティアがフォローに回る。麗しき友情である。

 唯一の問題点はフォローがフォローとして機能していないことであるが些細なことだろう。

 

 それを聞いたマルクト軍人であるジェイドは苦笑いを浮かべる。

 

「いや、実に耳に痛いですねぇ」

「あ、すみません。マルクトの軍人さんの前で…」

 

「いえいえ、謝るのはこちらの方ですよ」

 

 流石に失礼が過ぎたと頭を下げようとするセレニィの動作を遮り、ジェイドは口を開く。

 はて? 何のことだろうと首を傾げるセレニィにジェイドは伏せていた事実を明かす。

 

「なんせ件の陸上装甲艦タルタロスの責任者は、この私なのですから」

「……え?」

 

 ドSは爽やかな笑顔を見せる。

 

「無能ですみませんねぇ… あぁ、でもそれをご存知ということは貴女がたは先程の辻馬車に?」

「………」

 

 呆気にとられた表情で固まっているセレニィを眺めつつ、愉しげ… もとい楽しげに語る。

 

「ならば、貴女がたが漆黒の翼でないと証明されますねぇ。おめでとうございます」

「………」

 

「いや、無能なりにお役に立てて喜ばしい限りですよ。無能なりに。……ねぇ、セレニィ?」

 

 おめでとう、セレニィは明らかにドSそうな軍人に名前を覚えて貰ったぞ。

 

 流石セレニィと何故かドヤ顔で胸を張るティアと、気の毒そうに事態を見守るルーク。

 二人の視線とジェイドの嗜虐的な視線を受けながら少女はようやく現実を認識する。

 

「……え?」

 

 戦わなくてはいけない現実の壁は、彼女にとってあまりにも高く映っている気がした。

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