TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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105.声西撃東

 もはやお馴染みとなった大詠師モースの執務室で激論が繰り広げられている。

 

「バカな! そのようなことが出来るはずがありません!」

 

 ライナーは詰め寄り、思わずモースの執務机を叩き叫んだ。

 

 ここ数十分のやり取りで以前にも増して敬愛の念を抱くようになった大詠師への無礼。

 それに対する慙愧の念がないと言えば嘘になるが、当惑の感情がそれを上回った。

 

 一体モース様は何をお考えなのか? それが偽らざる彼の胸の内の思いである。

 

 モースはそんな彼の言葉をその眉一つ動かさず…

 いや、その眉ピクピク動き始めている様子だがおくびにも出さず穏やかに受け流す。

 

「落ち着き給えよ、ランマ君」

「ライナーです」

 

「それな」

 

 この状況が何を意味するのか賢明な読者諸氏にはもうお分かりであるかも知れない。

 

 そう、モース様(外の人)が怒声と机に響く衝撃で目覚めつつあるのだ。

 中の人を演じているセレニィにとっては大ピンチな状況である。

 

 しかし彼女がソレに気付く由もない。

 何故なら彼女は今、美女・美少女揃いの導師守護役アイドル化計画に夢中なのだから。

 

 この期に及んで後退の二字はない。

 今が押し時とあらば、全力で(口先で)押すのがセレニィの信条である。

 

 その際に足元がお留守になるのはもはやお約束であるとすら言えた。

 

「なるほど。君の言い分から前例がそう多くない考えであることは理解したよ」

「ならば…!」

 

「だがね、先程も言っただろう? ……私はこのローレライ教団を破壊する、と」

 

 底知れぬなにかを秘めた、しかし、本気と伝わる本気の言葉にライナーは絶句する。

 その胸中を掠めるは、その敬愛の念に劣らぬ形で生み出された彼に対する確かな畏れ。

 

 ゴクリと我知らず湧き出た唾を嚥下させる。

 

「(一体何だ、このモース様の自信に満ちた佇まいは… とても正気とは思えん…)」

 

 まるでモース自身ではなく、何者かがその口を借りて好き放題に喋っているような…

 そういえばモース様先程から口が動いていないし、声も机の裏から響いてくるような…

 

 そんな埒も無い妄想すら現実味を帯びてくるようですらある。

 

「(フッ、まさかな…)」

 

 ライナーは失笑とともに頭を振り、その思考を切り替えることを選択した。

 そしてクリアな思考でモースとアイドルについての話を継続する。

 

 もし大した見通しもないまま戯れで口にされているのであれば全力で止めてみせる。

 そんな確固たる決意を秘めて。

 

 ……ともあれ、結論から言うとモース様(中の人)は結構真面目に考えていた。

 いや、むしろこのオールドラントに来てから一二を争う真面目さで考え抜いていた。

 

 なんか良く分からないがアイドルという概念はここでは異端らしい。

 受け入れられず破綻してしまう未来とてあるかも知れない。

 

 いや、ランなんとか君の言い分ではそうなる可能性が極めて濃厚であるとのこと。

 だがしかし、それがどうしたというのだ。

 

 執務机の後ろに隠れているセレニィがニヤリと口角を上げる。

 ミュウもひそかに真似をする。

 

「(私は、なにも、困らない)」

「(ですのー!)」

 

「(いぇーっはっはっはー!!!)」

 

 屑である。

 

 そもそもセレニィとしては美女や美少女に心ゆくまでキュンキュン出来ればいいのだ。

 それだけでほんのり幸せであり、だからこそアイドルに夢を求めたいのである。

 

 その結果、ローレライ教団やモースがピンチになろうが知ったことではない。

 それどころか大歓迎である。倦厭する要素がビックリするほどに皆無なのだ。

 

 この世界に来てからこっち、ローレライ教団にはろくな目に合わされていない。

 というより、セレニィ視点では隙を見せれば襲いかかってくる危険集団でしかない。

 

 このデッドリーな世界観の原因の3割は担っていると言っても過言ではない。

 ローレライ教団をブッ潰したいというのは割りとマジな本心なのである。

 

 そうなるというのであれば、一石二鳥どころか一石三鳥のハッピー要素しかない。

 

「(アイドルも組織化する、ローレライ教団も潰す、どっちもやれるなんて最高!)」

 

 むしろ彼女を張り切らせてしまう羽目になったのは、皮肉としか言いようがなかった。

 

 かくしていつ終わるとも知れぬ激論の末に…──

 ライナー君もその熱意の前に折れて、ここにローレライ教団アイドル部が誕生した。

 

 これにはセレニィとついでにミュウも思わずニッコリ。

 まさに幸せの絶頂であった。

 

 しかし、禍福はあざなえる縄の如し。

 突如響き渡る轟音とともに、頑丈なはずの執務室の扉が揺れる。

 

「……ここからセレニィの匂いがするわ」

 

 ナチュラルボーンテロリストが現れる。

 それは、蜜月の時が儚くも終わりの時を迎えようとしていることを意味していた。

 

「ぎゃあああああああああああああッ! 出たぁあああああああああああああッ!?」

 

 セレニィは泣いた。

 

 

 ──

 

 

 ライナーは激怒した。

 

 ライナーはディストの副官とはいえ、その実態は内偵を請け負う便利屋に過ぎない。

 大した実権があるわけでもなく、出世の展望など見えはしない。

 

 それでも自分を見出し、様々な改革案を語ってくれたモースへの敬愛の念は強かった。

 そんなモースがまるで女の子のような悲鳴を上げさせられている。

 

 そうさせた恐るべきテロリストの存在を断固として許すわけには行かなかった。

 机などを運びバリケードにしようとするも、その眼前で扉が物理で破壊されてしまう。

 

 立ち尽くすライナーの前に歩み出るは、片目を隠すような長髪をなびかせる美女。

 

「(間違いない。コイツが、漆黒の翼の首魁ノワールか…!)」 ※違います

 

 部屋の中をまるで物色するかのようにゆっくりと睥睨するその余裕が癇に障る。

 

 彼女の奥には良くは見えないが二人分の人影。

 間違いない、3つの大陸に名を馳せる大怪盗・漆黒の翼だ(違います)。

 

 震えそうになる自らの足を叱咤して、その前に立ちはだかる。

 大詠師モースは己の信仰心を高めることで高価そうな花瓶を粉砕することに成功した。

 

 それに及ばぬまでも自分だって… ライナーはなけなしの勇気を振り絞り宣言した。

 

「ここは一歩も通さないッ!」

 

 瞳に強い力を込めて睨み据える。

 侵入者の女性、教団の制服を何処からか調達した漆黒の翼のノワールを(違います)。

 

 女性… ティアさんはようやくライナーを認識すると、おもむろに言葉を紡いだ。

 

「邪魔よ。ナイトメア(物理)」

「ドゥブッハァッ!?」

 

 現実は非情であった。主にティアさんが非情であった。

 ちょっとした思い付きで王族に連なる公爵家を正面突破しようとした女は格が違った。

 

 一方ライナー君は命に別条はないものの洒落にならない痛みを味わっていた。

 ティアさん必殺のナイトメア(物理)を鳩尾に受け内部にダメージが浸透していく。

 

 身体は動けない。徐々に薄れゆくそんな意識の中で彼は思う。

 

「(これ絶対ナイトメアじゃない。モース様、お逃げを… コイツ人類の常識が…)」

 

 ティアさんという人類の例外へのツッコミとモースの身を案じる忠誠心。

 それらを抱きながらついにはライナーは膝をつき、そして倒れ伏すのであった。

 

 一連の動きを察したのか、セレニィが恐る恐る執務机の陰から顔を覗かせる。

 胸元にはミュウも抱きしめている。

 

 不安で心細かったのだろう、彼女の眼尻には涙が溜まっていた。

 そんなセレニィに向かってティアさんは中腰になって両腕を広げる。

 

 そして、優しい笑顔を浮かべてこう言うのであった。

 

「迎えに来たわよ、セレニィ」

 

 暖かい言葉に、弾かれるように駆け出すセレニィ。

 そして両腕を広げているティアさんの… 横をすり抜けてアニスの胸へと飛び込んだ。

 

「わぷっ! っと、もうダメじゃないのセレニィ。勝手に誘拐されちゃ」

 

 小柄な少女とはいえ、若年ながら導師守護役に抜擢されたアニスである。

 身じろぎもせずに軽々と1人と1匹の突撃を受け止めて、優しくその頭を撫でる。

 

 アニスに抱き締められたセレニィは満面の笑顔でお礼の言葉を述べる。

 

「助けに来てくれてありがとうございます。流石に今回はちょっと不安でした」

「仲間を見捨てるワケないでしょー、まったくもー。……ま、無事で良かったじゃん」

 

「ですのー!」

 

 真っ直ぐな感謝が気恥ずかしいのか、視線を逸らしながらアニスはそう応えた。

 

 一方で中腰の姿勢のまま固まっているティアさんである。

 不審がったミュウが突いたりしているが反応する様子がない。

 

 ようやく、建て付けの悪いドアのような音を『ギギギ…』と出しながら首を動かす。

 そしてアニスと話しているセレニィの姿を見て、そっと笑顔を浮かべて見せた。

 

 その目にはほんのりと涙が浮かんでいる。

 

「……いいの。私は、セレニィが笑顔なら」

 

 悲惨。その一言に尽きる。

 

 常日頃から明後日の方向性に全力疾走する傍迷惑な彼女だが、その善意は本物だ。

 特に今回は割りと真面目にがんばっていたのである。流石にこの仕打ちは酷い。

 

 セレニィもソレを自覚したのか、アニスに促される前にそっと彼女の傍に近寄った。

 クイクイと彼女の袖を引き、先のアニスのソレの如くそっぽを向きながら小声で囁く。

 

「えっと、ティアさんも… その、助けに来てくれてありがとうございました…」

「セレニィ!」

 

「のぅわッ!?」

 

 感極まって抱き締めてこようとするティアさんの動きを回避する。

 躱し、避ける。都合三度。

 

 白熱する攻防は、ミュウを彼女の顔面に押し付けることでお開きと相成った。

 どっと疲れて汗を拭うセレニィに向けて満面の笑顔でティアさんが声を掛けてくる。

 

「セレニィは私のことが一番大好きだものねー?」

「えっ? まぁ、その、なんといいますか…」

 

「……仲良く歓談しているところ悪いけれど、どうやら嗅ぎつけられたみたいね」

 

 しかし、そのじゃれ合いを怜悧な色を乗せた声が制する。

 ティアさんとアニスに同行していた、本物のノワールである。

 

 耳を澄ませば、確かに大勢の人が集まってくる気配が響いてくる。

 このままでは袋の鼠となってしまうことは想像に難くない。

 

 セレニィは表情を青褪めさせ小刻みに震えだす。

 

「あわわわ… ど、どうしよどうしよ…」

「モタモタしてたから逃げる時間がなくなっちゃったんですのー?」

 

「ミュウさん言い方ぁ!? そのとおりだけど言い方ぁ!?」

 

 しまいにはグルグルその場を回り始めるセレニィとミュウ。

 そんな1人と1匹を尻目に残る3人は着々とバリケードを築いていく。

 

「う、うーん… 一体何が… ぬっ! 貴様はセレニィ」

 

 その時、騒ぎに乗じて大詠師モースがついに目覚める! 

 

 まさに前門の虎、後門の狼。

 合流を果たしたものの、一行は一転して窮地に陥るしかないのだろうか? 

 

 信頼している教団直属の衛兵が駆け付ける気配がもはやモースの耳にすら届く状況。

 そんな彼の視点が突如、比喩的表現抜きに持ち上げられる。

 

 自らを見上げたまま固まっているセレニィ。無論、今度こそ逃がすつもりはない。

 フフフ、果たしてどのような罰をくれてやるべきか。

 

 起き抜けながらそんな思考を巡らせていた彼の耳朶に、ティアさんの声が届く。

 

「奥の重そうな机もバリケードに、そぉい!」

「ぐわぁあああああああああッ!?」

 

「……あら、よく見ず投げちゃったけど何かいたかしら?」

「も、モースさーんッ! ……フッ、迷わず成仏してくださいね」

 

 手を合わせながらも爽やかな笑顔でそれを見送るセレニィ。

 大詠師モース、短くも儚い目覚めの時であった。

 

 現在は大詠師兼バリケードの一部として新たな活躍が期待されている模様である。

 ちなみにライナー君は流石に危険なのでセレニィが部屋の隅に避難させている。

 

 扱いに若干の差が見られることに他意はないはずである。恐らく、多分、メイビー。

 

 

 ──

 

 

「ふぅ… なかなか良い具合に仕上がったわね」

 

 上気した肌と額に浮かぶ汗を拭うその仕草には仄かな色気が見え隠れする。

 汗を拭いながらティアさんは、満足そうにそう呟いた。

 

 大詠師という御利益半端なさそうな人柱の協力も得て無事にバリケードは竣工された。

 しかし、いくら頑丈な扉といえど先程ティアさんが叩き壊してしまったモノである。

 

 駆け付けた教団の本部直属の衛兵を長く足止めできるほどの代物ではないだろう。

 いや、そもそも脱出する目処が立たぬ以上はどんなに頑丈であろうと意味がないのだ。

 

 不安気な様子で表情を曇らせているセレニィの肩を、アニスが元気よく叩く。

 

「だ~いじょうぶ! ここまでは予定通りだから。というわけでティア、おねがい」

「えぇ、わかったわ。アニス」

 

 アニスの合図にティアは頷き、硝子張りの窓の前に立つ。

 そして深く腰を落とし…

 

「え、ちょっとちょっと…」

「ハァッ!」

 

 窓を豪快に叩き壊した。

 

「えぇえええええええええええええええッ!?」

 

 かなり高い階層に位置する部屋である。

 当然、一気に強い風が入ってくる。

 

 なにがなんだか分からないと言った表情で呆然と立ち尽くすセレニィ。

 そんな彼女を見て微笑むと、アニスは懐から取り出した小笛を向かって吹き鳴らした。

 

「じゃ、いこうか」

「……本当に大丈夫なんだろうね?」

 

 事も無げに言ってのけるアニス。

 それに対し、ここまで沈黙を守ってきたノワールは半信半疑と言った表情で呟く。

 

「もっちろん! 疑ってもいいけど、ここまで来たら乗るしかないんじゃないの~?」

「……やれやれ」

 

「あの、詳しく説明を…」

 

 アニスの言葉に反論もできず、苦虫を噛み潰した表情で渋々と同意するノワール。

 一方でセレニィは状況がつかめないままである。

 

 流石にこの階層から飛び降りたら死んでしまうことは間違いない。

 ロープか何かで降りるにしても、下の階にだって人は集まりつつあるだろう。

 

 果たして、コレを逃げ切れるかどうかは運次第になるのではなかろうか。

 

「ソレはねぇ… おっと、お客さんが大勢おこしみたいだねっ!」

「ひぃいいいいいいいいいいいいいいっ!?」

 

 アニスがセレニィの求めに応じて説明しようとしたその時のこと。

 執務室の扉がドン、と強めにノックされた。

 

 駆け付けた衛兵たちが体当たりを試みているのであろう。

 一撃ごとにドアやバリケードの軋む音、モースの呻き声などが聞こえてくる。

 

 アニスはその様子にやれやれと肩をすくめた。

 

「……仕方ないね。説明は後にしよっか! ティアはミュウをちゃんと持った?」

「勿論よ。言われるまでもないわ」

 

「おっけーおっけー。じゃあ、セレニィは私が担当するねー」

 

 アニスは嬉しそうにセレニィの手を取る。

 そしてまるでステップを踏むかのような軽やかな動作で窓際へ向かって歩み出る。

 

 引っ張られるように彼女についていくセレニィ。

 とはいえ流されるばかりではいられない。ことは命に関わるのだ。

 

 時間がないならないなりに説明を求めなければ。そう決意して口を開く。

 

「いや、あの、ですから説明を…」

「ね、セレニィ」

 

「はい」

 

 しかし、美少女の言葉を遮ることはポリシーが許さず話の主導権を譲ってしまう。

 弱い。しかしそれこそがセレニィなのである。

 

 囁くように耳元で美少女に語りかけられれば聞かぬという選択肢は存在しない。

 相も変わらずハニートラップ系への対応に驚異の紙装甲ぶりを披露する生命体である。

 

 密かに落ち込むセレニィの内心を知ってか知らずかアニスは言葉を続ける。

 

「パパやママに会いたいって思った時に背中押してくれたよね? 私、嬉しかった」

「それはまぁ… アニスさんのこと好きですから。私にとって当然のことです」

 

「……ふぅん。恥ずかしいこと、平気で言うんだね?」

「まぁ恥ずかしいと言えば其処までがんばったのに今こんな状況で迷惑かけてたり…」

 

「フフッ、ホントにね。……でも、それがセレニィだし」

 

 穴があったら入りたいとはこのことか。

 

 アニスのためにがんばってお膳立てしたのに自分のヘマでアニスに迷惑をかけている。

 死にたい。恥ずかしくて死にそうである。

 

「私はね、セレニィ、私の人生の足を引っ張る無能のことが嫌い」

「……あはは」

 

「今まさにこんなに私たちに迷惑をかけまくってるセレニィとか、その筆頭だよね?」

「ですよねー!? ……泣きたい」

 

「なのに、なんでかな… 嫌いになれないんだ。だから、こんな私も無能で大嫌い」

 

 そうして空の世界へと続く即席のタラップとなった窓縁に、アニスは足をかける。

 

 風の音が聞こえる。

 身体に吹き付けられる風が、体表の熱ばかりか心胆までをも急速に冷やす錯覚に陥る。

 

 震えるセレニィを見て、アニスは頬を薔薇色に染めて悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「ね、セレニィ。無能同士、一緒に死のっか」

 

 そんな花咲くような微笑みを向けられ、セレニィは一瞬だが言葉もなく見惚れて。

 だからこそ、ロクに抵抗もできないままに彼女に引っ張られて空へと投げ出された。

 

「ぎゃああああああああああッ! 死ぬ、死ぬぅううううううううううううッ!?」

 

 大音量で泣き叫ぶセレニィ。

 しかし直後、思ったより近い地面の感触に恐る恐る目を開くと。

 

「セレニィ、大丈夫? ……もう、アニスは驚かせすぎ」

 

 怪鳥フレースベルグを操るアリエッタの姿。

 

「あっはははははは! ごめんごめん。面白くてついついからかっちゃった」

 

 セレニィを抱えながら大笑いをしているアニス。

 

「まったく… 趣味が悪いわよ、アニス」

「……こっちは外様なんだからね。あんまりからかわないでおくれよ、心臓に悪い」

 

 ティアとミュウ、ノワールも彼女たちに続くフレースベルグにそれぞれ騎乗している。

 

 執務室に雪崩込んだ教団の衛兵たちが、地面で待ち構えていた衛兵たちが。

 全て背後の景色へと遠ざかっていく。

 

 セレニィたちは怪鳥フレースベルグの背に乗り、空からまんまと逃げおおせたのだ。

 

「し、死ぬかと思ったぁ… アニスさん! ホントに怖かったんですからね!?」

「ごめんって。夕飯のおかずオマケするし、大佐の嫌味からも庇ってあげるからさぁ」

 

「つーん!」

 

 茜色に染まる空の上に、複数の和やかな笑い声が響き渡ったという。

 

 

 ──

 

 

「えぇ、はい。確かに見ました。3匹の怪鳥が群れをなし西の空に飛んでゆくのを」

 

「人を乗せていたかどうか、ですか? ふむ、言われてみれば確かに…」

 

「国際犯罪者となれば我が国も協力を惜しみませんとも。陛下にはしかと上奏します」

 

「それでは、追跡調査の成功をお祈り申し上げます。どうかご武運のほどを…」

 

 たまたまダアトに任務で来ていた“善意の情報提供者”が詰め所から姿を見せる。

 この世で善意から最も程遠い人物ジェイド=カーティスである。

 

 ルークとナタリアが詰め所から出てきたジェイドのもとへと駆け寄る。

 

「どうだった、ジェイド?」

「こちらの仕込みは完了しました。中々に善意に溢れた良い街ですね、ここは」

 

「まったく… あまり嬉しそうに振る舞っていては品性の底が知れましてよ、大佐」

「おっと、これは失礼。ところで、そちらの首尾はいかがでしょうか?」

 

「ガイもトニーも問題なく調達できた。後はセレ… ゴホン、合流するだけだな」

 

 うっかり名前を口に出しそうになったルークをナタリアが制する。

 結果、ルークはなんとか咳払いで誤魔化した。

 

 声は潜めているものの何処に目があるか分かったものではない。

 幸い、ジェイドが観察した限りでは周囲に監視の目はない。安心してもよいだろうが。

 

「では、予定通り明朝まで時間を置いて東門から悠々と出ましょうか」

 

「分かった。じゃあ、えっと俺は…」

「ちょっとルーク。あの子の無事な姿を確認したいのはわたくしも一緒ですわよ?」

 

「まぁまぁ、お二人とも。トニーたちのところには私が向かいますから」

 

 言い争いが始まりそうになった気配を察して、馬車担当への連絡役を請け負う。

 そんなジェイドに二人は礼を言うが早いか駆け出していく。

 

 彼らの背を見送り、くつくつと笑いながら誰にともない独り言をつぶやく。

 

「まったく… 我ながら丸くなったものですねぇ。一体誰の影響を受けたのやら」

 

 馬車担当メンバーのもとに向かいながら、今回の『策』について脳内で思考に耽る。

 

 アニスやティア、アリエッタらには所定の場所で待機するよう言い含めている。

 敢えて目立つ怪鳥で救出を行わせて、派手な形で西に向かわせたのもそのためだ。

 

 例えジェイドの通報がなかったとしても他の市民からの声も集まることだろう。

 しかも相手は三大陸に名を轟かせる大怪盗『漆黒の翼』である。

 

 そこらの木っ端盗賊ならいざ知らず、彼ら相手には追跡調査隊を編成せざるを得ない。

 ダアトの警備はある程度緩くなってしまうことは否めないだろう。

 

 ……特に、そう、逃げ出したと思われる西側の『反対方向』である東門の警備は。

 

「『声西撃東の計』とでも名付けましょうかね」

 

 まずはダアトからの安全な脱出。

 続いて可能ならばアクゼリュス方面より進行中のヴァンたち六神将たちとの情報交換。

 

 眼鏡のブリッジを持ち上げながら、ジェイドの冴え渡る頭脳がその回転を早める。

 

「やれやれ、まったく… 退屈だけはしませんねぇ。このメンバーは」

 

 そんな彼は一人苦笑いをしながら、夕焼け空を見上げながら肩を竦めるのであった。









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