―――――やけに静かだ。
「アリゲイツ」
『アァリゲェイ!』
ホールのような大きな部屋。いや、部屋というより大広間に似ているだろう。ここから先は行き止まりだ。だからここに必ず奴らはいるはず。
大宴会などに使われそうな場所だと思いつつ、アリゲイツにみずでっぽうで周りを噴射して威嚇行動をとる。だが何の変化もない。それに思わず舌打ちをする。アリゲイツも不満そうに周りを睨みつけ、ガチガチと歯を鳴らしていた。ふむ、奴らに一杯喰わされたか。
通常のゾロアークならばこの程度の攻撃でイリュージョンを解くだろう。でもあいつのイリュージョンは【みずでっぽう】ごときでは無理だ。だから【みやぶる】などの力が必要だと言うのに。
「やはり、コウキを置いてくるのは失敗だったか…」
『アリゲェイ…!』
追いかけていく途中で消えてしまったヒビキとゾロアークのことを考えると、やはり背中が見えている間に手を打っておいた方が良かっただろうか。いや、あれはチルタリスのはかいこうせん程ではないが、船を破壊させる行為だ。また何か大事故を起こせば今度はこちらが責任を負う羽目になってしまう。
「仕方ない…アリゲイツ、戻るぞ」
『アリゲ……?』
「どうしたアリゲイツ?…ああ」
――――なんだ、そこにいたのか。
「みずでっぽう」
『アァリゲェイ!!!』
真っ直ぐ前を見た状態のまま、アリゲイツに技を指示する。指示した通りに動き、アリゲイツは天井に向かって水を放った。その攻撃によって、奴らは素直に降りてくる。
ヒビキやゾロアークでないのが少々残念だが、まあ裏ボスを相手にしているような気になれば問題はないだろう。
「さて、観念しろヒナ」
「無理に決まってるでしょシルバー」
天井から降りてきたのは無傷のヒナと少々嫌そうな顔をしているナゾノクサ。天井に隠れていたとはもはや普通の人間やめてるようなものだな…まあ、ヒナはそれを否定するだろうが。
それにナゾノクサは水が好きだというのに、この目の前にいるポケモンは炎タイプのような反応をして水を振り払おうとしている。通常の個体とは違うと分かる行為だ。興味はあるが、今は勝敗を決める時。
口を開閉させ、歯を鳴らし続けるアリゲイツに、不機嫌な顔で足をじたばたさせて床に亀裂を生じさせているナゾノクサ。怪力のナゾノクサといったところだろうか。見た目だけで判断してはこちらがやられるな。
「アリゲイツ、みずでっぽうだ!」
『アァリゲェイ!!』
「ナゾノクサ、右に移動しつつ接近!」
『ナ、ナゾ!』
軽く避けるナゾノクサの移動速度は通常よりも上と見た。なのでこちらも攻撃パターンを切り替えよう。遠距離攻撃なら遠距離で、近距離攻撃ならこちらも近距離で攻撃する。
「かみつく」
『アリゲェイ!』
『ナッゾ…!』
「大丈夫よナゾノクサ!そのまま何度も足蹴り!」
『ナ、ナゾォ!』
アリゲイツに噛みつかれたナゾノクサが口付近を何度も蹴り、反撃しようとしてくる。噛み千切る勢いで攻撃していたはずのアリゲイツだったが、ナゾノクサの蹴る威力が強すぎて口を離してしまった。離してもなお、両手で口元を押さえ、痛みに涙するレベルの威力か…。
「足蹴りとは、ポケモン技からかけ離れてないか?」
「ポケモンの可能性は無限大だよシルバー。お兄ちゃんの言葉を忘れたわけじゃないでしょ?」
ああそうだ。ヒナの兄であるサトシさんがよく言っていた言葉だ。
ポケモンとは常に成長する生き物であり、人よりも強くてたくましい。育てる人によっては土地を開拓してしまうほどの強さを持ち、マスターたる人間の考えによっては悪にも正義にもなる。何色にも染まる面白いポケモン。
いつもヒナは兄のような人外になりたくないと言っていたが、技という型に当てはめず自由に育てるのはまさしく兄の血が入っている証拠か。俺も強くならねばな。
「ナゾノクサ、すいとる!」
『ナッゾォ!』
「アリゲイツ、こわいかおでスピードを落としてやれ!」
『アリゲェイ!』
『ナ、ナゾ…!』
こわいかおで若干涙目になるナゾノクサ。怯えているようで、スピードも少しは落ちたようだ。すいとる攻撃も何故かかみつきに行こうとしていたからアリゲイツにダメージはない。これは勝てるか?
「大丈夫よナゾノクサ。アリゲイツをリザードンだと思ってみて!」
『ナゾぉ…』
「ほら、アリゲイツを炎だと思ってみて!炎がゆらゆらしてるのをイメージしてみるのよ!」
『ナゾナゾ!』
「ゆらゆら飛んでる温かそうな炎が綺麗でしょう?欲しいでしょう?」
『ナッゾ!!!』
ナゾノクサが目を閉じて必死に想像している。ヒナの言った言葉を頼りに、奴にとって【こうかいまひとつ】な炎をイメージさせようとしている。そんなのできるわけないだろう。いや、ヒナのことだからやるときはやってみせるか?
「…ふん、まあいい。これで最後だ!アリゲイツ、みずでっぽう!」
『アリゲェイ!』
「ナゾノクサ!炎がどっかに行っちゃうわよ!」
『ナァッゾォォォォ!!!!!』
――――ほのおくれですよぉぉぉぉ!!!!!
そんな言葉がナゾノクサから聞こえてきたような気がする。
目玉や舌が飛び出そうなほどの形相でアリゲイツをロックオンし、歯をガチガチと鳴らしながらかみつく。その強さや威力、そしてその形相を見たアリゲイツはみずでっぽうを中断させ、大パニックを起こしてしまう。
本当にやってくれるな。
「アリゲイツ、ナゾノクサを地面に叩きつけろ!」
『ア、アリゲェェェイ!!!』
頭に噛みついているナゾノクサごと地面に何度も衝撃を与える。それでもナゾノクサが離れない。むしろアリゲイツ側にダメージがいっているような感覚だ。
炎を求める執念が強いからダメージを与えられても揺るがないのか…?
「ならば…アリゲイツ!天井に向かってみずでっぽうだ!水のシャワーを奴に浴びせろ!」
「させないわ!ナゾノクサ、アリゲイツの顔に向かってじたばた!!」
「ふん。甘い!スピードが落ちたのを忘れたか!!」
アリゲイツの怖い顔の威力、そしてその追加効果によってナゾノクサの速さは下がっている。だからスピードはこちらの方が上だ!
「アリゲイツ!みずでっぽう!」
『アァリゲェイ!!』
『ナッゾォォォ!!?』
「ナゾノクサ!」
【じたばた】ではなく、かかと落としをしようとしたナゾノクサがそれよりも前に放ったみずでっぽうを嫌がり、ヒナのもとへ逃げていく。
このまま逃がすわけはない!
「バンダナを取るぞアリゲイツ!」
『アァリゲェイ!』
「っ!させないわよ!」
『ナァッゾ…』
「大丈夫。私がいるわナゾノクサ。さあ一緒に頑張りましょう!」
『…ナ、ナゾ!』
攻撃しようとしてくるポケモンに対してファインティングポーズをするヒナ。その横で必死に足をバタバタ動かすナゾノクサ。
普通の人間ならポケモンが戦意不能になった時点で逃げ出すだろうに―――むしろ奴はポケモンだけでなく自分でも戦おうとしているようだ。無自覚にもほどがあるだろう。これでヒナ自身が普通のマサラ人だと主張するとは本当に笑わせてくれるな。
「怪我はさせない程度に勝たせてもらおう!アリゲイツ!」
『アリゲェイ!』
「行くよナゾノクサ!」
『ナッゾォ!』
激突する――――そんな瞬間だった。
船をぐらつかせるほどの轟音。廊下まで続く扉が吹っ飛び、黒煙が撒き散らされる。その後に続くのは爆発音。炎が揺らめき、二つの大きな塊が廊下から飛び出してきた。どこかで見たような帽子が、黒煙から飛んできて、アリゲイツの近くに落とされる。
「…え、ヒビキ?」
「お、おうヒナ!悪いけどここは逃げるぞ!」
「いやどういうこと!?」
「あいつ相手にしてたら酷いことになるってことだよ!」
「あいつだと…?」
思わず後ろを見て納得。いたのは異様な姿をしたコウキとマニューラの姿。だがその行動は変人にも劣らないもの。
こちらを射殺すかのような視線。舌なめずりをして、どう食ってやろうかと考えている行為。変人というより、変態か?
「おい何をしている」
「ふぃっひひひひっ!!」
『マァニュッニュッニュッ!!!』
言葉が通じていないのか?最初に出会ったコウキとは違って気持ち悪いな。
「…どういうことだヒビキ」
「いやだから―――ってか鬼のお前に言うつもりねえ!」
思わず奴の頭に殴り掛かりそうになったが、ヒナがそれを止めて地面に落ちたヒビキの帽子を奴に渡す。
「ほら、私になら話せるでしょ!何があったのヒビキ!なんかあの人の目イっちゃってるんだけど…!」
「マニューラ攻撃したらこうなったんだよ俺にも何が何だかわかんねーっての!!!ってか逃げ道は!?」
「ないわよ!今あの人がいる廊下が逃げ道!」
「なんてこった!!!」
マニューラを攻撃したら?
意味の分からない言葉だ。ポケモンバトルでこうなるトレーナーがいると言うことか?まあ、トレーナーの中には個性的な奴が山ほどいるが…。
―――――目を離したのがいけなかったのだろう。
「うひひぃぃ…マニューラァ!」
『マァニュゥゥ!!!』
マニューラが最大火力の【つじぎり】を俺たちに向けて近づいてくるのが見えた。地面に何度も切った跡をつけていき、こちらに近づいてくる。その光景は、前にテレビで見たサトシさんのジュカインがリーフブレードで攻撃してきた跡のようなもの。スピードはないが、迫力がある。それに船の切られた痕跡を見る限り、奴の攻撃能力は高いだろう。
ここで鬼が仲間割れを起こしても意味はないと言うのに…あの野郎。
「くそ…アリゲイツ!」
『アァリゲェイ!』
「ああもう。シルバーに協力するわよナゾノクサ!」
『ナッゾォ!』
「うぇマジかよ!」
「マジです!ほら、あの人たち倒さないと逃げられないから仕方ないでしょ」
どっちみち逃がすつもりはない!だがこのまま自滅するよりマシだ!
「くっそ…ゾロアーク!」
『グァァァ!』
3体VS1体。一見すればこちらが有利に見えるが、マニューラの動きが不規則なせいで攻撃が当たらない。そういっている間に奴が近づいてくる―――――。
【ピンポンパンポーン!!鬼ごっこはこれにて終了です!さあバンダナ持っている逃走者はホールに来てねぇぇ!!】
「ウィっヒッヒッヒ!!!」
『マァニュゥゥ!!!』
アナウンスが鳴り響けど、奴は止まらない。というかこっちが負けかふざけるな。ヒナとヒビキを捕まえず負けになっただと?さすがに不完全燃焼だ。ふざけるな。本当に、ふざけるな。
「アリゲイツ、りゅうのまい」
『アァリゲイ!』
「もう一度りゅうのまい」
『アリゲイ!』
「もう一度だ」
『アリゲイィ!』
「え、ちょっとシルバー?」
『ナ、ナゾ?』
「おい落ち着けってシルバー…ってかおい!お前ももう終わったぞ!」
『グァァ!』
「うっひゃっひゃ!!」
『マニュ!』
怒りなんてない。胸にあるのは込み上げてくる冷たい衝動のみ。
「もう一度だアリゲイツ。りゅうのまい」
『アァリゲイ!』
「ねえ、ちょっと…シルバーってば!もう終わったんだよ!」
『ナゾォ?』
「おいお前!うっひゃっひゃじゃねえよ終わったっつーの!」
『グァゥ!!』
近づいてくるコウキに、恨みはない。負けたのは事実だろう。だから、これはただの八つ当たりだ。
「力を込めろアリゲイツ!!じたばた!!!」
『アリゲェェェィィ!!!』
ヒナのナゾノクサよりも威力の高い【じたばた】が船を大きく揺らし、廊下から押し出すようにコウキとマニューラのもとに放たれる。攻撃範囲が広く、床に亀裂が生じ、壁に大きな穴が開くほどのもの。
聞こえてくるのは悲鳴、罵声。それ以外は知らん。
後のことなんてどうでもいい。今あるのはこの気持ちを抑えることそれだけだ。