TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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98.同化

「ふぅ… む。最近は書類を隅々まで確認するのも億劫になってきたな」

 

 世界で唯一公認された宗教組織ローレライ教団の総本山ダアト、その中心に位置する大教会。

 その内部… 厳重に守られたエリアであるはずの大詠師用の執務室で男は(ひと)()ちた。

 

 年齢は四十を過ぎた頃だろうか? 法衣をキッチリと身に纏い、書類を睨みつけている。

 長旅を終えて帰還したばかりにもかかわらず、彼は、熱心に貯まった執務に取り組んでいた。

 

 落ち着いても良いだろう年齢の割りに良きにつけ悪しきにつけ精力的に働くのがこの男だ。

 

「歳を言い訳にはしたくないものだが… いや、ここが頑張りどころであろう」

 

 チェックを終わらせた書類を机の上に置き、眉間を揉み解しながら大きく溜息を吐いた。

 

 かつてキムラスカにて政治顧問として辣腕を振るっていた大詠師モースその人である。

 とはいえ、それも今は昔の話。

 

 ここダアトではその影響力はまだまだ残っているとは言え、決して軽くない痛手を被った。

 

「フン… 返す返すも忌々しい小娘よ」

 

 ふとキムラスカで起こった“あの日”のことを思い出し、憎々しげに言葉をこぼした。

 

 甘言を弄し国王を取り込み、居並ぶ重臣一同も意のままに操り舞台装置としてみせた弁舌。

 暗部の手を巧みに逃れ、六神将と敵対する立場でありながら彼らの元に身を寄せる胆力。

 

 邪悪、狡猾、悪辣… それら全てが凝縮された存在。それが彼にとってのセレニィであった。

 

 ――故に。

 

 彼女の動きを逆手に取り、預言(スコア)に詠まれていたアクゼリュスの崩落に巻き込ませたのだ。

 その底が瘴気渦巻く奈落… 魔界(クリフォト)と呼ばれる死地へと通じていると知っていたが為に。

 

 万が一、億が一生き延びたとして… 身動きの取れない瘴気の海の中では長くは保たない。

 かつて崩落したホドのようにユリアシティに近い位置にあるならば生存の可能性はある。

 

 しかし、アクゼリュスの位置からはどのように崩落したとしてもユリアシティには届くまい。

 

 暗部の報告を受けながら時間の許す限りモースは計画を練り続け、ついには実行に移した。

 そして連中の裏をかき計画通りに事が運んだ。

 

 無論、残念な点はいくつかある。

 預言にある通り『聖なる焔の光』を使いたかったのだが、果たせなかったのもその一つ。

 

 備えとして試作品の擬似超振動発生機関と導師のレプリカを持たせていて幸いだった。

 預言通り『聖なる焔の光がアクゼリュスにいる』状況で『其の力を災いに』することに成功。

 

 そして預言に逆らおうとする不心得者どもを纏めて崩落により葬ることに成功した。

 

「いざ終わるとなると呆気ないものであったがな… いや、そんなものか」

 

 其のために、敬虔なる暗部たちや擬似超振動発生機関を喪ったのは慙愧(ざんき)(ねん)に耐えないが…

 その犠牲はこれまでも続いてきたのだ。連綿と続く世界(オールドラント)の二千年の歴史の中で。

 

 あとはユリアが詠まれた『未曾有の繁栄』を為すために、我々一同がより一層励むのみ。

 今までの努力が報われ全ての障害は取り除かれた。もう誰も邪魔をする者はいないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――それは本当に真実なのか?

 

「………」

 

 そんな愚にもつかぬ戯言が脳裏を掠め、モースの背筋をゾワリと震えさせた。

 

「フッ、それこそまさか」

 

 それでもヤツ等は… いや、“ヤツ”めは死んでいないのではないか?

 一瞬浮かんだ懸念を一笑に付す。馬鹿馬鹿しい。ありえない。

 

 確かに自分は稀代の知将でもなければ預言を超えた未来予知を出来る器でもない。

 だが、だからこそ自身を決して過信はしないし計画は綿密に練る。

 

 ダアトでは運営を統括できる大詠師という役にあるものの他国から見れば導師の部下の一人。

 政治顧問にでもならなければ真の意味で国政に口を出すことなど夢のまた夢である。

 

 出来ることは限られる。どうしても不足はあるかもしれない。その中で最善は尽くした。

 だが、それでも… それこそ那由多のうちに一つでもアレが生還するようなことがあれば…

 

 そこまで想像してから、モースは忌々しげに拳を握り締めた。

 

「(……アクゼリュスの崩落に巻き込ませたのは失敗であったか?)」

 

 モースは今度こそ、自身の手がジットリと汗ばんでいる事実から目を逸らせないでいる。

 

 ヤツを悪しざまに貶めるよう部下たちに命じ情報操作をダアトの教区内で徹底させた。

 確かに、教団の威信にかけてその影響力を破壊しようという狙いがあったことは否めない。

 

 ……ならばその根底にある感情は?

 

「ふぅ… いかんな。少し、休憩をするか」

 

 だが、敢えてそこに踏み込まずに気持ちを切り替える道をモースは選択した。

 伸びをしながら立ち上がり背後のカーテンを掴むと、サッと手を引いた。

 

 暖かな日差しが部屋の中に差し込む。

 朝方に帰還したばかりと思っていたが、陽は既に中天に達していているようであった。

 

 彼は窓の外にある景色… ダアトの街並みを視界に収める。

 始祖ユリアの慈愛に包まれ、多くの信仰心に守られた美しい街並みだ。

 

 思わず表情を緩める。

 

「……あぁ、美しいな」

 

 彼は多くの醜いものを見続けることで、ついにはこの地位に上り詰めることができた。

 世界には、このオールドラントには醜いものがそれこそ数え切れないほど存在する。

 

 預言を便利な道具のように扱い、自身の栄達のために利用することしか考えない王侯貴族。

 神聖なる教団内部ですら公然と蔓延らんとする不正や腐敗。

 

 同じ庶民でありながら自身より力の弱いものを虐げようとする愚物。

 彼らは預言を食い物にしておきながら、いざ自分の破滅が詠まれれば醜く足掻き始める。

 

 そのようなことが赦される筈がないではないか。

 薄汚い不心得者どもに人類全ての繁栄のための二千年の犠牲の重み以上の価値があるとでも?

 

 失笑モノとしか言いようがない。だが、何よりも笑えるのは他でもない。

 

「私自身、連中と同じ穴の狢でしかない… ということか」

 

 この地位に来るまでに綺麗なままでいられたか? 無論、非才の身で出来ようはずもない。

 

 多くの腐敗に関わり不正も行った。

 唾棄すべき佞臣(ねいしん)たちに()(へつら)い預言を代価に権益を譲り受けたことなど数知れず。

 

 時には明らかなる正義の徒を罠に嵌めて陥れたことすらある。

 

「フン… それでも私は、今は死ぬわけにはいかぬ」

 

 叶うことならばいつまでも遠目に、眩しげにこの美しい景色を眺めることができればいい。

 繁栄の(もたら)された美しい世界は敬虔な信者たちにこそ相応しい。心からそう思う。

 

 新しい世界に醜い存在は不要だ。言うまでもなく己などその不要な存在の筆頭であろう。

 だが、自分は今死ぬわけにはいかない。まだやらねばならないことがあるのだから。

 

 その姿は、破滅を前に怯えていたあの不心得者どもとどう違う? 何も変わりはしないのだ。

 しかし、それでも… 自らの度し難いまでの醜さを自覚してなお、譲れないものがある。

 

「ユリアよ… 御心あらば、どうか私がこの大事業を成し遂げられるよう見守りください」

 

 縋り付くしかない。それが自分に残された最後の価値であるのだから。

 

 決意を新たにして気分転換は為った。さて、聖務の続きを再開するとしよう。

 そう考えて席についた彼の前で、ノックすらなく扉が開かれる。

 

 水を差されたような気分でモースはこの無粋なる侵入者に声をかけるのであった。

 

 

 ――

 

 

 お分かりいただけただろうか?

 

 真面目に(一部の)人々のために(ちょっぴり悪どい)お仕事をしようとしていた大詠師様。

 そんな彼を花瓶でぶん殴って昏倒させるという、神をも恐れぬ所業を成し遂げた邪悪の化身がこの部屋にいるらしい。

 

 さて、その噂の邪悪の化身(セレニィ)はと言えば…

 

「ミュウさん! ちょっとそっち持ってください!」

「はいですの!」

 

「急いで! 鍵をこじ開けられて部屋の中に雪崩れ込まれる前に!」

 

 可能な限り声を潜ませつつ、意識のないモースの身体を移動させようとしていた。

 ミュウも手伝ってはいるものの生物としての大きさが違う。作業は遅々として進まない。

 

 扉のノックの音がいつしか体当たりの音に変わっている。後は時間との戦いだ。

 

「(たったひとつの冴えたやりかた… それは…)」

 

 モースを背負い、なんとか目的地までたどり着いて作業をすすめる。

 そして作業がなんとか整い、準備を終わらせた刹那…

 

 執務室の扉が荒々しく開かれた。

 

 教団員である男性が見たのは、逆光を背負い奥の執務用の席に掛けている大詠師の姿。

 その姿勢は机に両肘を立てて寄りかかり、両手を口元の前で組む威圧感を感じさせるもの。

 

 そして重々しい、くぐもった声が無礼な闖入者に向かって発せられる。

 

「何事だ、騒々しい。……此処を大詠師の聖務室と知っての狼藉か?」

「ハッ! いえ、賊が侵入したとの話を聞いて… お声もないようでしたので不安になり」

 

「狼狽えるな。たかだか賊の一人で何が出来る? このとおり私は一切何も問題はない」

 

 男性が居住まいを正して危険を報告をすれば一蹴される。そして妙に無事を強調された。

 侵入したと目される賊はかの有名な『漆黒の翼』。三人組であることは間違いないのだが。

 

 とはいえ、今は安全であってもいつまでもそうであるとは限らない。

 気難しいことで知られる大詠師に、どのようなやり方で避難行動を注進すべきだろうか?

 

 そんなことを考えている教団員の男性… その向かいにある執務机の影で。

 

「用がそれだけならばさっさと帰るべきではないかな。午後からは休みにしてあげるし、うん」

「え? いえ、しかし! 先程も申し上げたとおり賊の侵入によりここは決して安全とは」

 

「愚か者! 信仰心が足りんぞ! 信仰心があればなんでも出来る! 公爵家襲撃とかネ!」

 

 小さくまさに隠れるように膝を畳み、口元に手をやっているセレニィの姿があった。

 彼女の膝の上のミュウも口元に手をやるポーズで真似をしている。

 

 そしてセレニィが口を開けばくぐもった声となって、部屋にいる男性には聞こえるだろう。

 つまり、彼女の導き出した“たったひとつの冴えたやりかた”とは…

 

「(それは、私自身がモースさんになることだ…!)」

 

 胸中でそう叫んで、小さくガッツポーズを決める。

 そんなセレニィさんの瞳は極度の不安と緊張からぐるぐる回っていた。

 

 悲しいことに、デッドリーなイベントの連続でセレニィは追い詰められた獣になっていた。

 果たして彼女はティアさんの経験を活かしてこの窮地を乗り越えられるのだろうか?

 

 なお、ティアさんはどこかの小市民が庇わなければ死刑相当の罪を払拭できなかった模様。




ひっそりといただきものをUPします。
きれいな せれにぃ


【挿絵表示】


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無月緋乃さん(pixiv id=1277419)からのいただきものイラストです。
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