彼女たちは、気づかない。
夜に紛れて、一人のトレーナーが船に降り立った。トレーナーの側には、一匹のリザードンがいた。いや、そのポケモンの背中に乗っていたのだ。
リザードンは他の人では育てきれないようなレベルの高さが感じられる。
人を翼で運べるほどの強さ、かつその強靭な尻尾の炎の強さと傷だらけな身体から見える修羅場の多さが普通の船員でも理解できた。
トレーナー…いや彼は、普通ならばこのような場所に来る人間ではなかった。でも来てくれた。だからこの騒動を終息してくれるだろう。船員たちは肩の力を抜き、密かに息をはいた。
「……」
『グゥゥ』
リザードンは静かにトレーナーを下ろし、トレーナーを見つめる。トレーナーはリザードンを見て頷き、ボールへ戻していった。
「お待ちしていましたよ!ささ、こちらへ。案内します!」
船員の言葉に頷いた男は、再び頷き、頭にかぶる帽子を深くかぶり直した。
・・・・・・・・・・
深い暗闇の奥にある一室の部屋。そこは客である人間やポケモンの誰にも見つからない場所に隠されていた。何かがあったときに必要だと考えて設計されていたのだが、まさかすぐに利用することになるとは、と船長がため息をつく。
本来なら暴走したポケモンを一時的に冷静にさせるための大きな部屋。バトル用の部屋とは違い、ここは密閉された空間だ。窓もなく、扉はひとつしかない。そしてイワークでさえ余裕で入れる広い空間でもある。
そんなすべての騒動を闇に隠すかのような部屋に、大きな声が響く。
「だぁからぁぁ!話す気ないっていってるだろ!」
「それよりもあの赤毛のガキ出せ!あいつぶっ殺してやる!」
「貴様ら!今の自分の立場を理解してないのか!?」
部屋の中心に設置されている机を叩いたのは船長。その船長と向かい合っているのは新生ロケット団とかいうよくわからない犯罪者たちだ。
彼らはその言葉通り捕まえることができた。赤毛の少年――名前を、シルバーと言ったか。その子に救われた。警備体制の穴を見つけることに成功した船長たちが密かに感謝したぐらいだ。
まあ密かに感謝しなければいけないほどの騒動を起こし、ホールの天井に大きな穴が開いたが、解放間が増したと考えれば許せなくもない。
とにかく、一番解せないのは彼ら犯罪者のずさんな計画だった。ずさんというと、船長たちの無能さが明らかになってしまうが、あとから考えればこれは仕方ないことだと言えよう。これから気をつければいい。一度の失敗から学べばいい。
だから、犯罪者共の話が聞きたい。
「言え!貴様らの組織はなぜこの船を狙った!?この船を乗っ取る必要があるのか!」
「んなもんねーよ!ただボスの指令だっつーの!!」
「指令とはなんだ!話せ!!」
「じゃあ赤毛のガキ連れてきたら話してやるよぉ」
「くっ…ゲス共め」
にやにやと嘲る笑みを浮かべる黒服の男たちはただ、赤毛の少年をいたぶることしか考えていない。
少年はちゃんとしたこの船の客だ。だから、犯罪者共の言う通りには出来ない。でも話をしてくれないのなら意味はない。
この聖・アンヌ号には権力を持った客が多く存在する。もちろん強いトレーナーや珍しいポケモンを持った客もだ。だからこそ、たった一人の少年によって捕まったずさんな計画だとしても話を聞かなければならない。
この船が乗船するのは、盛大的ではなかった。誰にも知られずに楽しむことができる秘密の船旅のはずだった。
でも、犯罪者共は知っていた。そして一時的にだが、この船は乗っ取られた。だから、それがどうしてなのか知りたい。でも知ることが出来ない。八方塞がりだ。
――だが、
「船長!」
「おお…やっときたか!」
船員に連れられて来てくれたのは、一人の男。六つのボールを腰につけている帽子を深くかぶった男だ。
椅子に座っている犯罪者共は彼を見て一瞬赤毛の少年か確認し、違うとわかれば舌打ちをした。
「おいこんな弱々しいやつじゃねーよ!赤毛のガキだって言ってるだろ!!てか誰なんだよこいつ」
「こいつ誰なんだよ?ジュンサーのご家族?」
「ギャハハハ!じゃあポケモンもよわっちーのかね!」
蔑みと下品な笑みに、船長と船員たちが舌打ちして睨み付ける。
「口を慎め貴様ら!この人は――え?」
この男の偉大さを話してやろうとしたら、本人に手を上げられて止められた。話すなと仕草で伝えてきた。
思わず彼を見て、息を呑んだ。
帽子の奥に光る瞳には、冷たい闘志があった。いや、これは怒りかもしれない。まるで吹雪の中で見つめられているような錯覚のする極寒の瞳。赤い目なのに、とても綺麗だと思えた。
「……頼んだよ」
『フィィ』
男はボールからポケモンを取り出した。そしてそのポケモンに何かを命じ、犯罪者共の目を見つめた。
「ぐっ…!?」
「なに…しやがる…!!」
「てめえ…っ!」
『フィィィ』
ポケモンに見つめられた犯罪者共が次第に大人しくなっていく。何をしているのだろう。よくわからないが、それでもすごいと分かる。あのポケモンは見たことがあるが、こんなにもすごい力を持っているのか。船長は感心し、この異様な状況を見守り続けた。
ポケモンの瞳が大きく輝き、犯罪者共の目を曇らせる。
――やがて、男が口を開いた。
「何故この船を襲ったの?」
「…珍しいポケモンと金を取るため」
「ポケモンはブラックマーケットに売り出して、金は新生ロケット団のために使うつもりだった」
「新生ロケット団は何でできた?」
「悪を貫く人間はたくさんいる。その執念を認めてくれる組織がロケット団だった」
「サカキ様は善人に変わられてしまった。それをあの人は惜しんでいた」
「あの人って誰?」
「アポロ様だ」
「アポロ様は俺たちのことを分かってくれている」
「サカキ様がいつか戻られると願って行動している。俺らはアポロ様の助けになろうとしただけだ」
「…ボスの名前も、アポロって言うの?」
「…そうだ」
「サカキ様がいない今は、アポロ様が仮のボスとなる」
「アポロ様はサカキ様の代理だ」
「……ありがとう、エーフィ」
『フィィ』
エーフィの光っていた瞳が、輝きを失い闇に染まっていった。
その瞬間、犯罪者共は我に返ったかのような表情をする。そして目の前にいる男を睨み付けた。でも男は、何も恐れてはいなかった。
船員の誰かが、エーフィの力で喋ったんだと呟いた。でもそんな声も、男は気にしない。
男はまた、口を開いた。
「国際警察に連絡を…今喋った事実を全て話してください」
「わ、分かりました!」
船長がどこかへ行ってしまう。おそらく連絡をしにいくのだろう。
男は別の船員を見た。
「あと、ヘリか何かを…彼らをずっとここに置いていてももう何も意味はないでしょう」
「んだとっ!!」
「てめえ…あとで覚えてろ!」
「牢屋にいたとしても絶対に脱走しててめえを痛い目にあわせてやる!」
負け犬の遠吠えだ。男の実力を見た船員たちは、犯罪者共のことが哀れに思えた。でも、もう何をいっても始まらない。全ては話させた。あとは警察に任せるだけの話だ。
だが、男は微笑んでいた。真顔ではない、普通の笑みを浮かべて、騒ぎ立ててる犯罪者共には聞こえない声で言ったのだ。
「そうだね…娘達に手を出されるよりは何倍もいいかな…」
「む、娘たち…?」
船員たちは驚愕した。何もかもが不明で謎の多い男だった。でも事実がひとつ、伝わった。
この男には子供がいるのかと、驚いている。子供はどんな偉大な子に育っているのだろうかと、妄想を膨らませる。
――そんな時だった。
「てめえの名前はなんだ!!話してみろ!!!」
「絶対に見つけ出してぶっ殺してやるから名前を教えろ!!」
男が笑う。
それは、有名かつ最強と言われているポケモンマスターに似たような微笑みだった。
「…僕はレッド……君たちとの勝負が楽しみだから、その時を待っているよ」
『フィィィ』
――まあ、勝負を楽しいと思うのは僕の息子かポケモンたちなんだけどね。
そう呟いた声は誰にも届かなかった。