私はただのマサラ人です!   作:若葉ノ茶

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第三十九話~愛に勝るものはない~

 

 

 

 

カガリの手によって連れてこられた場所は、大聖堂のような大きい一室であった。高い天井には透明なステンドガラスが使われているのか、青空がはっきりと映っており、時折ポッポが空を飛んでいる様子が見える。

両脇の壁には本棚が置かれており、天井付近の本が届くようにと梯子が設置されていた。

ヒナは部屋の中心にある大きな機械を目にした。機械は歯車や大きなネジが丸見えで、かなり大がかりな作りとなっているのがよく分かる。そのてっぺんには、コイルのような形をしているものがホエルオーほどの大きさで取り付けられていた。

 

その何なのかよく分からない機械に、ヒナは困惑する。

 

 

 

 

「…これは?」

 

「これこそが強さの証。強さの証明となる…原点…うふふ…」

 

「強さの原点?どういうことなの?」

 

「やってみれば分かる…あはっ!」

 

 

 

そう言ったカガリが機械のスイッチを押す。すると、コイルのような形をした部分から大きな音が鳴り響きだした。ポケモン技にある【いやなおと】のように、酷く不快かつ不協和音にも似た、耳障りな音がヒナと頭の上に乗っているミニルギアに襲いかかった。

 

 

 

「ぐっ…なに…っぅ…」

 

「大丈夫ぅ!あはは…すぐに、気持ちよくなるから…ね?」

 

 

 

あははっ、と笑うカガリが機械の出力をフルパワーにし出す。耳を塞いだヒナと両腕の翼で顔を埋めたミニルギアだったが、音は止まらない。

膝を地面につけ、息を大きく荒げているヒナがやがて両手を耳から離した。その振動によってミニルギアが地面に転がり落ちてしまうが、ヒナは何も反応しない。

 

その瞬間をカガリは待っていた。

 

 

 

 

「あはっ!これで君は…あの人の物…うふふ…」

 

 

 

 

恍惚の表情を浮かべたカガリが機械のスイッチを切り、顔を俯けているヒナの頭を撫でた。だが、ヒナは撫でられても何も反応をしない。

その反応こそ、機械がちゃんと動き、成功した証だとカガリは分かっていた。

 

 

 

「これで…あの人にっ…あは……褒めてもらえる…!」

 

『ギャゥゥ!!』

 

「ああ、そういえば…君はポケモンだから…この機械は通用しない…んだね」

 

『キュッ…』

 

「うふふっ…何が起きたって顔してるぅ!…君のご主人様はねぇ、この機械で…絶対君主となるべき大切なお方のために働けるよう導いてくれるの!」

 

『ギャっ!』

 

 

 

ミニルギアは先ほどまでの不快な音に物理的に嫌がっていたが、ヒナがこの音のせいで精神的に何かが起きたことを理解した。導くと言う言葉と、あの人の物という言葉により―――カガリが敵なのだと理解する。

身体をぶわりと大きく見せて、歯をギラリと鳴らし、精一杯の威嚇行為をするミニルギアにカガリは何の抵抗もなく近づく。

 

 

 

「珍しいポケモン…なら、あの人のために…あははっ」

 

『ギャゥ…!!』

 

 

 

ミニルギアが後ずさりをするが、カガリは一歩一歩前へ出て捕まえようとする。恍惚の表情を浮かべて、頬を赤らめ機嫌のいい顔でミニルギアに手を伸ばした―――――――。

 

 

 

 

「悪いけど、それは駄目だよ」

 

 

 

伸ばされた手を振り払い、ミニルギアを優しく抱える人影があった。

それは、先程機械に洗脳されたと思われたヒナであった。ヒナはカガリのことを睨みつけ、大きく一歩後ろに下がり体勢を整える。

 

 

 

「っ!?…何で…機械はちゃんと動いていたはずなのに…!」

 

「私は前に一度洗脳にかかったことがあるの!だからもう二度と洗脳にかからないし、リザードン達を悲しませないって誓ってるから絶対に精神を乗っ取らせたりはしない!!」

 

『ギャゥ!』

 

 

ヒナが手にしたボールの中から、鋭い殺気がカガリに伝わる。熱と電気が入り混じったかのような殺気だ。それ以外にも暴れたそうなポケモンも感じ取れたが、それでも彼女は笑っていた。

 

 

「あははっ…これで失敗…ううん失敗なんかじゃない…これは偶然起きたことだから…だからあの人に叱られはしない。大丈夫…」

 

「あの人って誰!?あなたはやっぱりロケット団の仲間なの!?」

 

「僕はロケット団なんかの一員じゃないよ。あの人は……あれ?」

 

 

 

カガリが不意に無表情になり、首を傾けた。

 

 

 

「あの人って誰だっけ?一番大切で、守らなくちゃいけなくて…それで、夢を叶えるために支えていた大切なあの人…誰?ねえ、誰だっけ…だれ?」

 

「お、覚えてないの?なら、何でこんな場所にいるのよ!」

 

「…この場所にいるのは、守らなくちゃいけないから。ここを守って、侵入者は導くか――――排除するかのどちらか」

 

「っ!」

 

 

「だから、さようなら」

 

 

 

 

カガリが取り出した胸元のポケットから出てきたのは、小さなスイッチ。それをポチッと押した瞬間、ヒナとミニルギアのいた真下の床が開いて空へ落下していった。

 

 

 

「んなああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!!???」

 

『ギャゥゥゥゥゥァァァァァァァァァァッッ!!!!!!???』

 

 

 

落下していく一人と一匹に対して、カガリは手を振り姿が見えなくなるまで見送っていたのだった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「…ヒナの声が聞こえたような気がする」

 

『ピィカッチュ?』

 

 

 

「いや、んなわけないよな。…さっさとセレナと合流しよう」

 

『ピッカ!』

 

 

 

町の中を歩くサトシとピカチュウ。一応歩いている最中襲いかかってくる奴らがいるため、電撃か物理攻撃を加えていき全て倒してから向かっているため非常に時間がかかっている。そのせいでサトシの背後には屍が点々と倒れている少々悲惨な光景があった。

 

 

 

「サトシ!!」

 

 

 

先を進んでいるサトシとピカチュウの目の前に現れたのは、セレナであった。

セレナがサトシに抱きつき、怪我がないかどうか無事を確認している。

 

 

 

「セレナ、平気だったか?」

 

『ピッカァ?』

 

「ええ、私は大丈夫よ。それよりもこれ!」

 

「ああ、良かった」

 

 

 

目前まで持ち上げたアタッシュケースを受け取ろうとした瞬間だった。

急にセレナが後ろに二歩ほど下がり、そのアタッシュケースを背に隠してしまったのだ。

 

 

 

「セレナ…?」

 

「サトシ、これはあの人にあげないと駄目なものなんだよ。だから私は、これをサトシにあげられない」

 

「………」

 

「ごめんねサトシ。でもあの人ならサトシのことも受け入れてくれるはずだから」

 

「そうか」

 

『ピカ』

 

 

 

セレナの様子がおかしい。

それだけじゃない、サトシにアタッシュケースを渡さず、あの人にあげないといけないと言うセレナの言動に不可思議な点が見られた。サトシが【あの人】とやらを知っているかのように話すセレナはまるでゾロアークのイリュージョンに引っかかったかと思えるほど偽物のように感じられるというのに、その姿も感情も――――そしてサトシとピカチュウ自身の直感から、これは全部本当の事なのだと理解する。

 

 

 

「…一つ聞くが、俺達の娘の名前は何だ?」

 

「ミヅキでしょう?」

 

「ミヅキは何処からやってきた?」

 

「シロガネ山に捨てられていたところを私たちが拾って養子として育ててるでしょ?…大丈夫よ、あの子もまだ幼いけれど、いつかはあの人のために強く支えることのできる人間になってくれるはず」

 

「はぁ…なるほどつまりはアクロマの野郎の仕業ってことか」

 

『ピィカッチュ?』

 

 

 

アクロマの奴がセレナに何かしたとは限らないんじゃないかとピカチュウは疑問に思ったが、人を――――というか、サトシの妹であるヒナを洗脳させたことがあるアクロマならば間接的にサトシに関わろうとしてくるかもという疑問もあった。

とにかく、セレナの様子がおかしいことは分かった。毎日見ている笑みを浮かべて頬を上気させつつも、「あの人のためだよ?」というのはおかしい。ピカチュウだけでなくサトシの手持ちたちもボールの内側から見て全員同じことを思った。サトシを第一優先しないセレナなんてセレナじゃないと。

 

 

 

「セレナ。あの人ってどこにいるんだ?何処に行けば会える?」

 

「大丈夫。すぐに来るよ」

 

「へぇ。そっか」

 

「うん…ほら、友達も皆来たからね?」

 

 

 

 

セレナがどこかを指差しサトシに見せたのは、手を広げて元気いっぱいに走ってやってくるカスミたちの姿であった。

 

 

 

「やっほーサトシ!やっぱりこんなところにいたのね!しかもあの人の邪魔をして!!」

 

「……一応憶測だか…あの人ってアポロのことか?」

 

「会えば分かるよ。そして理解できる」

 

「新手の宗教の勧誘かよてめえら。ってかシゲルお前里帰りしてきてるって聞いたけど何やってんだゴラ」

 

『ピッカー!!』

 

「ははっ、何をやってるかって?…君が素直にあの人のことを受け入れるとは限らないからね。だからこそ、僕たちがここに来たんだ」

 

「そうかよ」

 

「大丈夫よサトシ。私も最初は嫌な奴だって思ってたけど、全然そうじゃなかったんだからね!」

 

「…カスミ、ジムはどうしたんだ?」

 

「ジムなら今は閉鎖中よ。一度水中ショーをあの人が見て気に入ってくれてね。私達全員であの人のためにショーをしてる最中なの」

 

「へぇぇ?」

 

『ピ、ピカ…』

 

 

 

 

言動の節々から感じられる事の重大さにピカチュウは絶句した。もちろんボールの中に入っている手持ちのポケモンたちもだ。

そして、以前ハナダシティに行ったときはカスミは普通だったはずだとサトシは眉をひそめた。

 

カスミ以外にも、現役のジムリーダーが何人かいて、彼らに手を出した連中の犯罪の規模を察した。セレナだけでなくこいつらまでもが洗脳されていると言うことは、町の中の人間たちもやられている可能性が高い。下手をすればヒナも何か巻き込まれている可能性があるだろう。

数年前に起きたあのアクロマの洗脳によって機械人形のように動いたヒナの光景が目に浮かぶようだとサトシはため息をつく。その状況よりもこれは圧倒的に酷いだろう。なんせ表情も感情もすべてがいつもと変わらないからだ。言動は全然違うけど、接している雰囲気だけでまるで同じだと錯覚する。

 

――――そんな時だった。

 

不意に皆が両端に移動し、誰かが中心からこちらへやって来る。その姿は黒服を着て少々猫背のおっさんであった。

 

 

 

 

「やあ、久しぶりだな。ポケモンマスター」

 

「…お前は……誰だ?」

 

「ぐっ!俺はラムダだ!これでも新生ロケット団の幹部なんだぞ!」

 

「いや雑魚っぽいだろ。しかもご丁寧に俺に殴られるために来てくれたんだな?まあいいけど、さてピカチュウ」

 

『ピッカ!』

 

「いやいや待て待て!人質の数を見ろ!ポケモンマスターがうかつに攻撃なんてできるはずないだろ!!」

 

 

 

 

人質という物騒な言葉をラムダが叫んだとしても、セレナたちは何も反応しない。むしろ当然だと言うかのように、ラムダと並んで手助けをしようとボールを掴んでいる。その姿はまさしく【重症】であった。

 

 

 

 

 

「なあ知ってるか?叩いたら大体の物は直るんだぜ?」

 

「はい?」

 

「なら、生き物に対しても――――殴れば復活するんじゃねえのかあ゛ぁ?」

 

『ピッカッチュ!』

 

 

「ヒッ…!」

 

 

 

 

冷や汗をかき慌てはじめるラムダの姿は小悪党そのもの。セレナたちを洗脳し操っているようには見えない。むしろそのセレナたちに「大丈夫ですよ!私たちが支えます!」や「俺達がサトシを食い止めるからあわてないでくれ!」と慰められている様子はまさにシュールそのものだ。

 

 

 

 

「お、おおお前には嫁がいるだろう!!ほらここに、お前の嫁がいるぞ!!こいつがどうなってもいいのか!?」

 

「あぁ?」

 

「あーんなことやそーんなことを目の前でさせちゃうぞ!今の俺なら何でも可能だぞ!それでもいいのか!?」

 

「………チッ」

 

 

 

 

握りしめていた拳を降ろしたサトシにラムダが安堵をついた時だった。

 

 

 

 

「セレナ!!!俺のことを愛してるならそのおっさんなんかより俺を優先しろ!!!!」

 

「サトシ…」

 

「優先しないなら俺のことが嫌いなんだと判断するぞ―――――――」

 

 

 

 

「そんなわけないじゃないサトシ愛してるッッッ!!!!!!!」

 

 

 

 

両腕を広げたサトシに突進し、思いっきり抱きしめたセレナ。サトシを精一杯抱きしめてもらいたかったのか、手に持っていたアタッシュケースを先程までセレナの隣にいたカツラの顔面にぶつけてしまう勢いで投げたのはいただけなかったが、まあ良しとしよう。

そう思いつつ、セレナの頭を撫でるサトシにピカチュウがため息をついた。

 

 

 

「サトシ…」

 

「大丈夫かセレナ」

 

 

「え、あれ…私なにやって…」

 

「セレナ、お前が第一優先するのは誰だ?」

 

「もちろんサトシに決まってるでしょう!」

 

「じゃあその次は?」

 

「私たちの娘よ!」

 

「よし、戻ったな」

 

「え?何の話…?」

 

『ピィカッチュ…』

 

 

 

愛の力って怖い。

 

ピカチュウは寒気で鳥肌ならぬ鼠肌を立てたが、それを押さえるかのように小さく電気を放った。

 

 

 

 

「なっ…無理やり洗脳を断ち切っただと…そんな馬鹿なことがあるか!!?」

 

「馬鹿なことをやり遂げるのが絆の力だ。どんな形でもな」

 

 

 

ニヤリと笑ったサトシの表情は、まさしく恐怖そのもの。

 

ラムダは焦り、サトシとピカチュウ、そして何が何だかよく分かっていないセレナに向かって指差した。

 

 

 

 

「あいつらを捕まえろ!!我らの祈願の為にも!!!」

 

《ああッ!!!》

 

 

 

「え?何…どういうことなの?」

 

「あいつらはただの敵だよセレナ。…そんでもって、捻じ曲がった精神をぶん殴って治さなきゃいけない奴らでもあるんだ」

 

『ピィカッチュ』

 

「敵…分かったわ」

 

「ああ。さて、暴れるとするか!」

 

『ピッカー!』

 

 

 

サトシが一度拳を鳴らした瞬間、彼の背後の―――――ヤマブキシティより町はずれの方で破壊光線の閃光が空高く打ちあがった。

 

 

 

 

 

 

 


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