第三十六話~プロローグの終わり~
説明しよう。ルギアというポケモンは伝説の部類に属する珍しいポケモンである。サイズはとても大きく、人を数人余裕で乗せられるぐらいには巨大。
『キュゥゥゥ』
だが、今現在いるこのルギアは本当に小さい。まだ親元から離れきれていない子供ルギアに違いないとヒナは考えていた。
「うぅん…この場合ルギアがいるかどうか探した方がいい…よね?」
『グォォ』
『ピッチュ!』
「…空の上から探してみようか」
『ナゾ!』
『キュゥゥ!』
「もう…君がちゃんと帰れるようにしなきゃなんだからね?」
何故かヒナのかぶっている帽子の上に乗ったルギアは、偉そうな顔で『あっち行きたいから行け!』とばかりにヒナたちを誘導し始めたのだった。
「よし、リザードンお願い!」
『グォォオ!』
―――少しだけ冷たい風が吹いている上空。
ピチューやナゾノクサがリザードンの背中から森の真下を見つめる。
リザードンも飛びながら確認。もちろん私も。
ルギアは…なんかパタパタはしゃいでるからそのまま放っておこうかな。お母さんルギアがいればすぐ分かるだろうし。
というか
「ルギアどころかポケモンの一匹さえ見えないってどういうことなの?」
さっきはオニドリルいたよね?
全員が全員首を傾けている。ルギアは『知らないぞそんなもの!』というかのようにふんぞり返っていたけれど、今は偉そうにしている意味はないよ。
『キュゥ』
「やっぱり何かがあった?」
波動での感知も不可能。隠れているというより、何もいないと言った方がいいかもしれない。
オニドリルが急に襲いかかってくるのも、テリトリーに入ってきたから攻撃したと言うのなら分かるのに、そのテリトリー内かもしれない場所にオニドリルがいないのはおかしい。そもそも何故襲いかかってきたのだろう。
『グォォオ!』
リザードンの声に反応し、見えたのは何かの大群。まるで鳥が複数重なってできている生き物のようだと感じる。リザードンに指示をして傍に近寄ってもらい、見てみるとそれはポッポ達の群れが形を成して動いているのだと分かった。
ポッポの群れによって起きた風が轟き、小さなルギアが吹き飛ばされそうになるのを抑えるために頭から降ろして抱きかかえる。
「皆、何か違和感があるところがあったら言って」
『ッ――――』
私の言葉で小さく鳴き声を上げた三体と『仕方ないな』と言うような顔で頷くミニルギアに意識を逸らし、上空を見つめた。
空中を滑空したリザードンが現在いる場所はポッポの群れのど真ん中だ。上下左右すべてにポッポの姿が見える。所々に数体のピジョンやピジョットの姿も見えていた。
これは絶対に何かある。
「…トラブルが起きてる場所には何かある…よし、ポッポ達と一緒に行ってみよう」
『グォォ』
ここにいてもルギアのお母さんはいないし、探しても見つからない。というか本当に迷子かどうかさえ分からない状況かつボールの中にいつの間にかいたと言う違和感にフラグしか見えないのは仕方ないことだろう。
こんな小さくて偉そうなルギアに会ったことはない。ルギアもなんでボールに入っていたのか分かっていない。だから、何か別の意思によってボールに入ったと考えた方がいい。
私の知らないところで起きた意思だとすると、その先には絶対にトラブルが待ち受けているはず。
何かが起きると言うのは、小さいころから慣れている。…だったら、どうせならトラブルに自ら突っ込めばいいだけの話だ。
・・・・・・・・
とある町にある一軒の飲み屋。
ゴーリキーによって運ばれてくる様々な酒と、ニャース達の踊りを肴に飲んでいた真っ最中。
俺が頼んだのはキャタピーの絵と【Reality】の変なロゴマークが描かれたビールジョッキ。友人が飲んでいるのはニャースの絵と【Fake】のロゴマークが描かれている。
天井の照明は蛍光灯で薄暗く、部屋の奥にあるステージのライトが眩しいくらい明るい。だが高低差があるステージ上のニャース達の踊りがとても綺麗に見えているため、文句はない。客も皆が「いいぞもっとやれー!」とばかりに野次を飛ばし、調子に乗ったニャース達からの【ネコにこばん】が舞い上がった。
「急にぶっ叩かれて襲われたぁ?」
「違う!急に家に入り込んできて眠らされたんだよ!!」
「うわそれは…ご愁傷様」
「うるせークソ野郎!!!!」
飲み屋に来た友人の顔は青ざめていた。まるで未確認生命体に遭遇したような顔だ。未確認生命体がポケモンの可能性もあるが、だとしたら友が上機嫌に話していたはずだから、幽霊か何かと出会ったような顔と言った方がいいだろう。
「眠らされたって…もしかしてポケモンを盗まれたり、金をとられたりしたのか?」
「いや、全然何も盗まれていなかった。キュウコンも無事だったし…」
「ああお前の相棒な…確か特性がひでりのキュウコンだったっけ?」
「そう、俺の自慢の相棒だ」
酒を飲み、木の実で作った浅漬けを食べながら話す。周りのざわめきが喧しいが、友人の声もなかなかうるさいので聞き取れない言葉はない。
「何も盗まれてないのに、なんで家で襲われたのかよくわからねーんだよなぁ…」
「んー、襲撃受けたんだし…引っ越したらどうだ?」
「もうとっくにしたっつーの!」
ガシャンッ!、とビールの入ったジョッキを机に置く友人の顔はとても疲れているようだった。
どうやらあのちょっぴり豪華なマンションからちょっぴりランクが下の家へ移り住んだらしい。かなりお金が必要だったろうに…一応、同情しておく。
「襲ってきた犯人の特徴とかは?」
「あーっと……確か、真っ黒だったのは覚えてるぞ」
「真っ黒?」
「なんか影みたいな…いや、影というより、闇色の…そう、ゲンガーみたいな色?」
「それ黒じゃなくて紫色じゃねー?」
「いや、黒だったよ」
「んー…」
ゲンガーの色違いか何かだろうか?いや、それならば先ほど考えたように友人が顔を青ざめるわけはないはず。
「ポケモンの仕業って可能性は?」
「いや、人の声が聞こえてきたような気がするから、多分人間の仕業だと思う…たぶん」
「はっきりと断言できないんだな…」
「急に眠らされたんだぞ!記憶だってあまりないし…!」
「それ絶対サイコキネシスか何か使われてるって」
「だよな!お前もそう思うよな!」
「おー」
ビールジョッキをおかわりするため、ゴーリキーを呼び出して頼んでおく。その間にも、友人はものすごい勢いでつまみとビールを口に運ぶ。
「…んで、ジュンサーさんに伝えたか?」
「言ったけど、被害はないから事件にはならないって…」
「もう一度言っておく。ご愁傷様」
『リッキー』
「お、サンキュ」
ゴーリキーが運んできたビールジョッキの中身を口に運んだ。冷たいビールが喉を通って胃へと運ばれる快感はたまらない。
その様子をものぐさげに見ていた友人が、ふと思い出したかのように声をかけた。
「そういえば、そのロゴマーク…の、頭文字を見たような気がする」
「んーっと…Realityだから…Rか?でもRのロゴって言ったらロケット団だろ。あの大企業の」
「そう!でも…ちょっとだけ違ったような…んん?」
「お前かなり酔ってんじゃねーの?」
「かもしれない…くっそぉぉ!ニャースたちよ俺に小判をくれ!引っ越したせいで金が足んないんだよぉぉお!!」
『『『ニャー!!!』』』
三匹のニャースが友人の声を聞いて飛び上がり、『まっかせてー!!!』とばかりに小判の雨を降らしていった。
というか、ネコにこばんの小判って飲み物代が払えるかどうかの金にしかならなかったような…まあ、友人が喜んで集めてるからいいか。
・・・・・・・・・・
「あの女まじむかつく…!」
『グァァ』
「ゾロアークお前そんな顔すんじゃねー!!」
口をごしごしと乱暴にふき取りつつ、先程あったあの出来事を忘れようと努力する。
ゾロアークがニマニマ笑っているのが憎い。あの女がしでかしたことが憎い。
初めてだったのにとか、ヒナと同じ顔ですんじゃねーとか――乙女が抱くような気持ちになる。
「くそ…くそ…今度会ったら容赦しない…絶対…!!!!」
『グァァァッ』
「笑うなゾロアーク!!!!」
奴のふさふさした胸部分に一発殴りつける。でもゾロアークは痛みを感じていないらしく、俺の手を掴んで怒るなよと慰めてきた。そんな笑ってる顔してなけりゃ怒んねーよ馬鹿!
「バトルするぞバトル!それでジム戦な!!」
『グァ』
あの真っ白な女に託された話はあったけど、あんなことしなけりゃヒナたちに話していたと思う。というか、革命とか関与していないとか意味わかんねえこと言いやがって…あの女本当にむかつく!
「今度会ったらイリュージョンで容赦なく……ん?」
『グァァゥ?』
「こんばんは。君のようなトレーナーを待っていたよ」
「は?」
『グァァ?』
言われた言葉のあと、奴の目がギラギラ光り輝いて見えた。
「世の中にはノーマルエンドからハッピーエンド…はたまたバットエンドやメリーバットエンドなどが存在するが――――君はどんな終わりが好きなのかな?」