私はただのマサラ人です!   作:若葉ノ茶

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第四十二話~反撃への第一歩~

 

 

 

 

 

 

マサラタウンという町は、本当に自然が町を飲み込んでいるかと思えるような大自然が広がっている。だからこそ、常時何かのポケモンの鳴き声か気配を感じることができる賑やかな町でもあるのだ。

 

それに通常の町ならば、人に慣れているポッポ達が子供たちと触れ合い、たまに現れるニョロモたちと一緒に遊んだり、森の中で探検し迷って大自然の怖さを知ることができるのが当たり前かもしれない。

そして、ポケモンと触れ合えると言っても、子供たちはまず親が持っているポケモンとふれあい、どう接すればいいのかを学んでから野生のポケモンたちと関わるようになるのだが―――――このマサラタウンでは、自然と共存して生きているために、野生のポケモンと関われるのはトレーナーとしての資格を貰ったものか、オーキド博士によってポケモンに触れてもいいと許可を貰った時しかありえないと、ここ数年のうちにそう考えられルールが定まってきた。だからこそ、幼い子供が野生のポケモンと一緒に遊べること自体本当に珍しいのだ。

 

なんせ自然が広すぎるからこそ、外に出て野生のポケモンたちと遊んで――――下手したら一週間か二週間ほど行方不明になるということはあり得るのだから。オーキド博士なんて自身の研究所にフィールドワークに行こうとして一か月間いなくなるということだってあるくらいである。そのためオーキド研究所の助手であるケンジさんがよく愚痴ったりしてシゲルさんをマサラタウンに連れ戻せないかと画策していたりするが、まあそれは割愛しよう。

 

だからこそ、幼い子供のうちに野生のポケモンと遭遇した時にどうやって対処していけばいいのかをちゃんと学ばないと、アーボックやスピアーに襲われて死ぬことになる。それほどまでにも野生のポケモンと近くて、たくさんのポケモンと共に生きる街だと言うのに…。

 

 

 

何でこんなに静かなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「ああっそんな!」

 

 

 

 

 

マサラタウンの私達の実家の扉を開けて広がっていたのは、誰もいないもぬけの空な家であった。

それにセレナさんが泣きそうな声を上げ、二階や部屋の奥を探し回っている。

ピカチュウも何度か鳴き声を上げながら庭の方を探し、お兄ちゃんも周りを見て――――そして一度息をついてからセレナさんに呼びかけた。

 

 

 

「セレナ」

 

「ねえ、いないよサトシ。あの子がどこにも…お義母さまもいない。何で…」

 

「セレナ」

 

「お義母さまなら大丈夫だって思ってたけど…でも、今ここに居ないってことは…やっぱり…」

 

「セレナ!」

 

 

兄がセレナさんの両肩を掴み、額をコツンとぶつけて至近距離で言う。

 

 

「母さんが洗脳なんかに負けるような人じゃないだろ。それにミヅキの傍にはちゃんとニャビーがいる。あの子ならミヅキのことを必ず守ってくれる」

 

「………でも、もしも洗脳を受けていたとしたら」

 

「洗脳を受けていたとしても…あのニャビーがミヅキのことを放っておくわけないだろ。ずっとずっとあの子の傍で見守って来てたんだから」

 

「…うん」

 

「大丈夫だ。ミヅキとニャビーを信じろ。それに母さんはこの俺を産んでくれた母親だぞ?母さんも…ミヅキのことを守ってくれる」

 

「うん」

 

 

 

 

セレナさんを抱きしめ、慰めるように―――いや、元気づけるようにいう兄の言葉に何も言えなくなる。

大丈夫。兄は母親似なのだから、洗脳の効果が効かない兄と同じように母も絶対に洗脳を受けてはいないはず。それにあのニャビーもいるんだから大丈夫。

兄の言葉に勇気づけられたセレナさんは、浮かべていた涙を拭って「分かった。私も娘とニャビーを信じる。お義母さまのことも、ちゃんと信じるわ!」と自分に言い聞かせているかのように、宣言している。兄に言われても、やっぱり不安なんだろう。そして兄もそれを分かっているのだろう。セレナさんの頭を撫でて、大丈夫だと励ましていた。

 

 

そんな兄夫婦の会話に入れない私とシルバーは、とりあえずその場を離れて玄関で待つことにした。

 

 

 

 

「…ヒナ、ミヅキというのは誰なんだ?」

 

「私の姪っ子だよ」

 

「姪…はっ!?姪だと!!?」

 

「うん。まあ…いろいろと事情があるんだけどね。…私から見れば可愛い姪っ子だよ。ニャビー含めてね」

 

『ギャウ?』

 

 

 

首を傾けているミニルギアの頭を撫でながらも、空を見上げて思い出す。

何故そこにいたのか、何があったのかはわからないが…シロガネ山にて段ボールに入れられ、ニャビーと一緒に捨てられていた子供がミヅキであった。それをヨーギラスの子供たちを連れていたバンギラスが見つけ、兄の元へ連れて帰ったのがきっかけだったのだ。

まあその後ニャビーがミヅキの傍から決して離れなかったり、ニャビーの出身地であるアローラ地方に連絡をとって、ワケありの子供たちを守り育成する機関に預けようとしたらセレナさんの手を離そうとしないミヅキとアローラ地方から来た職員に向かって威嚇をし炎を放つニャビーがいたりといろいろと大変な騒動があったけれど―――――それらがきっかけで、今こうして私たちと家族になったんだ。

 

大丈夫。ミヅキはお兄ちゃんのダイケンキに全力の高い高いをやられて雲の上まで空を飛んでも泣かずにむしろ笑っているぐらい肝が据わってる赤ちゃんだから大丈夫。その後、ブチギレたニャビーとフシギダネによって制裁を下されたダイケンキなバトルがあっても、うたた寝をするような赤ちゃんだから大丈夫。

 

 

うん、大丈夫だよね…?

 

 

 

「…俺にはよく分からないが、あのサトシさんの娘ということならば…何も問題はないだろう。それにヒビキから聞いたが…お前の母親であるハナコさんも、かなり凄い人だと言うじゃないか。なら洗脳なんかに負けず、反撃すると思うぞ。だからそんな泣きそうな顔をするな」

 

「…うん、そうだね。そうだよね…大丈夫」

 

「ああそうだ。むしろ不安になるよりも、あの馬鹿なことをしでかしたヒビキをぶん殴る方法でも考えておけ」

 

「あははっ…分かったよ」

 

『ギャゥ!』

 

 

 

 

無表情で愛想のない顔だけど、ちゃんと気遣ってくれているというのは伝わった。だから、もう不安になるのは止めよう。お兄ちゃんだって大丈夫だって言ってるんだから、大丈夫。

むしろこれからのことを考えないと。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

いろいろと落ち着いたセレナさんが私とシルバーを玄関まで迎えに来てくれて、ダイニングの方で椅子に座り、話し合う。

 

 

 

 

「この分だと…マサラタウンもやられてると見ていいよね…」

 

「ああ。野生のポケモンの音も、オーキド研究所から聞こえてくるはずのケンジのマリルリのハイドロポンプでさえないんだから…全部やられたと見ていい」

 

「そっか…ん?ねえ、新生ロケット団ってことは、本来の…つまり、シルバーのお父さんが経営してるロケット団は大丈夫なの?」

 

「父上ならばイッシュ地方に出向いているから、洗脳の件は平気だと見ていいだろう。ロケット団の運営は父上とサトシさんがあってこそだからな…まあ、不安な部分はないとは言い難いが…」

 

 

 

 

複雑そうな顔で舌打ちをしたシルバーに対して、兄が小さく頷く。

 

 

 

 

「そうだな。それもあるが……ヒナ、お前ヤマブキシティでカガリって名前を出したよな?」

 

「え?う、うん。そうだけど…」

 

「何処で会った?」

 

「上空にある大きな城で会ったよ。でも、洗脳されてるみたいな感じで、ずっと《あの人のため》って呟いてた」

 

「ヒナちゃん。上空にある大きな城って…?」

 

 

 

 

私はずっと抱きしめ、半分眠った状態になっているミニルギアに会った経緯と、大きな城に行ってからカガリによって城から落下し、リザードンによって無事に済んだ事情を全て説明する。

その話によって、セレナさんが真剣な顔で頷き、兄は難しそうな表情を浮かべ、そしてシルバーはちょっとだけ驚いたような顔をしてから苛立ちの舌打ちをまた一つ零した。

 

 

 

 

「大きな城?洗脳の効果がある機械が置いてある?何を考えてるんだあのコソ泥の新生ロケット団は…!!」

 

「お、落ち着いてシルバー!」

 

「ああそうだ、落ち着け。…でもまあこれでようやくシロガネ山からの洗脳の光が何で来たのかが理解できたな」

 

「ええ、そうね」

 

「へ?どういうこと?」

 

 

 

 

兄とセレナさんがお互いの顔を見合わせて頷いた様子に顔を傾けた。すると兄は簡単に説明をしてくれる。

 

 

 

 

「俺とセレナが山から下りてヤマブキシティにいた理由は―――ぶっちゃけカガリが関わっているんだよ」

 

「何で!?」

 

「カガリちゃんがね。マツブサさんの大事なキーストーンを新生ロケット団に奪われたからって理由で私たちと手を組んでくれたの。わざわざ新生ロケット団のアジトにまで乗り込んでくれて…それで、何かを盗み出そうとしてくれているって情報を教えてくれたんだけど…」

 

「カガリが既に洗脳されていて、かつその情報自体が囮だったと言うのなら、シロガネ山に連中が来たことに納得がいくな」

 

「それはつまり、サトシさん達を山から下ろすという名目が必要だったからですか?」

 

「そうだ。…シロガネ山はポケモンたちにとっての安息の場でもあり、優れたトレーナーが鍛えるための場所でもあり……そして、カント―地方とジョウト地方を結ぶ山なんだよ。そこを一気に奴らに奪われたとしたら?」

 

「……まさか」

 

「ああ。カントー地方だけじゃなく、ジョウト地方もヤバいってことになるな……まったく、ある意味してやられたとでも言うべきか…」

 

 

 

「サトシ…何か、楽しそうな顔してる?」

 

 

 

 

 

セレナさんの言葉を聞いて私とシルバーは兄の顔を見た。確かに兄はちょっとだけ楽しそうに笑っていたのだ。

 

 

 

 

「不謹慎で悪いが…新生ロケット団をどうぶっ潰すのか考えるのが楽しいんだ。新生ロケット団がやってきた所業には目を瞑っていられない状況だけど…今まで強くなってきた友達や俺の仲間、そしてたくさんの人間たちが敵になるんだから。正直、バトルだけでも楽しめるんじゃねーかなって思ってな」

 

「はぁぁぁッ!!?」

 

 

 

 

戦闘狂かこの兄は!?

ううん訂正しようずっと前から戦闘狂だった!!

それにしては不謹慎だよ!

 

大丈夫だと信じたいけどミヅキちゃんの件もあるんだからさ!!!

 

 

 

 

「あのねお兄ちゃん…皆だよ!みんな洗脳されたんだよ!?カスミさん達も、フシギダネ達も……それに、伝説のポケモンであるミュウツーたちも!…お兄ちゃんは、皆が…新生ロケット団で何か嫌なことされたり…傷ついてたりするんじゃないかって思わないの!?」

 

「知ってるか、ヒナ」

 

「え?」

 

「俺の友達も、俺のポケモンも……皆、癖が強いんだぜ?癖というか、全員ちゃんとした信念を持って生きてるんだ。だからこそ、例え洗脳を受けていたとしても―――プライドがボロボロになるような指令を受けたとして、素直に頷くとは限らない」

 

「でも…あのカスミさんがジムを休業中にしてるって時点でヤバいんじゃ…もしもいろいろとやりたくないことでもやらされるような強い洗脳を受けたりしたら……」

 

「そんなことになる前に、俺達が助けに行くんだよ。な?ピカチュウ」

 

『ピィカッチュ!』

 

 

 

何故こんなにも兄が自信満々に言うのかが理解できなかった。もちろんそれはシルバーもだ。

でも、セレナさんはちょっとだけ苦笑して、それでも兄の言葉にしっかりと頷いているのを見て――――私達にはない大きな経験を持つ兄だからこそ、根拠のない自信だとしても、大丈夫だと思い信じることができるのかなと思えた。

ポケモンとの絆を深く持っている兄だからこそ、いろんな地方を旅して様々なトラブルに立ち向かってきた兄だからこそ―――――この世界で最強と言われているポケモンマスターな兄だからこそ、根拠がなくたって信じ切ることができるんだと思う。ちょっと不安だけど、この兄がいるなら大丈夫なのかな。

 

だからこそ、これからぶっ潰しに行くであろう新生ロケット団に軽く同情してしまった。それはシルバーも同じなのだろう。しっかりと兄の方を見て頷いてから、口を開いて言う。

 

 

 

「……では、これからどうしますか?シロガネ山の拠点を奪われたと言うことでしたら、まずはシロガネ山へ向かいますか?」

 

「いや、それよりもまずはハナダシティに向かうぞ」

 

「ハナダシティ?」

 

「洗脳は機械でできてるだろ?だから、機械には機械で対抗してやろうぜ」

 

 

 

兄はピカチュウを小さく撫でてから、親指を下に向けてニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 


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