旅にトラブルや不満はつきもの。
でもまだ始まってすらいない。
「もっとゆっくり行こうって言ったよな!?」
そんなヒビキの叫び声が聞こえてきたのは、ニビシティの入り口前。
その声はとても凄まじく、数体ものポッポが驚愕して空から落ちてきたぐらいだ。でもヒナはそんなことは知らず、ただヒビキの声を聞いて苦笑しているだけだった。
ヒビキはマサラタウンからニビシティまでの道のりをゆっくりと楽しんでいこうと考えていた。
それは、最初の旅の始まりだからこそその気持ちを十分かみしめていきたいと言う新人トレーナーとしての考えであり、これから新しい仲間を見つけて捕まえ、強くしていきたいという気持ちもあった。だがそれをシルバーがチルタリスをボールから出してヒビキをくちばしで捕まえつつ空を飛んでしまったため無意味に終わる。もちろんヒナはシルバーに慌ててついていくためにリザードンを出して空へ飛んだため問題はなかった。…だが、チルタリスのくちばしで服を掴まれて不安定に空を飛ぶ気持ち悪い感覚とゆっくり味わえなかった旅の気持ちよさにヒビキは怒っていたのだ。
そして不満げなヒビキに鼻で笑って答えるのは事の原因を作ったシルバーだ。
「どうせ後でまたトキワジムに挑戦するんだ。その時じっくりと歩けばいいだろう馬鹿が。リーグ挑戦までの時間短縮のために飛んだだけだろう馬鹿が」
「馬鹿じゃねえよアホシルバー!!」
「ああもう…四年前とあまり変わらない喧嘩…あんたたちいい加減にしなさい!!!」
思わず殴ろうかというヒナの怒鳴り声によってヒビキとシルバーの口喧嘩は収まりお互いが顔を背けてニビジムへ歩き出す。その歩調は楽しげにマサラタウンから飛び出してきた今までと変わらず、ただ喧嘩するほど仲が良いという雰囲気をまとわせながら歩いているように感じてヒナは思わず笑っていた。懐にある2つのボールの内1つだけゆらゆらとヒナに同調するかのように動いた。もう1つのボールは呆れるかのように一度だけ揺れてそれ以降は何も反応はなかったが、それでもヒナと同じ気持ちなのは確かだと感じていた。
「行くぞヒナ!早くジム戦終わらせてシルバーとバトルしてやる!!」
「フンっそれはこっちの台詞だ。秒殺してやろうか…!」
「ああはいはい…喧嘩しないでニビジムに行くわよー」
このまま待っていたらまた喧嘩を始めてしまいそうな雰囲気にヒナは苦笑して彼らの間に入り、すぐにニビジムへ向けて歩き始めた。
もちろん、これ以上喧嘩するならば師匠がやって来たように物理的にでもとめようと思いながらも…。
・・・・・・・・・・・・・・・・
「ちわーッス!ジム挑戦に来ました!よろしくお願いします!!」
ニビジムの大きな扉を開けて、薄暗い中をヒナたちは進む。何も見えないその室内はニビジムがあるようには見えない。だが一瞬で明かりが付き、岩タイプ専用のバトルフィールドがヒナたちの目の前に広がる。それを見て嬉しそうに目を輝かせるのは真っ先にジムに入っていったヒビキ。そしてシルバーは周りを見て好戦的な目でどうバトルしようか考え、ヒナは近づいてきたジムリーダーでもあるジロウを見て笑みを浮かべた。
「ようこそニビジムへ!…そして久しぶりだね、ヒナちゃん」
「はい、お久しぶりです。約束を果たしに来ました」
「そうか…もうそんなに時間が経ったのか…」
ジロウはとても懐かしげにヒナを見て呟く。あのバトルの後から随分と時が過ぎたのだと四年前の出来事を思い出しつつ…ヒビキ達の方を見てにっこりと笑った。
「ヒナちゃんだけじゃない…君たちもよく来たね。さあ、誰から挑戦する?」
「はいはい!!俺がやります!!ヒナやシルバーのポケモン飛び疲れているだろうから休ませる意味で先に俺からやる!」
ヒナやシルバーよりも先に手を上げて叫んだのはキラキラと待ちきれないかのように目を輝かせるヒビキだ。ジム戦を誰から挑戦するのかという言葉が出るのをずっと待っていたかのように叫ぶその声にヒナは苦笑し、シルバーはため息をついてヒビキに譲った。
チルタリスやリザードンが飛んで疲れているという言葉は少々言い訳に近い内容だろう。
4年もの年月によってチルタリスやリザードンは成長し、ベテランのトレーナーが持つポケモンのように強くなっているのだから…。
そのヒビキの言葉に少々疑問に思ったジロウが声をかけてきた。
「飛び疲れている…というのは?」
「時間短縮のためにマサラタウンからニビシティまで飛んでもらっただけです」
「なっ…!?」
ヒナ達は知らない。シルバーがジロウに向かって答えた内容は、普通の新人トレーナーは真似ができず、ベテランにならないとできないことだというのを…。ヒナだけならまだしも、シルバーまでもがポケモンの力によってマサラタウンからニビシティまでの長い距離を飛んだのだということに、ジロウは驚いたのだ。しかもヒナと一緒に来た彼らは新人トレーナーだ。ヒビキと呼ばれた少年以外の2人のポケモンたちがその空を飛んだ。しかも人を乗せて飛んだのだ。
その言葉にジロウはぐるぐると思考を巡らせていた。ヒナがトレーナーになる日は今日ではなかったか?こんなに早い時間でマサラタウンまで飛んできたのか?
「…なるほど、分かったよ」
――――――君たちが通常とは違うトレーナーなんだと…理解したよ。
ジロウは声に出さずそう呟いた。
ヒナ達は単純に、マサラタウンから空を飛んでやって来たと言う言葉に納得してくれたのだろうと考えてヒビキに無茶するんじゃないとアドバイスのような激励を込めた応援をしている。その言葉にヒビキは任せとけと頷き、ボールを取り出して今か今かと待つ。
ジロウは笑って、小さく頷いた。
「歓迎しよう挑戦者。俺はニビジムのジムリーダージロウ!岩タイプの威力、とくと味わうがいい!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「えーそれでは、ジムリーダージロウ対挑戦者ヒビキによるジム戦を行います。ジムリーダーの使用するポケモンは2体。挑戦者のポケモンがすべて戦闘不能になるまでバトル続行します…それでは、バトル開始!」
「行け、ハガネール!!」
『イワァァァアア!!』
「よし…いってこい、ゾロアーク!!」
『ガァァァァアア!!!!』
ハガネールとゾロアークがボールから出てきて睨み合い、牽制し始める。その奇妙な姿を見てヒナは観戦席から首を傾けて隣に座るシルバーに向かって言う。
「……ねえ、ゾロアークのあれって反則にならない?」
「リーグ戦やポケモンの特性でなかったらアウトだったろうな…だがあれはゾロアークのイリュージョンだ。ポケモンの技ならば問題はないだろう。まあさすがにバトルフィールド全体を変えるようなイリュージョンは禁止されるとは思うがな」
ヒナが疑問に思ったのはゾロアークの周りで水が発生しているように【見える】光景だった。まるで噴水のようにゾロアークの足元からあふれ出てきている水にハガネールは困惑し、ジロウを見てどうすればいいのか指示を待っている。
ゾロアークは悪戯に成功した時のように悪い笑みを浮かべて爪を研ぐような仕草をしてヒビキの指示を待つ。
その光景に、ジロウは冷や汗をかきながら笑っていた。
「なるほど…ゾロアークの幻影か。新人だというのに凄いな…ハガネール、それは錯覚だ!水はそこにはない!!」
『イ、イワァァアアア!!!』
「おっとすぐに抜けさせるつもりはねえよ!ゾロアーク、あくのはどう!!」
『ガァァアアア!!!』
ハガネールがあくのはどうにぶち当たり、あふれ出ているように見える水に沈む。ハガネールはじたばたとその水からはい出ようとするが、なかなか思うようにいかない。
ジロウはそれを見てヒビキがいつものようにやって来る挑戦者とは違うのだと実感し、バトルスタイルを改めて変えていく。
水に溺れているように【見える】ハガネールの姿に、ヒナは苦笑しつつも口を開いた。
「なんか…イリュージョンができるゾロアークって結構チートよね……?」
「いや、そんなことはない。イリュージョンはただの幻影…攻撃を食らっていると錯覚し、ハガネール自身がゾロアークのイリュージョンに嵌り、ダメージを食らうように見せかけているだけだ」
「え…それだとヒビキとゾロアークがやってることは意味ないってこと?」
「そうだ…イリュージョンによってただの【思い込み】でダメージを食らうが…それは逆に幻影だと分かれば食らったはずのダメージはなくなる…イリュージョンはやり方によっては便利な技だが、バトルによってはただ自身を疲れさせる不利な技にもなり得るな…」
その言葉をシルバーから聞いた瞬間、ハガネールが咆哮した。
地面をビリビリと揺れ動かし、照明をチカチカと点灯させるような強暴な咆哮によってゾロアークが一瞬怯み、イリュージョンが解けてしまう。
そして先程まで弱っているように見えたハガネールは元気に跳ね、ゾロアークを威嚇し跳ねた威力で転ばせていた。
それを見たヒビキは先ほどのジロウのように冷や汗を流し、好戦的に笑う。
「楽しくなりそうだなゾロアーク…」
『ガァァア』