TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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番外編
01.セレサンタ


 しんしんと夜闇の中に雪の降りしきるケテルブルグ… 今宵もヤツはやってくる。

 

「ハーッハッハッハッ! メリー・クリスマスーッ!」

 

 ヤツが何者なのか。何の為に『あのようなこと』をしているのか。

 その全ては謎に包まれている。ハッキリしていることはただ二つ。

 

 ヤツが一年に一回、特定の日にのみ出没すること。

 そして…

 

「クソッ! 追え、追えー! 『セレサンタ』を逃がすなぁーッ!」

「誰が捕まってやりますか! ほら、スピードアップですよ! トナカイさん!」

 

「了解よ、『セレサンタ』!」

 

 誰かが呼び始めたのか、あるいは自分で名乗ったのか。

 ……『セレサンタ』、そう呼ばれている赤き衣を纏った不審者(しょうじょ)であることである。

 

 

 

 ――

 

 

 

 慌ただしくセレサンタを追う官憲たちが通り過ぎてゆき、路地には静寂が戻る。

 その路地裏からひょっこりと美しい女性が顔を出して、左右を確認する。

 

 亜麻色の髪をロングに伸ばして片目を隠した、スタイルの良い女性である。

 しかし何故か鹿のような動物の着ぐるみを着ており、相当に間抜けにも見える。

 

「よし、行ったみたいよ。セレサンタ!」

「ふぅ… やっと撒きましたか。まったくこんな夜だというのに、お仕事熱心な連中ですね」

 

「よく言うけど『こんな夜』って? ただのローレライデーカン47日の夜じゃない」

「暦の上ではただの13月47日ですが、『クリスマスとして祝う』ことがルールなのですよ」

 

「そう。ルールなら仕方ないわね」

 

 オールドラントにかような風習はない。

 されどルールならば仕方ない。

 

 重ねて言うが、オールドラントにかような風習はない。

 これはセレサンタ独自のルールなのである。

 

「さて、そろそろいきますかね」

 

 白い息を吐きながらセレサンタが立ち上がる。

 

「……今夜もやるの?」

「当然! それがルールですからね。行きましょう、トナカイさん」

 

「そう。ルールなら仕方ないわね」

 

 もう一つのルールを果たすため、傍らの女性『トナカイさん』に声を掛ける。

 彼女は着ぐるみから美しい髪をなびかせて、腕を組みつつ頷いた。

 

 ……相当に間抜けな光景である。

 

 さて、セレサンタにはルールがある。

 一つは『クリスマスイブ(自分ルール)に出没すること』。もう一つは…

 

「さて、今宵も子供たちにプレゼントを配りましょうか… 間に合うかなー」

 

 もう一つは『夜明けまでに子供たちにプレゼントを配り終えねばならない』というもの。

 それが何故なのか、守られなかった時にどうなるか… セレサンタ自身にも分からない。

 

 ただ、やらねばならないということだけはハッキリしていた。

 ルールとは守るべきものであるからだ。

 

「私たちならきっと出来るわよ、セレサンタ」

「そうですね。頼りにしてますよ? 相棒(いざとなったらコイツ囮にして逃げよう)」

 

「フフッ… 任せて、セレサンタ(私を頼りにしているセレサンタ可愛い)」

 

 歪なコンビは官憲の目を盗んで、ケテルブルグの夜闇に躍り出るのであった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 それから、それなりの時間が経過して…

 

「よし… 粗方の子供の家にはプレゼントを配り終えましたね」

「えぇ、官憲は私たちの用意したダミーにかかったみたいね」

 

「赤い衣を纏った案山子を、ケテルブルグ内各所に配置。それと同時に罠を仕掛ける」

「……近付いて捕まえようとすれば罠が発動し、逆に囚えられる」

 

「その解除のために近寄れば、新たな罠が発動する二段構え」

「既に発動したのだからもう罠はないはず… そんな心理を逆手に取った見事なトラップね!」

 

「フフン、それほどでもー」

 

 ハイタッチの乾いた音を響かせる二人の少女。

 稀に一般市民もかかってしまう気がしないでもないが、それはそれ。

 

 彼女らに倫理観や道徳観念というものは(あまり)存在しない。

 

 官憲の目を盗んで、子供たちにプレゼントを押し付け… もとい配って回る。

 それが彼女たちのルールであり存在意義なのだ。

 

「さて、というわけで残る四人ですか…」

「例の四人が残ったわね」

 

「えぇ、毎年難易度を上げてくる強敵です」

 

 四人の強敵。サフィール、ピオニー、ネフリー… そしてジェイド。

 それは、毎年あの手この手を使ってセレサンタの活動を妨害する小癪な子供たちである。

 

 だがそんじょそこらの子供たちに負けるなど、セレサンタの矜持が許さない。

 例え外見が子供と変わらなかったとしても。

 

 気合を入れて彼女は、サフィール・ワイヨン・ネイスの家へと向かった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 場所はサフィール… もといネイス家の屋根の上。煙突前に移る。

 その前でセレサンタは唸っていた。

 

 小首を傾げたトナカイさんが問い掛けてくる。

 

「どうしたの、セレサンタ? 煙突に入らないの」

「いえ… 罠が仕掛けられてますね。これ」

 

「そ、そうなの?」

「えぇ、迂闊に足を踏み入れれば閉じ込められてそのまま捕らえられるでしょう」

 

「くっ、なんと卑劣な… セレサンタを捕らえるのは私だけの特権なのに!」

「その戯言は聞かなかったことにします。さて、こうなったら仕方ありませんね…」

 

「どうするつもりなの? セレサンタ」

 

 その言葉に答えず、セレサンタは敢えて屋根から降りてネイス家の表口に回る。

 玄関をガチャガチャ鳴らす… やはり鍵はかかっている。当然だろう。

 

「無理よ、セレサンタ。鍵がかかってるわ… それとも壊すの? なら私がやるわ」

「いえ、やめておきましょう」

 

「……?」

「ゴリラさん… もといトナカイさんの腕力を疑うわけではありませんが、騒ぎになります」

 

「なるほど。人に気付かれたら元も子もない… まさに八方塞がりね」

「いいえ、一つだけ手があります。……ここは『サンタ魔法』を使います」

 

「サ、『サンタ魔法』…!?」

 

 説明しよう!

 

 サンタ魔法とは、クリスマスイブ(自分ルール)で高まった魔力でのみ行使できる奇跡。

 一年に一回しか使えないその神秘的かつ幻想的な魔法は、セレサンタの力の証明でもある。

 

「サンタ魔法… 一の奥義!」

「おお!」

 

「『マジカル・ピッキング』!」

 

 説明しよう!

 

 マジカル・ピッキングとは、金属片や針金を駆使して施錠された扉を解錠する奇跡である。

 ただし、これを第三者に発見されると社会的に死んでしまう非常に危険な奥義でもある。

 

(※現実世界の皆さんは決してこの行為を真似をしないでください。

 本作は犯罪行為を助長する意図は一切ございませんことを、改めてここに申し上げます)

 

「よし… 開きました」

「流石セレサンタ! まるで手慣れているかのように迅速な仕事だったわ!」

 

「あはは… 偶然ですよ、偶然」

 

 談笑しながら躊躇なく中に入る。そこには微塵の迷いもない。匠の技である。

 そしてセレサンタは独自の子供探知センサーを駆使して、真っ直ぐサフィールの部屋に向かう。

 

「よし… 寝てますね」

「起きてても私が眠らせるわ。物理か譜術で」

 

「せやな」

 

 トナカイさんの物騒な発言を軽く流しつつ、セレサンタはサフィールの枕元に近付く。

 そして優しげに微笑むと、手にした袋から何かの紙の束を取り出してそっと置く。

 

「メリー・クリスマス… 良い年の瀬を」

 

 セレサンタは親指を立てて、綺麗な笑顔で立ち去った。残りはあと三人だ。

 続けて向かったのはピオニーの屋敷である。

 

 流石は皇位継承権が極めて低いとはいえ皇子である。厳戒な警備体制が敷かれている。

 

「うーん… これは中々に骨が折れそうですねぇ」

「ねぇねぇ、セレサンタ… ちょっと聞いていいかしら?」

 

「はいはい、なんですか? トナカイさん」

「さっきディストに、一体何をプレゼントしたの?」

 

「誰ですか、ディストって… サフィールさんにプレゼントしたのはこれですよ」

 

 そう言ってトナカイさんに紙の束を見せる。

 そこには『お友達券(1日分)※セレサンタ限定』と書かれていた。

 

 震える声でトナカイさんは尋ねる。

 

「こ、これは… 一体どういうものかしら?」

「折れ線にそって一枚千切れば、一日だけ私が友達になってあげます。その束ですね」

 

「………」

「正直奮発しました」

 

 ドヤ顔で言ってのけるセレサンタ。正直ただのゴミである。

 だが、トナカイさんの反応は違った。

 

「じゃあ『セレサンタが妹になる券』をちょうだい。百枚綴りで!」

「えー…」

 

「いいじゃない、私にプレゼントをくれたって!」

「でもトナカイさんは16歳ですし、体の一部がどう見ても子供じゃないですし…」

 

「くっ! この胸、どっかで捨てられないかしら」

「それを捨てるなんてとんでもない!」

 

「! 誰だ! 誰かいるのか!?」

 

 アホなことを話していたら、警備兵さんに勘付かれてしまったようである。

 灯りを向けられる前に咄嗟に隠れたものの万事休す… このまま捕まってしまうのだろうか?

 

 いいや、このクズどもはそんなことで観念するほど人間性ができてなかった。

 

「トナカイさん、プランBでいきましょう」

「分かったわ、セレサンタ」

 

「むっ! やはり誰かいるのだな? 大人しく出てこい!」

 

 その言葉にゆらりとトナカイさんが両手を… もとい両前脚を上げたまま立ち上がる。

 珍妙な姿に警戒しながらも戸惑いを隠せない警備兵。

 

 ……その一瞬の隙が命取りとなった。

 

 トナカイさん必殺の眠りの譜歌『ナイトメア』が、広範囲無差別に炸裂する。

 警備兵さんは頭を抱えてうずくまり、やがて眠りについた。

 

「フフフ… プランB、それは即ち『正面突破』!」

 

 なお一昨年にこの作戦を実行したところ、味方識別がなかったためセレサンタも巻き込まれた。

 そのまま明け方まで眠りこけてしまい、半泣きでプレゼントを配る羽目になった記憶は新しい。

 

 まぁ、そのような過去の話は置いておこう。

 トナカイさんの譜歌をバックに、セレサンタは悠々とピオニーの屋敷に入っていくのであった。

 

 ……眠ってしまった警備兵のみなさんを、取り敢えず風邪引かない場所に運んでから。

 

 

 

 ――

 

 

 

 そしてピオニーの部屋… 案の定、彼は眠りこけていた。

 

「さて、皇位継承権の低い皇子といえば仮面ですね。……あれ? 見当たらない?」

 

 首を傾げながら袋の中を探るセレサンタ。

 その光景に、トナカイさんが申し訳なさそうに手を… 蹄を上げる。

 

「ごめんなさい… 友達との闇鍋に混ぜてたら誤って噛み砕いてしまって…」

「なんでそんな野生剥き出しなんですか… ていうか、友達いたんですか」

 

「え? 友達なんて普通簡単にできるものでしょう?」

 

 セレサンタである自分ですらボッチなのに… そう思って言えばあっさり返された。

 トナカイさんは全ぼっちを敵に回した。

 

 怒りを解消できるようなナイスなプレゼントを探るセレサンタ。

 ピオニー完全にとばっちりである。

 

 そして、見つかった… 見つかってしまったのだ。

 

「よーし… じゃあ、女性関係で失敗しそうですしこのマスクをあげましょう」

「あら? 目元に炎が宿っている素敵なマスクね」

 

「えぇ、由緒ある素敵なマスクで聖夜のプレゼントにピッタリです。その名も、『しっと…」

 

 その時、廊下の方から気配が濃くなってくる。

 

「警備兵が揃って眠りこけているだと! ええい、誰かあるか! 誰かあるか!」

「ちっ… もう嗅ぎつけてきたみたいね! 行きましょう、セレサンタ!」

 

「合点承知! あばよっ、マルクト兵のみなさん! メリー・クリスマスッ!」

 

 トナカイさんとセレサンタは窓から揃ってアイキャンフライした。

 もっとも、セレサンタは受け身が取れず積雪の中に頭を突っ込む羽目になったが。

 

 さて、騒ぎが大きくなるケテルブルグだが残る子供はあと二人。

 ネフリーとジェイドである。しかしこの二人は兄妹なので向かう家は実質一つ。

 

 そして今、警備の包囲網を突破してなんとか二人の家… バルフォア家前に立っている。

 

「屋根にはサフィールさんお手製の罠が仕掛けられているのは確認しました」

「じゃあ、さっきのように扉から行く?」

 

「いえ… これを見てください」

 

 セレサンタは口に咥えていたシガレットチョコのケースを、扉に向かって放り投げた。

 ジュッと音がしたかと思うと、ケースは一瞬で黒焦げになり灰となって舞い散った。

 

「これは… 罠?」

「えぇ、それも強烈なデストラップです。迂闊に触れれば死あるのみ」

 

「どうするの、セレサンタ?」

「仕方ありません… 新たなサンタ魔法を使います」

 

「そんな… 危険よ! 一日に何回もサンタ魔法を使うと悪徳カンターが貯まるわ!」

「仕方ないんです… 子供たちにプレゼントを配る。それが、ルールですから…」

 

「セレサンタ…」

 

 セレサンタはそのまま木に登ると、枝の前にある屋敷二階の窓の前に立った。

 

「サンタ魔法『マジカル粘着テープ』! そして『マジカル鈍器』!」

 

 説明しよう!

 

 マジカル粘着テープをガラス面に貼り付けつつ、マジカル鈍器でそこを割るとどうなるか?

 なんと大きな音を立てずに静かに侵入することが可能になる、奇跡の魔法で奥義なのである。

 

(※現実世界の皆さんは決してこの行為を真似をしないでください。

 本作は犯罪行為を助長する意図は一切ございませんことを、改めてここに申し上げます)

 

「やったわ! 最初はどうなるかと思ったけどあっさり忍び込めたわね!」

「………」

 

「……セレサンタ?」

「トナカイさん、念のために『ナイトメア』を… 無論殺傷能力は無しでお願いしますよ」

 

「ど、どういうこと… だって私たちは静かに潜入できはずじゃ…」

 

 セレサンタはトナカイさんの言葉に険しい表情のまま首を振り、シガレットチョコを咥える。

 そして、口を開いた。

 

「ヤツが… あのドSが気付いていないはずがない」

「………」

 

「お願いします、トナカイさん」

「わ、分かったわ」

 

「……ありがとう、相棒」

 

 そしてトナカイさんの譜歌をBGMに、セレサンタは屋敷内を歩んでいく。

 やがて、去年と変わらぬネフリーの寝室へとたどり着いた。

 

 ツカツカ歩いていたセレサンタの足音が止まる。

 

「(この部屋にはあのドSはいない… 自分の部屋で待ち構えてたか)」

「ど、どうしたの? セレサンタ」

 

「いえ、大丈夫です。……入りましょう」

 

 音も鳴らさずに入ると、くぅくぅとベッドで愛らしい寝息を立てている少女の姿がある。

 ネフリーである。兄は悪魔なのに、妹は天使である。似なくて良かった。本当に良かった。

 

 その寝顔を優しい表情で見詰めてから、セレサンタは袋からプレゼントを取り出した。

 

「はい、将来あなたは大きくなりそうですからね…」

「あ、あの… セレサンタ。それは一体?」

 

「なにって、ブラジャーですけど?」

 

 セレサンタは1mには達しようかという巨大なバストを支えるための、ブラジャーを持っていた。

 どう見ても変態である。流石のトナカイさんも思わずツッコミ役に回ってしまう。

 

「い、いや… ブラジャーは分かるけど、なんで?」

「なんででしょうかね… 見えたんですよ」

 

「見えた?」

「えぇ、将来この子がバスト1mは超えてそうな眼鏡美人になる姿が…」

 

 その瞳は優しかった。トナカイさんも「そ、そう…」と頷いて引き下がるしかない。

 そしていよいよ残る子供は一人となった。

 

 ……ジェイドである。

 

 二人は彼の部屋に向かいながら会話を交わす。

 

「さて、ヤツも流石に『ナイトメア』の威力の前では動きが鈍っているはず…」

「眠ってないことは前提なのね…」

 

「当然です。アレを舐めたら命が幾つあっても足りませんよ」

 

 その時、前方に光が生まれる。示し合わせたようにその場を離れる二人。

 刹那の後に、光芒の矢が過ぎ去っていった。下級譜術エナジーブラストである。

 

 そして当然、それを放ったのは…

 

「かわされちゃったか。やっぱり狙ってから撃つまでのタイムラグが課題だね」

「やれやれ… 相変わらずの歓迎ぶりですね、ジェイドさん」

 

「うん、まぁね。大事なお客様だし… そっちも僕に解剖される決心はついたかな?」

「お断りです! 死んだらおしまいじゃないですか!」

 

「セレサンタに手を出すつもりなら容赦はしないわよ!」

 

 セレサンタとトナカイさん、二人の口上におかしそうに笑うジェイド。

 

「大丈夫だよ、もし死んじゃってもフォミクリーで蘇らせてあげるから」

「フォミクリー?」

 

「そう。つい最近生み出した、複製を作るための譜術だよ… できたのは偶然なんだけどね」

「……複製は複製であって本人じゃありません。人の命をなんだと思ってるんですか!」

 

「難しいことを聞くね。……強いて言えば、それを知るためにやっているんだよ。全部ね」

 

 そう言うと、ジェイドは譜術を乱発してくる。死ぬ気で回避するセレサンタとトナカイさん。

 しかし奇跡は何度も続かない。やがて掠り始め、ダメージが蓄積していく。

 

 このままではジリ貧だ。そう思っているところに、トナカイさんが声を掛けてきた。

 

「セレサンタ、聞いて… このままじゃジリ貧よ」

「それは分かってますけど、隙がなくて…」

 

「よく聞いて、セレサンタ。私たちのルールはなに?」

「………。まさか!」

 

「そう、プレゼントを部屋に置いてくれば私たちの勝ち… 私が囮となるわ」

「その間にジェイドさんの部屋にプレゼントを置けば… でも、トナカイさんが!」

 

「いいのよ。このままじゃ二人揃って… だから一縷の望みに賭けましょう?」

「………」

 

「ね?」

 

 促されて、セレサンタは一つ頷いた。

 

「(クックックッ… まさか自分から言い出してくれるとは。……手間が省けたぜ!)」

 

 内心でほくそ笑みつつ。

 

「(プレゼント置いたらさっさとオサラバさ。なぁに、トナカイさんはどうせ死なない)」

 

 正真正銘の屑である。

 

 かくして作戦は実行に移され、尊い犠牲を乗り越えてセレサンタは部屋に入ったのであった。

 あとはプレゼントを置くだけである。しかし…

 

「げっ!」

 

 中には多くの、恐らくはサフィール製であろう譜業人形が蠢いていた。

 

 

 

 ――

 

 

 

「……ふぅ」

 

 最後の一体を片付け終えて溜息をつく。

 強くはないが数が多く、殺傷力を持っているので油断はできなかった。

 

 おかげで思ったより時間を食ってしまった。

 

「さて、さっさとプレゼントを置いて帰らないと追い付かれますしね」

「そうだね」

 

「!?」

 

 その声に振り向くより早く、反射的にマジカル鈍器を構えるセレサンタ。

 模造刀とぶつかり合い、鈍い音を立てた。

 

 鍔迫り合いになるも、セレサンタが相手の胴を蹴って間合いを取る。

 窓から漏れる月明かりで相手の顔が映る。そこには案の定、ジェイドが立っていた。

 

「トナカイさんを乗り越えてきましたか…」

「うん、結構手間取ったよ。いい駒を持っているね」

 

「………」

「それに比べてサフィールの人形は全然ダメだね。しつこいから使ってやったけどさ」

 

「残念でしたね。私の相棒は世界(オールドラント)一ですから」

 

 軽口を叩きつつ、活路を模索する。プレゼントを出す… 無理だ、そんな隙はない。

 逃げ出す… それはルール違反だ。ならば…

 

「へぇ… 武器を構えるんだ。勝てるわけないのに」

「さて、どうでしょうか。各人の性能差が絶対的戦力差とは限りませんよ?」

 

「なるほど、一理ある。じゃあ君の性能テストといこうか」

 

 そこからは一方的な展開であった。

 

 殴られ、蹴られ、譜術で吹き飛ばされ… あっという間にセレサンタはボロボロになった。

 床に投げ出されながら彼女はうめき声を上げる。

 

「ぐ、畜生…」

「まぁまぁ頑張ったんじゃない? 知らないけどさ」

 

「く、来るな! 来るなぁ! サイコパスがぁ!」

 

 後退りながら、転がっているサフィール製の譜業人形の部品を投げつける。

 そんなものを物ともせず、無表情のままジェイドは近付いていく。

 

 なんだか冷めてしまった。さっさと解剖して調べておしまいにしよう。そう考えていた。

 それは、奇しくもセレサンタが邪悪な笑みを浮かべる瞬間と一致していた。

 

「と見せかけて… サンタ魔法ぉっ!」

 

 そう叫んで、プレゼントを取り出す袋をジェイドに向かって放り投げる。

 

「!?」

 

 袋の中から大量の胡椒が飛び出した。それを油断していたジェイドはまともに浴びてしまう。

 思わず目を閉じて腕で顔を庇うも時既に遅し。少量ながら目に入り込み吸い込んでしまう。

 

「ゲホッ、ゴホゴホッ!」

「ハァーッハッハッハッ! 見たか、サンタ魔法が究極奥義『胡椒爆弾』!」

 

「ぐ、この… ゲホゲホッ!」

 

 説明しよう!

 

 胡椒爆弾とは胡椒粉末を一杯に詰めた袋を相手に投げつけ、目潰しを行う卑劣な技である。

 どっかの小市民が使っていた技と酷似しているが、気のせいである。他人の空似である。

 

(※現実世界の皆さんは決してこの行為を真似をしないでください。

 本作は犯罪行為を助長する意図は一切ございませんことを、改めてここに申し上げます)

 

「これくらい… この距離ならまとめて譜術で吹き飛ばせば!」

「ひっ!?」

 

「ぐっ…」

 

 その時、ジェイドがガクリと膝をつく。

 譜眼による譜術の威力増加… そのパワーに振り回された疲労が、一気にやってきたのである。

 

 だが無理をすれば後一撃くらいの譜術詠唱は可能だ。構わず詠唱を開始する。

 そこに、セレサンタが慌てて割って入る。

 

「ちょ、ちょちょちょ… ちょーっと待ったぁ! ……『粉塵爆発』って知ってますか?」

「……『粉塵爆発』?」

 

「一定濃度の可燃性の粉塵が大気中に浮遊した状態で、引火して爆発を起こす現象のことです」

「………」

 

「もし譜術を使うならば… 私はここでマッチを起こしますよ? いいんですか?」

 

 ふへへへ… と卑屈な笑みを浮かべながら笑うさまはもはや悪役である。

 既に不審者で犯罪者であるが。

 

 それに対するジェイドの答えは淡白なものであった。

 

「……いいよ、やりなよ」

「なんですと?」

 

「殺そうとしたら殺される。それは公平なことだと思う… だから構わないよ」

「………」

 

「どうしたの? やらないの?」

 

 そこでセレサンタが激怒した。

 

「ふっざけんなぁ! どうして(私の)命を大切にしやがらねぇんだ!」

「なんで怒っているのさ…」

 

「命がなくなるんですよ! つまり死ぬんですよ! いいんですか、それで!?」

「僕にとって、それに価値は見いだせないよ…」

 

「私にとってはその考えこそが、クソ以下のモンですよ! はい、平行線! OK!?」

「僕の考えが… クソ以下?」

 

「天才だかなんだか知りませんが、ただのガキがふざけんなってことです!」

「………」

 

 ジェイドは目をこすることも忘れて、ポカンとしている。セレサンタは更に続ける。

 

「この世に天才は自分一人だとでも思ってます? 自分以外の考えは無価値だと思ってます?」

「それは…」

 

「ただの思春期にありがちな妄想です。世間は、それほどあなたを注視してませんから」

「ぐぬぬ…」

 

「人生を楽しめないあなたは、人生を楽しんでる私以下の人生を送ってます!」

 

 ドヤ顔で言い切られた。

 

「だからあなたの考え方なんてゴミ以下なんですよ。はい、論破!」

「……そうだね。そうかもしれないね」

 

「分かってくれましたか! じゃあ、素直にプレゼントを受け取ってくださいね!」

「だから世間一般の常識に従って不審者で犯罪者の君を譜術でぶん殴って捕まえるね」

 

「………」

 

 笑顔のままセレサンタが硬直する。

 ジェイドはそのまま笑顔で詠唱を続け、そして完成する頃に… ゆっくりと倒れた。

 

「必殺、ユリア式延髄チョップ。30分は目を覚まさないわ」

「トナカイさん!」

 

「間に合ったようね、セレサンタ。さ、プレゼントを置いて帰りましょう?」

「はい… はい!」

 

 夜が白み始める頃、セレサンタとトナカイさん… 二人の不審者は屋敷から脱出した。

 今年もケテルブルグの子供たちに無事(?)プレゼントを配り終えた。ルールを達成したのだ。

 

「ジェイドさん… 恐ろしい強敵でした」

「そうね… そういえば、セレサンタ。あの子には何を渡したの?」

 

「彼の敗因は譜眼によって細かい制御を失ったこと、そして胡椒爆弾を防げなかったこと」

「ふむふむ… まぁ、そのとおりね」

 

「なので、譜術制御を補助する眼鏡型の譜業を置いてきました!」

「……弱点、なくなったわね」

 

「はうあっ! しまったぁ!?」

 

 セレサンタのプレゼントにより、来年は更に死角がなくなったドSが待ち構えているだろう。

 それでも戦え、セレサンタ。負けるな、セレサンタ。

 

 ケテルブルグの子供たちに比較的迷惑なプレゼントを押し付け続ける… 自分ルールのために!

 

 

 

 ――

 

 

 

 ジェイドは仲間たちにそう語り終えると、大きく溜息をついた。

 

「なるほど… そんな感動的な物語があったなんて。セレサンタ、可愛いわ」

 

 ティアは感動のあまり涙を流している。

 そんな彼女を笑顔で見やりながら、ジェイドは自分の眼鏡を指差す。

 

「その眼鏡型の譜業が今掛けているコレです。無論、年月の経過とともに改良していますが」

「へぇ… 旦那の眼鏡は譜業だったのか。今度見せてもらってもいいか?」

 

「はっはっはっ… 壊さないならば構いませんよ、ガイ」

 

 そしてガイは眼鏡が譜業であるという部分に食いついている。

 

「凄いですね、セレサンタは… 子供たちに夢を与えるために身を粉にして働いて」

「全くですわ… ノブレス・オブリージュを知る者ですのね」

 

「いや、二人とも。どう考えても不審者で犯罪者だから… 騙されちゃダメだよ?」

「おやおや、アニスは夢がありませんねぇ…」

 

「いや、自分も申し訳ありませんが捕まえるべきだとは思いますが…」

 

 イオンとナタリアが感心しているのをアニスが窘め、トニーがそれに追随する。

 そんな様子にジェイドはやれやれといった風に肩をすくめる。

 

 そんな彼にルークが語りかけた。

 

「で… 実際のところはどうなんだ、その話。……作り話なのか?」

 

「ふむ… この話が本当かどうか、ですか?」

「おう!」

 

「それは…」

「それは?」

 

「秘密です」

 

 ジェイドは笑顔で口元に人差し指を立てて、そう締め括った。

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