久しぶりに書きました。たぶん忘れている人が多いはずですごめんなさい。
「僕はカガリ…ただのカガリだよ…」
「カガリ…さん?」
「うふふ…それより、早く行こう」
「いやどこへ!?」
「あはっ!城の中に決まってるじゃないか!」
カガリがヒナの手を引っ張り、城の中へ行こうとする。ミニルギアはヒナの頭の上で落とされないよう掴んでおり、『ギャウギャウ』と小さな文句を口にしていた。
そしてカガリは時折傷だらけの身体が痛いのか、うめき声を上げて立ち止まり、何故か恍惚の表情を浮かべて「これは…仕方ないのぉ…大切なあの人の…ため…」と頬を赤くしている。その様子にヒナは若干引いていた。
一応怪我の手当てをするかどうかヒナがカガリに向かって聞いていたのだが、カガリは何も言わずに「これは必要な傷…僕の愛なの…」とよく分からないことを言っていたため、手当てをしないという言葉だけを受け取っておいたのだった。
「ええっと…あの、ここってどこなの?」
「ロケット団のアジトの一つ」
「ロケット団って…普通の企業の方のロケット団?」
「うふっ…そんなわけないから…」
「じゃあ悪い方のロケット団のアジトってこと!?でも…じゃああなたは…」
引っ張られていた手を逆に引っ張り、無理やり立ち止まる。
ヒナが警戒しているのは、彼女が悪い方の――――新生ロケット団とか言う連中のことだ。彼らの仲間だとしたら、これは罠になるかもしれないと考えていた。もちろん頭の上にいる小さな伝説のこともあるからこそ、ヒナの警戒心は高まる。まあ当の小さな伝説であるミニルギアは『キュッ』と鳴き声を上げて落ち着いていたが―――――それでも、懐にあるボールがぐらぐらと揺れ、何かあったら無理にでも出てやると意気込んでいた。
そんなヒナ達に対して、カガリはただただ微笑んでいる。
「言ったよ。僕は…ただの、カガリだって」
「え?」
「僕はどこにも属していない……僕は、一人…」
「あの…」
「あぁぁ!これは、僕がやらなきゃいけないことっ!あははっ…僕は、一人だけど…それは仕方ないことだから…!」
「ごめんなさいちょっと怖いからやめて。私が悪かったしもう警戒しないからその恍惚の表情止めてよ!」
下手をすればぶっ飛んだアクロマ並みの笑みを浮かべているようにも見える。そして何か闇を抱えているようにも感じたヒナは、とりあえずロケット団の一員じゃないということだけ信じることにした。何かあればその時に考えよう。そう決意し、再び歩き出す。
「……ここは…ロケット団のアジト…だけど、あはっ?私とあなた以外人はいないから…放棄されちゃったのかな」
「うぇ?!このどでかい城を捨てたの!!?」
「じゃないと見張りか誰か…うん、いるはずだよね…うふ」
「……じゃあなんでこの城は動いてるの?」
「知りたい?」
突然立ち止まったカガリが、ヒナに急接近する。近づいてきたカガリの顔に驚いたミニルギアが飛び上がって翼を何度か広げ、すぐにヒナの頭に落ち着く。
そんなミニルギアのことなど気にしていないのか、カガリがにっこりと笑ってヒナに向かって大きく口を開いた。
「ねえ、知りたい?何でこの城が動いているのか、知りたい?」
・・・・・・・・・・・・・
厄日だとシルバーは心から思う。
面白そうな個性を持つゴースを捕まえることに成功はしたが、ヤマブキシティから外れた場所で開かれているよく分からない集団に巻き込まれたことで機嫌が急降下していたのだ。しかもその集団は宗教にでものめり込んでいるのかと言うほど、統一した動きを見せている。
ロボットのように四列で行儀よく動き、止まるときは止まる動きのせいで何度か前や後ろに並んでいる人間にぶつかっても、文句を言われないし、シルバーをいないように扱っているようにも見えた。
それがシルバーの機嫌を損ねる原因となっていたのだ。
その集団から離れようと動いても、前後左右の人間がそれを阻んで逃がそうとしない。まるでディグダの特性であるありじごくに嵌ったヒトカゲのようだ。この場合チルタリスで吹っ飛ばした方がいいのだろうかと一瞬考えはしたが、こいつらはあの新生ロケット団とかいう連中とは違うのだと考えを改める。
そう考えているうちに、集団が急に四散した。というか、何かの集会を開くような形で人々が四方に散っていったのだ。周りを見れば、ヤマブキシティの中心より少し左の位置にある、道路の中心地であった。突然現れ道を塞ぐ形で立ち止まっている集団に訝しげな表情を浮かべているヤマブキシティの人間がいることにシルバーは安堵する。
これでようやく離れられると思い、後ろを振り向いた。だが、そこにいたのは【やまおとこ】とも言うべき大きな体系をしたおっさん共。そいつらが「どこへ行くんだい?集会はまだ始まってもいないんだよ?」と言いながらシルバーの肩を掴んでくる。そもそも集会に参加していないと言うのに何を言っているのだろうかこいつらは。
―――そう考えていた時だった。
「ああっ!来たぞ!!」
「我らの新たなる力!強さの秘訣となるお人!」
周りにいる人間たちがテンションを上げて声高々に叫んだ。誰もが前の方に視線を向けている。そして見えてきたのは、見覚えのある閃光だった。
「ぐっ…!」
シルバーは咄嗟に頬を強く叩き目を塞いで身体を小さく伏せた。直感であの光を見てはいけないと分かっていた。ずっと昔から、学校に通っていた頃からたまに巻き込まれる形で悪戯の対象としてされていた頃の光に酷似していたからこそ、シルバーは絶対に目を開けようとはしなかった。
「強さとは一体何なのか、理解できるか?」
聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だった。
「バトルで勝つのは強いモノだけ。そう決めたのは何処のどいつだ?そもそも、弱肉強食とはよく言うが…ポケモンマスターが絶対的な強者とは限らないだろう!俺達だってちゃんとした強さを手に入れることが可能だ!だからこそ、強さには限りがあるとは限らない!俺たちのポケモンにちゃんとした強さが存在しているのなら、俺達の手で育て上げてみせればいいだろ!バトルで勝つんじゃない、勝負で勝つのみだ!なあ皆、そうは思わないか!!?」
「ああそう思うぜ!」
「私たちのポケモンはちゃんと強くなれるもの!」
集団が少年の声に興奮したかのように賛同するのが聞こえてくる。何処から来たのか、野生のポケモンたちの鳴き声も聞こえてくる。
「強さには定義なんて存在しない!何をやったとしても、勝てば官軍負ければ賊軍だ!!どんな手を使ったとしても、ポケモンマスターに勝てるのならつまりそいつこそが最強だ!!!!」
「そうだぜ!強さなんて制限はねえ!勝てばいいんだよ勝てば!」
「ポケモンマスターに集団で挑んだとしても、俺達が勝てばあの男は最強じゃなくなるってことだ!つまり俺達の勝ちになるんだ!それこそ、俺達は最強になる!!」
ゆっくりと目を開ければ、予想していた悪夢が広がっていた。
少年が両手を広げて、上機嫌な顔で笑って叫ぶのだ。
「皆!俺たちのやるべきことは何だ!?」
《俺達は皆平等に最強なんだってことをポケモンマスターに知らしめる!!》
「そのためには何をすればいい!!?」
《ポケモンを強くする!!》
「そうだ。だからこそ、俺達は俺たちのやるべきことをやろう!!」
《オオ―――――ッッ!!!!!!》
興奮冷めやらぬこの光景は、もはや大パニックと言ってもいいほど異常だった。だからこそ、シルバーは心の底で熱を帯びたかのように怒りが湧き上がっていた。
最初の頃、訝しげに見つめていたはずのヤマブキシティの人間たちは集団の一人と化している。まるで何かに取りつかれたかのように、奴を見て雄叫びを上げている。野生のポケモンたちも皆、強くなりたいとでも言うかのように叫んでいた。咆哮を上げていた。その姿に怒りしかない。
怒りとある種の失望を抱いて、シルバーはモンスターボールを一つ放った。放たれたチルタリスが警戒の声を上げ、奴を睨む。いや、奴というより、奴の後ろにいるポケモンを睨んでいる。
あいつは今、何を言った?
何でここに居るんだ?
「ヒビキ!!」
「んー?何だよシルバー。お前もこっちに来てたのか。あ、違うか。俺たちが呼んだんだったな」
「っ…おい貴様、何をやったのか分かっているのか!?」
「普通に強さについて皆に話していただけだぞ?なあ皆!」
ヒビキの声に賛同し、拍手を送る者がいる。ポケモンたちがそれぞれヒビキを味方だというかのような仕草をとり、鳴き声を上げる者がいる。
これは何だ。イリュージョンというのは、ただ幻影をみせるだけのはずだろう。こんなのがイリュージョンなはずはない。
もしかしてこれは、イリュージョンがもたらした悪夢か?
いや、イリュージョンに慣れているチルタリスならばこれが幻影だとしたらすぐさま反応し、何かしらの抵抗をするはずだ。それに幻影の中にいるような直感は働かない。だからこれは、現実なんだろう。
現実でヒビキは皆に何かを仕掛けた。だから、皆が変になっている。おかしくなっている。
ヒビキ自身もおかしいと思ったが、それならば奴の態度か何かが変わるはずだ。だが変わらない。学校時代から共に過ごしてきたシルバーだからこそ、奴が本心からこの所業をやっているように感じたのだ。
「そういえば貴様はポケモンタワーの時から様子がおかしかったな。もしやその時から【こう】なりたいと心に決めていたのか?…ヒビキ、お前は悪に染まる気か?」
「はぁ?何言ってんだよシルバー!俺は悪になんか染まらねーっての!」
「じゃあ今やってるこれは何だ。貴様の後ろにいる連中は、誰なんだ」
ヒビキの後ろにいるのは、黒一色の服を着ている男達。そいつらは何も表情が変わらない。だがこちらが敵対するのならすぐ抵抗しようとするのだろう。その証拠に彼らの手にはモンスターボールが握られていた。
そいつらの服は見覚えがあった。
主に船で見た、抹殺すべき対象だ。
「……ヒビキ、お前…悪しきロケット団に入るつもりか?悪に染まらないと言うのなら、今お前がやっていることは何だ!!?」
「……なあシルバー。悪って何を定義すれば悪になるんだろうな」
急に何かを言い始めたヒビキにシルバーが眉をひそめる。
「悪は悪だろう」
「違う。悪なんて皆がそう思えば悪に染まるだろ?野生のポケモンが物を盗んで捕まったとして、腹が空いていたから仕方なく物を盗んだという事情で皆が可哀そうだと言い、悪じゃないと言えば悪じゃなくなる。逆に、皆が悪だと言えば悪になる!――――なあシルバー、今俺がやっていることは悪か?」
ヒビキだけじゃなく、黒服の男たちや周りに集まっている観客たちがシルバーを見つめている。
じっと見つめている目が並ぶ。目だけじゃない、その雰囲気も、シルバーだけを排他するような空気へ変わっていった。これは悪なんかじゃないと、皆がそう言い出そうとしている。この集団の中で唯一の敵はシルバーなのだと、皆がそう沈黙の中言っている。
チルタリスが集団の圧に押されて少々後ろに引き下がるが、シルバーは止まらない。むしろ怒りで燃え上がっていた。
「貴様が堕ちる気なら、こちらは容赦しない。たとえ世界で俺以外の連中がこの場を悪じゃないと叫んだとしても、俺はこれを悪だと叫ぶ!!ヒビキ、お前には失望したぞ!!だからこそ、敵として貴様をぶっ潰す!!」
「ははっ!やれるもんならやってみろよ!なあ、みんな!!」
観客や黒服の男達、そしてヒビキの手に持っていたモンスターボールが、次々と投げられた。